五話
はい、だいぶお待たせしました。二ヶ月と少しぶり、早乙女です。
少し時間が空いてしまったため、「内容覚えてないよ~」という方がいらっしゃったら、これを機に一話から読み返してもらえるとうれしいです。
「全然話し進んでね~www」という換装があっても不思議じゃないくらい、すすみが遅いです。
それでは、どうぞ!
―――翌日・放課後
「おじゃましま~す」
そんな少し高めのテンションで、芳佳は一樹の家の中に入っていた。そんな彼女の後ろには、少しため息混じりの表情を浮かべる一樹の姿があった。
この日は、先日約束した一樹の家での作戦会議の日。それだけならまだしも、今日ここにはちょっとした『トラブル』が起きてしまうかもしれないという、彼しか知らない心配事があったのだ。
「どうしたの崎原君。下校中から元気ないよ?」
「大丈夫だ、問題ない。まぁ、一つだけ懸案事項があるがな」
「???」
そんな会話をしながら、一樹は芳佳をリビングに案内する。一樹が扉を開けて彼女をリビングに入れてから、足早にキッチンに向かってお茶の準備をする。
「今日はどうする?」
「ん~、アールグレイ、なんてある?」
「もちろん」
「じゃ、それでお願い~」
「あとマフィンもだろ?」
やった、と嬉しそうな表情を浮かべてソファに座る彼女を横目で見てから、一樹はこっそりケータイのメールボックスのファイルを一つ開き、そこに書いてある一文を心の中で読んだ。
(今日帰るから、晩御飯よろしく~。今日は牛丼がいいな~。って、どんだけ自由なんだよ姉貴は)
そう、さきほどから彼が危惧しているのは、今日帰ってくると昼休みにメールをよこした彼の姉。県内の大学に現役かつ一般試験でトップの成績を残して合格した秀才であり、春ヶ丘高校相談所の創設者、崎原怜が帰ってくるのだ。
彼女は容姿端麗成績優秀運動神経良しの三拍子そろったまさに天才で、男子にもモテるがいまだ付き合った回数はゼロ、という勇者。その理由は「告白してくる男子はみんなチャラくて私の体目当てだって駄々わかりだから」らしい。どれほど男を見切る目がいいんだと突っ込みたいが、ここはそのことに対しては少し置いておく。
しかし、それはあくまでも外での彼女。家の中でのだらけっぷりは外に見せられるものでもなく、さらに弟づかいもかなり荒いのだ。その証拠が、このメールである。
(まぁ、話が長引かなければ大丈夫か)
そんなことを思いながら、彼は沸騰したお湯でぱぱっとアールグレイを作り、冷蔵庫に保存しておいたマフィンと手作りのブルーベリージャムを瓶ごと持ってきて、そのままテーブルの上に乗っける。その光景を見た芳佳は、何か感動したような表情を浮かべていた。
「ほい、お待ち」
「わぁ、すごい!このジャムって、まさか崎原君の手作り?」
その問いに彼は特に何も言わずにうなずく。その無言の答えに、さらに芳佳は瞳を輝かせる。「食べていいぞ」と一樹が言うと、反射の如く彼女はマフィンを一つ取り、ジャムを少しだけ塗って一口食べた………瞬間幸せそうな表情を浮かべた。どうやら、お気に召したようだった。
「おいしいね、これ!」
「そりゃ、手作りだからな」
一樹の言葉を聞かないでマフィンをどんどん食べる芳佳。その様子を見ながら、一樹は足早に今回に会議の準備を進める。芳佳に手伝ってもらわない理由は、あくまで彼女が客人で、客人をむやみに手伝わせてはいけないだろ、と言う彼なりの心遣いである。
そんな彼を尻目に、芳佳はリビングにある大きな本棚に目を向けていて、その書籍の量に呆然としていた。彼女も本をよく読む方だが、この量は以上ではないか、と思うほど、その本棚には数多くの本が置いてあったのだ。
その種類は古代の文学から現代文学、果てはライトノベルまで幅広く取りそろえてあった。古代は紫式部の『源氏物語』や清少納言の『枕草子』、明治の文学は、森鴎外の『舞姫』や『雁』、武者小路実篤の『友情』や、伊藤左千夫の『野菊の墓』など、古今東西、色々な文学作品が並べられていた。
しかし、その本棚の中二段を完璧に埋め尽くしているのは、宮沢賢治関連の書籍。全集はもちろん、各短編集や詩集、彼に関わる論文を掲載した学術雑誌など、まるで宮沢賢治の宝庫だろうかと錯覚してしまうほど多くの書籍が収められていた。
「凄いね、この本の数」
「あぁ、これか。この本な、親父が集めたんだよ」
「崎原君のお父さんが?」と疑問の声を上げる彼女に対して、彼は「親父、一応図書館の司書やっててさ。それで、将来は図書館を開きたいんだって」と答える。そんな大きな夢をきいてしまった芳佳は驚きで声も上げられないが、そんな彼女を放っておくかのように一樹はさっさと話し合いの準備に取りかかっていた。そして、再び芳佳がテーブルに目を向けたときには、すでにもう話し合いが開始できるような状態までスタンバイされていた。
「それじゃ、話し合いを始めるか」
「うん、そうだね」
そんなことを言いながら、一樹はどこから持ってきたのか移動可能な小さめのホワイトボードを引っ張ってきて、そこになにやら書いていく。書かれた文字は、『ストーカー撃退策』と、見事なまでにストレートな内容だった。
そこに黒点を打っていきながら、なにやら一樹が考えたであろう撃退策のポイントを書いていく。それが以下の通りである
1,依頼主である花園絵里香の周辺捜査(特に綿密に)
2,登下校ルートとその死角になる場所の確認
3,犯人との接触は、依頼主の目の届かない場所で
4,暴力沙汰は避ける
「質問~。1番についてなんだけど、どうやって調べるの?今のご時世、プライバシーが云々って言う壁があるよ?」
「あくまでも簡単且つ一般人が出来る範疇で収める。ケーサツみたいに細かくやるワケじゃないから、同級生の先輩に聞いたり、寺原先輩にもらった花園先輩をよく知る信頼できる人の一覧表もどきを貰ったから、それを活用していくだけさ」
確かに納得できる、と芳佳は心の中で呟いた。今の世の中は、プライバシー関係の法律やら決まり事やらがそれなりに厳しくなっているし、それを超えて一般人が何か調べようとすると、逆に調べる側が捕まってしまうことも考えられる。それを超えない水面下ギリギリの調査、となるのだ。かなり厳しい条件だが、これはどうにかしていかなければならない。
芳佳の更なる質問、特に二つめの『登下校ルートとその死角の把握』に関しては、実際に何回か一緒に下校して頭に叩き込む、と言うのだ。他の人が一緒に帰っていてもストーキングしてくると言うことは、かなりの手慣れか、それだけ姿を隠す場所が多いか、確率的にはその二択である。状況さえ頭に入っていれば、それだけ犯人と接触できる確率も上がる、と言うことらしい。
「ということは、とりあえず最初にやるべき事は花園先輩の周辺捜査だね」
「あぁ。男子生徒は俺、女子生徒は篠宮に任せる」
「え、二つとも崎原君がやるんじゃないの?」
そんな彼女の問いに、一樹は「女子対女子のほうが、普通話しやすいだろ?」という当たり前のように感じる返答を返し、そのまま自分用に作っておいたアールグレイを一口飲むと、ちらりと壁に掛けてある古風な振り子時計に目を移す。すでに時刻は五時半を回っており、そろそろ晩ご飯の準備をしなくてはいけない時間帯だった。
「さて、んじゃ今日はこれで終わり。続きはまた明日の昼休みと放課後な」
「そんなこと言わずに、一樹の夕飯食べながら話の続きしましょ?」
「そう言うわけにもいかないんだってーの姉ちゃん………?」
今、何か聞き慣れない、と言うか、聞き覚えのありまくる声が聞こえなかったか?そんな不思議な感覚、というか、むしろ懐かしくもある声を耳に残しながら、一樹はゆっくりと声の聞こえた玄関側の扉に目をやる。そこに、彼女はいた。
腰まで届かんばかりの長い艶々した黒い髪、ほんの少し長い前髪は、右側に流して雷マークの付いた髪留めで留めてある。身長も一樹とほんの少ししか変わらないのではないかというなかなかの長身でスタイル抜群。その『人を惹き付けるような容姿』を持った彼女は、右手をちょいっと上げて、
「ただいま、一樹」
そんなことを言った。状況が全く分からない芳佳をほっぽって、一樹は後悔したようなため息をついて、その女性に向かってため息混じりの声でこう言った。
「お帰り、衿姉ちゃん」
そう、話に夢中になっている間に帰ってきたのは、一樹の姉であり大学一年、さらに春ヶ丘高校の相談所を創設した崎原衿だったのだ。
「………で………なのよ~」
「え、そうなんですか?それは、興味深いですね」
「でしょ~?」
そんな女性陣二人の楽しそうな声を後ろで聞きながら、一樹は自身オリジナル牛丼制作のために肉を焼いていた。通常、牛丼なら煮込むのだが、今回に限っては『焼き肉丼』と言ったところだろう。塩だれベースのソースを使って肉を焼いているせいか、後ろにいる二人の姿勢が時たま自分の背中に刺さり、非常に大きなプレッシャーがかかっている。
確かに、姉の衿からのメールでは『牛丼が良いな~』などのメッセージがあったが、まさかその姉が芳佳を晩ご飯に誘うとは思っていなかった。確かに姉が買ってきた食材の量は何故か四人分あったし、残っている米の量もそれなりだ。つまり、姉がこうなることを予想していた、と言うことなのだろう。
「………全く、ホントに驚かされるわ」
「何が~?」
「なんでもないよ!」
地獄耳か、と心の中で呟いて、一樹は焼き肉丼の最終仕上げに入った。その時、不意に後ろに気配を感じて無意識のうちに「ん?」と呟いていた。それに驚いてか、後ろにいた人物は「ひゃっ」という驚きの声を上げて、どしんと尻餅をついたような音を立てて一樹の後ろにこけた。
後ろにいたのは、先程まで芳佳と話していて、一樹が地獄耳と思った存在そのもの、姉の衿だ。どうやら、出来映えのほうを見に来て、こっそり後ろから見に来て驚かそう、と言う企みのようだったのだが、一樹の気配察知に察されて失敗、あえなくおしりからこける、と言う、少し残念な状態になってしまっていたのだ。それに「家族に見せるサービスショットはありません!」と言わんばかりに、履いていたスカートの端をしっかり持ってこけた結果中身が見える、と言う残念でありつつ男子にとっては眼福となりかねない展開はきっちり回避している。ここの当たりは、流石姉弟と言うところである。
「それで、何?もうすぐ出来るから、席についてて良いよ?」
「そうじゃないって。依頼、受けたんでしょ?」
何で知ってる、と言う疑問を衿にぶつける前に、彼女から「芳佳ちゃんが教えてくれたの」と種明かし。相変わらずの情報収集能力だな、と感心しようものなら、確実に調子に乗った発言をしてくるだろうと先読みし、一樹は「そうだけど?」とただ素っ気なく返す。
すると衿は、少しだけ心配そうな表情をしてから、「じゃぁさ………」と少しだけ言いにくそうに切り出した。
「あれ、持って行くの?」
「………あれは、使わない方向でいくさ。なるべくな」
そんなことを言いながら、一樹は出来上がった肉を丼一杯によそったご飯の上に盛りつけ、あらかじめ作っておいた錦糸卵をぱらぱらとのせる。これで、一樹流『ちょっと豪華な焼き肉丼』の完成である。完成度の高さを見て、衿は言わずもがな、リビングにいたはずの芳佳ですら近寄って、幸せそうな表情をしていた。
とりあえずは晩飯だ。そう自分に言い聞かせた一樹は、話しかけていた衿を席に着かせると、あらかじめ作っておいた味噌汁を三人分よそってから、二人が待つテーブルに慎重に運び始めた。
その後、食後のデザートと言って一樹が出した杏仁豆腐をササッと平らげた三人。そのうち、衿は食べた直後に自分の部屋に引っ込みつつ「もう寝るから、芳佳ちゃんを送っていくのよ?」と一樹に言い聞かせると、そのまま就寝してしまった。その自由奔放唯我独尊天真爛漫な衿を見て、少しあっけにとられてしまった芳佳だが、すぐに「良いお姉さんだね」と言って流す。その言葉に「唯我独尊過ぎて困るときがあるがな」と言ってから、今は芳佳のことを家まで送り届けているところである。
ほのかな街灯の下をゆっくりと歩きつつ、どうでもいい話を続ける二人。その姿はどことなく、「彼氏が彼女の家まで送り届けている」というようにも見えなくもない。
そのため、芳佳はどことなく緊張しているのだ。彼女自身、男友達はそれなりに多い方で、よるに男女5~6人で遊びに行ったりするアクティブな性格だと自負している。そのため、別に同年代の男子と二人で歩いていても緊張はしないはずなのだが、何故か一樹が隣にいると、妙に緊張してしまうのだ。
(あっれー?何で私、こんなに緊張してんの~?)
表情では緊張していないそぶりを見せているのだが、内心では心臓は珍しく鼓動の店舗がアップしている。まるで、ミュージシャンのライブでスローテンポの曲から急に激しいテンポの曲に早変わりしたときのようだった。
横目でチラリと一樹の表情を確認する。その表情は珍しく固まっており、一瞬芳佳のほうを見てはすぐに正面に視点を戻す、というような感じを繰り返している。どうやら、あっちもあっちで緊張している様子だった。
そんな年相応な表情を見て、芳佳は緊張がほぐれてしまったのか、ふふっと笑みを零す。それに気がついた一樹は、「何で笑ってんだよ」と少しだけふくれたような表情で彼女に問いかけた。
「いやね、いつも冷静沈着で大人っぽい崎原君でも、こういう状況は緊張してるんだなぁ、って」
「緊張しない方が可笑しいだろう。そう言う篠宮は緊張していないのか?」
「私だって緊張してるよ~」
そう言いながら、胸に手を当ててみせる芳佳。確かに、彼女は感じていた。いつもなら毎分70回ほどのテンポで、トクントクンと脈打っている心臓の音が、今に限っては毎分100回くらいのテンポでその音を鳴らしている。これが緊張していないはずないのだ。
「さて、と。早速明日から動き出すかな」
「うん、よろしくね崎原君」
芳佳の笑顔を全く見ないで、一樹は右手を真横に軽く突き出す。それを見て、一瞬何か分からなかった芳佳だが、すぐに意味を察した彼女は左手をゆっくりそこに向かって突き出していき、すぐにコツンとぶつかった。スポーツ選手などがやるのをよく見る行為だというのは、芳佳も知っていた。しかし、今のこれは、「頑張るぞ」という意味ではなく、それ以上の意味があったのではないか、と芳佳は内心思っていた。
いかがでしたか?
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