それにしても俺のやることがない
「次はどこふらふらするつもりだ」
「あぁ部屋がだいぶ綺麗になったので、干した布団を叩いて中にしまおうかと」
「布団を叩く?」
「正確には布団の表面の塵を落とすんです」
「だったらそのちっこい奴らにやらせろ。運ぶのは俺達がやってやる」
立ち上がると小さな生き物たちは俺の背中に一匹ずつ当たってくる。
「あの、彼らは何で俺に当たるんですか」
「あ?お前がどんくさいからだろ」
「当たっても俺の速度は変わりませんよ」
障子を開けた先が濡れ縁、つまりはベランダとなっており、そこに布団が干してあった。お世辞にも綺麗とは言い難い干し方だが、重ならないよう気を付けてくれていたようだ。
布団たたきが落ちていたのでそれを拾って、布団の表面を軽くぽんぽん払う。
「こんな感じで表が終わったら布団を、こうひっくり返して同じように払ってから部屋の中に運びます」
そういうや否や、小さい生き物達は小さな手を繋ぎあって大きくなっていく。毛玉の集合体が出来上がり、まるで大きな手のような形になった。俺から布団叩きを取ると布団を叩いていく。造形をも自由自在なのか、なんでもありだなと思った。
濡れ縁の先は、真っ暗な海、なのだろうか。広がっていた。
顔に当たる風が、生暖かい。匂いも潮風とかそういうもんじゃない。体の内側からぞわぞわと不安が染み出してくるような感覚に陥った。
船が、波に揺れた。
足元がおぼつかず、地面に座り込んだ。
目の前に、大きな手。
鳥肌が立つ。
彼らは違う。あの手じゃないとわかっているが、屋形船の恐怖がフラッシュバックする。
怖い。両肩を抱いて震えた。
手が、こちらを向いた。
見つかった。
近づいてきた。
あ、掴まる。
俺の視界が、真っ暗になった。
地面が、揺れてる。ゆったりと。
横たわっている場所は畳の上だろうか。誰かが歩くたびにドタドタと音が響く。
どこだ、ここは。
なんだか、体が重くて息苦しい。
顔を左右に振るとふわふわした何かが触れた。
なんだ、これ。
ゆっくり目を開けると、けむくじゃらの生き物が俺の胸元に乗っていた。
苦しかったのは、これのせいか。
起き上がろうとすれば周りにいたであろう生き物がわっと散っていった。
なんだ、俺は食われそうになっていたのか。
「おぉ、小さいの。起きたか」
手の長い人が、俺の近くにきた。
「よかったな、キジムナー達がお前さんをここまで運んでくれたんだぞ」
「キジムナー?」
「は?このちっこいのだ」
俺の背中を再三押してきていたこの小さい生き物は、キジムナーというらしい。
俺は考える。どっかできいたことある名前だなと。
どこだったかな。朧気な記憶は輪郭を失って霧散した。
「ありがとう、重かっただろうに」
彼らは遠慮なしに体に張り付いてきた。彼らなりのなんらかの表現だろうか。
「すいません、作業を中断してしまって」
「起きて早々悪いが、いいか?」
「はい?」
彼は、指をさす。大部屋の隅で寝かされていたであろう俺は彼の指先を辿り、部屋の真ん中を見る。
布団をどうやって押し入れにいれるかの戦いが始まっていた。
かたや鬼たちであろう集団は丸めるが正義、という。
かたや手の長い猿人類は、入れば問題なし、という。
まぁ確かにこの部屋がすっきりするという意味では間違いではないが、使えなくなるのは困る。
俺は足元に積まれたシーツを四枚分持って彼らに近づく。
「聞いてもいいですか?」
両者にぎろりと睨みつけられる。めちゃくちゃ怖い。
「ここは、お客様がきたときから布団を敷いているんですか?」
皆がざわざわと話し合っていた。すると、先ほど俺の襟首を掴んだ青年が出てきた。
「客が寝るときに敷きにくる奴らがいるんだ」
「なら、これらは全て押入れに入れてるんですね」
俺は、近くで丸められた敷布団を平らに広げ、三つ折りにした。それを押し入れの上段に入れる。
「どうでしょう、敷布団が一番重たいので、最初に入れて上に軽いかけ布団とかを仕舞うのは。ついでにベッドメイクしやすいようにシーツとか、お客様用の浴衣も入れときましょうか」
てきぱきと布団を畳んで仕舞っていくとあっという間に押入れが一か所埋まった。
それを見た皆はおぉーと歓声をあげる。
悪い気はしない。
「ここは大部屋なんで、たくさん布団があるかと思います。各所の押入れに仕舞っていきましょ」
彼らはこの入れ方に感動したようで、ぎこちないながらも布団を畳んで押入れに入れて行った。ぴったり入るのが嬉しいようで自分が入れた後もずっと見ている。俺が動かないでいると作業の邪魔だと言われ他の人にどかされている。
大きいものを運べないキジムナーと小鬼達はシーツと枕カバーと必要な分を持って走り回っていく。
それにしても連携が素晴らしい。自分の出来ることを手分けしてやっている。
部屋に残ったのは、大きなテーブルと座布団だけになった。
ゴールが見えてきた。
テーブルを置く位置。こればかりは俺はわからない。
皆ぬ聞くが記憶しているものがばらばらだった。もしかしたら、利用客に応じて配置を変えていた可能性はあるが、今となっては正解はわからない。うーん、と皆で考えていた。テーブルの数に対して、座布団が多い気がする。
テーブルは、左右5人ずつ座れる長方形の大きいテーブルだ。二人で持ち運ぶには少々重たい。こだわりの材木なのか、とても味のあるローテーブルで高級感がある。布団や食器もそうだったが、お客様をもてなす為の環境が整っている。特別そういうのに詳しいわけではない。こういう部屋に宿泊出来たら心地いいだろうなとは思う。このテーブルの重さなら、多少は畳に凹みがあるんじゃないかと探してみたが、そういった跡はなかった。因みに畳の跡を探すために四つん這いで移動していれば、邪魔だと言われてどかされたり、キジムナー達にとびつかれたりされた。口調は乱暴だが、行動は紳士的な面が感じられる。蹴り飛ばされてもおかしくないし、どつかれても文句は言えない。俺が探すのに夢中になりすぎて、誰かの足にぶつかっても、怒鳴られはすれど道を譲ってくれたりした。
人間に対していいイメージはないだろう。以前ここにいた人間の話をちょくちょく聞くが、俺ですら唸るようなことがある。それでも彼らは人間を傷つけないようにしていたのだろう。もしかしたら人間に乱暴すると怒られてしまうのか?俺もやたらめったら彼らの琴線に触れるような行動は慎もう。
俺が畳を見ている間も彼らはテーブルの位置を話し合っていた。実際に置いてみたりしている。
たくさんあるパターンをお互い見ていき、あぁでもないこぉでもないと話している。これはお任せした方がいいだろう。
俺は、使用済みのバケツを片づけたり、掃除道具を仕舞う。小鬼達が手伝ってくれたり、案内をしてくれた。相変わらず彼らの音、声は聴こえない。彼らはそれに気付いているようで小鬼は袖をひっぱったり足に触れて教えてくれる。部屋から出るたびに誰かしらがついてきてくれる。もしかしたら、何かしでかさないために見張っているのかも知れない。そりゃそうだ。俺だって、知らない人が自分のテリトリーに入ってきたら警戒する。これは当然の行動だ。追い出されないだけましだ。
さて、もう部屋は整ったころだろうか。俺は部屋に入る前に、小鬼にお願いをした。
「タケさんに、終わったよと伝えてもらえますか?」
小鬼達は、頷きとてとてと歩いて行った。ようやく掃除も終わりか、と感慨に耽り頭に巻いたタオルを外しながら部屋に入れば、芸術的に積み上げられたローテーブルが聳え立っていた。
うわぁどうしよ。ついに空間を立体的に使い始めてしまった。
言い争っていた彼らは一斉に俺を見た。
「おい!どうだ、この配置。これがいいだろ?」
「いんや、おめぇこれじゃぁ上を飛ぶお客様の邪魔になる。ここは、全部くっつけてでっかいテーブルにした方が体の大きいお客様でも宴会しやすいだろ!」
おぉ、これは俺の意見が参考になるかわからない討論だ。積み上げられたテーブルを見上げて、俺は必死に考えた。
彼らの普通のラインがわからん。
そうこうしているうちにタケさんが戻って来た。部屋の中を見た瞬間、頭を抱えた。
あ、いいんだ。俺の感覚があっていたんだ。
「次入る方々は、空は飛ばんし、体もでかくねぇ。普通で置いてくれ」
「タケさん、普通って」
「テーブル二脚並べて、横長にしてくれ。それを四つ。四つ島を作ってくれ」
言い争っていた皆は、協力してテーブルを並べ始めた。並べられたローテーブルにきっちり座布団も設置して、あっという間に部屋が出来上がった。
おぉ、これは感動する。来たときは、しっちゃかめっちゃかだったのに、どうにかなった。俺は小さく拍手をする。旅館はこうやって次々とお客様を迎えるんだな。
「いやぁとてもきれいになりましたね」
「想像以上だ…、これは、すごいな」
タケさんは大部屋に入りぐるっと見渡す。
部屋の隅、窓、押入れの中を入念に確認する。
「おぉ…本当に綺麗だ。お前たち、出来るじゃねぇか」
そういうと照れくさそうにしているものや、当然だろうと胸を張る人達、反応は様々だ。そんな彼らを押しのけて、先程俺に掴みかかってきた青年が輪から出てきた。




