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くじらの唄  作者: 音夢
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3.神楽 かなえ(かぐら かなえ 25歳)

 娘の詩音は言葉を発するのがほかの子よりも遅いだけだと思っていた。

 キラキラしたものを見せるとキャッキャッとはしゃぐし、テレビにも反応していたようにも思う。今思うとあれはただ目で反応を追っていただけだったのだが。


 2歳を過ぎてもママどころか、子供がよく言うであろうぶーぶーやワンワンを発することもなかった。大学病院で診てもらい、娘は耳が生まれつき聞こえないのだと診断された。


 この子の世界に音がない、ただでさえこの世界は大多数と違うだけで輪の外にはじき出されてしまうのに、この子は音が聞こえないというだけで普通ではないと言われ、辛い想いを抱えて生きていかなければいけないのだろうか?


 私が普通に産んであげられなかった、普通がなんなのかわからないけど、大多数の輪の外にいることは普通ではないらしい。シングルマザーとして父親の存在が誰かも明かさずに産んだ。

 親の敷いたレールの上を歩くように、普通であることが何よりも大切だと信じてやまない両親にとっては、どこの馬の骨ともわからぬ男に21歳の娘を汚されたと思われただろう。

 そして、普通でなくなった私は家に存在することを許されなかった。


 勘当され、大学も中退し一人でもこの子を幸せに育て上げるとその小さな手に触れて強く思った、でも現実は映画のようにうまくいかないものね。


 診断が下されて、身体障がい手帳の申請や将来の学校の事、娘が描いた夢に向かうことができるのだろうか、と様々な不安や疑問が何度も頭に浮かんだ。

 隙間時間にスマホでできるだけ情報を探した、不安が過ぎるたびに画面を指でなぞり答えを探した。

 娘のため。と言い訳をして本当は私の不安を拭いたかった、私はとても弱い母親だ。


「女性は家庭を守るもの、母親は家族を支えるのが普通だ」

 そんな普通を押し付ける家族が苦手だった。そんな親に私はならないぞと。

 

 母親になれば勝手に強くなるのではないかと幻想を抱いていた。普通を押し付けるような親にならないと思っていたのに、今の私は普通の輪の中に納まる方法を必死で探している。

 

 情報の海の中で心が安堵できそうな答えを見つけるたびにスクリーンショットをアルバムに収めていく、まるでスーパーのお買い物ポイントのように安心ポイントを貯めていく。


 また一つポイントを貯めようとボタンを押した時、画面の下から土星のような球体がぴょこっと出てきた。慌てふためいていたら、その球体から声がした。

 

『申し訳ございません、聞き取れませんでした。』

 

 女性だけど機械的な淡々とした声とともに文字も現れた。これなんだったっけ?

 調べてみると、どうやら内蔵型音声認識バーチャルアシストアプリというものらしい。


 こうやってどんどん世の中は便利になっていくのねと感心していたら、ふっと昔の事を思い出した。

 昔、といってもまだ何年か前であるのを思い出して苦笑しつつ、あの人が近い未来にバーチャル世界は人を助けるようになると言っていたのを。

 

 せっかくなので色々話しかけてみると、続々と情報を勝手に探してきて会話をしてくれるではないか。画面をトントンと何度も叩いてたあの時間はなんだったのだろうか?というほど正確に私の声を拾っていく。


 これを使えば、詩音は、娘は、輪の外に外れる事なく人と対話ができるようになるのではないか?そんな考えが浮かんだ。

 でも、私には知識がまったくないし、周りが使っているので仕方なくガラケーから乗り換えただけの人である、そんな私がデジタルだなんて浅はかな考えに乾いた笑いが漏れだした。


 そう、現実は映画のようにはいかないのだ、ハッピーエンドなんてあるかどうかもわからない。進んだ先はバッドエンドかもしれない。

 

 でも……

 もしも……


 1ミリでも詩音の希望の光となるならば……私は大多数の輪の外でもいい、詩音だけは少しでもわだかまりのない輪の中に居てほしい。

“バーチャル世界は人を助けるようになる”などという大それたことをするのではなく、私は詩音をまず助けたい。

 丸いアイコンに話しかける。


 「事業をたちあげるために何をしたらいいかおしえて?」

 

 ピッコンと音を立ててから

「いくつか方法はありますが、一つはクラウドファンディングー。」

 

 わたしは打ち出される文字を必死で追いかけた。

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