その10 ストーム
この世界には、ガソリンがない。エネルギーは太陽光と風力発電だけである。主に車はソーラーカーの原理で動く。通称SC“エスシー”。以前は、車体の横や、ボンネットの上にパネルを貼り付けるSCが主流だったが、最近ではSCのボディ自体がソーラーパネルを兼ねているものが増えてき始めていた。ロクが乗っていたのもその一つであった。
「お、俺の車を・・・こ、こんな姿にしやがって・・・」
怒りに震えるその男は、自分よりも背のでかいロクの胸倉を掴むと、ロクを車の運転席側に強引に押し当てた。
「おいおい・・・これって?ダブルの車なの?俺の2番機じゃないの?」
ロクの軽い応対に、ダブルと呼ばれた男は更に逆上し、ロクの体を大きく揺らし始めた。
「・・・んなわけねぇだろ!これは俺用にカスタマイズしてたのに、こんなロクの馬鹿みたいな塗装までしやがって!挙句の果てにこんなボロボロに・・・どうしてくれんだよロク!?」
「そうかダブル用なんだ。どうりで車内が狭いはずだ・・・」冷静に答えるロク。
「ぷっ!」
そんなロクの言葉に彼の後ろにいた山口は、ついに笑いを堪えられなくなり吹いてしまった。アキラやシンらも必死に笑いを堪えて口元を押さえていた。
「そ、そうか・・・お前らとうとう俺を怒らせたようだな・・・?」
ロクはその言葉にも平然としていたが、山口たちはダブルの怒りの顔を見てびくついた。すると、ロクの車の助手席から直美が我慢出来ずに外に出てきた。
「あぁ~狭かったぁー!!」両手を空に伸ばす直美。
ロクはふと気がつくと、今まで自分の胸倉を掴んでいたダブルがいなくなっている事に驚く。辺りを捜してみると、反対側の助手席側の直美の前に片膝をついて頭を深々と下げているダブルがいた。
「これは、これはお嬢様。長旅さぞお疲れでしょう。」
「だ、誰よあんた・・・?」絶句する直美。
「これは、これは失礼しました。わたくし、住居担当のダブルと申します。もちろんニックネームでございます。」
「そう、どうでもいいんだけど、みんなトイレに行きたがってるの。あの彼に、ちょっと怖い思いをさせてもらったし・・・」
直美はドアの反対側にいたロクに視線を合わせた。
「これは、これは私の部下たちが何か無礼な事を・・・あとで良く叱っておきます・・・」
「部下じゃねぇし・・・」
ロクは小声でぼやいていると、もう一人ロクたちと同じ格好の男がロクの後ろに音もなく立っていた。
「相変わらず、奴は女に目がないな・・・」
突然の事に、ロクが後ろを振り返る。歳はロクらと同世代。ロクよりもやや背が高く、前髪が長い痩せ型の男だった。ポンチョの下にはライフルだろうか?中になにか長い物を持ち歩いている。
「キーン!?」驚くロク。
「捕虜を貰いに来た・・・」
「お、おお!おい山口!キーンに捕虜を引き渡せ!」
「了解です。おい!アキラ!シン!」
山口らが自分の車の後ろに行き、トランクを開け始める。アキラ、シンも山口の左右後方に立ち、銃を構えていた。
「それにしても、お前にしては派手にやられたな?」キーンはボロボロのSCを見回していた。
「そ、そうかな・・・?」
「山口らのSCが無傷なのを見ると大体察しがつくよ。ロクは少しSCの性能に頼り過ぎるぞ!」
子供たちが車を降り、最後に大場がロクの車から降りてきた。すると反対側にいたロクの方を向きこう叫んだ。
「おい!?ストーム!・・・ジャガーストームってのはどうだ?こいつの名?」
「ストーム?ジャガーストーム?・・・かっこいい!それ頂き!おい!ダブルこいつの名前ジャガーストームになった!」喜ぶロク。
「ロク!勝手に名前付けるんじゃねぇよ!」とダブル。
「俺が付けたんだが・・・気に入らないか?」と大場。
「あっ?あんだぁ?お前っ!?」大場に反抗的なダブルが、太い声を発した。
「ち、父です・・・」冷静な直美。
直美の父だと分かると、態度と声を豹変させるダブル。
「これは、これはお父様でいらしゃいますか?ジャガーストーム?大変気に入りました。一生大切に使わせて頂きます。なんとセンスに満ち溢れた名前でしょうか・・・ではこれより皆様をお部屋の方へ、ご案内させて頂きます・・・ロク!後で、顔貸せよ!」
「はいはい・・・」と呆れるロク。
「おい!?ロク!保護の条件、忘れんなよ!」と大場。
「ああ、はいはい・・・」
そう言うと、ダブルと大場の家族は、その長い施設の中に入って行った。それと入れ替えに、その建物からロクらと同じ格好の男が、更にもう一人現れた。身長は190センチ以上。体は筋肉質で体重は100キロはあろうかという体格の持ち主だ。髪は短髪。よく見ると肩から紐で背中に何かを背負っているがポンチョコートで見えない。
「みんなここに居たのか?しかし何だこれ?どうなるとこうなるんだ?」
傷ついた車を見て驚いた大男。
「ちょっと風が強かったんだよ。バズー。」
ロクにバズーと呼ばれた3人目の男は、ロクらに近づいて来るとその大きさはロクらより遥かにでかい。
「司令がお呼びだ。凄くカンカンだぞぉ!また何しやがったんだよ?ロク?」
「そうだな。強いて言えば、無断で開発中の車に乗ったくらいかな?」
「お前なぁ。山口たちの前で説教したくないけど、隊長になって部下もいるんだからさ、少しは自重しろよ・・・」
バズーがそう言うと、ロクとキーンは互いに顔を合わせてプッと吹いてしまった。捕虜を連れてきた山口らも、必死に吹くまいとバズーの顔を見ないように後ろを向き、肩を小刻みに揺らしている。
「な、何だよ!?お前ら何がおかしいんだよ!?」
「お前の口から“自重”なんて出てくるとは予想できなかったよ!」とロク。
「一理ある!一番自重しなくちゃいけない奴に、そう言われるロクがかわいそうだな・・・」とキーン。
「な、なんなんだよ!?キーンまで?」
「プッ!・・・」
慌てるバズーを見ていた山口やアキラは、とうとう笑いを耐え切られなくなり吹いてしまった。
「お前らまで、笑ってんじゃないぞっ!」山口らに拳を高々と上げるバズー。
「ひぃーっ!!」
バズーは、ロクやキーンではなく、後ろにいた山口らに飛びかかって行った。バズーを止めに入る笑顔のロクとキーン。
日は西に沈みかけていた。
ロクの車は、エレベーターシャフトを降りていた。シャフトはすぐ止まり、前方の扉が上へと開く。ロクはギアを入れると車を前進させた。
そこは車体整備機器がずらりと並んだある一室であった。作業着を着たスタッフが3名ほど、ロクの帰りを待っていた。すると40くらいの背の低いメガネを掛けた男が、片足を引きずりながらロクの方に近寄ってきた。ロクも車から降りてきた。
「あーあー、俺の最高傑作が・・・」
その男は、ロクの車を見ると落胆してしまった。
「すいません。高橋技師長。でも走行には問題は・・・」
ロクに高橋と呼ばれた男は、優しくロクに接した。
「誰の許可を貰ったのかな~ロクくーん?」
「お、おやじさんですが・・・」その優しさに驚くロク。
「確かに連絡は来た!が、お前が出た一時間後にな!全く、なんでもかんでもおやじさんの名前を出せば済むと思ってんのか!おやじさんはもう現役を退いてるんだぞ!俺は司令の許可を取れっていつも言ってんだろ!?」
「す、すいません・・・緊急だったので・・・」
「それに百歩譲って、勝手に乗って行ったのは許す!が!しかしこの様はなんだ?」
「なにを言うんです。こいつのおかげで4人のジプシーの尊い命が救われたんですよ!名誉の傷です!」口を尖らすロク。
「結果優先と言う事か?」
「そ、そうは言いませんがね・・・」
「しかも車体に特殊コーティングをしたのに、銃弾が突き刺さるなんてありえんな・・・また研究し直さないと・・・」
「うーん・・・それはその・・・ど、どうかと・・・」
「まだまだ改良の余地があるな。まあ、今回は結果オーライという事で良しとしよう。それで走行はどうだったんだ?俺はそこが聞きたいんだ。」
「はい、時速400キロまでの加速はかなり早く・・・それにあの空気圧縮も・・・」
「ちょっと待て!お前テスト走行で、400キロも出したのか?慣らしってもんがあるだろ?慣らしってもんが!それにあの装置はまだテスト中なのに・・・爆発の可能性は教えたよな?なぜ実戦で使ったんだ!?」
「ちょっと暑かったんで・・・へへへ。」とぼけるロク。
「扇風機じゃねぇぞ!」
「へへへっ!それは嘘ですが、あの勢いなら軽くジャンプも可能かと思われますよ!」ここぞとばかりゴマをするロク。
「そうか、よしよし・・・そうだ!ロクくーん!桑田がメンテしてたんだが、俺様の手が少し開いてたんでな、お前の愛車のカストリーちゃんを少し“手直し”しておいたよ・・・」ロクを見てニヤリとする高橋。
「ま、まさか・・・」
ロクの顔は高橋技師長の言葉に、やや蒼くなっていた。