その9 落日
日が西に沈みかかっていた。陽は車内から敵シップが上げる砂煙を見つめている。
「野郎が・・・」
陽は一度運転中のハンドルを強く叩く。味方を攻撃した敵を目の前にして何も出来ない自分がいた。
『時速15キロってとこか?』
陽の車のフロントガラスに映し出されたのはロクの姿だった。
「図体がでかいってのも問題よね?こう足が遅ければ・・・」
『P6までまる2日は掛かる計算だな?いやそれ以上か・・・』
「まだまだこっちも準備が出来るじゃないですか?艦隊司令の事です、反撃の策はあるんですよね?」
『そ、そうだな・・・』
そう言うとロクの無線が切れた。
「ちぇ!」
ロクの弱気を察したのか、陽は急に腹が立った。
「しかし・・・この大きさは一体何なんだ!?どこから調達したというのだ?ジプシャン!」
P6指令室。バズーが座る席の前には、黒豹隊の山口が緊張して立っていた。
「私が機動部隊にですか?」山口が叫ぶ。
「不服か?」険しい顔のバズー。
「しかし・・・私にも他に候補が居たのでは?」
「ああいたさ・・・ダブルの隊に二名もな。しかし先日の戦闘でみーんな戦死した。」
「そんな・・・急に新型のアシカムに乗れって言われても。」
口を尖らせ床を見つめる山口。
「新型のアシカムじゃない!クジラムだ!」
「ええっ?」顔色が更に蒼くなる山口。
「黒豹帰って来ました。三機とも無事です!」
柳沢が叫ぶ。振り返るバズーたち。
「あいつら・・・この忙しい時に・・・」呆れるバズー。
するとルナがダブルに無線を入れている。
「こちら指令室ルナ、山猫聞こえますか?」
『これはこれはルナちゃん。只今戻りましたよ!無線オフになっている?今度いつデートしようか?』
「そ、それどころじゃないですよ!聖さんが!!」
『ああ!?』ダブルの声は慌てた。
「急に容態が変わったって高田さんが・・・」
『わかった!地下6だな?』
するとルナに変わりバズーがルナのインカムを頭から奪った。
「おい!この忙しい時に二人でどこほっつき歩いてんだ!?」
『おいおい、北への偵察だ。あと黒豹の捜索!ちゃんと時間通り戻ったぞ!』
「早く指令室に戻れよ!少しは自重しやがれ!」
『ぷっ!』無線の向こうで笑うダブル。
「な、なんだよ!?」
『いや・・・ああ先約があるんだ。その後だな!ああ北ゲート開けてくれとルナに伝えてくれ!』ダブルは無線を切る。
「先約だぁ?・・・あ、切りやがった!ルナ、北ゲートだ!」
「は、はい・・・」
P 6の地下6階医療室。聖が苦しそうにベットでもがいている。周りには高田をはじめ4人程のスタッフが聖の両手両足を押さえている。
「モルヒネは!?」高田が叫ぶ。
「さっき打ったばかりです。これ以上は・・・」
「もう10だ!」
「限界です!!体が持ちません!!」
「もう・・・意識はない・・・」
「しかし・・・」
「最期は苦しませずに死なせてやれ!」下を向く高田。
「は、はい・・・」
そこに駆けつけるダブル。すぐ聖のベットの脇に寄り顔を目一杯近寄り耳元で叫んだ。
「ひじり!!」
ダブルはすぐ高田の顔を見上げたが高田は無言で横に振った。
「先生・・・」落胆するダブル。
「やれる事はしたわ。後は出来るだけ苦しませずにする事よ。」
「ひじり・・・」
大声をあげもがく聖。誰も何も出来なかった。聖は目を見開き雄叫びをあげると静止した。両目から大量の涙がこぼれ落ちる。すると静かに目を閉じていった。両足、両手を押さえていたスタッフもゆっくり手を放していく。動かなくなった聖の体を、ダブルは慌てて揺さぶった。
「お、おい・・・聖・・・」
高田は聖の閉じた瞼を開き、ペンライトを当てる。
「残念だ・・・」
「こ、こんな終わり方かよ・・・ミュウってこんな・・・」
ダブルはミュウの最期を見るのは初めてだった。
「遺体を地下研究所に運ぶわ!」
高田の事務的な声が病室に響いた。
「これが最期なんて・・・」
P6大会議室。弘士が席についている前には、陽を中心にロクとバズーの姿があった。
「そうかP5が・・・」落胆する弘士。
「敵がこっちに引き返しています。こちらへ攻撃を仕掛けてくるのでは!?」陽がテーブルに両手を付いて叫んだ。
「まだそうとわかったわけじゃないだろ?」とバズー。
「可能性はなくない。向こうのプラントが無くなればこちらからの物資を強奪も出来ない。敵も焦っているはず・・・」とロク。
「それでこっちにはどのくらいで到着予定か?」と弘士。
「敵の足遅く、48時間でこちらに到着します。」と陽。
「夜は走らないはずだ、すると96時間・・・どうだロク?」と弘士。
「まあ、ありうるな・・・敵のシップもバッテリーを大量に積んでればの話だが・・・」ロクは指で頬をかいてみせた。
「いよいよか・・・腕が鳴るぜ!」
バズーは両手を前で組み合わせ、指を鳴らし始めた。そんなバズー姿を見てロクはまた頬をかいた。
「ずいぶん余裕だな?頼りのレヴィア艦隊も壊滅状態なのに?」
「遅かれ早かれ人は死ぬ!俺たちは同じ世代では長く生きた方じゃないか?どうだロク?」
肝が座っているのか?ただのバカなのか?ロクはそんなバズーの言葉に自分達の運命の儚さを感じた。