その2 黄黒(きぐろ)の車
シャフトの扉が開き、ロクの派手な車体が外に飛び出す。外は廃墟街のように見える。2、3階建てのものが多く、道路は砂だらけで時折吹く風が乾いた路地に砂塵を舞い上げている。まだ暗いせいか街にも建物にも人影がない。ロクはその道を走っていた。
ロクは車内から空を見上げる。東の空がやや明るくなり始めていた。また空はどこまでも雲ひとつ見えない快晴だった。
「今日は風が強いな・・・?急がないといけないな・・・」
ロクの車がある建物を通過すると、それに合わせるように1台の車が合流する。ロクがさっき無線で話した山口だった。彼の車もスポーツタイプ。スピード重視の車体。大戦前の1970年代に流行った某国のスーパーカーにも似ている。更に同じような車が2台、ロクたちに合流して来た。ドライバーたちはみな若く、緊張した顔つきで車を走らせている。
「今日は急がないと、昼飯抜きになりそうだぞ?」ロクは笑いながら無線を飛ばした。
『それは勘弁して欲しいですね・・・』山口が再度モニターに映る。
4台は薄暗い街中を走り続ける。前方に巨大な鉄の扉が視界を遮っている。高さおよそ8メートル、道幅より少し広く左右に開閉する物らしい。扉左右の横にある見張り台の上には、同じように幅広ハットにポンチョ姿の若者が2名づつ、機関銃を手にロクたちを待ちわびていた。
その一人が扉の前で停車した車内のロクに、銃を振り上げ合図を送った。ロクは右手でそれに答えるとハンドルの内側のあるボタンを強く押した。
「こちら黒豹。指令室聞こえるか?」
フロントガラスに映し出されたインカムを頭に装着した少年の姿。
『こちら指令室の桑田。黒豹どうぞ!』
桑田は声を聞くとショートカットの少女だった。
「黒豹出る!西ゲート開けてくれ!」
『了解!西ゲート開けます!』
指令室の中には早朝にもかかわらず、15名ほどの人影がある。数名は自らの机で寝ている者もいた。桑田の前には20数台のモニターが並び、その一つにロクの顔がアップで映し出されていた。
「黒豹隊出ます!」
桑田は後ろを振り返り最上段の男に声を掛ける。男は立ったまま腕を組み、首を大きく縦に振った。
「西ゲート開けて下さい!」桑田は叫んだ。
車の前の扉が大きな音を立て左右に開き始めた。金属が擦れる鈍い音が辺りに響き渡る。すると開いた扉の隙間からたくさんの砂塵が吹き込んでくる。その先には何ひとつ無い荒野が目の前に姿を現してきた。強風で砂が舞い上がり、その向こうがどうなっているかも分からない。
「黒豹出る。行くぞ!みんな!」ロクが無線を飛ばす。
『了解!』迷いがなく覚悟を決めた山口の声。
ゲートが完全に開くの待たずに外に飛び出して行く4台の車たち。
塀の上からの映像だろうか?モニターに映る走り去るロクたちの車。それを食い入るように見つめる桑田がいた。
「気をつけてください・・・」
「心配か?桑田?」
いつの間にか、すぐ横に先ほどの男がいた。70歳前後の男は黒の軍服、黒の制帽をかぶり、真っ白な顎鬚を蓄え、桑田の肩をたたきながら問いかける。
「いつもこの瞬間は緊張します。慣れないもんです・・・」と桑田。
「だろうな・・・慣れは人間最大の武器・・・」男は平然と答える。
「昨日襲撃してきた連中も、すぐそこの丘にいます。黒豹の4台で本当に大丈夫でしょうか?保護を装った敵の罠と考えてもおかしくありませんよ?事例もたくさん報告がありますし・・・」
不安げな桑田に、老人は笑顔で接した。
「ロクたちならやってくれるだろ。心配するな・・・」
「しかし・・・みんな武装タイプではありませんし・・・護衛もないのです!」
不安を隠せない桑田。老人は精一杯の笑顔で桑田に答える。
「あいつに追い付ける奴はいないさ。違うかい?」
「私が言ってるのは、あの人は人を疑う事を知らないと言う事です!」桑田はやや怒ってみせた。
「それがロクのいいところ・・・だろ?」男は桑田に笑ってみせる。
「はぁ・・・」溜め息を漏らす桑田。桑田は渋々と自分の机に正対した。
『頼んだぞ・・・ロク・・・』老人は中央のスクリーンを見つめていた。
同刻、ロクの車たちが街から出てくるのを、小高い丘から双眼鏡で覗く男がいた。男は20歳前後、砂漠迷彩の軍服を着て街から隠れるように身を屈めている。男は何度も肉眼と双眼鏡でロクたちの車を確認した。
「奴か・・・?間違いない・・・あの色!」
再び肉眼で確認する男。
「奴だ・・・キグロが出てきた!」