その8 月の恋人たち
ロクと桑田は互いに身を寄せ合い、ポンチョの下で抱き合っていた。時折、顔を見つめあうとキスをし、またキツく抱き締める。寒いせいか互いの肌の温もりを確かめるように深く抱き合っていた。
月は欠け、東の空から真上に昇り始めようとしている。警戒用のライトがロクと桑田の塀にも時折当たるが、二人は塀の手摺りの影に腰掛けているので、ギリギリで照明は当たらない。ロクはいつものように優しい顔で、桑田を見つめていた。桑田も照れながらロクの澄んだ瞳を見つめる。互いの瞳には大きな月が映し出されている。
またキスをする二人。互いに言葉は発しないが、二人は互いにこの時間を待っていたかもしれない。桑田はいつの間にか、ロクに全てを捧げていた。桑田は昔からの夢を、今叶えたのだ。
P6地下3階ポリス専用医療室。ダブルが聖のベットの脇にいた。聖は変わらず顔に包帯をしてベットに座っている。
「調子はどうだ?だいぶ良くなったな?顔色もいい!」
「さあね。でもそれなりに動けるようだけど・・・顔の火傷だけよ痛いのは・・・」と聖。
「早速なんだが、流産した子供の父親を知りたい。」聖に問うダブル。
「ポリスがする仕事にしては、変な仕事ね?」
「緊急なんだ!」真顔のダブル。
「前まで仲間だった、ヒデという男よ。恐らく・・・」
「ヒデ?・・・恐らくでは困る!」
「酔ってたから・・・」
「あれ~酔うと、誰でも抱かれちゃうわけ・・・?」
ダブルは冗談半分で聖の顔を覗き込んだ。少し赤くなる聖。
「そ、そんな事ないわよ!!」
「ならそいつは、今どこに居る?」
「タケシと一緒じゃないの?」
「の?って・・・まあわかった・・・」
「ねえ?なぜ私だけ、ここに?」
「心配するな!すぐ出れるよ!」
「外の空気が吸いたい。ここ息が詰まりそう・・・こんな地下で育ったわけじゃないのよ。」
「今は無理だ。安静にするように言われなかったか?」
「少しでいい。」
「うーん・・・今、担当に聞いてやる。駄目なら諦めるんだぞ?」
「うん!」笑顔の聖。
その頃、南ブロック住居街の外れの共同墓地では、大場の遺体を埋葬していた。夜につき、所々照明が付けられていた。直美、勝也、雨音の3人が棺を荒野に埋め終わっていた。3人には、山口ともう一人の兵が護衛にあたっていた。埋葬には5人だけで、他の者は誰もいなかった。
「大場さん。よろしいでしょうか?」と山口。
「・・・うん。ありがとうございました・・・勝也、雨音。お父さんにお別れを言って・・・」
「うん・・・バイバイ、お父さん・・・」悲しい顔の雨音。
「またね・・・お父さん・・・」凛とする勝也。
雨音と勝也は墓地に向かって合掌した。直美は無表情のまま涙が流れ、二人を抱きかかえるように連れて帰った。本来、埋葬は昼に済ますのだが護衛されてる身の上、直美もその事情は把握していた。密葬というにはあまりにも悲しい葬儀であった。
P6東ブロック軍事施設。あるエレベーター前、車椅子に座った顔に包帯を巻いた聖と、その車椅子を支えるダブルの姿があった。
「随分、あの女医に顔が効くのね?」ボヤいてみせる聖。
「あ?ああ・・・ふふふ、10分だけだぞ?」意味深な笑いのダブル。
「あっ、月が出てる!」
月は、真上に来ていた。聖は夜空を見て、うれしそうな声をあげた。しかし、すぐ悲鳴を上げた。
「顔痛たた・・・」顔を押さえる聖。
「大丈夫か?無理するなよ?」
「いいの!やっぱ、外の空気好き!しかも夜の・・・」
「好きなのか?月・・・」
「うん。知ってる?死んだらみんなあの月に行くって?」
「初めて聞いたな・・・死んだら荒野に埋められると思っていたから。」
「好きな人を一度亡くしてるでしょ?じゃなきゃそんなセリフ出ないわね?」
「昔な・・・」
「やっぱり・・・」
「なんでも分かるんだな?」
「人の知恵よ。」
「そうか。そういう所はロクに似ているなぁ。」
「あいつに?そうなの?」
「人の気持ちが分かり過ぎるっていうか、変に周りに気を使いすぎるっていうか、変に勘がいいっていうか・・・」
「へぇ~あいつがねぇ・・・?」
ロクの話が出た瞬間、聖の機嫌が変った。
「あんたがロクに惹かれたのもそこ・・・だろ?」
「そうかもしんない。でも恐い部分もあったよ。こいつを敵にしちゃいけない、みたいな防衛本能みたいなのが・・・」
「そういう意味では、奴は敵から雷獣と呼ばれてんのも分かるよ。」
「あの、不敵な笑顔・・・思い出しただけでゾッとする。確かに戦場では別人かもね?」
「かもな・・・」
ダブルは再度空の月を見上げた。
「でも、彼女いるんでしょ?あいつ?」
「俺らは、恋愛は御法度でねぇ・・・」
「あら?ならなぜ私に優しくするのかしら?」
「さあね。俺はいい女にはみんな優しいんだよ。」
「ありがと!」
「褒めてないし・・・」
「うふふ・・・」
「さあ、戻るぞ!」
「ありがとね。感謝するわ!痛た・・・」
顔を押さえる聖。2人は再びエレベーターに乗り込んだ。
翌日の朝、空は雲ひとつなく快晴。風はなく、朝方の冷え込みも緩い程度だった。まだ暗く、日はまだ昇ってはいない。ロクは、東の空の明るさと寒さで目を覚ました。ロクと桑田は塀の上で一晩過ごしてしまったのだ。
「寒っ・・・」
気が付くと、桑田は自分のポンチョの中で裸でいた。ロクは桑田の顔を撫でると桑田も起きた。
「あ、おはよう!」
「あらら、や、やばい・・・寝てしまった・・・」
「う、うん・・・」我に返る桑田。
「後ろ向いてるから、さ、先に服着ろよ!」
「まだ、こうしていたい・・・」
「アホ!明るくなってきた!誰かに見られるぞ!」
「見られてもいいも~ん!」
桑田は再び、ロクに抱きついた。
「お、おい・・・」
困ったロクに対して、桑田は今まで見せた事のない笑顔でロクに抱き付いた。
P5指令室。死龍と司令、ボブ、山中の姿があった。
「では、行ってきます。ボブ?司令室もそうだけど、後の事頼んだわよ!?」
「任せてください。で?護衛はどうしますか?」
「私は要らないけど、どう?山中艦長?」
「いくらバイク隊とはいえ、途中までは必要かと・・・」
「なら敵の前線までお願いするわね!?」
「了解!」
ボブは敬礼で、死龍に答える。
「司令?他に伝言は?」
「特にない。無事届けてくれよ。ジプシー優先で!」
「はい!山中艦長、私はジプシーを乗せる2番機に乗るわ。いいわね?」
「了解です!」
「さあ、また“奇跡”を起こすわよ!」
死龍は、笑顔で皆に檄を飛ばす。