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迷い船  作者: きんもぐら
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こう見えて不得手です


 教えられてこなかった。

 人間がやっていたと言っていたが。


「その人間達はいわゆる古株だったんですか?」

「そうさな、古株だな。こいつらは最近雇った奴らでな、わけぇもんたちなんだ。こいつらに給仕を教えてやって欲しかったんだが、人間達はプライドがある連中でな、まぁいずれは教えるだろとのんびり構えてたらこの様よ」


 そうか、最初から彼らがいたわけではないのか。ここが初めての職場の人もいる。俺からしたら年齢なんてわからない。なんというか、彼らの若いの基準がわからないが、タケさんを基準で見るなら若いのだろう。


「俺たちも悪い。こいつらを、人間に任せっきりにしちまった。いなくなるなんて思ってなかったんだ。責められても文句は言えねぇ」


 タケさんはそう言うが、ここにいる連中はそんなタケさんを責めている様子はない。むしろ慕っているのか、次々と周りに集まってくる。


「こいつは給仕か?ここをやらせるのか?」

「んだら、ここはもうやらん方がいいのか?」


 やらない方がいい。それは俺に仕事を押し付ける言葉ではなく、人間がやるから手を出しちゃダメなんだろ?という意味が込められていたのに気付けた。あちこちから質問が飛んでくる。タケさんは、違う違うという。彼らはじゃあなんだこいつは、と質問は終わらない。タケさんは俺のことをどう説明するか悩んでいる。見るからに彼らは俺を避けている。それはそうだ。話を聞くに人間にあまりいい思いをしていないのだから。そこに小船でぶつかって乗り込んできた人間ですとは口が裂けても言えない。お偉いさんだってあんなに怒ったのだ。彼らも怒るだろ、うん。だが、このままでは俺も引き下がれない。海に放り出されるわけにはいかないのだ。


「訳あって船に乗せてもらっています。しばらくお世話になるので、働き口を紹介してもらいました。一緒に頑張りますのでよろしくお願いします」


 頭を下げる。だが、反応はない。疑念の声が上がるだけだ。


「手始めに、ここを掃除するとタケさんから聞きました。俺は、掃除の仕方は少しなら心得ております。ですが、何をどこに片付けるのかわかりませんので、教えていただけますでしょうか」


 そういうと、小さい丸い者たちは俺に群がった。あっちこっち飛び回る。四つん這いの猿のような生き物は、意気揚々とこいつはここに入れるんだ、と布団を丸めて押入に押し込むが、雪崩落ちてくる。何度やっても出来ないから癇癪を起し、布団を小さい生き物に向けて投げ飛ばした。なるほど、こうやって散らかっていったのか。


「このままじゃ入らないだろうし、分けてみてはどうでしょう」


 飛んできた布団を開いてみれば、掛布団、浴衣、枕がぎっしり詰まっていた。

 全部取り出し、ついでにシーツも剥いだ。むわっと、埃っぽい匂いがする。


「布団を干した方がいいですね、よいしょ」


 運びやすいように敷布団を三つ折りにする。三枚くらいなら運べるだろうと近くにあったものも重ねた。よいしょと持ち上げてみたが前が見えずふらふらしてしまう。


「これを干せる場所なんてありますかね?」


 あっちあっちと、小さい生き物は俺の背中に当たって誘導してくれているが、如何せん重たいものを運んでいる俺は悲しいことにバランスを崩し、前に倒れた。すると、先ほどの猿や、俺くらいの背丈の鬼たちが俺から布団を取り上げていくじゃないか。


「なんてよわっちい奴だ。見てらんねぇ。あんたはあっちで分けてくれや」


 わかりましたと言って、近くにあった布団を手繰り寄せ、布を剥がす。作業を繰り返していれば、周りの生き物が真似し始めた。

 

「タケさん、こいつに力仕事は向いてねぇよ」

「いやぁ、俺も結構力持ちだと思っていたんですがね」

「気持ちだけは、でけぇんだな」

 

 仕分けの作業はすぐに終わった。俺は次に、散らばった布を集める。


「これを洗濯するのはどこですか?」


 するとまた小さい生き物達、今度は俺の服を引っ張ってくる。またもやよろけてすっ転んだ。見兼ねた鬼がぶっきら棒に声をかけてくれた。


「洗濯場の野郎に持ってけばやってくれる」


 今度は小鬼たちが、洗濯物を持って行ってしまった。ここの作業をしている小鬼は、作務衣を着ているのだな。小鬼だけでも種類がいそうだ。

 そうこうしているうちに、部屋には布物がなくなった。


 

 さて、次は食器の片付け、ゴミの後始末だ。

 この業務は小さい生き物が大活躍だった。

 まずは小さな皿を集めてもらう。次に椀を集めてもらい。お遊び感覚で集めてくれる。俺も探すが、あっちが早い。まごまごしていたら負けてしまった。


「ではこれらを割らずに、静かに台所に持っていくことをお願いしてもいいですか?」


 しょうがねぇなぁと言わんばかりに俺の足をちょんと蹴ってから皆が一列に並んで部屋から出て行く姿は、なんだか蟻の行列に似ていた。一人一人、丁寧に俺の足に当たったり、蹴ってから出ていく。


「びっくりしたぁ。あんた式神使いかなんかかい。言葉巧みに動かして」


 タケさんは綺麗になっていく部屋を見て感心した。


「というか、俺のどんくささを見兼ねて動いてくれてるように見えます。いたた」


 とりあえず、俺の足に当たらないと気が済まないんだろうか。この子達は。

 大体の人員が出払ってしまったので箒と塵取りを使って、散らばったゴミやら食いカスを集めては、ゴミ袋に捨てていく。タケさんには袋を広げて待ってもらっていた。


「しかしまぁ手際がいいねぇ」

「好きなんでしょうね、綺麗にするのが」


 自分のことを覚えていないからわからないが掃除をした後、綺麗になっていく部屋を見ると達成感で嬉しくなるのは確かだ。一通り拾い集めたら次にするのは、水拭きだ。小さい生き物たちが蹴って遊んでいた雑巾を広げて、辺りを見渡す。


「タケさん。バケツはありますか?」

「それなら洗濯場にあるな」

「せっかくですし、案内してくれませんか?」


 タケさんは、よしきたといって部屋を出た。

 廊下を歩く。さっきは運ばれていて気付かなかったが、だいぶ床がザラザラしている。

 

「ここは拭かないんですか?」

「あぁ、どうしてたっけなぁ」


 恐らくやってたんじゃないか、とタケさんは言う。人間がやっていたそうだが、結構な汚れだ。本当に拭いてたか怪しいものだ。

 いくつか廊下を曲がって行けば、廊下の作りが変わっていった。こっちは簡素的というのか、質素というべきか。一目で関係者以外立ち入り禁止、というのが分かった。


 ガラス扉を開ければむわっとした蒸気が隙間から出てきた。

 いくつもの大きな桶があり、洗濯物を棒なようなもので叩いていた。

 洗濯機が、ないのか。

 洗濯板でごしごししている人たちもいれば、裸足で踏んで洗濯物の汚れを落としている光景もあった。

 いずれも屈強な男達が作業している。


 

「だから、そいつを持ってけってんだろ!」


 怒鳴り声が、わんわん響いた。あまりの大きさに耳を塞ぎながらそちらを見れば、タケさんよりでかい人が、先ほど部屋から布を運び出した小鬼を怒鳴り付けていた。小鬼は震えて見上げている。タケさんと顔を見合わせて彼らに近寄れば大男はこちらに気付いた。


「んだ、そのちいせぇやつは。タケのコレかい」

「揃いも揃っていうことはそれかい。何怒鳴り散らしてんだ、うるさくてかなわねぇ」

「この愚図どもが、洗濯物を置いてくだけ置いて行って戻ろうとするからだ」


 小鬼達を見ればどうしていいのかわからないのか、俺と大男を忙しなく見ていた。


「今日からここでお世話になるもんです」

「だからなんでい」

「教えてください。この洗濯物をお渡しした後、どうすればいいかを」


 大男は舌打ちをして、大きな声で言ってきた。


「あっちに仕上げたもんがある。それ持ってけ」


 ほう。つまりここは、こちらが下げた分のシーツだとかタオルをこちらの判断で補充しろと言っているのか。正直洗濯までする羽目になったらどうしようかと思っていたが、ここにはそれぞれエキスパートがいるようだ。


「ありがとうございました」

「タケ。お前、こんなところで油打ってていいんか」

「新人のね、道案内をしていたところさね」

「小さいの、悪いこと言わねぇからタケに案内以外はさせんなよ。散らかされたくなかったらな」


 タケさんは、言い返しもせず頭に巻いたタオルを目深に被り、目元を隠した。

 どんな顔をしていたか俺には見えなかった。

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