その3 ヒデの遺言
P6地下6医療室。ある個室に死龍の姿があり、起きてベットに座っていた。その病室のドアの前で立ち止まるロク。ロクは深刻な顔をしつつ、躊躇いながら病室のドアをノックした。
「元気そうだな?」病室に入ると明るい表情で死龍に接するロク。
「ロク・・・」死龍は表情がやや青白くなっていた。やや痩せたようにも見える。
「重症と聞いて心配してたが、ピンピンしてるな?」
「明日からでも戦場に出れるわよ!」
両手を組み拳銃を撃つ真似をする死龍。まだ所々包帯姿の死龍の強気の言葉と動作に苦笑いするロク。
「おいおい、無理するな。何日か前まで意識不明だったんだろ?」
「寝てる間に、回復してたわ。さすがミュウね・・・ははは・・・」
「あはは・・・ははっ・・・いや、そこは笑われんな・・・今日、P7に向かう。ここには月一くらいでしか戻れない。死龍がP5に帰る前に挨拶したくてな・・・」
「当分向こうには帰れそうもないわね。暫くはここで治療に専念する。毎日血ばかり抜かれてフラフラよ!」死龍は注射針の痕が残る左手をロクに見せる。
「あらら、それは酷いな!まあ俺は暫く、船酔いでフラフラかな?」
「そうロクが漁師さんとはね・・・」
「そう言うなよ・・・確かにそうは言われてるけど・・・旨い鯨が釣れたらここに一番で贈ってやるよ!」
一番言われたくなかったのか、ロクは死龍から目線を外してしガラスの天井を見上げる。
「それはありがたい!・・・で?ジャガーちゃんはどうするの?」
「一応置いてく・・・海じゃ走れないしな。」
「ロクがいないんじゃ、退院したらP5まで誰に送ってもらおうかしら?」
「なんなら俺がP7から駆けつけてやるよ!」
「早いけど、ロクの運転荒いでしょ?」
「俺のジャガーに乗ったことないくせに・・・」
「じゃあ、お願いしようかな~?」
「わかった・・・連絡しろよ。もう行くぜ!上でダブルを待たしている!」
「ええ、気をつけてね。海上だから、変な流行り病には気をつけるのよ!?」
ベットの上で敬礼する死龍。それに答礼するロク。ロクはひょっとしたらこれが死龍と最後になるのではないかと、ひとり暗示していた。
P6地下6階の医療ブロック。エレべーター待ちをしているロク。ふと目をやったのは、地下6階以降専用のエレベーターが地上階行きのエレベーターの真後ろにあった。ロクはそのエレベーターをじっと見る。ドアには“関係者以外立ち入り禁止”の表示がされている。
『桑田が最後に言ってた・・・タケシとヒデが捜していたものが地下にあると・・・しかし、この先はポリス兵しか入れない・・・試したことはないが、俺のIDカードで開くとは思えない・・・ガキの頃から、立ち入り禁止エリアと聞かされ続け、ポリスの人間でさえ一部の者しか入れない区域・・・一体この先に何があるというのだ?この地下に・・・?』
ロクは恐る恐るそのエレべーターに近寄り、胸ポケットからIDカードを取り出した。
『開くのか・・・俺のIDで・・・?』
ロクはカードをかざそうとした時、ちょうどその専用エレベーターが開いた。中から高田が白衣のまま出てくる。
「あら?どうしたの?」
「い、いえ・・・別に・・・ああ、高田さんに挨拶しようとしたんですが、こっちだって聞いて・・・ここで待ってました。」
「なんだ・・・呼び出すならそこのインターフォンを使えばいいのに・・・あっ!ちょうどいいタイミング。ヒデのサンプルを取るの・・・手伝えて?」
「ヒデのですか?構いませんが・・・」一瞬戸惑うロク。
「若い兵士たちは怯えてるのよ・・・元プロジェクトソルジャーに・・・いや、ミュウと言った方がいいかしら?噛みつかれて伝染するってもっぱらの噂が流れててね・・・」と高田。
「ミュウと聞いて怯えない奴はいないでしょ?一時は空気感染説まで流れましたから・・・」ロクは拳銃の一つの銃弾を確認した。
「そうよね・・・じゃあ、いいかしら?」
「はい・・・」
ヒデの独房。両腕には手錠をし独房で膝を抱えたまま座るヒデがいた。その独房のロックを外し、高田が中に入る。ロクは銃を構える事もなく高田のうしろ姿とヒデを見ていた。するとドア側に立っているロクをヒデは見つけた。
「ロクか・・・?お前・・・タケシを殺したそうだな!?」
ヒデは大声を出した。高田は少し驚く。
「もう!びっくりさせないでよ!今日は暴れないでよ!すぐ済むわ。今日は血液検査だけよ!」
坦々とヒデの腕を捲り、作業を続ける高田。しかしヒデはロクが質問に答えなかったのを怒り出し、献血中に急に立ち上がった。
「聞いてんのか!?ロクっ!?」
そのヒデの姿を見て、ロクは初めてヒデに向かって拳銃を構えた。
「ちょっと!腕に針が刺さってんだから動かないで!」
立ち上がりロクに目線を合わせるヒデを、高田は一喝した。
「銃殺だってな?なんなら今、俺がお前の刑を執行してやってもいいぞ・・・」
ヒデはロクが両腕で拳銃を構えたのを見て、何かを悟ったのか再び床に座り始める。ホッとする高田。ロクもヒデが座ると拳銃をゆっくり下ろした。
「お前ら・・・変わったんだな・・・いや、変わってないのは俺だけだな?」鼻で笑うヒデ。
「変わったじゃないか?立派な盗賊にな?」とロク。
「なにっ!?」
「タケシとこのポリスに入った理由はなんだ?何かを盗むには手が込んだ作戦だな?いや、作戦というにはあまりにも無謀・・・」
「俺は死刑囚だぜ!もうお前らにしゃべる事はない!」
「墓まで持っていく気か?」
「そうだな・・・」
「勝手にしろ・・・」
「どうせミュウなんだろ?死刑にするより人体実験の方がいいんじゃないの?ねぇ先生?」と高田に甘えるヒデ。
「そ、そうね・・・研究の為に個人的にはそっちの方がいいわね・・・」
「なっ?先生は話が分かる!死刑は覚醒してからでいいだろ?」
「それは、ここの司令が決める事よ・・・」と高田。
「ふん!そうかい!」
「さて!終わったわ!ロク、ありがとね。」
「いえ・・・」安堵するロク。
高田はそう言うと、注射器を何本か持ちながらヒデの独房から出てきた。ロクは警戒しながら独房のドアを閉めた。するとヒデは突然ドアの格子窓までやって来る。
「それでいいのか!?ロク!?」
「ん?」振り替えるロク。
「ポリスの犬になって何人の仲間が死んだ!?」
「ヒデ・・・」
「子供を兵士に育て、ジプシー同士戦わせてるポリスをお前はなんとも思わないのか!?」
ヒデは鉄の格子を握りしめ、ロクに言い寄った。
「俺はポリスに拾われた。そして育てられた。俺はその恩を返すだけだ・・・」
ロクはそう言うと、ヒデの独房を離れた。
「目を覚ませよ!ロク!?おい!ロクっ!?」
ヒデの言葉に耳を貸さないロク。
「いいか!?ロク?これは俺のからの遺言だ!」
ロクがダブルのSCの助手席に乗っていた。車は南ゲートを出たばかりだった。
「ふーん、ヒデと聖がそんな事が・・・?」とロク。
「ほんと、参ったよ。人の前でキスしやがって・・・で?会ったのかそのヒデと?」
「ああ、さっきな・・・奴の執行はいつなんだ?」
「さぁな?その前に高田さんがミュウとして徹底して調べるって言ってたな?ミュウとしてはいいサンプルだって。銃殺の前に彼女に切り刻まれるって噂だぜ!」とダブル。
「それも嫌な刑だな・・・」苦笑いのロク。
「聖の容態も日に日に悪くなっていく・・・やはり助からないのか・・・」
「ミュウの宿命なのか・・・」
「おっ!見ろよ!」ダブルが前方を指差した。
二人の前に現れたのは、黒い新型のレヴィアだった。艦の横には白い文字で“6”と書かれている。1番艦から5番艦とは形も大きさも違い、潜水艦を逆さにしたタイプだった。やはり元艦底の部分に5メートル程の艦橋が取り付けられている。主砲は見えないが、側面に取り付けられた機銃は旧型のレヴィアよりも遥かに数が多い。
「少しデカくないか?しかも相変わらず艦を反対にしている・・・どうもこの6番艦にはキーンが乗ってるらしいぜ?」
「キーンがこの船に?」驚くロク。
ダブルのジャガーストームは、その新型レヴィアに近寄って行く。