4.かみもり ひびき(5さい)
その年の春に小学生に上がる僕は、入学式までまだあるというのにぴかぴかのブルーのランドセルを買ってもらえたのがうれしくて毎日背負っていた。憧れの戦隊ヒーローと同じブルーだ。
団地だったこともあり、たくさんの人に囲まれていたので馴染みの配達の人やご近所さんにランドセルを見せにいった、かっこいいと言われるたびに僕は誇らしげになった。
春の訪れの前に隣の家に女の子が引っ越してきた。
詩音という僕と同い年のとてもかわいい女の子だ。
幼稚園や団地で遊ぶ女の子とどこか違う感じのを感じていた。
少し前に僕がじいちゃんのお葬式の時にたくさんの泣いている大人に囲まれている時のような、ここではないどこかに行きたいけども、許されないのを感じている時のような顔をしていると思った。
人がたくさんいるのに、かくれんぼで見つけてもらえない役のようなひとりぼっちの気持ちを僕は知っていたし、体と心にでっかい岩がひっついたような、ふるい落とせない何かが乗っかっているのが嫌だった。
どう声をかけていいものだろうか?と一瞬考えてたどり着いたのはランドセル。
みんなに言われたように、僕はまたかっこいいねって、そこから会話ができるかもって。
「オレかみもり ひびき!ランドセルかっこいいだろ!」
みんなが言ってくれたみたいに返事がくると思っていた、でも彼女はぱちくりと目を見開いて、見ているだけだった。
何も言ってくれないことにいじけたような、恥ずかしいようなそんな気持ちがあふれてきて、自分の部屋にダッシュして閉じこもってしまった。ふぁーすとこんたくと失敗。
後にかーさんからあの子はお耳が聞こえないのよって聞かされたけど、僕は耳が聞こえないという事がいまいちよくわからなかった。
その夜、とーさんとお風呂に入っているときに耳が聞こえないのはどういうものか聞いた。
そうだなぁと、とーさんは自身のアゴを人差し指で何回か撫でて考えていた。
「響、父さんが10秒数えるからいつもみたいに水の中で耳が隠れるまで潜って息止めしてみようか?ただし、今回は両手で耳もふさいでみよう」
耳が聞こえないのといつもの息止めごっこって関係ないじゃないかと思った。
「いっせーの!」
つい条件反射でざばっと潜り両手で耳をふさいだ。
((いーち、にーぃ))
いつもの声よりもさらに遠くでぼわぼわとしている。うまく聞こえない、このままもっと遠くに声が消えてしまうのではないかと怖くなった。
((きゅーぅ、じゅっ!))
ぷはっと顔をあげる僕。
とうさんにどうだった?と聞かれる。
いつもよりも声が聞こえなくて怖いって思ったと水で赤くなったのか、涙目で赤くなっているのかわからない眼差しで見つめながら答えた。
「詩音ちゃんはさらにそれよりも聞こえにくいか、何も音がしないんだよ」
そう、優しく頭を撫でて伝えてくれた。
すとんと何かがハマった感じがした、木でできた動物のパズルがぱちりと合うべきところに入った時のような感覚。
そして撫でられた事で心がほろりと緩んだ。
お葬式の時のひとりじゃないのにひとりぼっちのようなそんな不安の世界にずっとあの子はいるのかな。
とーさんが頭を撫でてくれた時のような安心をあの子に伝えたい。
とーさんとかーさんにどうやったらあの子とお友達になれるか聞いた。
一緒にランドセルを背負って学校に行けるかな、そう考えるだけでもう少しだけ心がポカポカと温かくなった。
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