その21 第五ポリス
ポリスの地下にある。特別生活保護室。ある部屋の前には銃を持った兵が一人警備をしている。そこへやって来たのはダブルだった。ダブルはその兵に軽く挨拶をすると、その部屋をノックした。部屋には大場の家族がいた。
「よく休まれましたか?」とダブル。
「朝まで詰問はきつかったな~」大場は敢えてダブルの前で大きなリアクションをしてみる。
「お父様に続きをお願いしたいのですが・・・」
「わかった・・・おい直美、後を頼むぞ。」
大場は、直美に声を掛けると、部屋から出てきた。
「はい・・・」
「直美様、お父様をお借りします。」
「だからあんた誰?」
ダブルに対して渋い表情を見せる直美。
大場とダブルは部屋を出て、廊下を歩き始めた。
「今朝、タケシが来てた様だが・・・?」と大場。
「あんたの婿候補が、追い払ったぜ。」
「ロクか?やはりな・・・それでタケシは?」
「ダメージだけで撃退した・・・まあこっちも色々あったがね。」
「婿候補・・・やはりあいつやるな・・・」ニヤリと笑う大場。
「その件は断ったんだろ?ロクは?」
「ああ断って来た。惚れてる女がいるとか・・・あの少年みたいな少女か?」
「なつみの事か?まさか。あいつはロクの妹みたいなもんだよ。」
「まあ、なんにせよ残念だな。諦めた訳じゃないけどな!」
「お父様、もしよろしければわたくしが・・・」
「兵士に娘はやらん!」
「ロクも兵士だぜ。なぜロクに・・・?」
大場は立ち止まって、ダブルを直視した。
「まだ分からんのか?最初に無理難題を押し付ける。次にやや可能の条件を出す・・・“交渉”の基本だよ。」
「お、恐れ入りました・・・」大場のしたたかさに驚くダブル。
「死龍はロクの恋人だった・・・」と高橋。
「えっ!?」
「真相は知らんが、二人はそういう仲だったらしいぞ!」高橋は桑田の様子を伺いながら、敢えてそんな事を言ってみせた。
「う、嘘です・・・」真剣な桑田。
「噂だよ。噂・・・あいつがP5にあんまりにも行くからみんながそう言っているだけだ。ただ、死龍が戦場に出なくなった頃だよ。ロクが銃を撃てなくなったのは・・・」
「それから銃をですか・・・?」
「そうだな・・・それ以降、あいつがP5によく行くようになったのも事実・・・」
「でも、昔はここに居たんですよね。死龍さん?」
高橋の作業している手が止まり、何かを思い出している。
「ああ、お前が指令室に上がるだいぶ前だ。その頃は死龍って名前じゃなかったがな。確か“しゅりゅう”って名じゃなかったんじゃないか?あの頃はロクがしゅりゅうのパートナーだったはずだぜ。互いにプロジェクトソルジャーでは1、2位を争う程の成績だった・・・詳しくは知らんがな、事故があったらしい。まあその後、死龍はP5に配置になったと聞く・・・戦場には出ず、戦略や教育専門になったと聞くが・・・」
「キーンさんたちなら知ってますか?」
「あいつらに聞いても無駄だと思うぜ。意外とみんな仲間思いだからなぁ・・・」
「なんとかロクさんの力になりたいんですよ!」
「なら、ほっとけ!結局は自分自身で這い上がるしかない。ロクは昔っからそういうタイプだ。彷徨えば彷徨うほど、輝くっていうか・・・ほら!それよりダブルの車の塗装だ。急げよ!」
「は、はい・・・」慌てて作業に取り掛かるなつみ。
ここはP5に近い、ジプシャン軍前線基地。いくつかのテントの中に大きなコンテナや倉庫、無線用の簡易アンテナや小型レーダーがP5を見下ろす低い丘の上に立ち並んでいる。SCの数が少なく、2輪や3輪のバイクが目立っていた。
そこは大型倉庫の中に簡易な指令室を設けており、小型コンピューターをはじめ、通信機やレーダーのシステムが揃えられている。兵は4、5人程で上官らしい人物が席も着かずイライラしていた。
その男は25才くらい。背は高いが、かなり痩せて見える。服はタケシと同じ砂漠用迷彩軍服を着ていた。彼はタケシや総帥の土井寛子が死神と呼ぶ大広だ。
「タケシ隊を呼びに行った者は、なぜまだ戻らないのですか?これでは戦力になりませんね?」
大広は部下らしい兵にでも“敬語”で語っていた。
「はい、昨日に本部に戻って行って連絡がなく・・・」
「銃弾が乏しいのに、本隊のSC部隊までいなくなるとは困りましたね・・・」
「再度、本部に使いを出しましょうか?」
「任せてもいいですか?」
すると、基地のある者が大声で叫ぶ。
「南よりSC!我軍の物ではありません。車種不明。かなりのスピードです。まもなくP5圏内に入ります!」
「また雷獣か?全車迎撃体制を取って下さい。三輪部隊を出してく下さい!」
基地に警報が鳴り、テントから兵が十名程がヘルメットを被りながら出てくる。兵たちは数十台の三輪バイクに跨り、基地から緊急出動していく。
ロクの車内から前方に砂煙が見える。
「やはり、ここは無事には通してくれないか?なら・・・」
ロクはアクセルを更に踏み込むと、その砂煙を避けるように、左へとハンドルを切った。
ここはP5の地下の指令室。作りはP6の指令室によく似ている。やはり雛壇になっている席には、15名程の兵が正面のスクリーンを見つめている。
「P6からの定期便か?黒豹かと思われますが、データが前回と違っています!車種データなし!」
この指令室での最上段にいた者がすぐ反応した。
「ロクか?あいつまた試作車を・・・?」
両目の部分に仮面のベルト型マスクを被っているその者の声は、若い女性の声だった。
「西南に8キロ。敵バイク部隊と交戦中です!」
「司令を呼べ!守衛隊は戦闘配備!ボブ隊は発進準備!無線はあるのか?」と女。
「まだありません!」
「ロクなら援軍は出さん。奴はそういう男だ・・・こちらから無線を飛ばせ!」
「ボブ隊地上に出します!南ゲートに集結させます!」
「南ゲートでボブ隊は待機だ!ゲートのタイミングは任す!」
「無線以前応答なし!」
「助け無用という事か?相変わらず頑固ね・・・」と女。
そこへ弘士や久弥と同じ黒い軍服を着た30才くらいの男性が現る。
「五十嵐司令!P6の定期便です!」
「ロクか?」五十嵐が仮面の女に問う。
「ここを突破出来るのは恐らく彼かと・・・?」と女。
その頃、ロクのジャガーは4、5台の三輪バイクに追われていた。バイクは前方に向いた機銃でジャガーを狙い撃つ。
「これは使いたくなかったんだがな・・・」
ロクは、新たに設置されたエアーブースターのスイッチを入れると、ジャガーより砂煙が巻き上がった。後方にいたバイク隊はジャガーが作り出す砂煙に巻き込まれ視界を奪われる。
「これで、諦めてくれよ・・・」
P5の指令室。
「追撃部隊は振り切りましたが、新手です!死神の本隊です!」
「死神め!ここに入れないつもりか?」
司令が焦る中、その女は手馴れていた。
「ボブはまだ待機よ!」と女。
「なぜ、まだ援軍を出さん?苦戦してる様子だが?」
「助けを求めるならSOSをとっくに出してるわ!こいつはロクよ!間違いない!ロクなら助けは拒む・・・昔からそういう男なのよロクは・・・南ゲートに銃撃部隊を数名だけ配備して!」
「どうする気だ?」と五十嵐。
「まあ見てて!」口元がニヤリと笑う仮面の女。
ロクのジャガーは30台のバイク部隊と交戦中だった。バイク部隊は銃が効かないと分かると、手榴弾攻撃に切り替えてロクのジャガーに手榴弾を投げ付ける。
「こいつも使いたくなかったんだよね・・・」
ロクはそう言うと、屋根のバルカンを上げ、周り構わず乱射した。バイク部隊はジャガーに近寄れない。ロクの乱射に慌ててハンドルを切り転倒するバイクもあった。
ジプシャン軍前線基地。大広が待機している。
「敵が銃を乱射してます!」
「攻撃ですか?雷獣ではないのですか?どうであれこいつをP5に入れさせないで下さい!味方の被害はどうですか?」
「まだ報告がありません!」
「味方より無線!やはり雷獣です!模様は斑です!」
「雷獣め!またしても、こちらを弄ぶのですか!?」大広が握り拳を振り上げる。
P5指令室。
「無線です!」
「私が受ける!中央に!こっちで応対するわ!無線をこっちにまわして!」
その仮面の女は、マイクがあるデスクに移動する。
指令室のメインのモニターにロクの姿が映し出される。戦闘中なのか、映像が乱れ、銃声、エンジン音が高く入ってくる。女は平静を装いモニターのロクに呼びかけた。
「何か、手伝いがいて?ロク?また車種を変えたようね!?」
仮面の女は皮肉たっぷりに映像のロクに問う。
『死龍無事なのか?』と無線のロク。
一瞬だが、ロクに呼ばれた仮面の女の口元が笑みとなる。しかしすぐに女は怒り出した。
「勝手に殺さないでよね!」
『ふふっ・・・』
その死龍の応対に、モニターに映るロクの顔も一瞬笑みを溢した。