その10 ファースト・キス
01:38 ジプシャン軍松島基地近くの酒場。さっきまで居た酒場の女たちも少なくなり、店は静かになっていた。兵たちは昼間の戦闘もあり、ほとんどの兵が酔い潰れている。しかし、タケシたちのテーブルはタケシを除いては、皆まだ海草酒を飲み続けていた。
「そう言えば嶋は?」
石森が嶋が居ない事に気づいた。
「さあな・・・」他の兵がボヤく。
「小便にしては長いな・・・」とヒデ。
「・・・」
すると、ソファーで寝ていたタケシがすくっと起き上がった。
「俺も小便だ・・・」
「は、はっ!」
「どうしたヒデ?さっきから落ち着きがないな?」
テーブルの下の足を小刻みに揺するヒデに丸田が問う。
「なんでもない・・・」落ち着かないヒデ。
01:45 松島基地に近い浜辺。衣服を引き裂かれたミキが砂浜に横たわっていた。声は出してないが目からは涙が流れている。顔は何発もの殴られた跡が目立つ。その横で、ミキを見ながら軍服を整える嶋がいた。
「気が済んだ!?」とミキ。
「ああっ?」
「男なんてみんな同じね・・・」
「死ななかっただけありがたいと思え・・・」
「ゲスが・・・」
「ふん・・・」
嶋はミキを置き去りにするとその場からそそくさと立ち去って行った。
01:55 P6の地下。ロクの部屋。目覚ましの音が鳴り、ロクは毛布の中から手を伸ばしそれを停止させた。
「くぅー!やっぱ全然寝れねぇー!」
ロクは起きて、グレーの制服を着ようとしたが、やめて白い式典用の白い制服を手にした。それに袖を通す。
「やっぱ、ちょっときついか・・・」
机の上に放り投げていた拳銃を、一つ一つホルダーに入れ始めた。
「なんとかする・・・なんとかする。なんとかする!」
ロクは、自分に言い聞かせるように言葉を発すると部屋を出て行った。
02:00 P6ポリス専用食堂。誰もいない食堂にロクがやって来る。ロクは時計を見る。
「あいつら・・・」
すると、後ろからダブルとキーンが入って来る。
「よお!」とダブル。
「おお!」
「よく寝れた顔じゃないな?」ロクの顔を伺うキーン。
「まあな。バズーは?」
「あいつはギリまで寝るタイプだろ・・・」
「そうだな。」
「なんだ?やっぱり白で行くのか?」白服のロクを見たダブル。
「そうしろって言ったのはダブルじゃないか!」
「あのな・・・夜じゃそもそも見えないだろ?」
「あらら・・・意味ないじゃん!」
「ふふっ、さあて行くか?」二人の会話に割って入るキーン。
「おいおい?」
3人は食堂を後にした。
02:05 P6指令室。弘士や久弥、曽根がいる。そこへ3人が入ってくる。
「入ります!」
ロクらは入り口で一礼すると、雛壇上の弘士らの傍に集まった。
「寝れたか?」と弘士。
「あまり・・・」
「おっ、お前にしては珍しいな・・・」
「我々は、レヴィアに行く。地上部隊は我妻と連絡をするように!」
「桑田と松井は?」
「今回は・・・医務室の手伝いだ。」
「桑田がオペじゃないと作戦はしませんよ?」ロクは桑田の空席をチラリと見る。その際、オペの我妻と目が合う。
「ロク!親父さんに何て言い方だ?」ロクを叱る曽根。
「すいませんでした~!」心が籠らないロクの言い方。
曽根とロクの会話に司令が察知したのか口を挟む。
「慣れないかもしれんが、頼むよロク。」
「我妻なら大丈夫でしょ。なあ?」改めて我妻を見るロク。
「ま、任せてください・・・」自信なさげの我妻。
ロクの言葉には少し棘があった。桑田を外した司令室への、小さな抵抗だった。
「お前の作戦をベースに詳しい時間等をジャガーに送った。いいな?時間を間違えるなよ?」
「俺より、この2人に言っておいて下さい。なあ?」
「俺らより、バズーかな?」とダブル。
「そのバズーは?」と弘士。
「まだ寝てるんじゃないですか?」
「あいつ・・・誰か起こして来い!」
「はい!」
曽根はバズーを起こしに兵一人を送る。すると司令はダブルの肩を軽く叩いた。
「俺に味方の所に砲撃させるなよ!」
「ロクと違って我々は無理はしないよ。なあキーン?」
「ふふふ、そうだな・・・」
「街の被害はどうなんですか?」ロクが弘士に問う。
「死亡が1800名ってとこだな。内、軍人が580名。負傷6700名。軍人のほとんどが第2次攻撃でだ・・・西ゲートは朝には復旧する。エレべーターの復旧の見通しはたっていない。」暗い表情の弘士。
「エレベーターに爆弾、しかも時間をずらすなんて・・・」とロク。
「非道だな・・・?」とキーン。
「ああ、恐ろしい奴だよ・・・」とダブル。
「我々は、そろそろ行くぞ。頼んだぞ、ロク!」弘士たちが指令室を出ていく。
「了解!」
02:20 P6地下3階。車両整備室。
部屋は暗く誰もいない。その整備室に明かりを点けロクが入って来る。既にジャガーカストリーは整備が終わっていた。ロクは運転席に乗り込むと、キーを差込みエンジンを掛けた。
「よく仕上げている・・・」
車内の全ての電光が光り、ロクは機器をチェックし始めた。フロントガラスには、メールで送られたのであろう、作戦指示が細かく書かれていた。ロクはハンドルの内側のスイッチを駆使してその指示メールを読み始めていた。すると、ロクの車の窓を叩く音が聞こえる。ロクがふと横を見ると桑田の姿があった。ロクは車の窓を開けた。
「どうした?なつみ?」
「見送りじゃ・・・嫌ですか?」
「嫌じゃないが・・・お、お前、医務室の手伝いはいいのか?」
「休憩を貰いました・・・」
「ああ、そうか・・・別にいいが・・・」少し照れるロク。
「じ、じゃあ見送らせて下さい!」
「ああ・・・初めてだな?」
「はい?」
「見送られるの・・・」
「そうですよね。いつも指令室ですもんね?」
「そうだよな・・・」
「・・・エレベーターシャフト・・・呼びますね?」
「う、うん・・・」
桑田は、部屋端にあるエレベーターのボタンを押す。すると静かな部屋に微かな機械音が響いてきた。桑田は再びロクの傍に近寄ってきた。
「地上まで送らせて下さい!」
「えっ?なんで?ここにいろよ。」言葉が弱いロク。
「送らせて下さい・・・」それを察した桑田が頼み込む。
「ああ・・・じゃあ・・・乗れよ!」
「はいっ!」
桑田は、ロクの言葉に胸躍った。急いで反対側の助手席に回ると、ジャガーに乗り込んだ。
「初めてなんですよね。実際に走っているカストリーに乗るの・・・」
「嘘!?いつも乗ってるイメージしかないな・・・」
「整備ではいつも乗ってますよ・・・でも動いているカストリーは初めてで・・・」
「そうか・・・そう言えばそうだな・・・」
エレベータが到着し扉が上に開きだした。
「行くぞ。」
「はい!」
ジャガーは桑田を乗せながらエレベーターシャフト内に入った。
「初めてです!シャフト内!意外と暗いですね。」
「いつもここを通る時は緊張する・・・」
「す、すいません・・・なんかはしゃいじゃって・・・」
「いいんだ・・・」
「・・・帰りますよね?・・・約束したんですからね?」
桑田はロクの横顔を見つめる。
「ん?」質問に答えないロク。
「いつもと違うんだもん・・・ロクさん・・・」
「そうか?いつもと変わらないぜ。」照れを隠そうと前を向くロク。
「いつも以上に、痩せ我慢して・・・」
「してないって・・・」
「嘘付き!」言い訳気味のロクに、つい大声になる桑田。
「俺がか?嘘付いてる顔かよ?」桑田の言葉に剥きになるロク。
「・・・」
「・・・」暫し沈黙が続いた。
黙ったまま見詰め合う二人。桑田は急に悲しい顔になり、唇を噛み締めながら涙を溢し始めた。ロクはそんな桑田を愛しく思ったのか、思わず桑田を抱き締めてしまった。ロクの突然の行動に桑田は少し驚いていたが、やがて桑田もロクに必死に抱きついていた。互いに顔を近づけ、唇と唇を重ね合わせていく。見つめ合う二人。