その25 誘惑
「下に行く。取りあえず乗れよ!」とロク。
キーンはロクの車の助手席に乗り込むと、車はシャフト内に入庫する。
「あの大場のおっさんの発言で、俺たちにもスパイ疑いが掛かっている・・・」
「あらら・・・スパイの件か?まあ誰が騒いでるか察しがつく。」
苦笑いするロク。
「桑田や松井らは、さっき指令室を一時外された。」
「それは酷いな・・・で?俺たちは?」
「まだ指示は出てない。」
「仲間なのにな・・・」ふと寂しげな表情を浮かべるロク。
「それとロク!?丘の上で何してた?指令室は大騒ぎだったそうだぞ!?」
「ふふふ・・・ジプシーの保護活動だよ・・・」
ロクは微笑んだ。
「お、お前?撃たれたのか?」
キーンはロクの穴だらけのポンチョを見て驚いていた。
「いいや。ここから撃っただけだ。撃たれたんじゃない。」
「なんでこのタイミングなんだよ?しかも敵のど真中かよ?今、一番疑いがあるのはロクだぜ?P5に用もないのに行ったりするだろ?あの参謀がうるさく言ってるそうだ。」
「ポリスは何でもかんでも、こっちのせいにするよな?まあ今更だけどな・・・」
エレベーターが停まると、地下3階の車庫に到着する。そこには桑田と松井が待っていた。
「ロクさん。ご無事で・・・」と桑田。
「聞いた。指令室を外されたんだって?」
松井もここぞとばかりロクに愚痴をこぼす。
「酷いですよ。ジプシーだからって・・・」
「そう言うな。ポリスも仕事だろ?対象者は何人だ?」
「約8人です・・・それと司令が呼んでいます。」と桑田。
「俺たちは指令室に入っていいのか?」
「ロクさんたちは、IDはまだ無効になってないはずです。」
「すぐ行く!そうだ、それと桑田?“らいじゅう”って意味調べておいてくれないか?」
「は、はい・・・“らいじゅう”ですか?」首を傾げる桑田。
「うん・・・頼む・・・」
P6指令室。雛壇の上には弘士でもなく、久弥でもない軍服を着た男が座っていた。歳は45くらいだろうか。そこにロクが入ってくる。
「司令は!?」
「敬礼ぐらいしろ。ロク!」男はロクを叱りつける。
ロクは、不機嫌な仕草で敬礼をする。
「どこにいます!?参謀?」
男はこのP6の参謀で曽根。ロクたちの天敵だった。
「会議室で会議だ。少し待て!」
「あんたか?ジプシーの隊員を追い出したのは?」
「まずは報告だろうが!P5はどうなんだ?」
「なぜ仲間を疑るんだと聞いている?」
「司令の命令だ・・・」
「その事で司令に会う!」無理に突破しようとするロク。
「駄目だ!」体を張って曽根が阻止する。
「桑田らがここに入れないなら、俺たちもここに入らないぜ!」
「それは構わないぞ・・・で?まず説明しろ!丘で何をした?」
「保護活動さ・・・」口を尖らすロク。
「敵と接触してたのではないか?スパイがどうのこうの言ってる時に、疑われる行動するな!」
「仲間を信じないのかよ?あんた、どうかしてるぜ・・・」
「参謀!北ゲートから連絡。ジプシーの女性が一人、投降した来たとの事です!」我妻が曽根に報告する。
「なに?」
「それが・・・今街に入った。ライジュウを出せと言ってるそうです?」
「ロク、お前のようだな?保護活動が実ってよかったな。」
まるでロクに嫌味を言うように曽根は呆れていた。
「上に行きます!P5の件は四天王は2名不明。大場のおっさんの言う通りだとそう司令に伝えて下さい。」
そう言うと、ロクは指令室をそそくさと出て行った。
P6北ゲート。既に日は暮れていた。塀の向こう、暗い荒野の中にライトを浴びて聖が立っていた。タンクトップは胸の下まで、半ズボンは穴だらけ。露出の多い聖を見たさに、既に塀の上にはたくさんの見物兵でいっぱいになっていた。
「いい女じゃねか!なんて格好だよっ!?」
「よう!ねぇちゃん、早くこっちに来いやー!俺たちが暖めてやるぜ!はははっ!!」
塀の上からたくさんの声が飛ぶ中、聖は徐々にイラついていた。
「いつまで待たせるのさ!夜なんだからさ、凍えちまうよ!」
すると、重い北ゲートが左右に開きだした。ゲートの中からは銃を構えた兵が5名程、その中にロクの姿があった。すると後からダブルがこの5人を追いかけてきた。
「耳が早いな・・・ダブル・・・」とロク。
「なぜ俺に連絡しないのかな?ロク君・・・お待たせしましたお嬢様・・・」
「あ、あんた誰!?」
唖然とする聖に対して、ダブルはいつもの口調だった。
「申し遅れました。わたくし・・・」
「ヒジリか?」
その名前に一番びっくりしたのは聖本人だった。
「おいロク・・・お前な・・・?」とダブル。
「どうして私の名前知ってのよ!?」ダブルを無視してロクに語る聖。
「無線でそう呼ばれていた・・・」
「耳がいいねぇー!さすが四天王!」
「随分派手な格好だな?」聖を下から見回すロクだったが、聖の露出の多い格好に、一度目をそらした。
「イヤらしい目で見ないでねよね!武器を持ってないように見せないと撃たれるじゃん!」
「俺の説得で投降したわけだ?」
「そうよ!ありがたいと思ってよ!」口を尖らす聖。
「寒かったでしょう。中にどうぞ。お嬢様?」とダブル。
「だ・か・ら・あ・ん・た・誰・よぉー?」
「申し遅れました・・・わたくし・・・」
「私は、この四天王に用があるの!ねぇ早く街の中を案内してよ?」
すると聖は、ロクの肘に手を入れるとP6の中に入っていった。
「くっ・・・ロクめ、いつもおいしい所を・・・」二人の背中を見つめるダブル。
ロクと数名の兵が聖を乗せてエレベーターに乗り込む。ダブルの姿はなかった。聖はロクの横顔をじっと見つめていた。
「あんた・・・本当は弟を殺してない・・・」突然、聖の重い口が開く。
「ん?」
「噂が本当ならあんたは人を銃で撃たない。さっき、指を折った者が一人だけ・・・しかも銃を構えないで撃つなんて・・・ジプシャンなら殺されていた・・・」
「その噂、どんな噂だよ・・・?」目を細くするロク。
「いいの!あんたは弟は殺してない!そう決めたんだ!」
「ふっ・・・変な女だな。確かに俺はあの時何もしてない。だが俺のせいで死んだのは事実だろ?恨まないのか?」
「弟と言っても、本当の弟じゃないし・・・」
「すまなかった・・・」
「いいの。もう忘れる・・・」
「ところで、ライジュウってなんだ?そう言われていた。」
「さあ知らないわ。皆がそう言ってたから。そう言えばあんたの名前は?」
「ロクだ。明日から取調べをする。いいな?」
「ろく?・・・じゃあ、あんたが担当してよね?」
再びロクの肘に腕を絡める聖。
「あいにく、担当外でな・・・」
エレベーターが止まると、ドアの前には桑田がいた。桑田はロクよりも聖に目が行く。
「ふーん・・・ポリスにも女はいるんだ?」
桑田の姿に慌てて手を振り切るロク。
「と、当然だろ・・・ど、どうした桑田?」桑田の様子を伺うロク。
「は、はい。会議が終わったので、司令が会議室に来て欲しいと伝言です・・・」
「わかった。この人を連れて行ってからそっちに行く。」
二人の様子を興味深く観察する聖。
そうするとロクたちは、桑田を置いて廊下を歩き始めた。
「今の・・・あんたの彼女でしょ?」
聖は初めてロクの前で笑顔になる。
「血は繋がってないが・・・妹だ。」
「嘘よ。彼女を見れば、わかるわよ。同じ女ですもん!」
「何がだよ?」
「私といたあなたを見て、悲しい顔してたわ。謝っておいてね。」
「あんたが謝ることはない。彼女はそんなに弱くないさ・・・さぁて、今日はここにいてくれよ。」
ある長い廊下に面した一室の前に二人は止まる。その部屋に真っ先に入る聖。小綺麗な作りのワンルーム。聖の目が輝く。
「あら、ポリスにしては随分まともね。ベットもあるし・・・私ね、誰か添い寝してくれないと寝れないの。今日はあんたでいいわ。」上目使いでロクを見上げ、胸の谷間を寄せてみる聖。
「おいおい・・・まだ首と胴を離したくないんでね・・・さっきの奴なら声掛けておくけど?」慌てて聖の目線から目を逸らすロク。
「いい男だけど、あたし背の低い子駄目なの・・・」
「ふふっ。そう伝えるよ!また明日な!」部屋を出ようとするロク。
「明日、あんたじゃなきゃしゃべんないからね!」
「なら自白剤で吐いてもらうさ。」
ロクはそう言うと部屋を出て行った。聖はベットに飛び込んで横になった。
「ベット初めて!」
聖は枕を力任せに抱き締め、ベットを左右に転がり始めた。
会議室。20名くらい座れる丸テーブルに、弘士一人が座っている。そこにロクがノックして入ってくる。
「入ります!」
「すまん。まあ座れ。」
弘士に対するようにテーブルの反対の席に座るロク。
「桑田の件ですが・・・」まずロクが開口一番に発した。
「ああ、明日にでも解除させる。あんな噂が出る以上しかたがなかった。許せ・・・」
「いいえ・・・」
「P5の二人の件は曽根参謀から聞いた・・・二人ともお前が育てあげたんだよな?」
「弟以上の奴らでした。まだ二人とも15歳なのに・・・」
ロクは目の前のテーブルを力任せに叩いて見せた。
「それで?向こうは持ちそうなのか?」
「次の定期便で、残りのジプシーを送りたいそうです。」
「そうか・・・いよいよだな・・・?」
「P5の地下工場プラントが無くなれば、P6は・・・」
「確かにSCはもちろん、武器等はなくなる・・・」
「しかし・・・死龍ならやってくれると思います。あの・・・?そう言えば司令は私に話があるのでは?」
「あ、ああ・・・ロクに命令を下す!」弘士が急に命令口調になる。
「は、はい!」 ロクは直立になる。
「明朝、07(ゼロシチ)時にレヴィアにてP7(ピーセブン)に向かへ!」
「P7・・・?ですか・・・?」 ロクは一瞬戸惑った。