2.神守 響(かみもり ひびき 19歳)
今日、最後の講義が終わって歩いていたら、窓の外をぼーっと眺めてる幼馴染の神楽 詩音を見つけた。
時刻は夕方16時すぎ、黄昏時よりも少し手前、誰そ彼れ時ともいうのだっけなと数年前にうけた古典の授業を思い出す。
あの先生元気かなと、たかが数年前の事がひどく遠い日のように感じるのは大人に近づいている証拠なのだろうか?
近づく俺に気が付かず空を眺め続けている、詩音は耳が生まれつき聞こえないので周りの音はAIを通した文字でしか気が付けない。
ニシシと悪い笑顔を浮かべながらそーっと近づいていく。
人差し指を突き出して右の肩をトントンと叩く
ゆっくりと振り返るとぷにっと柔らかいほほの感触と同時に肩にかかるくらいの柔らかい髪も子指にサラリと触れて心が少し跳ねた。
むぅーと少しむくれてジト目で見てくる詩音。うん、今日もかわいいなぁ。
口もゆっくり動かして話をしながらも手を動かして何をしていたのか聞く。
―なに してたんだ?―
子供の頃と違って、今はAIで手話を使わなくても会話ができるのだが、どうしても画面に映し出されるまでワンテンポ遅れてしまうし、何よりも俺自身の言葉でないような気がして嫌だった。
まだ今と違ってAIが発展する前は誰とも話せずいつも隅っこにただ座っていた詩音。
それなら、俺が手話で話せばいいと猛練習して今に至るまで彼女とは手話で会話をしている。
引っ込み思案でどこか諦めたような笑顔をいつも見せていた詩音がいろんな感情をだしてくれるようになった。
一つまた一つと手話を覚えて話すことが増えていった、授業中も先生が背中を向けているときに手話で授業と関係のない話をしていた。
幼いころから詩音はたまに不思議な話をするときがある。
空からくらじの唄声が聞こえたのと。
空の上からくじら??海ではなく雲の上にいるってそれはテレビ見たあのUMAとか、もしや宇宙人がUFOに乗って音波を出して牛をさらっていくやつみたいな何かなのか……?
疑問に思うが、否定はしない。
詩音の特技の一つに音の方角がわかるというのがあるのだが、どうやら来る振動の方向がわかるらしいと教えてもらった。
その時、地面を触っても何も俺はわからずただ忠誠を誓うナイトみたいな片膝立ちので地面に片腕をついてほへぇ?('Д')ってアホ面しているのがツボって詩音はしばらく腹を抱えて震えていた。
まぁ、世界には説明できてもわからないことは山ほどあるのだから、音の方向がわかったり、耳が聞こえない人にしか聞こえない音があっても不思議ではないのかなとも思う。
―よくいってたね その くじらの うた おれもききたいな―
実際、俺も聞いてみたいのは本音だ、その唄を聞けば何かわかるかと思っていたから。
小さいころから詩音が空を見上げるたび少し寂しげな顔になる理由が、ある日突然しゃぼんだまのようにどこかに消えてしまうのではないかという俺の不安が何なのか知りたい。
―きいたことがないっていったら あたりまえなんだけど このよのものではないのかなって おもう とても きれいな うたなのー
この世の物とは思えないきれいな唄でも、そんな寂しそうな顔になるのなら、いっそ聞こえなくてもいいと思う俺は薄情なやつなのだろうか?そのきれいな唄は聴かせられないけども、笑顔をみたいからくじらを見に行ける場所へいきますかねっと!
―くじらといえば このちけっともらったから れぽーとあけ いかない?-
パッと笑顔が咲いてニコニコ顔でOKサインを出す詩音をみて、やっぱ好きだなぁ、空のくじらさんよこの笑顔を減らすような事しないでおくれ。
そう思いながら俺もニカッと笑って親指でグッジョブを返した。