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死者の宿場街


ししゃのしゅくばまち【死者の宿場街】東部辺境の先にある、大砂海を流れる死の河のほとりに存在する、冒険者向けの宿場街。そこで働く従業員は、全て死の河の水で命を落とし、アンデットとなった冒険者である。




 東部辺境の端っこは、巨大な砂漠が広がっていて、そこには一本の大河が流れている。

 それは砂漠を縦断する巨大な河で、生あるモノが飲むと必ず死ぬという、猛毒が流れる死の大河だ。

 命あるモノの存在を、死の河は絶対に許さない。

 故に、ここは死者の住む場所。

 人間の、支配領域の外側だ。

 河の向こうは大砂海という名の、行けども行けども砂ばかりの広大な砂漠が広がっている。前人未踏の冒険を求めて、砂漠に挑んだ冒険者は多々あれど、何かを見つけて戻ってきたモノは一握りしかいない。

 そんな風に。

 死の匂いを濃厚に放つ大河を見下ろしながら、私はアフタヌーンティーをしている。お茶受けは、香ばしい匂いを放つ焼きたてのスコーン。それで午後のティータイムを満喫していると「どうかな。この街は」と、アンデットのメイドがフランクに話しかけてきた。

 眼球は白濁して濁り、肌の色も変色し、筋肉が劣化しているのか、かなり動きはぎこちない。元々はかなりの美人だったのだろうが、今では半分腐っているので、特殊性癖の持ち主しか、美人と形容しないだろう。

 私にとっては幸運な事に、彼女は死者特有の、あの嫌な匂いはなかった。

 恐らく、何らかの防腐処理を施しているのだろう。

 彼女は、スムーズな発音で「おかわり、いる?」と、私にティーポットを差し出してきた。

「水は、遠くゲンゲ山脈から取り寄せた湧き水。茶葉は皇帝御用達として知られるコウゾリナ。砂糖やミルクも輸入物。つまり、お客様のお口に入るモノには全て、ここのモノは使っておりません。そーいうわけで、死の河の水がお口に入る事なんてないから、安心して飲んでってね」

 呼び売り商人のような事を言いながら、彼女は壊死した筋肉を必死に使って、少しぎこちない笑みを浮かべてくる。

 その笑顔にほだされて、私はお茶のおかわりを頂いた。

 淹れて貰ったお茶は、とても上品な香りがする。素直な感想を述べると、私が今まで飲んだどのお茶よりも美味しかった。

 高いのかと、俗な質問をしてみると、死人のメイドは「勿論」と胸を張って応えてくれた。

 こうして。

 しばらくの間、彼女はかいがいしく世話を焼いていてくれたが、やがて他に仕事があると申し出て、私の部屋を出て行った。

 一人になった私は、壁に掛けられた時計を見る。

 時刻は二時三十分。

 三時までには、まだ間がある。

 私は一つ溜め息を漏らすと、ガラス越しに死の街を見下ろした。

 中央から離れるほど、辺境の奥に向かうほど、奇妙なモノを見てきたが、この街の奇妙さは群を抜いている。

 ここは死者達によって運営される宿場街。

 それを生み出したのは、私の眼下に流れる死の河だ。

 死の河を流れる毒水は、どんな生き物であろうともたちどころに殺す猛毒だ。その上、更に最悪なことに、河の毒は、死んだモノをアンデットとして蘇らせる。

 死の河は、アンデットで溢れかえった。

 しかも、そのアンデットには、死の河に縛られているという呪縛までかけられていた。死の河産のアンデットは、死の河から離れる事が出来ない。

 だから、前人未踏の冒険を求めて、死の河を越えようとして、死んでしまった冒険者達は、死ぬ事も出来ず、さりとても死の河から離れる事も出来ず、自暴自棄になって、他の冒険者や通りがかりの旅人を襲っていたらしい。

 あらゆる意味で、彼らはここで腐っていた。

 けど。

 そんな折、ある冒険者が死の河にやって来た。

 その冒険者は、死の河の毒にやられ、あっさりとアンデットとなってしまったそうだが、そこから先の行動が他の冒険者達と違った。

 仮に、その冒険者を創設者と呼ぶ事にするが、彼は死者達に呼びかけた。


 我々の冒険は、残念ながらここで終わってしまった。

 我々は、この河に縛られてしまった。

 だが、この河を越えて『辺境の先』へと向かう冒険者は、まだ存在する。だから、我々は、彼らの礎となって、『辺境の先』へと挑む冒険者を支援しよう。


 その発案が切っ掛けと成り、死者達は一致団結し、この宿場町が作られたのだという。

 死してなお、未来のために。

 それは、信念と呼ぶよりも執念と呼んだ方が妥当だろう。

 私が泊まっているこの辺境に見合わぬほど豪華絢爛なホテルも、死の河のアンデットによって建てられたものだ。七階建ての石造りの建物は、砂漠の熱を遮断して、じつに快適な環境を私に与えてくれている。しかも、サービスは超一流で、呼べばアンデットのメイドがやってくるし、食事もアンデットのコックが作ってくれる。美味い酒が飲みたいなら、地下のバーに向かえば、美味しいお酒をアンデットのバーテンダーが用意してくれる。

 まさに至れり尽くせりと言えるサービス内容。

 こんな辺境の外れに、不釣り合いな豪奢さだ。

 それをどのようにして、成し遂げたのか。

 どうやって、辺境の外れに、こんなにも豪奢な施設を作り出したのか。

 私は、それが知りたくて『死者達の宿場街』にやって来た。

 現在、私の編纂する帝国百科事典にある『死者達の宿場街』の項目には「死の河沿いにある、死者によって運営されている宿場街」という、簡素な文章しか載っていない。それが生まれた経緯や志、そういうものに一切触れられていない。

 未知の世界への挑戦を支援し続ける死者達について、殆ど何も書かれていない。


 この街について知りたい――。


 それが、私がここに来た理由である。

 それもできる事なら、創設者から直接、街の起こりについての話が聞きたかった。

 その事を、昨日の深夜、チェックインしたときにホテルの受付に話してみると「今日はもう遅いですし、明日の三時にでも、創設者を窺わせます」という返事を貰う。

 だから、私は今日の三時という時間を、ずっと心待ちにしている。

 今か今かと、その秒針が動くのを見守っている。

 やがて、部屋に掛かっている壁掛け時計の針は、午後三時を指そうとしている。

 すると、ちょうど五分前。

 部屋のドアがノックされる。

 慌てて立ち上がって、出迎えに出てみると、さっきのアンデットメイドが立っていた。

「あ、ども」

 メイドは私に挨拶をする。

 私も、メイドに挨拶を返す。

 そして、これから創設者へのインタビューをするからと、メイドを追い返そうとすると「ちょ、ちょっと待って!」とメイドが待ったをかけた。

 どういう事だと話を聞いてみると、彼女こそが『死者達の宿場街』の創設者・シロザ・シシュウドその人であるという。

 私は、驚きを隠せなかった。

 この宿場街を築いた大人物が、ホテルの小間使い、つまりメイドをしていたのだから、不意を突かれない方が、どうかしている。

 なんで、こんな事をしていたのかと、尋ねてみたら「他に接客ができるのがいなかったし……」と、照れくさそうに頭を掻いた。

「冒険者の人って自由だからねぇ、人に合わせる接客業ができる人って、少ないのよ」

 だから、こうして創設者自らメイドをやっているのだという。

 私は、成る程と頷きながらも、一つの違和感を覚えた。シロザは『冒険者の人』と、自分が冒険者ではないかのような発言をしている。

 それは、一体どういう意図があるのか。

「いや、元々、あたしって冒険者じゃないし」

 いきなり、衝撃の事実を告白された。

 シロザ・シシュウドは高名な冒険者グループに付き従う、専属のメイドであったのだという。元々、メイドが本業で、シロザは、そんな冒険者グループの小間使いだった。

「ただの下働きだね。お食事の世話や細々とした雑事。ついでに、夜のお供とか、下のお世話とか、あはは。そういう事を一手に引き受けていたのさ」

 そうして、シロザは冒険者グループにくっ付いて、死の河までやって来た。

 その頃は、当然のように『死者の宿場街』も無く、自暴自棄となったアンデットが生者を襲っていたりしていたので、シロザのパーティーは瞬く間に壊滅させられた。

 雇用主である大冒険者は命を落とし、シロザは荒くれの死人冒険者に捕まって、乱暴された挙げ句に死にかけた。するとアンデット達は、どうせ死ぬなら、仲間にしてしまえと死の河の水をシロザに飲ませた。

 結果、今のような姿になったのだという。

「いやぁ、あの時は大変だったなー」

 とても辛い体験だったろうに、気楽な調子で彼女は言った。

 楽天的、というには図太すぎる。

 それが、彼女の持つ天性なのだろう。

「で、アンデットになってた人達のお仲間になったわけよ。でも、腹を割って話してみれば、その人達は自暴自棄になって暴れているけれど、元々悪い人達じゃなかったんだよね。だから、もっと建設的な事をしようって、提案したの」

 以外と簡単に説得できたと、シロザは語った。

 最も、彼女は先のような目に遭っても『大変だった』の一言で済ませるような人物である。簡単という単語を話半分に聞き流しておく事にする。

 ともあれ。

 彼女は、死人達に宿場街の建設を提案したという。

「最初は、反発する人達もいたね。ふざけんな、生きている奴の為になんで俺達が! みたいな。でも、元々彼らは一流の冒険者だった。未知への好奇心、それに突き動かされて、ここに来た人達なのさ。それに、知ってる? 冒険者のパトロンって七割が、歳を取ったり、社会的に偉くなりすぎたりと、色々とあって引退した冒険者なんだよ。元々、冒険者業界には、冒険が出来なくなったら後輩を支援してやろうって、そういう文化があるの。だから、以外とスムーズに、『辺境の先』へと冒険者を送り出す支援をしようという、あたしの案は受け入れて貰ったんだ」

 そうして、死人達は建設を始める。

「最初の問題は資材だったねぇ。ここは火のエレメントも強いから、生える植物は乾燥に強い草やサボテンばかり。少しの岩山もあるけど、他は全部砂だし。とりあえずの仮住居は岩を削ってどうにかしたけど、冒険者を支援するには、何もかもが足りない。道具なんかは、生きていたときに持ち込んだものがあったけど、資材不足は深刻だった。何も無いの。資材を遠くに取りに行こうにも、あたし達は死の河に括られているからね。離れる事が出来ないんだ」

 どれくらい、離れることが出来ないのか。

 少し詳しく聞いてみると、川沿いから五百ベルルスといったところ。言われてみれば、確かに、死者の宿場街は、それぐらいの距離に、河に寄り添うように栄えている。

 だから、死者達は川沿いを移動して資材を集めた。

 その殆どは石材で、死者達は力を合わせてここに運んだ。その時の事故で、石材によって押し潰されてしまう死者もいた。

 胴体を潰されて、首と下半身だけになった死者がいた。

 下半身を潰されて、歩けなくなった死者もいた。

 頭が潰された死者もいた。

 石材は容赦なく死者達を押し潰した。幾ら優秀な冒険者であっても、優秀な石工ではない。専門知識の無いままに石切場での労働や石材運搬は無謀だった。

「それでねぇ、死ねないの」

 ぎこちないながらも、とても悲しげな表情を彼女は浮かべた。

 死に損ない《アンデット》と呼ばれる通り、彼女達は死に損なった。そして、一度そうなると、普通の方法では絶対に死なない。死ねない。身体を砕かれても、押し潰されても、肉片になっても、楽にはなれない。

 死者は、永遠に死に損ない続ける。

「全身潰されてしまった人がいたよ。でも、肉塊がね。こう、動き続けるんだよ。肉片になっても生きて――いえ、死なないの。流石に、そうなったらまともに働けないから、適当な壺にでも入れて、集会場で休んで貰った。それ以外の、頭が潰れたりした場合なんかは、喋ったりする事は出来ないのよ。でも、ちゃんと働こうとするんだよ。頭がないなりに仕事をしようとするの。あれね、不思議な事に目鼻は聞くんだ。頭が無くても見えて、聞こえているの。だから、以外と不自由しない。不思議だよねぇ」

 四肢が潰れた死者すらも、街作りに所為を出した。

 そうして、壮絶な努力の結果。

 死者達は、今の宿場街の原型となる岩屋の街を作り上げ、そこを冒険者達の拠点として解放した。

「最初は、なかなか利用してくれなかったね。化け物砦なんて、言われていた。けど、ある冒険者の方々が行き倒れているのを介抱したのが切っ掛けで、徐々に利用して貰えるようになったんだ。そっからはトントン拍子だね」

 話が通じる死者がいる。

 それが避難所のようなものを作っている。

 そうした話が出始めて、一気に死者達の宿場街は活性化した。

「生きていた時の仲間とコンタクトが取れたときは、本当に助かったよ。それでようやく、致命的だった資材不足が解決したんだ」

 かつての仲間との再会に喜びながらも、死者達の行動は迅速を極めた。外に置いてきた資産をフル活用し、大規模なキャラバンを組ませて、大量の資材を死の河に運び込ませた。

 元々、彼らの殆どは高名な冒険家で、有り余るほどの金を蓄えっている者も少なくなかった。それらが結集する事で、死者の宿場街は壮絶な勢いで発展した。

 材木の輸入によって建築物を増やした。様々な食べ物や飲料水を貯蓄し、冒険者達に提供した。毛織物や綿花製品を買い入れて、砂漠の夜の寒さから冒険者達を守ろうとした。

「他にもねー。女の子の冒険者を集めて、娼館経営もしようとしたんだけど、お客が少ししか来なかったからやめたんだ」

 少し居たのか。

 まあ、世の中には特殊な趣味を持っている人達がいるのだろう。

 ともあれ。

 そうして、宿場街を充実させながら、数多くの冒険者達を『辺境の向こう』へと送り込んだ。その大半は返ってこなかったけれど、ほんの一握り――。

 素晴らしい成果を持ち帰って、戻ってきた冒険者達がいた。

 砂漠の中に古代遺跡を見つけ、失われた古代技術が書かれた金属板を持ち帰ったジョナス・オクナーチ。砂界の主である巨大ワームの墓場を見つけ、そこから金剛石の塊を持ち帰ったヴェールのユラク。そして、彼らの追従者は『辺境の先』から、素晴らしい宝を持ち帰った。

 それの成功によって、死者達の宿場街は更に栄え、現在に至るとシロザ・シシュウドは語り終えた。

 私は、シロザに向かって、貴方は成功を収めたのですね、と言った。

「でも、まだまだだよ! ジョナスとユラクは『辺境の先』で宝を見つけたけど、あの砂漠の中の話だからね。まだ、誰も、大砂海の先には到達していないの。その向こう側に誰かが到達した時、初めて、あたしは成功したと言えるんじゃないかな」

 そう言って、シロザは窓の外を見た。

 窓の外には死の河が流れている。

 透明度の高い、砂漠の中を流れる河はとても美しく――


 不気味だった。




ししゃのしゅくばまち【死者の宿場街】辺境の先を目指すため、死の河で命を落とした冒険者によって建設された宿場街。▽死の河は飲んだ者を確実に殺す呪いの水で、それで死んだ者はアンデット化する事が稀にある。そうしてアンデットとなった冒険者が、この宿場街を作り上げた。▽宿場街の目的は、辺境の先へ冒険者を送り出す拠点となること。その為の施設が充実している。ホテル。道具屋、鍛冶場、各種薬局などを冒険者は無料で使用できる。▽ここの創設者はシロザ・シシュウドという女傑であり、彼女の指導と死者達のたゆまぬ努力によって、死者達の宿場街は栄えている。

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