保護者は強制退場
はて、あの部屋からどれだけのシーツを持ってきただろうか。置き場の前で考え込んでいたら、さっきの大男にまた怒鳴られた。足りなかったらまた来い、とのことだ。そりゃそうだ。シーツ、掛布団カバー、恐らく浴衣も必要なんじゃなかろうか。あれもこれもと自分の足元に置いていたら、置いた矢先に小鬼がよいしょよいしょと持って行ってくれている。
「働きもんだなぁ。俺の出番がないじゃないか」
最後のシーツもぶん捕られた。
そうだ。俺は、バケツを借りに来たんだ。タケさんは目的を覚えていたみたいで、すでに二つ借りていてくれた。なんなら水を並々と入れて。
結局俺は手ぶらで部屋に引き返した。
シーツを持って行った子達は、まだ汚い床に置かないように持ったまま待っていてくれた。俺はここになら置いていいというのを伝えると一人一人置いていってくれる。
布団を干し終わった鬼たちも戻って来たみたいで、やることを探しているようだ。
ちょうどいい。
このくらいの人数がいれば早く終わりそうだ。
「これから、畳拭きをしようと思います」
バケツに雑巾を入れて固く絞る。部屋の隅から拭き始め、一畳ずつ畳の目にあわせて拭く。そして乾いた雑巾で更に拭きあげる。
「こうやって拭くと畳が変色しないんです」
「さぁさぁ時間がねぇ!手が空いてるやつ全員参加だ!」
そういうや否や皆が俺の周りに群がった。
「おいらは水拭きする係!」
「おぉありがとうございます。雑巾を濡らして絞ってください。力いっぱい絞って水気を切るのがポイントです」
よっしゃ、と意気込んだ猿のような彼は力の限り雑巾を絞った。
ビリビリビリ。という音が大部屋に響いた。
彼はきょとんとした後、俺を見た。
「力いっぱいって言った俺が悪かったです。あの、水気をしっかり切れる力加減でいけそうですか?」
彼は新しい雑巾を濡らして恐々雑巾を絞る。周りにいる連中も真剣に見つめていた。
ぽちゃん、ぽちゃん。
もう雑巾からは水は出ないようだ。
彼は俺を見た。手元の雑巾を掲げる。
「合格です」
大はしゃぎしてこの輪から出て行った彼に続いて、他の鬼達も雑巾絞りに挑んだ。それはもう真剣な眼差しで。
雑巾絞るだけでこんなことになるなんて。俺は破れてしまった雑巾を絞り小鬼達に配っていく。こういうのも使わなくては。
「お、おら無理だ。こんな繊細な絹、絞れねぇ」
これは絹じゃないんだが。
そういう人たちには、乾拭きを頼んだ。これ以上雑巾を千切られるのは困る。
部屋を見渡せば所狭しと皆が畳を拭いている。拭くところが無くうろうろしている大きな人たちには壁だったり柱を頼んだ。これだけ雑巾部隊がいると汚れた雑巾を洗うバケツは二個だけでは足りないかもしれない。
「タケさん、俺バケツもっと借りてくる」
「あぁそれなら俺が」
スパーン。と襖が開いた。襖を拭いてた小鬼が左右に吹っ飛ぶ。現れたのは、烏だった。いや烏のような見た目の人が、想像以上にでかい声でこう言った。
「タケ坊!親方がカンカンだぞ!どこで油打ってやがる!」
「あぁ忘れてた」
タケさんは慌てることなく、頭をポリポリとかいた。
「すまんね、兄さん。ここは任せていいかね?終わったら、小鬼の誰かに伝言を頼んどくれ」
「わかりました」
タケさんは、のそのそと部屋から出ようとした後に、そうだそうだと言って頭に巻いていたタオルを俺に貸してくれた。
「掃除は汚れっからな。それかしとくさね」
「ありがとうございます!」
俺は借りたタオルを頭に巻いて、意気揚々と部屋から出て行った。
案内してもらった道を思い出し、洗濯場まで無事辿り着いた俺は、追加のバケツを借りた。俺の腕の本数では二つが限界だ。
水を溢さないよう大部屋へ戻ればどうやら俺を探していたようで皆が群がってきた。
「どこ行ってたんだ」
「勝手にウロチョロすんな」
とんでもなく凄まれた。逃げたりしてないですよ、と言いながらバケツを置く。
「すいません、汚れた雑巾を洗うには水がね、足りないかと思いまして、ほらもう二つバケツ借りてきましたよ」
「あ?二つしか借りれなかったのか」
「いえ、俺の腕では二つが限界だったんです。もう一度取りに」
「お前じゃ時間がかかる!おい、取りに行くぞ」
うぃっすと数人が部屋からぞろぞろと出て行った。
汚れた雑巾と俺を見比べていた人達がいたので、バケツを指さした。
「汚れた雑巾は、その水で濯いで、また水を絞ってください」
やり方を一旦見せるために雑巾を預かる。綺麗に拭いてくれたのだろう、雑巾に汚れがしっかりついていた。水で濯ぎ、絞って渡す。いやしかし、黒すぎないか?一体何日掃除してないんだと言うくらいには汚い。
「新しい水が来ますので、このバケツが汚れても大丈夫ですよ。食べ物とかがついた雑巾は、捨てちゃいます」
自分の雑巾を見た後、彼らはそれぞれ行動した。部屋を見れば見違えるほどきれいになっていた。これなら水拭きもあと一回で済みそうだ。ならばそろそろ布団を持ってきてしまっても良さそうだ。
「手が空いた方は俺と一緒に来てくれませんか?」
そういうと小さな生き物ばかりがついてくる。うむ、布団を運び込みたいから出来るなら大柄の人たちがいい。
「ありがとう、大きな布団を運ぶからもう少し」
「お前、さっきからなんなんだよ」
俺と同じくらいの背丈の青年が俺めがけてずかずかと歩いてきた。かと思えば俺の襟首を掴む。力の強さにびっくりした。ここにいる人達は基本力持ちがデフォルトなんだろうか。
「ひょろいくせにふらふらふらふら。でしゃばってきてよ。邪魔なんだよ」
「皆さん作業が早いので、次の作業に入ろうかと」
「お前がどんくさいからだろうが。もうなんもすんな」
「それは聞けないですね」
「俺達がなんも出来ない奴らだから、俺達動かして遊んでんだろ。にやにやしてよ」
怒気を孕んでいる声音だが、どこか悔しさも感じ取れた。
「お前もあの人間達と同じだ。俺達が出来ないことに優越感を感じて、出来ない俺達を笑いものにして」
「どうして、笑うんですか」
俺は彼を見た。
「その人間達というのは俺にはわかりません。ですが、俺が皆さんを笑う理由はないです」
「可笑しいと思っただろ、こんだけ人数が居て、誰も何も出来なかったんだ」
「確かにおかしいと思います」
俺は、突き飛ばされて背中から畳に倒れた。その後頭を鷲掴みにされて地面に押し付けられる。
「ほら、ほらそれみたことか!お前だってあいつらと一緒だ」
「人の話は最後まで聞きなさい」
ヒステリックを起していた彼は、俺の声量に驚いたのか、力が弱まった。
「率直な感想を言うのであれば、驚きました。これだけの人達が集まっても部屋を片付けられないことが。ですが、それは貴方達のやる気以前の問題とお見受けします」
彼の瞳が揺れている。
「どうしてそう言い切れるんだよ」
「貴方達は積極的に取り組むではないですか。やりたくなければ俺に押し付けることができたはずです」
「お前がどんくさいからだろ!」
「それは否定しません。ですが、俺は助かりました。皆さんのように力持ちではありません。船内に詳しいわけでもなければ何をどこに持っていくかなんてさっぱりです」
小さな生き物が、俺の顔に群がった。
「貴方達は、以前の給仕がやっていることを見ていたんでしょう?細かいやり方は知らなくても、何をどこに持っていくかを観察していたんでしょう。やる気がない人は、それすらしないんです。だから、掃除が出来なくても、笑う理由になりません。一生懸命な人達を笑うなんてしませんよ」
青年は、目をまん丸に見開いた。
彼が想像していた俺と違ったんだろうか。どんな人間が、どんな扱いをしてきたのだろう。どんなに我慢していたのだろう。
憶測で同情や共感をしてはいけない。
だから、俺は隠さずに言った。掃除が出来ない事に驚いた、と。だがそれは嘲りでもなんでもない。俺は彼らを笑う理由がない。それをわかってくれたのか、彼は俺の頭から手を退けた。
「俺も船に乗せてもらっている以上は、働きますよ。一宿一飯の恩ってやつです」
「へらへらすんな」
「生まれつきです、勘弁してください」
「…悪かったな、乱暴して」
「頭割れちゃいますから、優しくお願いします」
「お前がいうと洒落にならないな」
ほら、と言って手を差し伸べてくれる。俺は寝たままその手を取れば無理矢理起こされた。俺も身長はある方だし重たいはずだが彼にとっては赤ん坊くらいの重さに感じるのだろうな。簡単に起こされてしまった。




