その7 結ばれるふたり
ロクとダブルは、その日から心の溝が出来てしまった。ダブルは、キキの拳銃をロクも受け継いだ事も、そしてキキの最後をロクが看取った事がどうしても許せなかった。二人はそれを境に、ポリス軍の中でいいライバルとなり互いに昇りつめた。ダブルはキキの死を乗り越えることが出来たのだが、ロクだけはキキを守れなかった罪悪感を背負ってしまう。それがきっかけで同い年ながら、ダブルには頭が上がらない事もしばしば出てきてしまう。
「あっ、日が沈む!」
ロクは再び塀を急ぎ登り始めた。日はちょうど、奥陸山脈に沈む所だった。塀の上に息を切らせて上がったロクは、その沈む太陽をマジマジとみていた。雲ひとつない空が一番輝く時間だった。ロクはこの時間も好きで、ちょくちょくここに来てしまう。そこへ、やはり塀を登って来たのであろう、桑田が息を切らしながらやって来る。
「やっぱここだ!」
「お、おう・・・」
ロクは今朝の桑田とのキスの件もあり、やや照れていた。桑田もそんなロクを見て急に恥ずかしくなり、下を向き始める。
「みんな捜してましたよ。なんか祝勝会をやるって言ってます!」
「そんな気分じゃないな。俺抜きでしてくれ・・・」素っ気ないロクの返事。
「自分で言って下さい。それと・・・記録更新です!」
「なんだ?」
「技師長が数えました。カストリーの被弾数です。前回の747発を超えて、836発だそうです。」
「あらら・・・嫌な記録だな?」
「じゃあ、皆さんにそう伝えますよ!」
「頼む・・・」
帰ろうとした桑田が再びロクの方を振り返る。
「あっ!遅くなりました。お帰りなさい。」
「ああ、ちゃんと戻ったぜ・・・」
「・・・」
「・・・」
見詰め合う2人。日は完全に沈み、空の色が少しづつ変わり始めていた。
「なあ、桑田?」
「はい?」
「俺たちは、あと何回あんな夕焼けを見て死んでいくんだろうな・・・」
「はぁい?考えたこともないです・・・」
「15じゃあ、まだわかんないか?」
「すぐ子供扱いを・・・ちなみにもうすぐ16です!じゃあ18なら分かるんですか?」
「うーん、どうかな・・・?」どこか桑田をおちょくるロク。
「いつまでここにいるんですか?最近ここで寝てるってもっぱらの噂ですよ!」
「はは・・・たまにな・・・日が完全に沈んだら地下に戻るよ!」
「何回も言うようですが、ちゃんと無線を持って下さい!捜すの大変なんですから!じゃあ下に戻りますよ・・・」
「ああ・・・」再び日が暮れるのを見つめるロク。
P6指令室。弘士がキーンと話し合っている。
「バイクは30台。人員はキーン任せる。残った者らはダブルの風神隊にでも入れよう!」と弘士。
「ありがとうございます!」
「お前らは、言い出したら聞かないからな。他の3人は何か言ってたか?」
「ロクが反対はしました・・・それから・・・」
「俺は反対をしませんよ・・・」
2人の会話に口を挟んできたのは、突然指令室に入って来たダブルだった。
「ダブル・・・」
「キーンが決めた事だ・・・俺は文句言えない・・・」
「てっきりお前も反対かと・・・」ダブルを見つめるキーン。
「意外とあの無茶なキーンの攻撃・・・俺は好きだから。ああ、司令。ロクの野郎、部屋にもいませんよ。」
「じゃあ、いつものとこだよ。さっき桑田に伝言を頼んだんだが・・・」
「祝勝会か?奴は出ないよ・・・そう言う奴だろ?・・・あれ?もしかしてもう始まってんのか?」とキーン。
「ヤバイ!バズーに旨いとこ全部食われるぞ!」とダブル。
「どうせ赤サソリの唐揚げだろ!?奴しか食わないよ・・・」
「それもそうだな・・・先に行きますよ、司令?」
「ああ・・・」指令室を出ていくダブルとキーン。
地下5階のポリス専用食堂。既に50名近い兵が談笑しながら食事をしている。バズーは一人食べ物を頬張っていた。
「あいつら遅いなー?」
その頃、タケシの残存部隊は、夕暮れに古川基地に到着していた。ジプシャン軍の最も西にあるこの基地は、鉱山が近い事もあり、造船設備を多く備えている基地でもある。またP5とP6を結ぶポリス道を、牽制するために設けられたという説もあった。ジプシャン軍としては、本部に次ぐ規模の大きさでたくさんのジプシーが集う基地でもあり、ポリスは容易に近づけない基地でもあった。基地はP6のように大きな塀に囲まれ、3つ程の造船ドックを中心にいくつかの建物があった。タケシらはSCを降りると基地内に入ろうとしていた。
「ここにも酒場はある。今夜も付き合えヒデ?」
「はあ・・・」
「P5を落とせばまたここに戻る・・・しばらくの辛抱だ。いいな?」
「お供させていただきます!」
宿舎のような施設に入るヒデと丸田。仲間も次々と施設に入って来る。
「そんなに辛かったのかP6は?」
「ああ、死ぬのは幼い兵ばかりだった・・・」
「その頃、P6の四天王って誰なんだ?」
「その頃の四天王って、誰も顔知らないんだ。ひょっとしたら四天王なんて、架空の人物かもしれないって思っていたくらいだ。」
「まさか・・・」
「俺たちが訓練校に居た際も、噂しか聞かなかったからな。そんな会った事もない奴に憧れた自分も嫌になったのさ!」
「その時に、あいつが現れた・・・」
「あいつは“疾風のロク”と呼ばれ、SCを乗り始めてわずか1年で誰も奴の前を走れなかった・・・銃の腕はトップ・・・誰もが奴が四天王になると噂し始めていた。当時トップだった同期に、手榴という女がいたが、そいつですら奴を認めたんだ。」
「女?いい女か?」
「まあな・・・美しすぎるほどいい女だった。」
「ほぉー。お前が言うくらいなら本物だな!」
「死んだと思っていた・・・しかし生きてるとは・・・」
ヒデは、窓から見える月を見ていた。
外は既に暗くなっていた。ロクはまだ塀の上にいた。夜になったせいか気温も下がり、ロクはポンチョに包まりながら座っていた。風景を見ているわけでもなく、ただ前を見て座っていたのだった。たまに吹く風が寒いのであろう、ロクはポンチョを首にしっかりと掛け直すと、再び身を屈めた。
「まだここに居たんですか?日が沈んだら戻るって言ったじゃないですか?」
そこに上がって来たのは桑田だった。桑田はメカニックの途中なのか薄手の肩なしの作業着を着て塀の上に上がって来た。
「ごめん。考え事していた・・・」
「司令が、祝勝会に出ろって・・・今度は命令ですよ!主役の一言が欲しいらしいです!」
ロクはようやく顔を上げると桑田の顔を見た。
「なんだそんな格好で・・・流行病になるぞ。」
「ロクさんこそ・・・こんな所でよく寝れますね?」
「祝勝会は出ない。人が大勢死んだのに・・・何を祝えと言うんだ?」
「まあそう言わず・・・曽根参謀なんか、戦前の貴重な酒にもう酔い潰れてます。酒臭いったらあらしないです・・・」
「お前も気が利かないな?ここに来るなら、口に入れる物でも持って来てくれ。」
「赤サソリの唐揚げ、ウジ虫のワカメ炒め・・・そんなのしか残ってませんでしたけど・・・ロクさんのメカニックでも、そこまでメンテナンスしませんよーだ。」
「冷たい奴だな・・・メカニックなら、俺の心の傷も治してくれよ。」
「あら?珍しく落ち込んでたんですか?」
桑田はロクの顔を覗き込んだ。
「昔の事を思い出していたんだ・・・たくさん死んだ仲間の事を・・・」
「そうですか・・・ロクさんも落ち込むのか・・・そうか・・・?」
すると二人は、暫く無言になった。
「うーん・・・でも夜のここもいいですね。星も月も綺麗で・・・でも寒い・・・」両肩を自分の手で暖める桑田。そんな中、桑田はロクに背中を向け夜空の星を見ていた。ロクはその姿を見ると立ち上がり自分の着ていたポンチョを桑田を巻き込みながら包み込んだ。
「あっ・・・」
桑田はロクの突然の行為に声をあげた。やがてロクの手は桑田を後ろから抱き締めていた。顔を後ろから近寄せ更に桑田の体をきつく抱き寄せていた。桑田もロクの太い腕に自分の腕を絡めた。頭を仰け反りロクの体に体重を掛けると2人はいつの間にか唇を合わせていく。
「こ、こんなとこじゃ・・・塀の上の守備隊に見つかります・・・」慌てる桑田。
「あと30分は巡回に来ないさ・・・」
弘士は塀の下で2人の行為を見上げていた。やがて2人の姿がゆっくり下がり始めると見えなくなり、弘士はその場を立ち去った。
ロクと桑田は塀の影になった所で座っていた。大きなロクのポンチョに2人で包まり、向き合いながら抱き合っている。ロクと桑田は再び唇を重ね合わせた。