囮
じいさんが言うには、右側にいる何かだけはじっとこちらを見ているらしい。監視しているのだとか。俺たちが隙間から覗くのをあちらさんは待っている。身震いした。待たれているなんて考えもしなかったからだ。助け方はどうであれ、感謝しなくては。
俺のやるべきことは、静かに操舵室へ入り、船の舵をとって遊覧船へと向かうこと。じいさんの話しぶりだと何人もの人間が挑んで死んだようだ。窓の板もその人間達が生き残るためにやったのだろうか。
船の中を見渡した。
目が慣れてきたとは言え、やはり暗い。外の月明かりが入っても先までは見えない。自分の知っている屋形船の長さで考えたらそんなに距離はないはず。部屋の中央にあるローテーブルの下に潜り込み、腹這いになって進んでいく。身体の大きさ的にぎりぎりだ。
窓の外からこっちはどれくらい見えてるのだろうか。
音は立ててないだろうか。
衣擦れの音がやけにうるさく感じる。
船が波に揺られて傾く。
大きく傾くとズズッとローテーブルが滑る。
テーブルが動かないように脚を掴んだ。
部屋の真ん中辺りまで来れた時にふと思った。ここで立ち上がろうものならば完全にバレてしまうだろうな、と。テーブルが部屋の端まで続いている可能性なんてあるのだろうか。
そもそも、船首に舵なんてあるのか。
さっきまでこの状況を理解するのに必死だった俺は、ここにきてようやく屋形船の構造を思い出すことをし始めた。
一度くらいは写真で見たことのある船。船首は、確か外に出られる構造をしていなかったか?船を運転してる金持ちの映像を思い出してみる。船の後側に描かれているケースが多い気がする。
なら舵は、後ろにあるんじゃないだろうか。
そうだ、そうだ!その可能性がある。
船首にあるとは限らない。じいさんの勢いに負けて進んでしまったが、自分の後方を確認していなかった。じいさんにもう一度聞いてみよう。こんな危険を犯してまで行って、ありませんでしたでは二人とも詰んでしまう。
俺は、じいさんの方を見た。
暗闇に浮かぶじいさんの顔が、気持ち悪いほどに笑っていた。そのじいさんはしゃがんでローテーブルの脚を掴んでいた。なにをするのか察してしまった俺は、慌てて後ずさりしたが間に合わず、テーブルはひっくり返されてしまう。
奴らに、見つかる。
ぶわっと全身に汗が吹き出した。このままでは、連れ去られてしまう。
怖い怖い怖い。
嫌だ嫌だ嫌だ。
立ち上がって走ったらすぐに捕まってしまうんじゃないかと思った俺は、匍匐前進でじいさんの居たところへ戻ろうとした。
スゥー、と障子の窓が開く。
まずい。俺は開いた窓の真下に転がっていった。窓台分の高さがあるため、あちらからは死角になるはず。
その読みは当たったようで、入ってきた腕は宙を切り、戻っていった。
安心してはいられない。反対側の窓に打ち付けられた板の隙間から何かがちらついた。意図的に目を反らし匍匐前進をする。
ぐらりと船が大きく傾いた。まるで外の何かが瓶の中身を確認するかのように船を揺すった。俺は地面に這いつくばっていたお陰で問題なかったが、じいさんは中途半端な姿勢で立っていたもんだから、バランスを崩し部屋の真ん中辺りまで、どてぇっと転がってきた。その隙に俺はじいさんと場所が入れ替わるように、安全地帯であろう場所まで全力で這って行く。




