その28 ロクの恐怖
日が暮れて辺りは星の光しか見えない。月が出ていないせいか荒野は暗い。スコーピオの残り火のせいか丘の周辺だけは明るかった。昼間までの強風が嘘のように荒野には風がなかった。
その暗闇の荒野をヒデは聖を背負いながらあの丘へと歩いていた。時折P6のSCがライトを照らしながら通り過ぎると、ヒデは身を伏せていた。
やっとの思いで丘の上に辿り着くと、そこには見覚えがあるSCが1台。車高が低く、スピード重視のデザイン。まるでジャガーの原型。
『俺の車だ!』ヒデは聖を背負ったまま車へと近づく。
ヒデは車へ近寄ると運転席を覗く。
『誰も居ない・・・』
咄嗟に目をやったのは、キーの差込部分だった。
『鍵もある・・・しかしなぜこいつが・・・?』
ヒデは恐る恐る後部のタイヤ跡を見ると、まだ新しいタイヤ跡がP6方面から続いていた。そこには数名の足跡もある。ヒデはあるひとつの足跡の方向を目で追う。そこにはジャガーのボンネットに腰掛けるロクの姿がある。
「ロク!?」
「やはりここに来たか・・・ここに来れば仲間にでも会えると思ったか?」
ロクはそう言うとボンネットからポンと立ち上がった。
「なぜ俺がここに来ると・・・?」とヒデはロクに尋ねた。
「日常動線志向性・・・・・・人は目の前の恐怖から逃れるために、普段使い慣れた経路を利用して避難する。高森教官の授業でやってたろ?もう忘れたようだな?」
「お前のその優等生面があの頃から気に入らなくてな・・・」
「そりゃどうも・・・」
ロクは腰の拳銃を一つ抜くと、ヒデの前に投げ捨てた。
「なんの真似だ・・・?」
「決着つけたいんだ・・・あの頃の・・・」
「決着だ?お前も根に持つね?手榴の件か?」
「お前の愛車・・・サンドウルフ・・・長年整備してたんだぜ?まあちょっとカスタマイズしたけどな・・・」
「ふーん・・・まだあったとは驚きだ・・・」
ヒデは聖を背負うのが疲れてのか、荒野に聖をゆっくりと座らせた。
「3期生の俺らにとってはこの車こそP6の代名詞だった・・・こいつを抜き去る事が目標だったんだ・・・」
ロクはサンドウルフと呼ばれたヒデのSCを撫で回した。
「そうか・・・」
「苦労したんだぜ・・・廃車にせず今日まで隠してきた事・・・それとこの大惨事の中、部下二人に頼んでここにこれを持ってくるの・・・」
「何が言いたい?」
「こいつを最初に抜いてすぐだったよな?P6から逃げたのは?」ロクはヒデの顔を睨む。
「くっ・・・ここで待っていたのも偶然か?」ヒデもロクを睨み返した。
対峙する二人。
「ああ・・・そう言えば手榴を撃ってしまったのもこの辺りだったな?」
「決着と言ったな?まさかこの車で俺と勝負しようなんて言い出すんじゃないよな?」
「やろうぜ・・・」
「何っ!?」
「お前に勝つなんて今更どうでもいい・・・俺はあの頃の自分に勝ちたいだけだ・・・」
「自分に勝ちたいだと?」
「覚えてるか?お前らは何かにつけ俺を殴りつけていた。訓練も実戦でも・・・」
「ああ・・・お前が嫌いだったんでね・・・」
「ふざけては実弾を顔に近くに向け発射したり、銃口を口に突っ込まれたこともある。」
「覚えてるさ・・・お前は泣いて俺に媚びていたな。」
ヒデはロクを嘲笑った。
「あの頃から銃を抜けなかったのは、お前の陰湿なイビリのせいかもな・・・」
「そういえば、俺と出会ってからだな?お前が銃を人に向けれなくなったのは?あの頃から心が弱かったんだよ!」
「毎日が恐怖だった・・・実戦の際はお前に後ろから撃たれるんじゃないかとも思った事もある・・・」
「ああ、本気で殺そうとも思っていたさ・・・」
「お前があの頃、皆からサンドウルフって呼ばれていた・・・それは狼は仲間を大事にするからだろ?だが違った・・・お前は俺だけを目の敵にしたんだ!」
「そうさ・・・お前は俺の全てを奪って行った・・・」
「全てだと?」
「エースドライバーの座、仲間の信頼、四天王へのきっかけ・・・そして手榴のパートナーの座もな・・・」
「お前・・・手榴の事が・・・?」
「ああ惚れてたさ・・・あんないい女・・・だが手榴はお前を選んだ!!」
「選んだんじゃない・・・死龍は・・・いや手榴はお前と競り合いたかったんだ・・・同期のプロジェクソルジャーとして・・・」
「何だと!?」
「あの頃、よく話していた・・・私と張り合えるのはヒデしか居ないって・・・」
「なに・・・」
「他の連中じゃ物足りないと・・・」
「バカな・・・」
「俺に取られただと?勘違いするな!そんな事でポリスを脱走か・・・?馬鹿げてる・・・」
「お前には分からないだろうな?」
「わからんな・・・話しても無駄なようだ・・・そろそろやろうや!」
「ああ・・・」
「マシンで後で文句いわれちゃ適わん・・・ジャガーと同じ装置をサンドウルフにも付けてある。」
「ふん・・・相変わらず甘ちゃんだな?で・・・?俺が勝ったら?」
「そいつを連れて車で逃げるがいい・・・」ロクは聖の方を見る。
「お前が勝ったら?」
「その女はポリスに連れて帰る・・・」
ロクの言葉に聞く耳を持たなかったヒデだが、一度聖の所に戻る。
「聖・・・これを持ってろ・・・」
ヒデは自分の首に掛けていた尖った角のようなペンダントを聖の首に掛けてやった。聖は既に意識が遠い。
「これ・・・あんたのお守り・・・?」
「ああ、カジキの角で作った・・・これをしていると弾に当たらない・・・」
「貰えないよ・・・」
聖は必死にペンダントを取ろうとするが、既にそんな力さえない。ヒデは聖の腕を制止した。
「いいから・・・お前が持ってろ・・・」
「うん・・・」
ヒデは聖の首にペンダントを掛ける。
サンドウルフに乗るヒデ。ロクは運転席のヒデに話しかける。
「ハンドルの中に無線。ギア前にブースターの装置。あの頃と変わっているとすればそこくらいだ。機銃はない。」
「いい演出だよ。まるでこの事を予想していたみたいだな?」
ヒデはロクの取った段取りに感心していた。
「ああ、全部俺が仕組んだ・・・」
「はぁ??」
「お前を逃がせと死龍と一芝居打ったのさ。」
「お前・・・まさか松島で俺を逃がしたのも・・・?何から何まで勘に障る男だ!!」
「ふふ・・・さぁーて、行きますか?サンドウルフ?」