その10 動かざる壁
苛立つ陽、余裕のバズー。そんな中、弘士がロクに黒のファイルを手渡した。戸惑うロク。
「司令、これは?」
「お前のミュウの検査結果だ。」
その言葉に皆の視線がロクに集まった。恐る恐る中をファイルの中を見るロク。
「司令、こ、これは・・・」
ロクのただならぬ様子に息を飲むバズーと陽。
「し、司令・・・か、漢字ばかりで・・・読めません・・・」
「そこかいっ!?」突っ込む陽。
「検査は陰性だ。お前はミュウではない!」
「おお!」声を出し喜ぶバズー。陽も周りに気づかれないように安堵した。
「って事は・・・なつみがミュウ?」
ロクは安堵から一転、弘士に詰め寄った。
「ああ・・・突然変異だな。あれだけの身体検査を掻い潜るとは・・・」弘士は拳を強く握りしめていた。
「なつみが、ミュウだなんて・・・」
「ま、まあ、良かったじゃないか。ロクがミュウじゃなくて・・・」
バズーがロクに近寄り肩を叩く。
「そうだよ。仲間が苦しんで死ぬのなんて見たかないよ!」
励ます陽の言葉にも力がない。すると会議室に一人の兵が入ってくる。兵は弘士に近寄るとそっと耳打ちをする。
「そうか・・・」
気の抜けた弘士の声に、陽が尋ねた。
「司令?何か?」
「うん・・・聖という女性が亡くなったそうだ。」
「聖が!?」顔を上げるロク。
「すぐ行く!」弘士は兵に伝えると、会議室から出ようとしていた。
「ロク!レヴィアは応急措置はする。レヴィア9隻はお前に任す!」
「はっ!」敬礼するロク。
「黒豹は、この敵の予想ルートと戦力を探れ!」
「はっ!」同じように敬礼する陽。
「バズーは新型の高速戦車の編成だ!頼むぞ!」
「はい!」
「新型のアシカムか?もう完成したのか?」驚くロク。
「アシカムじゃねえ!クジラムだ!」笑みを浮かべるバズー。
「誰が乗るんだ、予備兵が誰かいたかよ?」と陽。
「そっちの山口だよ!」
「はぁー?」声を揃えて驚く二人。
「なんだ陽は聞いてなかったか?」とバズー。
「聞いてないし・・・まあ順当に行けば彼ね?まあうちは、居ても居なくてもよ。」あまり驚かない陽。
「あいつ、相変わらず影が薄いな・・・」頬を掻くロク。
P6地下三階大型格納庫。新型の高速戦車のコクピットで山口がスミから操縦の説明を受けていた。
「ヘックシュン!」くしゃみをする山口。
「流行り病かしら?」とスミ。鼻の下を指で擦る山口。
「平気さ・・・しかし俺一人では無理だよ・・・」
「バズーさんのアシカムにはない、敵の自動追尾装置があるから照準を合わすのは簡単!簡単!後は運転だけよ。」
「へいへい・・・」
「まあ、SCと違ってドリフトとかは無理!横転するからね!」
「分かってるって!」
コクピットを出ながら指令室に無線を飛ばすスミ。
「ほな、行くわよ!アシカム2号機出して!」
シャフトの扉が開き、薄暗いシャフトに吸い込まれる新型戦車。
「いきなり試運転かよ・・・」
山口は一人唇を尖らせた。
地下三階の廊下を歩くロクと陽。すれ違う若い兵士二人の会話が聞こえてくる。
「P5が陥落したって・・・?」
「四天王も一人亡くなったって・・・」
ロクたちはそんな会話を気にする事無く無言で歩いていた。
「まるで敗戦モードね・・・」陽がロクに話し掛けた。
「ああ?ああ・・・」
陽は自分の会話も聞いてないロクに突っ掛かった。
「ところで!艦隊司令として何か策でもあるのかしら?」
「寝て考えるよ・・・」
ロクはアクビをしながら答えた。呆れる陽。
「あのねぇ・・・」
「機械音痴の俺がメカニックを手伝う訳もいかない。次の作戦まで寝て待つ。」
「まったっく!男って生き物は・・・」
呆れた陽にロクは立ち止まって語った。
「お前?海洋戦術はお得意だったな?」
「まあ・・・」真剣なロクのまなざしに照れる陽。
「T字作戦って知ってるか?」
「日露戦争・・・確か日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を破った戦法では?」
「さすが、5期のトップ!」
「しかし、それは海上での作戦・・・どうやって陸戦に用いるんですか?」
「レヴィアが動かないんだったら、荒野に並べるんだよ!」
「並べる?どういう事ですか?」
「敵の正面に9隻、縦一列にな・・・」
「レ、レヴィアを壁にするんですか?今のP6の全戦力ですよ!」
「動かないなら戦力も糞もないだろ?」
「し、しかしです・・・」声を詰まらす陽。
「やるしかない・・・動かない壁に・・・」
ロクは黙って遠くを見つめた。