その4 118・・・キーン
「キーンなら、今この4つ向こうの整備室にいる。昔のバイクを引っ張りだしてたぜ!」
整備室を逃げるように出て行くロクの後ろに、高橋は声を掛けた。立ち止まり高橋の方を振り向くロク。
「風神隊はどうなるのですか?」
「それは、弘士にでも聞いてくれ。俺の担当外だ!」
「わかりました、行ってみます・・・」
沈んだロクの声。ロクは整備室を出て行く。ロクは長い廊下を歩きながらキーンと出会った日を思い出していた。
ロクが5歳くらいの頃。P6の住居街である路地裏で、ロクは年上のポリスの男の子3人に囲まれていた。
「こいつ、訓練所の奴だぜ!」
「親もいない奴らが集まるとこだろ?」
「ジプシーのくせに、俺たちよりいい物食ってんだろ!?」
「街をうろうろするな!汚ねぇー!」
「知ってるか?こいつら名前も無いんだぜ!」
「知ってる!こいつらこの番号で呼ばれてるんだぞ!」
なぜ絡まれたかは、ロクには分かっていた。
『自分はジプシーだから・・・』
しかも、当時体の弱かったロクに、年上の3人に敵うはずがなかった。ロクはいつものように理由も無く殴られ続ける。涙と血が入り混じり、記憶さえ飛ぶ事もある。表の路地からは大人のジプシーがこの喧嘩を見ているが、誰も止めようとするものはいなかった。
その時だった。3人の子供の内、1人が奇声を上げて倒れこんだ。ロクは微かに開いた目で空を見上げた。そこには制服に『118』の数字が書かれた同じ訓練校の生徒が、自分の身長の2倍はあろう長い棒を持ってロクの傍に突っ立ていた。
「118(イチイチハチ)?」
ポリスの残り2人の子供らも、その118のゼッケンを付けた彼が自分よりも幼い奴だと分かるとすぐ反撃に出た。しかしその『118』の彼はその2人も棒で一瞬に殴り倒した。泣きながらその場を立ち去る3人。『118』は初めてロクの顔を見ると手を差し伸べる。
「逃げるぞ!」
「うん・・・」
2人は街の路地という路地を走り回った。すると人通りのない街の外れに来て2人は座り込んだ。
「ポリスの子を殴ったな。もうあそこには帰れないな・・・おれは118(イチイチハチ)だ。お前は何番だ?」
「俺は412(ヨンイチニー)」
それが今のロクとキーンとの出会いであった。ロク5歳、キーン6歳。
「ふふふ・・・」
ロクはその頃の事を思い出し、つい笑ってしまった。すると進行方向に明かりの点いた整備室が見えて来る。ロクが近寄ると、中からバイクのエンジン音が聞こえてきた。
「おお?やってる、やってる!」
幼い2人は日が暮れても、訓練校には戻らなかった。
「逃げようぜ。ここ・・・?」
「どうやって?」
「あれだよ。」
118は、ポリスの高い外壁を指差した。
「あそこに登って飛び降りるんだ!」
「無理だよ。飛び降りたら死んじゃうよ!」
「大丈夫だぜ。下は砂だし!」
笑ったキーンの前歯がなかった。そして、2人は決行した。だが結果は壁を登ることも出来ずに、監視兵に捕まった。二人はすぐ訓練校へと逆戻り。重い体罰程度で済んだ。
それからの2人は恐いものは無かった。ロクにとっても、キーンにとっても初めての仲間が出来たのだ。二人は身長より長い棒をどこからか見つけて来ては、街を歩くようになる。2人のポリスの子供たちへの復讐の日々が始まる。
「戻った!」
「おう、ロク!」
キーンの顔は油汚れが目立ち、額から汗が流れていた。
「またこいつに乗るのか?」
ロクはキーンが整備していた、3輪バイクを見た。
「俺はSCが不得手だ。どうせならこいつで戦場で死にたいのさ!」
「死にたいって・・・」
死を覚悟したキーンの言葉に、ロクは何も返す言葉がない。
「仲間として言わせてくれ!」覚悟したロクの言葉だった。
「何だ?」
「こいつに乗って、何度命を落とすとこだったんだ?それでも乗るのか?」
「譲れないな・・・俺らしい生き方ってのは・・・例えお前の意見でもな。」
「キーン・・・」
訓練校の二人が長い棒を振り回し、ポリスの悪ガキたちを懲らしめているという事が、秘かに街の噂になっていた。当時ポリスからの差別が表面化したP6のジプシーたちは、ジプシーの子がポリスの子をいじめ返す事が微かな楽しみでもあり、希望でもあったのだ。しかし、そんな2人の武勇伝は長く続かない。
ポリスの子らは更に上の子を使って、この2人に復讐してきたのだ。10歳くらいの子供であろう、既に勝負は体格差でついていた。
「お前らか!?弟を棒で殴ってるのは!?」
さすがの2人も10人相手では分が悪かった・・・
2人は顔を腫らしては訓練校に戻った。
「絶対強くなってやる・・・」
「強くなれば誰も馬鹿にしない!」
それが2人の合言葉だった・・・それから2人はポリスの子供らの標的に変わった。来る日も来る日もポリスの子供らにいじめに遭う2人。そこにまた仲間が加わったのは、それからすぐの事だった。ポリスの子供と2人の間には子供の中でもずば抜けてデカい男が立ち塞がる。訓練校のゼッケンは『221』。後のバズーだ。バズーはこの頃から、ポリスの子供らをいじめていた、訓練校イチのガキ大将だった。
『221』のゼッケンは10人程のポリスの子らを素手で殴り付け、あっという間に退散させてしまった。
「お前ら弱いのに・・・よく2人で頑張ったな!」
ロク5歳、キーン6歳、バズー7歳。
「おい。お前らここかよ!?キーン!?この音うるさくて眠れやしないぞ!」
眠そうなバズーが整備室に入って来たのはそれからだった。
「すまんな・・・すぐ終わる・・・」とキーン。
「ただいま!」
「ロク!無事か!?」ロクの髪の毛をクチャクチャにするバズー。
「や、やめろよ!」嫌がるロク。
「ただで死ぬ奴か?なあロク?」汗まみれのキーン。
「違いないな!ふふふ・・・」更に髪の毛をクチャクチャにするバズー。
「あれ、ダブルは?」ロクはダブルが居ないのに気づく
「今日、奴が当番さ!それに今、例のデーターの解読中でな、手詰まっている!」とキーン。
「解けそうなのか?」
「あいつならやってくれるだろう。取り柄はあれくらいだし・・・」
「女に手を出すのを忘れていませんか?」とバズー。
「一理ある!はははっ!」とキーン。
「ははは・・・」
3人の何気ない会話中、ロクは再びあの頃を思い出していた。