廊下の先にあったのは
どこをどう歩いたかわからない。
複雑な廊下の分かれ道をタケさんは歩いて行った。
俺はこの遊覧船の内部を知りたくて周りを見るが、景色は変わらない。廊下が続き、部屋が連なっているようで障子がやたら多かった。時にはドアノブがあったりと統一感はないが、お座敷とかある旅館の廊下を歩いているみたいな感覚だ。外から見たのとはだいぶ違う。想像していたのはガタガタの道だったり、入り組んでる道だった。内装に興味を惹かれていたが自由に歩き回れるわけでもないし、首が回る範囲でキョロキョロしていた。
そんな俺の様子を察したのかタケさんは聞いてくれた。
「興味あるかい?」
「はい、外から見た印象とだいぶ違うので。ここは、どういった船なんですか?」
「どういった船って。移動手段だからなぁ、渡航用っていえばいいのか」
「それにしては、部屋がたくさんありますね」
「こんだけでけぇ船はあるだろ、大抵」
船に関して知識のない俺は、そうなのかと思った。
なんというか豪華客船とかに乗ったことがない、それ以前にボートにすら乗ったことがない。
だからどういう船が当たり前なのかがわからない。まぁ動く旅館なんだと思っておけばいいか。
しばらく進んでいると目が離せない部屋があった。
他の部屋とは明らかに違う照明の色。橙色の行灯の色ではなく、赤い色。火事とは違う赤。
あれは何の部屋かと尋ねたがタケさんは、あぁと言葉を濁すだけだった。
長く感じた廊下もついに終わる。
行き止まりであろうその場所は、立派な襖で閉ざされた部屋だった。
如何にもお偉いさんが居そうな雰囲気の襖を目の前に呆気にとらわれていると、すすっと勝手に開いた。
タケさんは俺を持っているので、当然手は使えない。俺も自分が来ていた洋服を抱いていたので当然開けていない。かといって行儀悪く足で開けている様子もない。
「失礼するよ」
タケさんが一歩部屋に足を踏み入れる。やけに部屋の中が白い。臭いを嗅げばすぐにわかった。
煙草だ。煙草の煙が充満している。
奥で誰かが煙草を嗜んでいるのか、長く息を吐いていた。
「船尾の様子はどうだった?」
「小せぇ小舟が突っ込んできてた。海に流したし、小鬼が修復しとるし、心配いらねぇ」
衣擦れの音がした後、ん?と怪訝な声が上がる。
「タケ。なんだい、そのほそっこいのは。ついにさらって嫁にでもしたのかい」
ふぅと煙を吐いた男はニヒルに笑った。
タケさんは俺をゆっくりと畳の上に下ろし、そのまま正座で座った。
俺は自分の横に洋服を置き姿勢を正す。といっても長座の姿勢だ。足が痛くてタケさんのように正座は出来なかった。
「ちげぇやい。さっき突っ込んできた船の乗客だ」
どたどたどた、と音がした。あっちに座っていた男がまるで蜘蛛のように四肢を動かし俺の真正面まで近づいてきたのだ。目を見開きこちらを見ている。あとちょっとでぶつかりそうな距離だったが、男の頭を押さえつけて止めてくれたのは、タケさんだった。
「おい、タケ。どういう冗談だ。わしらの船に穴空けた人間を連れてくるたぁ」
今にも食われそうな勢いに息を呑む。
「この兄さんをしばらくの間この船に乗せてくれねぇかい?」
煙草の男は、タケさんの頭を鷲掴みした。それでもタケさんは微動だにせず、変わらぬ調子で男に話し続けた。
「どうしてあの船に乗ってたのか、どこからきたのか、名前すら思い出せないらしくてな。ここにいりゃぁなにかをきっかけに思い出すかもしれねぇ」
「お前の頭はすっからかんか!人んちの船ぶち壊しといて居座らせるなんたぁいかれてんぞ!」
あちらの肩を持つわけじゃないが、その言い分は正しい。
冷静に考えたらそうだ。俺は、この船に屋形船をぶち当てた張本人なわけだ。ちらりとタケさんを盗み見た。
「いやいや聞け。この船にいた給仕の人間がいたろ。屋形船でとんずらしたあの人間」
人間。屋形船。
「あんのいかれたじいさんか!まさかわしらの船をぶち壊したのはじじぃが乗ってった船だってぇのか?他の奴らも巻き込んで出て行ったそいつがどうしてこの船に戻ってくるんだ!」
「人間だけであの海を航海すんのは無理がある。生きてけねぇだろうさ。化け物だらけなんだから。思うに、そいつらから逃げ回るなら戻って来たほうがいいと思って戻て来たんだろうよ。ま、そのじいさんもどうやらいなくなっちまったみたいだがな」
「バケモンに喰われたかい?ざまぁないぜ、せっかく好意で置いてやった恩をよ、こんな形で返されたんじゃぁな。のうのうと戻ってきたら、わしが喰ってやってたわい」
「この兄さん、あのじじぃから逃げ出して、何なら殺しちまったぁてわけさね」
足で蹴った感触を思い出した。
なんて、非人道的な行動をとったのだろう。正当化をするわけではないが、こちらも騙されて死にかけたわけだから、因果応報というものだろう。
煙草の男が、今度は興味を示して俺を見てきた。
「こいつぁまたどうしてだい?じいさん達と一緒にこっから逃げてった給仕じゃねぇのかい」
「いつ乗ったのか、わからんそうだ。ここのもんじゃないだろう」
「んじゃぁじいさんとここに来ようとして、裏切って殺したんかい?」
違う!俺は思わず叫んでしまった。
「童子さんよ、あんまし詰め寄ってくれるなや。なんで船にいたかも名前もわからない状態で、この兄さんはじいさんに出し抜かれそうになったんだとよ」
「そいつぁどんくせぇ奴だ」
「そんなどんくせぇわっぱが、この船に突っ込んできて飛び乗って来たんだからよ、こんな面白れぇ客人はいめぇよ」
「客人だぁ?船壊して乗り込んでくるやつがか?」
「とんでもねぇ度胸じゃあねぇか」
童子、と呼ばれていた男は俺をじろじろと見てくる。そして足の包帯に気付いた。
「なんだ、タケ。もう足喰ったんか」
「お前じゃあるまいし。足裏に硝子が刺さってたもんでよ、痛そうだったから抜いて手当したんだ」
「両方か」
「屋形船ン中の床に皿だの硝子だなんだのが散乱してた。裸足で踏んだんだろ」
「わざわざ?」
「逃げるんに、必死だったんだろう」
「そいつぁお前」
あっぱれだな。
男は、にいっと笑った。笑ったまま、俺から離れた。怖かった、と思っていれば無遠慮に俺の両足首を掴んできたもんだから反射的に蹴ろうとしてしまった。
「命乞いしに来たんだろ。そいつがなんだい、足を掴まれたくれぇでこのわしを蹴ろうっていうんだから」
不気味な笑みを浮かべていた。
その目は俺をまっすぐ見たまま。怒気はもうなさそうだ。こちらの反応を観察しているのだろうか。
「ちょうどいい。大量に給仕が居なくなって仕事の割り振りをし直すところだったんじゃ」
男は俺の足を引っ張って転ばせてきた。
背中からどてっと転んだ。




