二話
ようやく二話です。
ようやくとは言っても、なんだか書きやすいです。
では、どうぞ!
―――翌日、朝。
少年―――崎原一樹は、教室の自分の席である窓際の真ん中当たりの席で一人で読書に耽っていた。本日の本は、宮部みゆきの『ブレイブストーリー』、その文庫本の中巻である。上・中・下の三つに分かれたその作品の中巻のとある一ページを読み終わってから時計を見るついでに、彼は昨日会ったクラスメイトのことをふと思い出した。
(篠宮芳佳。面白い娘だったな)
そんなことを思いながら、彼は時計を見てから教室を見渡す。今の時刻は七時半をちょうど回ったところである。朝のホームルーム前の読書時間開始は八時半。つまり、彼は一時間も前に学校に来ていることになるのだ。その理由は至極簡単。読書時間確保のためである。
家では両親に確実に家事を手伝わされるため、それをやっていれば登校時間はギリギリになり読書はおろか学校に遅刻しかねない。夜(彼の場合、十時から翌日の一時まで)は基本的に勉学を優先する時間、と思っているため、あまり読書はしない。つまり、確実に読書するためには、この朝の時間は大切なのだ。
教室を見渡しても、もちろんこの時間は殆ど生徒がいないため、教室内は不気味なほど静かである。窓の外からは、朝の練習に励む野球部や陸上部、ラグビー部の声が聞こえてくるが、それは季節の風刺と捉えて、全く気にしていない。
そして、ちょうど主人公が現実世界の友人と再会したところまで読んで、更に読み進めようとしたところ………
-ガララ-
「………うん?」
「………へ?」
教室の前のドアが開き、そこで固まる少女。窓から入ってくる風になびくサラサラな黒髪のロングヘアー。昨日会ったときには付けてなかった、黄色の星形の髪留め。彼女の瞳は、まっすぐ窓側真ん中当たりの席に座る一樹の視線を捉えていた。
二人同時に変な声を出して固まってしまう。しかし、その硬直状態を解いたのは、意外にも一樹が先だった。その場で大きくノビをしてから、芳佳に向かって「よっす、早いな」と明るく挨拶する。すると芳佳も「うん、ちょっと早く来すぎちゃった」と苦笑混じりの笑顔を見せながら自分の席―――廊下側真ん中辺りの席に自分の荷物を置くと、トテテ、と言う効果音が似合うような小走りで一樹の机の前に来て、彼の前の机に腰掛ける。
「あ、今日はブレイブストーリーなんだ」
「あぁ、今日はな」
そう言って一瞬で静かになる教室内。また何か話題を探そうとあたふたする芳佳を横目で見ながら、一樹は本に視線を集中させたままゆっくりと口を開いた。
「と言うか、何でこんなに早いんだ?何か用事でもあるのか?」
「いや、特に用事はないんだけど、ただ………」
ちょっと、崎原君と話したいなぁ、って思って。そう小さい声で答えた芳佳。しかし、彼女の声は一樹には届いていない。しかし、彼女の『表情』を見て悟ったように、彼は小さく微笑んでから読んでいた本をゆっくりと閉じる。
その行動に驚く芳佳。そんな彼女を気にする様子もないように、彼は本を机の横のフックに掛けていたカバンに入れると、まっすぐに芳佳へと向き直る。
まっすぐ見つめられた芳佳は、ちょっとビックリしながらもゆっくりと言う。
「あれ、もう終わり?」
「本は後で読める。話、したいんだろ?」
まさに自分の心の声を読んだような言葉に驚く芳佳。しかし、そんなことは気にしていなかった。だから彼女は、今までで一番言い笑顔で『うん』と大きく頷いた。
その後、二人は先生が車での時間、色々なことを話した。その時の彼女の表情は、意外にもとても楽しそうな表情をしていた。
―――昼休み
芳佳は中学の頃から一緒の友人である叶 ちせ、落井カノカ、佐々原晴香の四人で昼食を食べていた。しかし、そんな楽しい昼休みのはずなのに、芳佳の表情はどこか上の空、と言うところである。そして、今彼女の視線の先には昨日一樹から半ば強引に受け取らされた一枚のB5用紙があった。
「あれ~?ヨッシー、何でその紙持ってるの~?」
芳佳のことを『ヨッシー』と呼ぶのは、佐々原晴香。フワッとしたくせっ毛をツインテールにした、そののほほんと笑顔を向ける彼女は身を乗り出して芳佳の見ていた用紙をひったくる。
刹那の間にひったくられた芳佳は、盗られた者のせいで非常にあたふたしながら「返してよちょっと~」と言いながら晴香に対して手を伸ばし、紙を取り返そうとする。しかし、晴香はその手をヒラヒラと器用に回避していく。これぞ、中学の頃から一緒にいる賜物なのだろうか?
「これ、掲示板に貼ってあるやつだよね~?」
「あ、そう言えばそうね。芳佳、何で持ってるの?」
もしかして、剥がして来ちゃった?と茶化すように、落井カノカが金色の髪を揺らして言う。自慢の金髪を三つ編みにしている彼女は、アメリカと日本のハーフ。ちょっと気が強いが、それを裏返すかのような友達思いの女の子である。もしも学校の掲示物を剥がしてきた、なんてことは信じたくないから、彼女は茶化しながらも芳佳のことを心配しているのだ。
彼女の言葉を聞いてから、芳佳は「そんなことないよ~」と焦りながら
しっかりと真実を口にする。
「この紙、崎原君にもらったんだよ?」
「え、崎原に?」
芳佳の声に反応したのは、茶色の短髪少女。他の三人よりも明らかに身長差がある叶ちせ。その短髪が物語っているように、彼女は根っからのスポーツ少女。中学時代に入っていたバスケ部では、その長身を生かしてバスケ部を県内一位まで引き上げたバスケっ娘である。しかし、最後の大会に張るはずだった関東大会の前に怪我をしてしまい、その大会を不意にしてしまったが、それは良い思い出、と笑いながら言うような娘である。その、いつも元気な表情しか浮かべていないような娘が、彼の名前を聞いた瞬間にちょっと不思議な表情を浮かべた。
そんな彼女の表情を見かけた晴香は、「どうしたの?」といつも通りののほほんとした表情でちせに訪ねる。すると彼女は「うん、ちょっとね」と神妙な表情をしてから、ゆっくりと話し始めた。
「いや、その紙、なんか四年前?えっと、今の三年生が一年の時から張ってあったんだって」
それに、崎原が他人にこういう事するの珍しいな、って思ってさ。そう言ってちせはコンビニのおにぎりを幸せそうな表情で頬張る。彼女の顔を見て、カノカと晴香が笑う。そんな笑いの絶えない話の中で、一人芳佳はちらっと窓際の真ん中の席―――崎原の席を見ていた。
その一瞬の出来事を、晴香は見逃さなかった。何か企むような笑みを浮かべると、「そうだぁ」と少しわざとらしく声を上げる。
「それじゃあさぁ、木原先生に聞いてみれば良いんじゃない?」
「木原先生?」
晴香の言葉にカノカが疑問の声を上げる。その疑問の答えとして、晴香は「確かねぇ~」と相変わらずののんびりボイスで答える。
「木原先生は、図書の先生?だから、司書さんって言うのか、そう言う人なんだよ~」
「どういう人だよ、殆ど答えになってないじゃん」
晴香のほわわんとした答え方に対してちせが厳しい返答をする。その返答に対して晴香は「ちーちゃんひどいよ~。まだ言い終わってないのに~」といいながらもう一度ゆっくり言葉を選んで言っていく。
「えっと、木原先生は、この学校に七年間勤めている司書の先生でね。七年間勤めているなら、この紙のことも何か知ってるんじゃいかなって」
そっかー、と納得する三人。賞賛を受けた、と思いこんでいる晴香は胸をふんぞり返らせて「もっと褒めるが良い~」とどこか間違えているような感じで喜んでいた。
そんな中、芳佳はもう一度窓際真ん中の席を見る。今は主がいない、一冊の本―――昨日と同じ『銀河鉄道の夜』が乗せられたその席は、どこか寂しそうな、そんな感じに思えていた。
-ガララ-
その時、教室の喧噪に隠されるようにドアが開く音が鳴る。そして、その騒がしさに紛れるように、彼が教室に戻ってくる。一瞬だけ視線が彼に集まるが、すぐにその視線が集まる感覚はなくなった。
その瞬間、芳佳は彼のところに行って話をしたかった。でも、それは今の瞬間起きた視線の集中で、その気がなくなってしまった。
今行ってしまったら、何故か自分がのけ者にされてしまいそうな感覚が生まれてしまったから。だから彼女は、この昼休み、彼と話すことなく、横目でちらっと見ることしか出来ず、時間が過ぎていった。
―――放課後
午後のショートホームルームが終了し、それぞれが放課後の活動のために教室を出て行く中、芳佳は崎原のことを探していた。
教室をぐるっと見渡しても、彼はいない。始業式から彼とよく話していた遠野紳助に話を聞くと、彼は図書室に向かったらしい。彼にお礼を言ってから、彼女は教室を出る。
「芳佳っ」
ふと声を掛けられ、彼女は振り向く。そこにはカノカがいた。すでにちせと晴香は昇降口に言ったのか、彼女一人である。教室のドアの先で仁王立ちする彼女は、その格好に似合わず何かを企んでいるような笑顔を彼女に向けている。
芳佳は彼女に何か話しかけようとする。しかし、彼女の声掛けよりも先に、カノカが声を出した。
「進展があったら、教えなさいよ~?」
「え、え?ちょっと、何それ!?」
じゃーねー、と伝えて、風のように去っていくカノカ。流石は元陸上部という脚力を彼女に見せつけながら、カノカは一気に立ち去っていく。いや、この場合走り去っていくというのが正しいか。
そんな訳の分からない友人に首を傾げながら、芳佳は「よし!」と何か分からない意気込みをして、図書室へと向かう。
入学式の時にもらった構内図を頼りに、彼女はゆっくりと足を進める。階段を二つ上がって二階に入ってから、左側の新しい校舎、通称『新館』と呼ばれる校舎に入ってから、彼女は一気に階段を駆け下りる。
そこの突き当たり。開けた場所を上手く休憩所として使ったそこに、図書室はあった。そこの休憩スペースには自動販売機なども常駐しており、勉強の合間に休むにはもってこいのスペースである。
彼女はシューズロッカーに上履きを入れて、図書室に入る。その瞬間、廊下にいたときに聞こえてきた喧噪が一瞬にして静まりかえった。それと同時に香る、本の匂い。懐かしさと心地よさが同時に体の中を駆けめぐるような感じだった。
「あら、初めての人?」
「はい………?」
ふと声を掛けられ、彼女はゆっくりと横を向く。そこにいたのは、長い黒髪の女性だった。容姿端麗、とはこの人にあるような言葉ではないか、と思うほど、綺麗な人だった。別に化粧をしっかりやっているわけではない。薄い化粧でも、その美しさが十分に発揮されているような感じだった。
「あの、木原先生ですか?」
「えぇ。私がこの春が丘高校一の美女、木原真代よ」
ぽかんとしている芳佳に、ちなみに冗談よ、とすかさず付け加える木原。しかし、すぐに周囲から控えめながらも「その言葉、嘘じゃないですって」と言うような言葉が飛び交う。その言葉に優しい微笑みで「ありがとうね~」と返す辺り、彼女自身まんざらでもないようだ。
それで、私に用かしら?そう聞く彼女に対して、芳佳はパッと思い出したように、制服のポケットから丁寧に折りたたんだ一枚のB5の紙―――昨日崎原からもらった用紙を彼女に見せる。その紙を見た木原は、驚いた表情から懐かしむような表情に変わっていった。
「あら、この紙………懐かしいわね。どこから剥がしてきたの?」
「剥がしてないですって。昨日、崎原君からもらったんですけど、何か知ってますか?」
崎原、その名前を聞いた木原は、更に懐かしむような表情になってから図書室の一席に座り、前に座るように芳佳を促す。席に芳佳が座ったのを確認すると、ゆっくりと話し出した。
「この相談所はね、崎原君のお姉さんが立ち上げたものなの」
「彼のお姉さんが?」
その時のことを思い出しているのか、木原はとろけそうな表情をしている。何故そんな表情をしているのか追及したくなったが、その思いに関しては後で聞くことにしよう。
そして、次のこと、その相談所がどこにあるのか聞こうとしたとき、不意に木原がまっすぐ前を指差した。その方向を見ると、本棚しかない。しかし、その本棚しかない当たり前のような図書室の光景の中、芳佳は一ヵ所だけ、他とは違う光景を見つけた。
本棚の真横に着いた、一つの古ぼけた扉。所々剥げていたりして、明らかに年季の入った扉だと分かる。そして、その扉の上には、『第 資料 』と、二ヵ所ほど文字の剥げたネームプレートが引っかかっていた。そのネームプレートの下に、それより小さな文字で、何か書かれていた。さすがに視力に自信のある芳佳でも、この距離であの小さな文字を読むことは難しかった。
「あそこ、資料室………?」
「あそこが第一資料室。あの場所に、答えがあるよ」
その言葉を聞いた芳佳は、すっくと立ち上がって「ありがとうございます!」とお礼を言ってそこに向かう。その時、「頑張れ、女の子」と小さな声で木原が言ったのに、彼女は気がついていないだろう。
資料室の前までゆっくりと歩く。その扉は明らかに古いもの。しかし、そのネームプレートの下には、濃い字ではっきりと『相談所』と書かれていた。
芳佳は大きく深呼吸してから、再び意気込む。そして、ゆっくりとドアノブに手を掛け、回す。
「失礼しまーす………?」
そう言いながら資料室にはいると、芳佳は固まってしまった。そう、文字通り固まってしまった。
「………おぉ。誰かと思ったらお前か」
資料室の中を簡単に説明しておこう。
広さは普通の教室の三分の二ほどの大きさ。窓際には何故か『キッチンのようなもの』がセットされており、そこにコーヒーセットや紅茶の一式が置いてある。さらに入り口付近から資料室半分は、資料室の名前の通り古くなった本がぎっしり詰まった本棚があるが、それよりも目立つ中央左寄りに位置する長テーブルとイス六つ。そこのイスに座って優雅に紅茶を飲んでいるのは、間違いなく崎原一樹である。
「………えーっと、どうつっこめば良い?」
「………とりあえず、飲むか?」
そんな締まらない会話に、内心芳佳が笑っていたのは秘密である。
感想など、よろしくお願いします!
「こういうキャラクターがほしい」という様な声がありましたら、実現するかもしれません。
では、次回もお楽しみに!