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第19話 だから彼女は人を撃った





 最初の学校での乱射事件を終えたあとも、乱子は死ななかった。


 警官に射殺されることも、その場で取り押さえられることもなく、混乱に紛れて逃げ切った。別に、生き延びたかったわけではない。死ぬのが怖かったわけでもなかった。


 ただ、《《まだ答えが出ていなかった》》。


 人を撃てば、《《何か分かると思った》》。




 銃声が鳴るたびに人が倒れ、制服が染まった。泣き叫ぶ者もいれば、その場から動けなくなる者もいる。友人を置いて逃げる者がいる一方で、撃たれる危険も忘れて、倒れた誰かのところへ戻っていく者もいた。



 乱子は、その全部を見ていた。


 なるほど、と思った。



 人間は死にそうになると、随分いろんな顔をするらしい。


 けれど、それを見た自分の中には何も起きなかった。


 興奮しているのかと思ったが、違った。達成感なのかもしれないと思ってみたが、それもしっくりこない。あとから後悔が来るかもしれないと、わざわざ時間まで置いてみた。


 それでも胸の内は静かなままだった。


 逃げ込んだ安ホテルでテレビをつけると、朝から晩まで自分の事件を報じていた。



               『前代未聞の凶悪事件です』

        『犯人の動機はいまだ――』

 『社会への強い憎悪があった可能性――』

             『孤独と疎外感が――』

                  『自己顕示欲による犯行ではないかと――』



 乱子はベッドへ寝転がり、青色の2ドルのグミを食べながらそれを眺めていた。



「違うんだけどな」


 誰に聞かせるでもなく口にする。


 社会が憎かったわけではない。学校にも、撃った相手にも恨みなんてなかった。別に有名になりたかったわけでもない。


 なら、何だったのか。


 そこだけは本人にも説明できなかった。





 《《撃てば何か分かると思った》》。それでも何も掴めなかったのなら、《《条件を変えてもう一度やればいい》》。


 その結論に、乱子はほとんど迷わなかった。


 次に選んだのは学校ではなく、もっと人の集まるコンサート会場だった。前より警戒されにくく、多くの人間がいて、使う銃も変えた。前回と違う条件を揃えて、実験をやり直すように引き金を引いた。




 そしてまた逃げた。


 二度目の事件がニュースになると、すぐに最初の事件との関連が疑われた。同一犯ではないか、模倣犯の可能性がある。警察が偶然ではないと発表すると、世間は以前より大きく騒ぎ始めた。


 テレビの向こうでは、知らない人間たちが怖がり、怒って泣いている。その横には、自分の顔写真が大きく映されていた。




「……、やっぱり」




 しばらく画面を眺めても、内側に新しいものは生まれなかった。


 次は別の州へ行った。街を変えて、人を変え場所を変え、また同じことをした。


 繰り返すうちに、逃げるのは上手くなった。銃の扱いも上達していく。どこを撃てば人は倒れるのか、どの方向へ群衆が逃げるのか……弾道学も独学で修めた。


 あと、最初の一発を誰に撃てば、その場全体がどう崩れるのか。他人の動きだけは、嫌になるほど分かるようになってきた。




 それなのに、自分のことは相変わらず掴めない。

 一方で世間の分析だけは増えていった。


         『快楽殺人者』

    『反社会的人格』

              『銃文化そのものへの挑戦』

『現代社会が生み出した怪物――全米ライフル協会より寄稿』



 乱子は記事を読みながら吹き出した。

「みんな、私より私のこと知ってるみたい」

 それは、少し面白かった。


 やがて事件そのものより、乱子本人について語る人間が増え始めた。顔写真を掲げパレードに参加する者。事件現場を巡る者。

 彼女が使った銃を調べる者や服装を真似する者に、本人が一度も口にしていない言葉まで、「乱子の発言」としてネットに広がっていった。



 そんな頃、別の街で銃撃事件が起きた。


 犯人は捕まった。乱子ではなかった。


 それでもニュースでは、何度も彼女の名前と並べて報じられた。




『影響を受けた可能性が――』





 画面の向こうで、捕まった少年が何かを叫んでいた。

自分の思想をと、自分が何を憎んでいるのかを。


 そして、乱子についても。



「……、何で??」



 そこだけは妙に引っかかった。


 自分の真似をして、この人は何を感じたのだろう。力を得たのか……自由になったり、復讐を果たせたのか。


 自分にはなかったものが、この少年にはあったのかもしれない。

 乱子はテレビの前で、珍しく長い時間を使ってそのことを考えた。


 やがて、少しだけ楽しみになった。


 自分自身をいくら見ても答えが出ないのなら、他人を見ればいい。

 人が何を欲しがり、なにを怖がり、ナニを選ぶのか。

 それを見続ければ、いつか自分の中にないものまで分かるかもしれない。








:









 辺獄大決戦場へ、<絶対銃>の銃声が貫きわたる。


 第二条が制定されてから、乱子が使える反射面は確実に減っていた。一度弾丸が触れた箇所から黒く染まり、二度と跳弾には使えない。


 いくら正確な弾道計算が出来ても、そもそも弾を跳ね返せる場所がなくなれば意味がない。


 メフィストは急ぐ様子もなく、飛んできた一発を杖で払い落とした。


「惜しい。今のは悪くありませんでした」

「知ってる」

「ですが、残りは?」


 乱子が周囲を確かめる。


 使える床はもう少ない。壁も大半が黒く染まり、柱にも使えない箇所が増えている。


「命乞いも立派な生存戦略ですよ」

「やだ」

「命を捨ててまで続ける価値がありますかな?」


 乱子は返事をせず、自分の翼へ目をやった。


「まだ試してないから」

「何を?」


 白亜の翼。


 今の身体の持ち主が、生まれた時から持っていたものだ。


 その仕草を見たマヨイエルの声が強張る。



「乱子さん?」

 乱子が<絶対銃>を、自分の翼へ向ける。


「……、おい」


 ロンジも遅れて察した。


「何する気だ」


 パ!!!!!!!!!




 と――《《白い羽根が弾け飛ぶ》》。


「乱子さん!!????」



 マヨイエルの悲鳴にも構わず、乱子は翼の表面を掠めるように続けて撃った。銃弾に削られた白い羽根が、一斉に宙へ舞い上がる。


 光を受けて降り注ぐそれは、遠目には綺麗だった。

 だからこそ、やっていることの異様さが際立った。

 天使の翼を、その身体へ入った人間の罪人が自分で撃ち壊している。



『おおっとおお、これはあああああああ――!?』



「何を……、」



 さすがのメフィストも、すぐには意図を読み切れなかったらしい。


 乱子は舞い上がった羽根の一枚一枚を目で追っていた。落ちていく角度や風に流される速さを<絶対銃>が次々と拾い上げ、射線へ組み込んでいく。


 引き金が絞られる。


 弾丸が空中を舞う一枚の羽根へ触れ、わずかに軌道を変える。そこから次の羽根へ当たり、さらに別の方向へ。


 天使の硬質な羽根が、《《その場限りの反射板へ変わっていた》》。



「そんな……、」

 マヨイエルの声が掠れる。

「その翼……、その身体の持ち主のものなのに……」



 もちろん、闘技場の乱子には届かない。もし聞こえていたとしても、気にしたかどうかは分からない。

 少なくとも今の乱子にとって、《《その翼は使えるものだった》》。



「壁がないなら、作ればいいだけじゃん」


 乱子は楽しげに言って、もう一度引き金を引いた。


 弾丸が白い羽根の間を走る。

 メフィストが一発を杖で落とす。その陰から二発目が死角へ入り込み、身体を捻って避けた先へ、さらに別の羽根を経由した弾丸が迫る。


 先ほどまで余裕のあった身のこなしが、少しずつ慌ただしくなっていく。


 それでもメフィストは崩れない。帽子の位置を直しながら、乱子へ語りかける。


「面白い……が、翼を随分粗末に扱いますね。神聖なものなのでしょう?」

「知らない」

「ご自分の身体でしょう?」

「今はね」

「痛みはありませんか?」

「あるよ」


 そこでメフィストは、問いの調子をわずかに変えた。


「では、《《恐怖は》》?」


 乱子の指が、引き金へかかったところで止まった。その反応を見て、メフィストの声に期待が滲む。



「ようやく――」


「それって」



 乱子が不思議そうに聞き返す。



「《《痛いのと何が違うの》》?」



 返事を用意していたらしいメフィストの口が、そこで止まった。


 強がっているわけではない。

 冗談でもない。

 本当に、質問している。


 ほんの数秒。けれど戦場では、それで十分だった。乱子が引き金を引く。


 残された床と壁、そして空中を舞う白い羽根を繋いだ弾道が、メフィストの視界から一度消えた。


「――!!」


 振り返った時には遅かった。弾丸が右肩を貫き、燕尾服を裂いて赤い血を散らした。


 悪魔側の観客席が大きくどよめく。



「当てた!」


         「人間が!」


          「またメフィストに傷を!??」





 天使側からも、遅れて歓声と悲鳴が上がった。


 乱子は肩を押さえるメフィストへ、自分の傷ついた翼を軽く広げてみせた。まだ周囲には何枚もの白い羽根が舞っている。

 ――そして、反射板として使われたゆえに、漆黒と化した羽が辺りに降り注ぎ、白と黒とのコントラストを描いている。



「ね。壁、いっぱいあった」



 どこか得意げだった。


 メフィストは血に濡れた肩を一度見下ろし、それから無残に欠けた乱子の翼へ顔を向けた。


「……、なるほど」


 次の瞬間、傷など忘れたように声を立てて笑う。


「実に、実に素晴らしい」


 杖に残る三つの黒い輪のうち、一つが赤く輝いた。





「では、第三問へ参りましょう」


 血のついた白手袋で帽子を整え、杖を床へつく。 黒い輪が砕け、宙へ新たな条文が浮かび上がった。




【第三条】

【《《発射より三秒を超えた弾丸は消滅する》》】




 ロンジはその文章を読んで、喉の奥が詰まる。弾道を複雑にして第一条を抜ければ、第二条で反射面を奪う。それでも羽根を使って道を増やしたなら、今度は弾丸そのものへ時間制限をつけてきた。



「三秒しか……、」



 マヨイエルの声が、さっきまでの悲痛から焦燥が強まる。



 乱子は頭上の条文を読み返すと、すぐに<絶対銃>を持ち直した。





「三秒?」


 その響きを確かめるように繰り返してから、あっさり言う。




「ずいぶん長いね」






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