恋の劇薬~弔いのレクイエム~
これは乙女ゲーム『人の恋は蜜の味』に登場する主人公、ユア・スタールの物語です。
赤ん坊が泣いている。
お腹が空いたのか、眠いのか、生まれたばかりの彼女自身にも分からない。
ただ泣いていた。
「うるさい……」
赤ん坊の母が呟く。
母親は壁にもたれたまま座り込んでいた。
髪は乱れ、目の下には濃い隈。
「どうして泣くの……?」
震える声は、怒りなのか、悲しみなのか。
「お願いだから……少しだけ……」
赤ん坊は泣き続ける。
「もう嫌ーー!!」
母親が叫んだ。
花瓶が床に叩きつけられる。
パリン!ガラスが砕ける。
赤ん坊はびくりと身体を震わせた。
「私だって頑張ってるのに!」
母親は泣いていた。
「ちゃんとしようとしてるのに!」
泣き叫びながら、自分の頭を掻きむしる。
「どうして出来ないの!?」
その声は誰に向けられたものだったのだろう。
自分に見向きもしない夫か?ただ泣き続ける娘か?それとも誰にも助けを求められない自分自身か?
次の瞬間、母親は崩れるように床へ座り込んだ。
「ごめんなさい……」
今度は小さな声だった。
「ごめんなさい……ユア……」
震える手で赤ん坊を抱き上げる。
「お母さんなのに……」
涙が落ちる。
「どうしても可愛いって思えないの……」
もちろん、その頃の記憶なんて残っているはずがない。
……そう思っていた。
それでも、泣いていた母の顔だけは、夢のように胸へ焼き付いている。
「大好きよ……」
震える声で、母親は繰り返す。
「大好き」
「大好き」
「大好き」
まるで呪文のように、自分に言い聞かせる。
◇
ユアの誕生日――。
ずっと溢れそうだった母親の心の器が、ついに崩壊した……。
屋敷の者たちが落ち着くよう声をかける。
今まで無関心だった夫と見て見ぬふりをしてきた舅、そして幼いユアもいた。
「こんな家に来たくなかった!みんな大嫌いだ!」
子供の癇癪のような言葉が次々に出てくる。
ユアと目が合う。
幼いユアは、動けなかった。
声も出せず、ただ母を見つめることしかできなかった。
「ユア、あなたが殺したいくらい憎い……」
正気を失った目に少し光が戻る。
「ユア、あなたを愛したかった……」
母親は目を閉じる。
「ユア、お願いだから幸せになって……」
母親はそう言って窓から身を投げた。
幼いユアは手を伸ばした。
けれど、その手は届かなかった。
ドスンと鈍い音が響く。
「キャーーーーー!」
誰かが悲鳴をあげた。
◇
今でも覚えている。
お母様は最後に『幸せになって』と言った。
だから、私は考え続けた。
お母様は、なんで幸せになれなかったのだろう?
私は知っている。
幸せになってという言葉だけでは足りない。
欲しいものは手に入れなければ意味がないのだ。
◇
久しぶりにお母様の夢を見た。
膝枕をしてもらいながら髪を撫でられる。
「ねえ、ユア……」
「あなたは誰と幸せになりたかったの?」
目が覚めても、答えは出なかった。
もしあの日、お母様が幸せになれていたなら……今の私は、ここにはいなかったのだろうか?
いつだって私は、誰かの幸せを壊すことしか知らなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
『恋の劇薬』シリーズ、これにて完結です。
欲しいものを手に入れた人。
手に入れられなかった人。
手に入れた代償を支払った人。
そして、その全てを見届けた少女。
ユアは悪女だったのでしょうか?
それとも、誰よりも正直だったのでしょうか?
その答えは、読んでくださったユア(あなた)に委ねたいと思います。
この短編で【恋蜜】の世界を知った上で。ぜひ、本編にも遊びに来ていただけると嬉しいです。
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ここまで『恋の劇薬』をお読みいただき、本当にありがとうございました。




