その3 孤児、ロク・・・
P6東軍事ブロックあるエレベーター前。ジャガーを降りた弘士と曽根の姿があった。
「それなら、わかりませんよ!」笑いを堪えるロク。
車を降りていた弘士と曽根に、ロクは車内から答えた。よく見ると曽根は、ロクが愛用している穴だらけのポンチョを腰に羽織っていた。
「わ、悪いな・・・」
「では、司令、参謀。先に技師長の所に寄って行くんで!」
「ああ、後でこっちにも寄れ。」と弘士。
「失礼します!」
ロクは街の中心部に向かって走り出した。既に日は真上を指していた。自分の車庫のエレベーターは昨日の襲撃で破壊されていたため、住居街を抜け別なエレベーターシャフトに向かった。街は昼時なのか、道には人が溢れている。しかし昨日の奇襲のせいか、以前のような賑わいではない。人々の顔も暗く、まるで光を失ったようだ。海で採れた魚の干物も建物の窓から出している所が少なく、ポリスが臨時で配給している食事の列に、人が並ぶ姿が多く見られていた。
「また子供が多くなったな・・・」
ロクは車内で一人そう呟くと、昨日の奇襲で親のない孤児が増えたのを感じた。ロクの目には、その子供らの姿しか見えなかった・・・
ロクも孤児だった・・・
年齢も分からない。まだ立てないときなので1歳未満と考えられる。ロクはパトロール中の久弥に拾われたという。既に両親はジプシャンに殺され死後2、3日は経っていた。その中、ロクは母親に抱きかかえられ、大きな声をあげ泣いていたらしい。まるで“生きたい”と久弥の耳には聞こえたらしい。
久弥はすぐにロクをP6に連れて帰った。今の身体検査と違い、当時の身体検査はやたらと注射で済ます。だから、この頃のロクの腕は内出血でいつも真紫色だったと言われる。ロクは5歳まで孤児施設で育った。幼く拾われた彼に名前すらない。唯一親しかった母親代わりはポリスの女スタッフがいたが、それすらも引き離され、ロクはプロジェクトソルジャーの訓練校に入れさせられた。
ここで初めて、ダブル、キーン、バズーと出会う。3桁の数字で呼ばれる毎日。7歳で初陣、と言っても後ろで兵のアシストをするものだった。10歳まで訓練校にいたロクたちは、僅か5年で殺人兵器と呼ばれる集団になっていた。訓練は実戦に近く、亡くなる仲間も多かった。ロクはその死んでいった仲間たちの拳銃を握り始めた。彼らの遺志を引き継ぐのを目的に・・・そして6つの銃を持った時、初めて仲間から“ロク”と呼ばれていた・・・
ロクは車窓の風景と、自分の過去を照らし合わせていた。懐かしくもあり、せつなくもあり。ロクは昔を思い出しながら、車を走らせていた。
ジプシャン軍本部。表の駐車場部分には、40台程のSCが並んでいる。嶋、石森やヒデ、丸田の仲間の姿も見える。
「タケシ様、ミサイル隊は積載完了!」
タケシは遠くを見ていた。タケシの目線の先には、長さ30メートル程の巨大な大筒がまさに巨大なクレーンによって何かに取り付けられようとしていた。
「あれが新兵器の大筒か・・・姉貴の船にでも取り付けようとしているのか・・・?」
「タケシ様・・・?」と嶋が覗き込む。
「お、おっ!・・・これより古川基地に向かい新型のサンドシップを受け取り、北のP5に向かう。いいな!?」
タケシが50人程の兵に熱弁の中、ヒデと丸田は小声で話し始める。
「おい?・・・本当に嶋の言うことを信じるのか?」
「あれはどう見ても、跳ねられた感じじゃない・・・」とヒデ。
「どうみても強姦されてるぞ・・・」
「その後、跳ねられたか・・・?」
「それにしても、やったのは松島の兵か、タケシの隊の奴だろ?」
「そうだな・・・やはりあいつだよな?」
ヒデはタケシの横にいる嶋を睨み付けた。
「こいつだ・・・」
P6地下3階整備室。ロクと高橋がジャガーを挟んで話している。
「そうか・・・飛んだか?」機嫌のいい高橋がいた。
「はい!」
「車体は装甲を厚くした分とガトリングバルカンを積んだ分、1トンに近い。それで30メートルか・・・凄いな・・・」
「加速だけではないと思います!やはりエアーブースターの力があったからですね!」
「分かった。更にパワーを増そう!」
「2メートル・・・」ロクが突然呟いた。
「ん?」
「2メートル・・・垂直に真上に飛べないでしょうか?」
「真上?垂直に2メートルか?うーん・・・」
「無理な話ですか?」
「エアーブースターがもう一つはいるな。出来なくはないが、こいつの後部座席を潰すならばなんとかなる!」
「ちょっと早急にやってもらえませんか?」
「ああ、お望みとあらば・・・丁度キーンのSCに付けようとしたのが余ってるしな・・・」
「キーンが・・・?キーンがどうしたんですか?」
ロクの顔がいつになく真剣になった。
「あいつ、話してないのか?SCから降りるそうだ。」
「バイク・・・ですか?」目を細めるロク。
「慣れないSCより、奴らしいよ。」
「そうですが、あいつ・・・今まで何度も生死を彷徨ってんのに・・・」
「奴らもさ、何だかんだお前を目標にしてんだよ・・・」
「目標?」
「お前に追いつきたいって言うか・・・なんかうまく言えないけどさ。自分の居場所を捜してんだよ。みんなもだ!」
「はあ・・・?」イマイチ意味が分からないロク。
「親父さんがよく言ってるよ。お前は彷徨えば彷徨うほど輝きを増して帰ってくるって。みんな、昔のお前を待ってんだよ。だからお前以上に輝こうって頑張ってんじゃないか?」
「待たれる程の器量なんてないですけどね。」
「そうだな。ただの泣き虫の屁タレなのにな?あっそうだ、お前桑田に何かしなかったか?」
「へっ?」意表を突かれロクの顔が珍しく崩れた。高橋はそんなロクの表情を見逃さなかった。
「図星か!?なつみに手出したら、わしが許さんぞ!規則を破ったら監獄行きだからな!」
「プロジェクトソルジャー規則第7条:ソルジャーは恋愛を禁止をする。これを破る者は禁固と処する!」声を変えて棒読みするロク。
「わかってんなら、女を突き放すのも愛だろ!?今は戦争中だ。いいなロク?」いつになく真剣な高橋。
「技師長・・・」
「ガキの頃から、お前ら二人を知ってんだ!互いの気持ちは俺が一番知ってるよ。ここは我慢するんだ。残念ながら今は敵とドンパチしてんだぞ!もっと現実をだな・・・」
「分かってます。分かってますから・・・」
そう言うとロクは渋々と整備室から出て行こうとする。
「お前・・・全然分かってないよ・・・」高橋が呟いた。