その17 生きたいという本能
ロクは右手を腹にかざしながら左手だけで運転を続けていた。ロクの腹からは大量の血が流れ出ている。
「こちら・・・黒豹・・・P6・・・聞こえるか?」
『こちらP6、我妻。黒豹どうぞ。』
「ポリス道・・・北30キロに・・・P5の・・・虹が3機・・・救援を出してくれ・・・」
『ロクさん?どうされました?』と我妻。
我妻はロクの無線の異変に気がついた。
「俺はいい・・・は、早く・・・虹に・・・援軍を・・・」
『了解です。至急出します。それよりロクさん?怪我されてませんか?』
「大した・・・事ない・・・急げよ・・・」
ロクはそう言うと、無線を一方的に切ってしまった。
P6指令室。弘士や曽根の姿もある。
「ロクか?」
我妻のロクへの無線に気づいたのは弘士も同様であった。
「はい、虹に援軍を出して欲しいと。北30キロまで来てるそうです!」
「まだ敵の中か・・・よし、アシカム、山猫を出すぞ」
「了解!」
「ロクはテスト走行中だったな?」
「はい、桑田と朝から出ていました!」と我妻。
「どこまで行ってるんだ?奴は?」
「間もなくレーダーで確認できます!」と柳沢。
「我妻、こちらから無線だ!」
「了解!」
「北ゲート、虹の受け入れ用意だ!松井?山猫は?」
「間もなく北ゲートです!」と松井。
「司令、黒豹の応答がありません!」と我妻。
「黒豹確認・・・こちらに向かってます・・・ん?なんか蛇行していますね!」と柳沢。
「ロクのとこの山口は?」
「本日、非番ですね!」
「呼び出せ!」
「了解!」
「待て、俺が行こう!」
珍しく曽根が席を立った。
「お願いできますか?」と弘士。
「出来の悪い息子を持つと苦労するなぁ~」渋い顔の曽根。
その頃、P6の北ゲートからはダブル率いる山猫隊のSC30台が出撃していた。
「ポリス道を北でいいのか?」とモニターを見るダブル。
『すいません、情報が少なく・・・』と松井。
「デート中の御本人は?」
『間もなくこちらへ・・・無線が繋がらず・・・曽根参謀が向かっています!』
「曽根参謀が?珍しいな・・・?バズーに急ぐように伝えてくれ。敵によっては、アシカムは必要だ!」
『了解です!』
「ロクとは、恐らくすれ違う。ロクの方も対応出来たらこちらでやってみるよ!」
『分かりました。伝えます!』
ダブルが無線を切ると、再び無線が入る。
『隊長!ロクさんのジャガー確認!』
「ん?」
ダブルの隊の右方向1キロ方向に砂煙を上げ、荒野を走るジャガーを確認する。ダブルは窓を開け目を凝らした。ロクが普通に運転をしているが、何か様子がおかしい。慌ててダブルはロクに無線を飛ばす。
「黒豹?聞こえるか?・・・おいロク!?どうした!?」
ダブルは隊を離れ、ジャガーに近づいていた。するとジャガーのフロントガラスに銃弾を見つけた。よく見るとロクの様子もおかしい。
「こちら山猫!P6聞こえるか?」
『こちらP6の松井・・・』
「黒豹確認!フロントガラスに銃弾痕あり。ロク負傷の可能性あり!受け入れ態勢を取ってくれ!急げ!」
『り、了解!』
P6指令室。
「黒豹確認!銃弾が車両にあると山猫から連絡!」と松井。
「分かった。医療チームを北ゲートに急行させろ!」
「了解!」
「ロク・・・」
地下3階の廊下を関根とスタッフがストレッチャーを押しながら走っている。ストレッチャーの上にはいくつかの医療器具が置いて運ばれている。
「どいて!急患だから!」
廊下には、まだ奇襲で負傷したジプシーがまだ座ったままで、廊下はスムーズに通れなかった。
「どいて!どいて!」
P6北ゲート。ゲートは左右に開き始めていた。関根は先頭に立ってジャガーを待っていた。その時、塀の上の監視兵から声が掛かる。
「来ました!黒豹!ジャガーです!」
ゲートの先の荒野、肉眼でも確認できる程にジャガーは近づいていた。曽根参謀のSCなのか、横に1台並んで走っているSCも見える。仕切りにクラクションを鳴らしている様子だ。だがロクのジャガーは時折蛇行し、北のゲートに向かっていた。
「スピードが落ちていない!みんな気をつけて!」
ジャガーはスピードを落とす事無く、ゲートに近づく。よく見るとロクはハンドルを枕にし、顔を上げていない。
「意識を失っている!このままだとぶつかるわ!」
関根は腰の拳銃を抜くと、ジャガーに向けて発砲した。
「気づいて!」
1発目は空に、しかしロクは気づかない。
「もう!ロク!ジャガーに当てるわよ!」
関根は仕方なく、ジャガーの車体を狙った。銃弾はジャガーに命中。ロクはその金属音に気づくと、慌ててブレーキを踏んだ。停止したのはゲートの近く僅か前だった。関根の医療チームは急いでロクのジャガーに近づく。ロクは既に意識がなく、腹辺りから大量の血を流している。
「ロク・・・急いで輸血の用意!」
関根はインカムを使い、他のスタッフに無線を飛ばした。他のスタッフたちはロクをジャガーから降ろすと、急ぎ医療用ストレッチャーに移し変えた。
「ロクの血液は確かO型!急いで用意して!」
『関根さん!先日の奇襲で輸血のストックがなく・・・』
「兵の中から献血してもらうわ!同じ血液型の兵を集めて!とにかく急いで!今そっちに行く!」
虹の三角1番機コクピット。
「P6のSC隊確認!」
「早いな?」と死龍。
「無線が入ってます!」
「こちらに繋げ!」
『こちらP6山猫!虹、聞こえるか?』
「久しぶりだな、ダブル・・・」
『し、死龍か?なぜ虹に?』
「なんだ?来ちゃ駄目な言い方だな?」
『どうでもいいが、ロクはどうしたんだ?』
そのダブルの無線の様子に桑田は思わず立ち上がった。
「先にそちらに向かわなかったのか?」
『負傷していた・・・』
「えっ・・・?」驚く桑田。
「ここを離れた時は、なんでもなかったが・・・」
『無線を受けないんだ。まあいつもの事だが・・・』
「ロクは、タケシと交戦した。我々を逃がすために・・・まさか?」
その時、桑田は死龍の無線を奪いダブルに話した。
「それでロクさんは!?」
『桑田か?そこにいたか?既にP6に着いた頃だろう?』
「そうですか・・・」
『敵は?』
「岩出山が最後だ。桑田らから聞いた。松島に奇襲を掛けたそうだな?」
『まあ、奇襲作戦は成功ってとこだよ!』
「後で詳しく聞く。最後尾の2番機が足が遅い。2番機の護衛を頼む!」
『了解!後でバズーも来ますよ!』
「そうか・・・みんな元気そうだな・・・?」
『まあ、ロクの事も心配しなくても大丈夫だよ。ただで死ぬ奴か?』
「そうね・・・」と死龍。
「・・・」桑田だけが暗い表情だった。
P6地下3階ジプシー専用医療室。女医のスタッフ5名がロクの手術台の慌ただしく動いていた。
「どうしてないの?なんでないの?よく探しなさい!」と関根。
「あるべき場所にないんです!」
「まあいい。ロクは大して大きい怪我はないし病気もしてない。服を切って!」
「はい!」
関根はロクの腹部を見て驚いた。銃弾は貫通していて傷口は2箇所あるのだが、その2箇所とも針金で縫い合わされていた。
「ロク・・・自分で腹部を縫ったのか・・・?輸血は!?」
「今、10名程が・・・」
「時間がない、急がして!・・・流石ね・・・生きたいという本能ね・・・」
「血圧低下!45!」
「関根さん!すぐ輸血しないと危険です!」
「死なせないわよ・・・ロク・・・絶対に助けるわ!」真剣な関根の顔つき。