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黒き滅びの魔女 その7『完結編』

ネクロフィリアと対決します。

若干難しくなっちゃいました。でも私も簡単に読める本しか読んでないので大した理解ではありませんので、雰囲気で読んでくださればと思います。

あ、その6『浄化編』はその5に入っています。失礼しました。

 白いドラゴンの浄化から半年経った。

 私・ガブリエラ・アクセルはまだ十七歳。今月十月で十八歳になる。

 鏡で見る顔は、守護霊のポーラに似てきた。

 クリス王子に飛び級で入学させてもらったので、魔法学園では研究部一年生。日本だと大学一年生にあたる。

 

 王都の中央教会前広場に、赤いドラゴンが降り立った。

 人々が逃げ、物陰から見守る中でエリザと二人で対応する。

 ドラゴンの背中にはライオン顔の男が乗っていた。

 ドラゴンは身長十メートルから三メートルまで縮んで、その男は降りてきた。

 声をかける。

 「こんちわ。これはキャンディジョンのドラゴンですよね?」

 「黒き滅びの魔女ガブリエラ。君と会うのは二回目だ。私はティモシー・ライアン公爵だ。前は次期当主だったが、今は爵位を引き継いで当主になった。」

 「ああ。よく生き残れましたね。」

 「それはお互い様だと思うぞ。フッ。」

 エリザは貴族令嬢風にスカートを少し上げて挨拶した。王族もほぼ滅び去った今時にだ。

 「ライアン卿。わたくしはエリザベート・スミソミリアンと申します。」

 ティモシーは胸に手を当てて片足を引き貴族風に一礼した。

 そうだった。私はしなかった。最近は貴族同士の遊びに見えて滑稽視していた。でもこう客観的に見るとかっこいいのかも知れない。

 ティ「御高名はかねがね伺っています。我が領土にもいくつか新しく教会を立てていただけるそうで、感謝しています。今度我が国に来られたら私の邸宅に足をお運びください。精一杯の歓迎をさせていただきます。」

 エリザはすでにかつての母のように『ローデシア一の美人』と呼ばれている。またその聖女の仕事は確実であり信頼され、土地が次々に浄化され、教会が次々に建設されている。

 エリザ「ありがとうございます。」

 ティモシーは微笑んで手で涙を拭いた。

 エリザ「どうなさいました?」

 ティ「いえ、貴族の習慣で接してくれるのが嬉しくてつい・・・」

 王族あっての貴族。ローデシアの王族はクリス以外みんな死んでしまった。

 王族には第三王妃殿下とか皇太后殿下とか王姉殿下やその家族とか王兄殿下家族とかが居たらしいが、会う前にみんな死んでしまった。ひょっとしたら異世界日本から持ち帰ったファッション誌読み上げの時に顔を合わせたかも知れないが、名前と顔が一致する前に亡くなってしまった。関係を持つのを拒否していたが、今思えば少しは会話しておけばよかったかも知れない。

 公爵家もスミソミリアン家以外はみんな死んでしまった。各地は生き残ったそれ以下の貴族が引き継いでいる。ノースファリアのカールも死んだ。エルニソン家の退学したニッケルは生きているらしいが消息不明だ。

 クラレンスは国王陛下の側近の父・ハート公爵に付いていたらしいが、遺体は発見されなかった。

 騎士団の馬が数頭行方不明なので、「どこかで生きているのかな?」とポーラに聞いたら『生きてるね。旅に出たらしい。帰る気はなさそう』と言う。「何で?」と聞くと『あの子も人の心が読めるからね。裏表の激しい貴族社会が嫌になったのかもよ』とか言っていた。その気になれば探せるが、彼の気持ちを思えば、このままでいいのかも知れない。エリザも同じ考えだ。

 王宮魔導士は全員死んだ。私服で各地の街に潜入している者も全員死んだ。その下請けをするヤクザまがいの平民も全員死んだ。ファルの会社の人間も全て死んだ。

 王宮騎士団も九割は死んだ。彼らは王の命令や王への忠誠心から、裏では地方指導者の暗殺や敵対政治勢力の関係者の拷問など汚い仕事も厭わなかったという。生き残ったのはカトリーヌの教えを直接受けた者たちとクリスの直属でエルニーダ式の洗礼を受けた者たちだけだった。父上もその一人だ。

 生きていたバウンディに聞いたら、カトリーヌは『聖魔法には信仰が要る』と言ったので教会に行くようになったそうだ。教会では懺悔を聞いたりしてくれて、心が癒されたそうだ。それが彼らの命を繋いだ。

 エリザはティモシーに言う。

 「オシテバン王国でも貴族は半減したそうですね?」

 「いや、深刻なのは尊敬がなくなった事です。人身売買されていたのは人間だけじゃありませんからね。魔獣族も年間数万人が行方不明になっていました。裁きの後、民衆にも『王や貴族が金で何でもできる組織で人身売買をして、仲の良くない魔龍族と取引していた』と、知れ渡ってしまいました。今や尊敬はゼロです。」

 エリザ「それはこちらでもそうです。王子は開き直って地位を忘れてみんなと友達のように話し合っています。」

 「いや、それは羨ましい。こちらは魔獣族の国。みんな血の気が多いです。生き残った王侯貴族は暗殺や暴動の危険にさらされています。でもキャンディジョンや、このドラゴンはオシテバン王国で、今や王侯貴族にも民衆にも頼られる存在です。何とか間を取り持ってもらっています。昔は追い出そうとしていたのですが。ハハハ。」

 エリザ「クリス王子もみんなの王侯貴族への反発心を感じているのか、生き残った貴族の方々がどんなに勧めても王位に就いたりする気はないようです。」

 沈黙した。

 二人の貴族は、目を見合わせたまま『浮世の無常を感じる』と言うかのように悲しそうに微笑んだ。

 下級貴族の私はそんな事は感じない。

 「で?ライアン卿。ご用件は?」

 「そう。貴国にわざわざ赴いた理由は、キャンディジョンがいなくなったからです。」

 「・・・また?」


 ブルーの頭に乗って地平線が円く見え始めるまで上昇し、探索魔法を使ってキャルを探す。

 下はローランド大陸。半年前を思い出す。

 しかし、キャルの存在が感じられない。死んだのか?

 『いや、レッドによると生きてるってさ。』

 「それってテレパシー?私は聞こえなかった。」

 『ドラゴン同士は意識が通じやすいんだ。』

 「ふ〜ん。」

 『キャルはレッドのマスターだからその生死は離れていても分かるんだ。』

 「そうなんだ。でも生きてるにしても、どこに居て、どういう状態かはわからないのね。」

 『・・・』

 「何その沈黙は?」

 『知ってるけど、言いたくない感じだった。』

 「ブルーも優しいね。問いただしたりしないんだ。」

 『僕らは独立した自然の神のようなものだから、お互いあんまり干渉はしないんだ。でも困ってるんだとは思うよ。でも助けを求めると借りを作るからそれはしたくないのかもね。』

 「何だかドラゴン同士の付き合いも大変ね。でもどうしようか。探索魔法じゃ分からないわ。」

 『過去から観てみれば?』

 「う〜ん。それは瞑想の技法であって、魔法ではないなあ。」

 腕を組んで目をつぶった。

 『ええ?人探しの魔法だよ。今はないの?』

 「知らんけど観えてきた。」

 

 キャルが見覚えのあるエルニーダの泉で洗礼を受けている。

 その後、木の下で瞑想しているのが見えた。

 その頭から入ってキャルの意識に入る。

 燃える都市が見えてきた。空中にいる。

 都市の建物は高く、十階前後の建物が見渡す限り立ち並んでいる。そのあちこちから黒煙が上がっている。

 上から建物にすっと降りた。キャルの体から出て客観的に見てみる。

 女が高い建物の屋上に立って腕を組んでいる。

 コウモリ風の翼に尖った黒い尻尾。魔族だ。腕や顔の肌は青黒く、口には牙がある。頭には羊のように巻いたツノがある。半人間型の中級魔族。

 でも人間の服を着ている。光沢のある生地の紫のピッタリしたつなぎ服。襟はあるが大きく開いて着ていて、青黒い肌のデコルテの下に大きな胸がはみ出している。

 推定Fカップ・・・?

 ええ?顔がキャルだ。

 キャルが魔族?いつの話だ?

 その前方五メートルに男がいる。うつむいていて顔は見えない。

 両膝をついて剣を杖にして辛うじて身を起こしている。

 男が言う。

 「来てくれたのか。」

 魔族のキャルが言う。

 「勇者ガルド。・・・バカだねえ。私なんかを愛するからこんな事になったんだよ。勇者のくせに私の精神魔法がわからないなんて。」

 男は顔を上げた。ん?顔がクリス?ええ?

 男は苦しげに、でも笑ったような声で言う。

 「エガルタ。それは違う。いや、たとえ魔法だったとしても、君を愛した事を後悔した事は一度もない。」

 エガルタが怒鳴る。そしてまくし立てる。

 「バカ!私を信じたせいで味方には裏切られ、母国のローランド帝国を滅ぼし、ドラゴンの火で何億人も焼き殺して、人間なのに『魔王帝』とまで呼ばれて、それでも後悔してないだって?お前はおしまいさ。死んで地獄の業火に焼かれるがいい。永遠の業火にな。」

 「でも、魔族の君が泣いてくれた。俺のために。」

 「はあ?」

 エガルタは手で眼を拭いた。その手につく涙を見て唖然とした。

 ガルドは笑顔で言う。

 「君を愛した甲斐があった。愛を知らない魔族の君に愛を教えることができた。」

 エガルタの両眼からさらにボロボロと熱い涙が流れ出した。そして鼻を啜りながら一言だけ言った。

 「ばか。」

 ガルドは倒れた。

 その後ろに空飛ぶ乗り物が上がって来た。長さ五メートルのゴムボートの前の方に運転席がついたようなマシン。

 女が乗っている。緑のエナメルの軍服。髪は銀髪くせ毛を後ろでまとめている。それが背中で熱風を受けて左右に揺れている。

 その女の背後には炎のようなオーラが出ていて威圧感がある。仏像の『不動明王』みたい。

 顔はどこかで見たタレ目の美人。エリザの過去世か。居たんだ。

 その女が叫ぶ!

 「悪魔よ!滅びよ!」

 光線銃でエガルタは頭を「ビャン!」と撃ち抜かれて倒れた。

 その耳に倒れているガルドの声が聞こえた。

 「俺の墓に花を飾ってくれないか?」

 エガルタはガルドの顔を見た。笑っている。その胸がカッと熱くなったのが伝わって来た。

 銀髪の女が叫ぶ。

 「ガルド様!早く引き上げましょう!エメルド・マーティの本隊が迫っています!」

 ガルドは倒れたまま動かない。

 女はフライングボートから飛び降り、ガルドを軽々と担いで、またボートに飛び乗った。

 そして倒れたエガルタに言う。

 「私はお前を許さない。お前はガルド様に罪を犯させた。しかし、私はお前のガルド様への仕打ちに負けない。私は、何千年かかっても、幾転生をかけても、ガルド様を救って見せる。『神の子ガルド』を!再び!聖天上界の天使の座に引き上げて見せる!」

 言うとエリザ風の女はフライングボートでガルドを連れて去っていった。

 エリザ・・・むちゃむちゃかっこいいな。じゃあ、やっぱりガルドはクリスなのか。

 エガルタがゆっくり起き上がった。その頭は回復して元に戻っている。

 エガルタは両手で下腹部を押さえた。何かが動く感触が伝わって来た。

 ええ?子供いんの?

 エガルタは言った。

 「花」

 意識が飛んだ。

 

 座る魔族エガルタの前にテリットさんが立っている。

 「二千年の地獄生活はどうだった?」

 「そりゃーつらくて苦しかったけど、もう終わりですか?短くないですか?」

 「私より上位の神から見れば、悪魔と言えども入院患者のようなものだ。人間の魂は一時期、病気になることもあるものだ。もちろん隔離は必要だが。」

 「悪魔の私も救われるの?」

 「改心すればね。しかし創造主エルの仕事を邪魔して一生を送ったような人は、もう二度と人間としては生まれられない。魔族の中にはそんな魂もいる。」

 「私はまだ多くの人を苦しめただけの責苦を受けていないと感じる。」

 「それが分かるだけでも大きな進歩だ。しかし、地獄から早く出られる理由は、お前をあの世界から呼ぶ声があるからだ。今まで居た、剣と魔法の世界からだ。」

 「それは好かれているんですか?魔族の私を?」

 地上でウサギ顔の人間たちが集団で祈っているのが見える。

 『魔王帝ネクロフィリアの母キャロラインよ!我がバーニィ家を滅びから救いたまえ!オシテバン王国を滅びから救いたまえ!』 

 「ハハッ。キャロラインって誰よ。」

 「これはお前が生きた時代の五千年後の世界。もうローランド大陸には、お前の名前は残っていなかった。ここに居る小天使カザリンの分霊が地上で適当につけた名前だそうだ。」

 十歳前後に見えるカトリーヌに似た天使がウインクして見せた。

 「天使にしては俗っぽいね。」

 「まだ見習いだ。でも地上で『魔王帝の母によって魔王帝は滅びる』という予言をして来た。それが一種の信仰となって、お前に祈りのプラスエネルギーを供給したため、お前の改心が進み、地獄から出られる事になった。彼女に感謝するが良い。」

 小天使カザリンは目を閉じて胸を張って偉そうにした。

 テリットさんが言う。

 「地上で彼女を助けてあげてほしい。」

 「私が?助ける?」

 「お前は、いずれあの世界に召喚される。カザリンは魂の一部を常に地上に送り込んで長年お前の娘フィリアの魂と戦っている。お前の助力を必要としている。」

 「あ、でも思い出した。地上ではここの記憶はないんだよね?だからこの子を攻撃しちゃうかもよ?」

 テリット「天使や魔女の魂は、努力次第で過去の魂の記憶を思い出す。努力してほしい。」

 「ふうん。でもなんで私なの?祈って生まれられる?召喚?これって特例だよね?強い男の魔法使いとか呼べば?」

 カザリン「あの世は縁の世界。コネと言ってもいいかな。あなたと私は縁が深いのよ。」

 「知らんわ。」

 テリット「お前は地上で愛を少し知ったはずだ。いや思い出したと言った方が良い。お前には見込みがある。」

 「ハハッ。私を評価してくれるの?へえ。」

 テリット「だが、そのまま生まれると魔族の人生を繰り返すだろう。お前を人間しかいない文明社会で転生させ、人間の感覚を思い出したら、あの世界に送り込もうと思う。」

 「今何年?間に合うの?」

 カザリン「心配しないで。あの世には時間という概念はないの。」

 意識が飛んだ。

 スラム街で走る金髪少女のキャル。転んで男たちに捕まる。

 金網の施設。青い制服の職員たちと、似たような子供たちが居てアルファベットを習っている。

 保護施設か。キャルは後ろの席で机に両足を乗せて悪態をついている。

 注意する職員に襲いかかる。

 他の職員が駆けつけて、棒状のスタンガンで気を失う。

 独房に入れられる。

 鉄格子の窓からカラテ道場が見える。

 その練習を見て感動する。

 空手を習う。そして大会に出る。

 飛び後ろ回し蹴りを見事に決めて優勝する。

 軍隊に入る。米軍か。

 砂漠で負傷兵を引きずりながら、半ほふく前進で逃げている。

 そこに爆弾が落ちる。

 意識が飛ぶ。

 学校の寮。キャルが机に向かって座っている。

 髪の色が違う。綺麗なツヤツヤの茶髪。転生したらしい。

 キャルが勉強している。

 卒業式。キャルは博士風の四角い帽子とガウンを着ている。周囲も同じスタイル。

 これもアメリカ?大学の卒業式。勉強はできるのね。

 校長の話が終わりみんなが一斉に帽子を投げた。キャルも投げた。

 

 大陸上空に意識が戻って来た。

 ブルーが訊く。

 『何か視えた?』

 「あいつ・・・キャルは洗礼を受けて過去の転生を思い出したのね。キャルはフィリアの、ネクロフィリアのお母ちゃんだった。」

 『ええ!』

 ブルーが少し落ちた。

 『それって魔族だよ!』

 「うん。中級魔族だった。あいつ!私の事「魔族だから」って殺そうとしたくせに。でも、魔族と人間の子なんてあり得るんだね。」

 『魔族にとって人間は『食べ物』だから滅多にないんだけど、なぜかそうやって生まれて来た子は上級魔族としての強力な肉体と魔力を持っているらしい。食べられないための自衛能力なのかも。でも『色魔ビータ』って居たけどあれは人間の男女を犯しまくったけど、みんな食べちゃったから子供は出来なかった。あいつはすべての欲が強過ぎるからフィリアにも嫌われて上級魔族だったのに最後は魔王四将から外されたんだよ。」

 「相手を食べちゃうから上級魔族は少ないのね。ブルーは色々よく知ってるのね。あれ?でも、それって封印されてた時期の話もあるよね?」

 『最近教えてもらった。眠ってる間に体外離脱してドラゴンの霊界に行くと、ドラゴンの霊たちが質問に答えてくれるんだ。』

 「へえ。便利。」

 『フフ、便利って。ドラゴン種の特別な能力なんだけどな。でも、魔王帝の奥さんかあ。ああ、確かに居たね。あの人裏切ったんだよね。『魔王帝の妻・エガルタ』。魔王帝は時代を経て二人の名前が融合して『ガルドエガルド』と呼ばれるようになったんだろうね。うん。そしてエガルタは、フィリアを産んだ後、少し育ててから、エメルド・マーティの電撃魔法で蒸発して死んだね。』

 「エメル・ド・マーティ?」

 『いや、エメルドだよ。『ド』が尊称になったのは後の時代の話さ。で?』

 「でって?」

 『居場所は?』

 「あそっか・・・」

 意識が飛んでゆく。

 海を越え、田園を越えて、大きな石造りの遺跡の入り口が視えた。

 中に入ってかがり火と玉座の間が視えた。

 大きな椅子に黒いドレスのキャルが座っている。

 「確か、初代魔王帝はアクサビオンの南部に封印されているんだよね?」

 『そう言われているけど、後の王権がそういう事にしたらしいよ。敵を作って新王権を正当化するためさ。本当は、あのときは僕らドラゴンを悪い将軍たちに渡さないために勇者は僕らを一手に引き受けた。将軍たちは聖魔法銃だけじゃなくて聖魔法砲も持っていて誰も倒せなかったからね。あいつらが戦場でやることなんて悪魔と同じだから何が聖魔法か分からなくなってた。僕らの力が必要だったんだ。みんな揃ってる時は無敵だったね。あいつらの都市をみんな滅ぼしてローランド帝国が滅んだ。でも裏切られて僕らが分断されて、殺されたり重傷を負ったり無力化したりしたせいで魔王帝は死んだ。本当は、その死体は部下がエルニーダの無名戦士の墓に葬ったよ。部下の人はなぜか『魔族が来て死体を食べられる』『魔法に使われちゃう』って言い張って墓の番をしてたね。』

 「その人はエリザの過去世かもよ。」

 『似てたかなあ。』

 「それより居場所よね。今は誰も近づけないし、近づきたくもない場所。フィリアの霊がいるならそこね。キャルもそこに居る。」


 教会前にブルーは降りた。赤いドラゴンとティモシー、エリザ達がいる。

 エリザが駆け寄って来た。ブルーは小さくなって私の右ポケットに収まった。

 「エリザ、キャルはアクサビオンの遺跡に居ると思う。」

 エリザは言う。

 「あの国は、今は田園が広がるだけで城も何もない国よ。魔王たちの国だなんて嘘だった。魔導士会の植民地だった。」

 「アクサビオン南部の地下に遺跡がある。フィリアが居るならそこしかないと思う。キャルはフィリアに会いに行ったんだと思う。」

 二人で赤いドラゴンの方に歩いて行った。父アクセルとクリスがいる。

 アクセル「お前は行く気だろ?やめておけ。アクサビオンには魔族の霊たちがたくさん居座っているから、その地に踏み込むと頭がおかしくなる。」

 クリス「王宮魔導士は大半が人魔戦争の末期にアクサビオンまで遠征に行った連中だ。魔族を大勢殺して来たと自慢していたよ。魔族を殺した連中は、たぶん呪いにかかったんだと思う。」

 「エリザのお父さんは?王弟が『先陣争いをした』って言ってたけど。」

 エリザ「お父様はあの時ウエシティン王弟軍に邪魔されて上陸できなかった。王弟は先陣争いなんて言ってたけど、父は「同盟軍のはずなのに完全に攻撃されたぞ」って言ってたわ。父の連隊は被害が大きくて上陸できずに撤退したの。」

 ドラゴンの前で立ち話。街の人はみんな遠巻きに見ている。

 アスカ様が教会から歩いて来た。

 アスカ「私は何度か瞑想で霊的にアクサビオンを視て来ました。見た目は平和な景色なんですが、南部ほど魔族の霊たちが多くて、エラ様が言うような深部にまでは行けませんでした。」

 レッドドラゴンが思いで伝えて来た。

 『キャンディに「来なくていいよ」と言われて、僕は付いていかなかった。後悔してる。でもあいつら強い。絶対負けるから反対したんだ。でもキャンディは「絶対行く」って。』

 「何で?」

 『最終的には、君に挑戦したいんだと思う。』

 「あああ。そっかあ。」

 エリザ「ええ?ちょっと待って?そんな事のために魔王帝に会いに行ったと言うの?」

 ドラゴンは目を閉じて伝えた。

 『あの人たまにクレージーだから。』

 アスカ「でも、魔王帝は何も教えてはくれないですわ。ノルーリア嬢のように肉体を乗っ取られてしまう。」

 クリス「それって、最悪の事態じゃないのか?」

 「う〜ん。やっぱりちょっと見て来た方がいいね。」

 エリザ「やめて!」

 「あいつってあんな奴だけど、一応友達だし、寂しがり屋なんだよね。たぶん。」

 エリザ「ばか!あなた二回も殺されかけたのよ!」

 「こっちも殺しかけたけどね。」

 「それは正当防衛よ。」

 「向こうが友達と思ってるかは知らないけど、お互い『負けたくない』っていう気持ちは分からなくはない。」

 エリザ「そんな軽い事じゃないの!ねえ、やめて!」

 クリス「踏み込むだけで危ないし、魔王帝の強さも知ってるだろ?」

 アスカ「あなた死ぬわ。」

 エリザ「死ぬだけじゃ済まない!魔王帝は魂に魔法をかけるからどうされるか分からない!魔族の奴隷にされちゃう!もしそれでも行くって言うなら、」

 「友達やめる?」

 エリザはハッとした。

 沈黙した。

 エリザ「・・・エラ様、ごめんなさい。あの時のこと謝るから。ずっと謝りたかったの。友達やめるなんて言ってごめんなさい。・・・あなたが大好き。」

 「ふふ・・照れる。私も大好き。」

 二人とも赤面して沈黙した。みんなの前で余計なことを。

 「え、エリザ、私の好きはそういうんじゃないからね?」

 「バカ!知ってるわよ!だから行くのやめて!あなたを失いたくない!あの人が自分から危ない所に飛び込んだの!あなたの責任じゃない!行くなんておかしいよ。」

 「でもさ、それが友達じゃん?」

 みんな沈黙した。

 「私しかキャルを助ける人はいない。なら私がやるしかないじゃん?」

 アスカ様はハッとして、目を閉じてうつむいた。

 アスカ「ごめんなさいエラ様。この前、私が「友達だからエリザ様を助けたい」と言ったから無理をさせてしまったのよね。」

 「え、あ、ごめん。ごめんなさい。そんな深い意味なんてないの。そう思ったから言っただけ。この前だって、私もエリザに生きていて欲しかったの。だからだよ。」

 エリザ「二人ともごめんね。・・・でも、だめよ。普通女の子はそんな事しないよ。怖いよ。私も怖い。行かないで。」

 「私って無駄に強いじゃん?こういう使命なんだよ。」

 エリザ「無駄じゃないよ。」

 「まあ、見に行くだけだよ。」

 エリザ「うそ、絶対嘘!勝負する気でしょ!」

 「キャルがしたいんならね。」

 エリザは私を見たまま震えて泣いた。そして言った。

 「ばかよ。あなたは。」

 「うん。・・・エリザにお願いがあるんだけど、カトリーヌを呼んでくれないかな。あの人、魔王帝のフィリアと関係あるんだよね?」

 エリザ「ねえ、分かってるの?私、あなた達の勝負なんかに手を貸さないから。」

 アスカ「でも、魔王帝が魔族の霊たちを連れて動き出したら大陸規模の危機になります。」

 アクセル「もしキャンディジョンの、その魔法に適した肉体を魔王帝が手に入れたら生前に近い力を発揮するかもしれない。」

 アスカ「いえ、生前は魔族の体ですから人間の体とは比べものになりません。でも人類最強になるのは間違いありません。」

 エリザ「私、エラがもし困っても助けに行かないよ!」

 「うん。エリザは来ちゃだめだよ。みんながエリザを必要としているんだから。」

 エリザは泣く。

 「エラも必要とされてるのに・・」

 「大丈夫。危なくなったら逃げてくるよ。あいつほど勝ちにこだわってないから。」

 エリザは口を閉じて何か言おうとしていたが、爆発したように言い放って駆け去った。

 「もう知らない!」

 みんな沈黙した。

 クリス「う〜ん。カトリーヌさんは呼んでおくよ。」

 「あ、お願いね。」



 海上を飛ぶ。ほうきに乗っている。

 ポケットのブルーが訊く。

 『ねえ、それ意味あるの?』

 「え?魔女はほうきに乗るものなのよ。」

 『君の国から持って来た本には載ってなかったよ。』

 「物語の本は買ってこなかったからね。でも防御魔法で風は関係ないから音速出るけど、長距離飛ぶとき体を伸ばしてると背中が痛いし、立ったまま飛ぶとなんか不気味に見えるし、座るのが一番だよ。」

 『移動魔法じゃダメなの?』

 「言ったでしょ?感知されやすいし魔族の真ん中に出ちゃったら対応できないでしょ?」

 『僕が何とかするよ。』

 「あら、心強い。」

 『でも、これお尻痛くない?』

 「バカねえ。わらぼうきだから藁を巻いた所に座れば痛くないよ。それに浮遊魔法も使ってるから体重はほぼゼロだし。体勢の問題。」

 下が陸地になり草原になった。なだらかな丘を越える。

 『エリザって優しいね。』

 「でも、ああいう愛が深い人は自分が幸せになるのに抵抗があるから不幸を引き寄せがちなのよね。」

 『あの場で「大好き」とか言えるのって、なんか凄いけど。』

 「まあ凄いよね。一日一生だと思ってるんじゃないのかな。」

 『僕もエラが大好きだよ。』

 「え?あそう。ありがとう。私もブルーが大好きよ。」

 『・・・』

 「なによ。急に黙って。」

 『・・別に。』

 「何?遺言なの?死なないよ。生きて帰ろうぜ。」

 私はポケットをパンと叩いた。

 『・・・うん。まあ、そうだね。』

 幾つか丘を越えた。草原に居た牛飼いの小さいゴブリンの男女が見上げているのが見えた。

 無言が続いた。

 『僕はエラを護るよ。』

 「・・・ん?何から?」

 『え?普通そういうこと聞く?・・何って、敵とか、』

 「てゆうか私たちほぼ無敵じゃん。」

 『えっとじゃあ、世間の荒波とか』

 「アッハッハ!」

 『・・・笑うな。』

 「ふっ。ごめん。」

 沈黙が続いた。

 「ブルーのおかげでこの旅も楽しかったわ。」

 『僕は冗談なんか言わないよ。ドラゴンはいつも本気なんだから。』

 「そうね。魔族は強いよね。油断したらダメだ。」

 

 しばらく飛ぶと下が森になった。森を越えると広大な草原に出た。

 あちこちの空中に、鎧を着たコウモリ翼の男女が浮かんでいる。尖った尻尾。巻いたツノ。青黒い肌。

 「いるじゃん。中級魔族。」

 魔族たちがバッと私を見た。

 私は剣を抜いた。向こうも剣を抜いて集まってくる。地上からも飛んでくる。ものすごい数。

 餌に群がる鳩や鯉を思い出した。

 魔族の剣が通常の防護魔法を超えてくるのを剣魔法の光る剣で受けた。

 掴みかかろうと手が伸びてくる。剣を持った拳で払いのける。

 私の飛ぶ速度が落ちて来た。

 腕を噛まれた。

 噛んだ奴は、右目のところに縦に傷がある女。腕に牙がギュッと刺さってくる。痛え。

 黄色く光る剣で斬る!女はバフッと黒い煙に変わった。

 誰かが腕を掴んだ。その腕を斬った。それは、また黒い煙に変わり消えた。

 「幻なの?」

 『霊的にみて!霊が直に物質化してるんだよ!』

 ブルーの言う通りに霊眼で視ながら斬ると、斬った相手の肉体は煙に変わるが、霊体はその場にとどまって、うろたえてから平原の向こうに飛んで消えて行った。

 それを追うが、群がってくる大量の魔族に掴まれて下に落ちてゆく。

 地面に落ちた。

 魔族は衝撃で周りに散らばった。

 自分の頭や腕の噛み傷から血が出ていることに気づいた。

 浄化魔法をかけてから回復魔法をかけないと傷が腐る。

 でも魔族が群がって来てそのヒマがない。とにかく斬って斬って斬りまくる。

 その後ろには、あの銃弾で倒したような身長三メートルで牛のようなツノが生えた『魔王』が居た。

 中級魔族たちの剣や手を剣で払いながら、近づいてくる魔王を見る。

 上からすごい右フックが来る。中級魔族に腕を斬られながら、両腕をエックスにして受ける。

 飛ばされた。衝撃で剣を離してしまった。

 中級魔族と比べても引けを取らない魔力。多分入っている魂が違うのだろう。

 飛ばされながら手から剣を物質化魔法で出す。収納魔法で別空間にキープしてあるやつ。

 下を見ると地上には『魔王』がたくさんいる。

 ほうきはないが、上に飛んだ。目の前に居た中級魔族を斬った。同時に背中を斬られた。

 下からすごい速さの槍が飛んできた。反ってバク宙してよける。

 後ろの中魔族が手をくるりと回すと、その槍が戻って来た。それをよける。

 また腕を噛まれた。見ると目のところに縦の傷がある女。同じ奴。

 霊体を物質化させて戻って来た。キリがねえ〜

 斬って煙に変えて、逃げた霊の後を追う。

 「硬性絶対防御魔法!」

 7つの魔法陣がランダムにグルグル回って黄金の球に変わり、自分を包んだ。

 飛んでくる槍が黄金球に当たり蒸発した。

 地上は『魔王』たちがイベント会場のような数でひしめき、手をあげたり、石や槍を投げつけてくる。

 空には中級魔族。バサバサとにかく群がってくる。彼らも黄金球に触れただけで黒い煙に変わってゆく。

 腕の斬られた傷が深い。手まで血が流れて来て下に落ちた。その血は足の下の黄金球に触れて蒸発した。

 この魔法の時は回復魔法が使えない。ブルーの魔力供給でかなりの時間耐えられるとは言っても、限界は近づいてくる。急ごう。元を断たないと、

 『この数の強力な中級魔族の霊たちを物質化させる魔力ってどのぐらいかな。』

 「さあね。何よブルー。怖いの?」

 『僕は怖いね。レッドが来なかったのは正解だ。』

 答えずに加速した。その間も中級魔族たちがぶつかっては煙に変わってゆく。

 やがて、崖が見えて来た。そこに石を積み上げた遺跡が見えた。瞑想的に見たやつ。

 いや、遺跡と言うには石が新しい。最近作られたものらしい。

 入り口の高さは十五メートルもある。そこから翼ある魔族が噴き出している。下からは三メートルの『魔王』たちがのしのしと、歩き出してくる。

 翼の魔族の流出は止まらない。その集団が帯のようになり、空中で弧を描いて自分に向かってくる。それを見ている間も翼の魔族が黄金球に当たり続け、煙になり続ける。

 数千ではない。数万いる。この数がローデシアに、いや、大陸に解き放たれたら、人類も魔龍族も魔獣族も食い尽くされてしまうだろう。

 遠くに水平線が見える。そこに横長の黒い影が三つ見えた。

 翼竜・・・ドラゴンとは違って腕が翼になっている。ワイバーンか。

 翼長は四十メートル。背中に翼ある魔族が乗っている。ドラゴンより長い首。深海ザメのような頭と表情のない丸い眼。口は車でも飲めそうな大きさ。

 見ている間も球に魔族が当たり続けている。

 『硬性防御』も大魔法。魔力消費が激しい。まだ大丈夫だが、後でバテる。

 『一旦それ切って!僕ので護るから!』

 「ブルー。食べられちゃうよ。」

 『その前に何とかする!』

 黄金球を引っ込めた。中級魔族たちが次々に掴んできて噛みついたり、剣を突き立ててくる。

 その向こうからワイバーンの大きな口が迫る。魔族ごと飲む気だ!

 その時、魔族が周囲に押し出されるように離れた。ワイバーンも首を不自然な方向に曲げて離れて一旦落ちた。

 私の足元には黒いブルーがいた。巨大化してゆく。

 ブルーの魔力シールドで、魔族もワイバーンも近づけない。

 体の傷も破れた服も直ってゆく。ブルーの回復魔法は時間魔法らしい。

 その間も遺跡から魔族が噴き出してくる。

 ブルーが予告もなく青い光線を吐いた。遺跡を縦に切るように。

 目の前が真っ白になった。音は大きすぎて聞こえない。

 魔族たちもワイバーンも地上の魔王も真っ白に見えなくなった。

 しばらくして回復魔法で目が見えるようになった。

 視界が開けると、目の前に白い煙の巨大な柱があり、空気が吸い上げられている。

 上を見ると巨大な直径十キロを超えるキノコ雲になっていた。

 ドドドと空気が鳴っている。

 下の地面はえぐれてクレーターのようになっている。そこに海水が流れ込んできた。

 キノコ雲は風でだんだん形を変えてゆく。

 その『柱』の部分の横に四つの人影が見えた。浮かんでいる。五百メートルは離れている。

 翼はない。この熱核爆発に耐える身体とその魔力。上級魔族という存在だろう。

 「ブルー。ポケットに戻って。シールドと魔力支援をお願い。」

 『了解。』

 ブルーは「ポン」とトカゲ大になって服の上を走って右ポケットに収まった。

 だんだん近づいてくる。霊眼で見ると四人とも、ものすごい黒いオーラの柱のように見える。

 真ん中、上の女はキャル。他と違う段違いの太いオーラを出している。その下には見覚えのある顔の、でも青黒い肌のノルーリア。両脇は男。右は白い仮面の男。つるんとして目の所だけが黒く穴になっているホッケーマスクのような仮面の男。服装は宗教的な法衣のようなものを着ている。左のやつは頭から黒布を被っている。体は黒マントで覆っている。

 キャルが言った。まだ二百メートルはあるのに声が聞こえる。これも魔法。

 「どう?物質化魔法でこの地に漂う魔族の霊たちを甦らせてみました。地上のやつは逆に物質化で作った体に宿りたい魔族が入ったんだよ。強かった?さすがににわか作りだからドラゴンの火には耐えられなかったけど。」

 「迷惑千万だわ。あんた人類を滅ぼす気?」

 「まあね。みんな魔族になっちゃえばいいのよ。でも酷いことするじゃない。みんなもう一度物質化させて戦わせたいのに怯えて逃げちゃったよ。」

 ポケットのブルーが言う。

 『気を付けて。僕も手伝おうか?直撃なら倒せるかも。』

 「四発も撃てるの?」

 『前より君の魔力が増してるからいけると思う。』

 「でもそれだとキャルが死ぬ。まだ待ってて。シールドをお願い。」

 ドラゴンは魔力の塊。マスターが居れば基本的に相手の魔法は効かない。でも、うちのブルーが格闘がイケるのは練習したからであって、攻撃手段は基本的に『ドラゴンの火』しかない。あれは消耗が激しいし地殻への負担も大きい。

 隠しておいて魔力供給してもらった方がよほど良い。

 しかも相手は大魔族。ブルーの正面攻撃を喰らうとは思えない。私がやるしかない。

 

 キャルの声が聞こえる。『伝声魔法』とでもいうのだろうか。距離は百二十メートル。

 「核攻撃の数千度の熱線でも霊魂というものは損傷しない。でも肉体と霊体をつなぐ『エクトプラズム体』とか『幽体』とかいう『三・五次元体』は破壊されてしまう。でも我々のような大魔族の魔力があれば、それも再生できる。」

 「現代の知識が入っているわ。キャルの知識に干渉しているのね?」

 四人が距離百メートルまで近づいて来た。

 霊眼で見るキャルの下の女はやっぱり見覚えがある。肌の色を除けばノルーリアにそっくりだ。

 キャルが言った。

 「驚いた?こいつらは私の中で不活性化して眠っていた魔王四将の霊たち。中級魔族の肉体に憑依させて肉体を乗っ取らせた。魔力は段違いだから、翼も尻尾も消えて生前の姿に戻ったね。」

 「四将?一人足りないけど?」

 「ベンザニールは魂の方は深い地獄に引き込まれて手が出せなかった。肉体だけでも使えないか調べたけど、神経系が破壊されててダメだった。」

 「でも中級魔族って、まだいたのね。」

 「人魔戦争後に連合軍に相当殺されたけど、ウエシティンに生き残りがいるよ。姿はハーフの古代魔獣族に似てるからね。『白い龍の裁き』でほとんど死んだけど、魔族にくせに神を信じてるなんて言う使えない奴らが千人ぐらい生き残ってるよ。そいつらを三人拉致して来た。ここには中級魔族の霊がたくさん居るけど、伝統的に先祖と魔法を信じてるけど神は信じていない。」

 「あんた、フィリアね?キャルはどこ?」

 「今は私の意識の中で不活性化している。同化していると言ったほうがいいかな。」

 「キャルを返してよ。」

 「何で?関係ないし、むしろ敵だろ?」

 「キャルとは友達なのよ。」

 「フ!アハハハハ!友達?その言葉久しぶりに聞いたわ。向こうはそうは思ってないでしょ?」

 「それは分からないでしょ?」

 「いやあ?今は同化しているから、あいつの気持ちも分からなくはない。」

 「キャルは五千年前はあんたのお母さんでしょ?」

 「お前、キャルの記憶にアクセスしたね?そうだよ。私は勇者ガルドと魔族エガルタの娘、フィリアよ!」

 「やっぱりそうなんだ。人間と魔族の子なんてあるんだ。」

 「五千年前はまだ魔族もたくさんいたからね。魔族の肉体に宿ってる魂も必ずしも悪魔だけじゃなかった。勇者と対立するばかりの魔族でもなかった。だから、人間と混血したらなぜか強くなったという上級魔族もたくさん居た。キャルは中魔族・・・中級魔族というのは魔族としては最高度に進化した種族よ。純血の中級魔族は今の作られた魔族よりずっと強い。」

 「魔族って長生きだね。あ、でも今は霊体なのか。」

 「千年前にお前の前世のポーラが私の大魔族の肉体を殺した。」

 「睨まないで。ごめんごめん。」

 「ごめんてお前、軽くないか?前回のガブリエラはもっと真面目だったぞ。」

 「うん。でもポーラだって異世界日本を霊体でウロウロしてたんだから、一応死んだわけでしょ?おあいこだから怒ることないよ。ポーラだって多分あんたぐらい苦労したんだから。」

 「私の大黒球魔法は破壊魔法もかけてあるから圧死した後吸い込まれる。あれを異世界移動に使えることは知っている。」

 「でも、カトリーヌみたいに私の前回とかも分かるんだね。」

 「前言ったろ?お前たちを見ているって。憑依できる隙がないかどうかを、じっと見ている。」

 「全然気づかなかったわ。隠れてないで出てくればいいのに。」

 「お前、だから軽いって。」

 「私、この間の事で吹っ切れたの。私の役割が分かった。こう生きればいいっていう筋道が見えたの。」

 「何しに来た。」

 「だからキャルを返してよ。」

 「それは霊体の私を、この魔王帝ネクロフィリアを倒せたらの話だな。たとえ万分の一の確率でキャルと私を分離できたとしても、私はお前たちを生かして帰すつもりはない。」

 「ガルドとエガルタは夫婦だったの?」

 「はあ?いい加減にしろ!ふざけるな!」

 「せっかくだから話そうよ。まだ戦いたくない。」

 キャルの体のネクロフィリアは睨んでいたが、ため息をついた。

 「・・まあいい。夫婦?未婚の母だね。」

 「やっぱり話好きだねえ。二人は好き同士だったの?」

 「まあ、好きだったんだろうけど。」

 ブルーが言う。

 『何してんの?戦わないで済むと思ってるの?』

 「聞ける話は聞いておいたほうがいいと思わない?」

 『相手に考える時間を与えるのは良くないよ。』

 「私も考えられる。」

 キャルの姿のフィリアが言う。

 「へえ。帰れると思ってるんだねえ。」

 「帰るよ。」

 キャルは私をじっと見た。

 キャル「待っているのか?」

 「何を?」

 キャルはニヤッとして話し始めた。

 「まあいいや。私がエガルタや魔族たちから聞いた話をしようか。私は霊のエガルタと話した記憶しかないからね。エガルタは初めは勇者の戦いに協力してたって。」

 「魔族は人間と敵対してるのに?」

 「そうだね。魔族は大体伝統的に人間のことは『魔力がつく食べ物』と信じてたし。でもローランド帝国ができて各地を侵略し始めた時、各地の人間や魔獣族とか魔龍族の王国は蹂躙されたし、そこにいた魔族は皆殺しにされた。魔王帝になった勇者はね、ローランド帝国の大陸統一戦争に反対している勢力を糾合して組織化したのよ。人間の反対があるからエガルタたちは陰から戦いに協力してた。大きな戦いの時、エガルタは仲間の魔族を率いて加勢して、当時最強だった帝国騎士団に勝利した。戦いの流れが変わって各地で反対勢力の戦いが始まった。」

 ブルー『僕の魂の記憶でも大体正しいと思う。』

 キャル「嘘を言う必要はない。でも所詮、時間潰しだから適当だけどね。・・・帝国への反対勢力は多くなったけどまだ帝国軍に正面から戦いを挑んで勝てる者は居なかったし、エガルタの仲間の魔族も二回目の加勢はしなかった。」

 「何で?」

 「人間に味方するのは魔族の信仰的に問題があるのよ。「魔族は『人間を捕食する者』であって、優越存在だから、人間の争いに加担する必要はない」と、当時の魔族たちは考えていた。でも人間とかを競わせていたのは上級魔族の仕業なんだけど。帝国を作って遊んでたのは左の黒いやつだよ。」

 左の頭から黒布を被った奴がピクッと動いた。

 「エガルタたちのような中級魔族たちはそんなこと知らないから敵になって戦ってた。大体、帝国も勇者ガルドも伝統的なエルとかアーケーとかモーリーンを信仰してたからね。でも魔族に神はいない。先祖の魔族しか信じない。だから二度目は協力しなかった。そこでエガルタはドラゴンの火を使うことを教えた。」

 「ブルー、正しい?」

 『うん。ガルドはそんなこと言ってた。』

 「帝国軍は滅ぼしたけど、残党が魔法科学でマーティを作り出した。魔法科学の始祖は右の奴だよ。こいつは大陸南部で魔法科学とかやってた。元の魂は宇宙人らしいから科学系は強いんだってさ。」

 「ブルー?」

 『そんなこと知らない。帝国の武器の威力はエルニーダの法王が神と契約したからだと言われてたけど。』

 キャル「さあ、それは本当に神かなあ。魂を分解する技術なら科学力だよね。」

 「魂は永遠の生命を持っているって聞いてるけど?」

 キャル「らしいね。悪魔かもしれない私が霊になっても消え去らないところを見るとそうだね。マーティが改良させた新型の聖魔法銃とか聖魔法剣とかでも、完全に消えるわけではなかったね。親指大の光の球が残る。でも、そこまでされたらダメージは大きくて、それもどこかにいなくなってしまうから消されたも同じだよね。たぶん神の許可がないと再生しない。」

 「ふ〜ん。」

 『悪魔も一片の真理を語る、ってやつだね。』

 キャル「ハハハッ!ブルーアイズブラックは頭のいいドラゴンだな。」

 『褒めるな。話の続きは?』

 キャル「そうだな。マーティは、わざとドラゴンをガルドに独占させた。そして手下を総動員して広域洗脳魔法で大陸の一般住民を狂った戦士に変えた。各地の勢力が互いに争い始め、都市は市街戦の場となった。大陸の十数億の住民が内戦のために各地の諸侯に動員され、都市は地獄の様相となった。事態を収集するためガルドは白いドラゴンに裁きを願ったが彼は拒否した。『洗脳魔法を解けば事態は収まる』という答えだった。それにはエルニーダの聖者や聖女の招聘が必要だったけど、その浄化活動は戦乱を収めるまで十年を要するという事だった。」

 風が頬を撫でる。キャルの言葉を他の三人の魔族は静かに聞いている。

 キャル「ガルドは時間を待てなかった。霊能者でもあったガルドは、諸侯に憑くあまたの悪魔の活動を見ていられなかった。当時ガルドは十二のドラゴンのマスターになっていたけど、それを各地に派遣し地獄と化した都市を焼き払った。そして生き残った市民たちにより、ガルドは『魔王帝』の称号を得た。」

 ブルー『・・・そうだったね。』

 キャル「マーティは各地に離れたドラゴンを聖魔法銃で撃たせた。普及していた旧聖魔法銃は、中級魔族でも魔力値が平均以上の者には効かない。再生魔法で回復する。でもマーティが改良した新・聖魔法銃は破壊の魔力が肉体と霊体とを侵蝕し、消滅させる。ましてドラゴンの魔力値はマスターから離れていれば五百前後。十二体のうち三体のドラゴンは完全消滅し、何体かは深傷を負って倒れ、休眠状態になってマーティ軍の手に落ちた。」

 「ドラゴンの封印はマーティたちがしたのね。」

 「そう。そしてガルドは死ぬ前に、残っていたドラゴンたちを逃すため、契約を解除したが、そのせいで残りのドラゴンは拘束魔法に負けて全て捕まった。マーティ軍はガルドの軍に総攻撃を加え、ガルド亡き後、マーティの軍は巻き返し、残軍をまとめ上げて抵抗軍を破り、ローランド帝国の最後の幼い皇子を王としてローデシア王国が始まった。」

 「フィリアはもう生まれてたの?」

 「王国ができた頃は、私はエガルタの霊魂から魔法を習っていたわ。」

 「エガルタもマーティに殺されたの?」

 「エガルタは仲間たちを抵抗軍に殺されたのよ。勇者の仲間と言っても、まあ魔族だからね。抵抗軍も勇者ガルドの奴隷じゃないし、抵抗軍だって地元の都市をドラゴンに滅ぼされて怒ってたし。エガルタはガルドの居場所をマーティにバラした。でもマーティ達が来る頃にはガルドは死んでたけどね。その後エガルタは、ガルドの部下の女兵士に居場所をリークされた。」

 「それ、エリザよね?」

 「エリザ?あいつの当時の名は『イル』だった。あいつはガルドの側近だったからエガルタの居場所はだいたい知ってたのよね。今度はあいつが裏切った。その後地震が来てローランド大陸の中南部、帝都があったあたりが沈んでこのアクザビア地方とローデシア地方は海で切り離された。」

 「母ちゃんを殺したイルに仕返しはしたの?」

 「私がローデシア王国に攻め込んだ頃にはイルは死んでたよ。キャルが前世であいつを陥れて仕返ししたんじゃないの?」

 「五千年前の因縁・・・」

 浮かんだ四人。私からの距離は五十メートル。

 キャルと私たちは半ばテレパシーの伝声魔法で語る。互いに心はある程度読める。

 キャル「あんたが分かんないのよ。あんた五千年前は居なかったよね?私に匹敵する魔法使いは、異世界から来た私の本体だって言う奴ぐらいだった。でも魔法が少し雑で私の敵じゃなかった。あんた何よ。」

 「よくは知らないけど、魔女の星から呼んだんだってさ。魔王帝のネクロフィリアを倒すために。」

 「私をか。フフフ。エガルタの魔法修行が終わってから、色んな魔族と戦ってみんな手下になった。死んだ奴は使い魔になって協力してくれたよ。私はローデシアに攻め込んで『二代目魔王帝』を名乗った。黒い方の将軍はその時に倒した。人間はたくさん殺したよ。弱くて紙屑みたいに脆かった。最後にマーティを倒そうとしたんだけど、考え方は一緒だから取引した。『魔族はローデシアから出て行く。しかし、人間に化けるなら入国しても構わない』とか『人目につかず裏でやる事には干渉しない。その代わりローデシア王家の存続を約束する』とかね。」

 「でもマーティはオシテバンにいたよね?」

 「二千年もしたらエルニーダで古代聖魔法を復活させた奴がいて、そのせいでマーティも居づらくなってオシテバンに逃げちゃったのよね。だからその後マーティと話して『ローデシアの存続』の約束は守らなくても良くなったのよ。」

 沈黙した。

 

 キャルは首を傾げて私を覗き込むようにした。距離五十メートル。

 キャルは言う。

 「質問は終わり?」

 「う〜ん。」

 「じゃあ、戦おうか。誰がいい?」

 「あんたがいい。」

 「私?バカ。すぐ終わるぞ。三人から選べ。右の仮面の奴は魔王四将の『魔法科学者』ゲイリー。強いよ。左の黒い奴は同じく魔王四将『皇帝を作る者』クーメー。こいつも強い。下はビニーリエ。怒ると怖いが元々は『女帝』の魂だよ。みんな昔は上級魔族だった。お前が殺した。」

 「やっつけたのはポーラだけどね。でも一人足りないけど。ベンザニールだっけ?」

 「言ったろ。あいつは封印されてる。」

 「じゃあ永久に地獄から出てこれないね。」

 「バーカ。奴は味方の魔族の面倒見はいいんだ。だから『副将』なんだ。ビニーリエも色々教えられたろ?何千年かで出てくるさ。」

 「でもノルーリアを全力グーパンチしてたけど?」

 「鉄拳制裁だろ。魔族の教育は厳しいのさ。」

 「やだね。あとは色魔ビータだっけ?」

 『あいつは下品な奴だから降格した。横にいられるとムナクソ悪いからね。でも強いことは強いよ。この間の戦争で死んだけど、私はもう見放してるから助けなかった。今は地獄に封印されてると思うよ。あいつは永遠に地獄にいても構わない。」

 誰にしよう。ビニーリエなら一度勝っている。

 「じゃあ、女の人がいい。」

 「ビニーリエだね。」

 下にいたノルーリアに似た、でも青黒い顔の魔族が目をあげて私を見た。

 しばらくビニーリエは私を見ていた。

 ビニーリエがギャンと加速し私の目の前に来た。

 バチンと音がして下に飛ばされて地面にぶち当たる。周りの土が爆発したように上に舞い上がる。

 起きると目の前にビニーリエ。一瞬にして地面に叩きつけられた。また土が爆発して舞い上がる。

 飛び起きてその腕をつかんで反転し腰に乗せて投げる!ビニーリエが浮いた!

 でもビニーリエが飛んでグンッと私を空に引っ張り上げた。

 そして腕だけの力で下に投げつけた。また地面に当たって土が大爆発した。

 「つよ!ブルー!防護魔法は?」

 『超えて来てる。普通なら顔が砕けてるよ。』

 いつの間にか切れた唇から血が出ていたのを、親指で拭った。

 「殴られてたんだ。キャルの奴よくこんなのと戦ってたな。」

 また衝撃が顔に来て飛ばされて地面を転がる。地面が削られて土埃が舞い上がった。

 「何しろパンチが見えねえもん。」

 転がっている最中に顎に衝撃が来て飛ばされた。防護魔法のせいか興奮しているせいか痛みは感じない。

 どこまでも飛んでゆく。

 「また相手を遅くする魔法なの?」

 『いや、実際速いみたい。』

 仰向けで飛ぶ私の上空にビニーリエが見えた。両手を上げて黒い線の魔法陣を上に出した。

 魔力がそこにヴンヴン言って集中する。

 ビニーリエは上げたまま両腕を交差させた。

 その力の入った手の上にバスケットボール大のバチバチ言う白い球が浮かんだ。

 ビニーリエがそれを振り下ろすと、私の周りが真っ白になって周囲が見えなくなった。

 ブルーの回復魔法で目が治り、周りが見え始めた。

 風で周囲の煙が払われた。地面は砂が高熱で溶けてガラスの粒になってキラキラ光っている。

 周囲は直径五十メートルぐらいのクレーターになっていた。その地面から湯気が出ている。

 ゴオオと空気が鳴っている。

 上を見ると直径一キロを超える灰色のキノコ雲が上がっていた。

 「核爆発?」

 服と髪が焦げていた。ブルーの回復魔法ですぐ元に戻る。

 上空二十メートルのビニーリエが言った。

 「しかえし。」

 「無口なやつだな。」

 ブルーに思いで訊ねる。

 これあと何回耐えられる?

 『二、三回かな。』

 「はあ。頼もしいね。反撃できるかしら。」

 ビニーリエが消えた。同時に衝撃が来て弾かれて空を飛ぶ。手も足も出やしない。

 でも、これと戦ってたキャルってすげえな。

 『違う。あの時は人間の体に憑依してたけど、今度は中級魔族の体だから、身体能力は人間の十倍だし、魔力強化魔法も使ってる。たぶん魔力値で一万とか十万とかじゃないかな。僕らは上級魔族と会ったら逃げるけどね。』

 「早く言ってよね。」

 また上から衝撃が来て地面に叩きつけられた。地面が爆発する。

 立ち上がった。ハッタリを言う事にした。

 「フィリア。この子じゃ私を殺せないよ。」

 上空百メートルのフィリアが言った。

 「私も待ってたのよ。」

 「何を?」

 実際私は何も待っていない。考えていたのはキャルとフィリアをどう切り離すか。霊を切り離すにはキャルの肉体に光パワーを入れれば抜けるはず。それにキャルの魂は霊子線で肉体と繋がっているから抜けても戻ってくる。

 他の三人は昔ポーラに負けたんだから絶対防御魔法と絶界魔法で倒せるだろう。たとえ何か対策されてたとしても絶界魔法のエリアに居たら燃え尽きる。でも霊体となった魔族にどんな魔法が有効なのか。

 フィリアが何かを待っていると言うなら、何か罠とか策があるのだろう。でも、そこで隙ができるはず。

 考えながら上昇してフィリアのいる所の五十メートル前に来た。

 ビニーリエもフィリアの下の位置に戻って来た。

 

 キャルのフィリアは私の後上方を見た。

 フェイントか?じっと何かを見ている。

 何か来た。背中に存在感を感じる。

 フィリアを警戒しながらそっと振り向く。

 白い線で出来た直径三メートルの魔法陣が浮かんでいた。この形は転移魔法系のやつ。

 魔法陣が光った。その中心に、ひざまづくエリザとその後ろに立つアスカ様が現れた。

 「わ!来てくれたんだ!」

 エリザは少し微笑みながら落ち着いた声で言った。

 「エラ。助けに来たよ。」

 言葉が胸に入って涙が出た。だめだと言ってたのに来てくれた。喉が詰まって何も答えられなかった。

 アスカ「今度は逃げません!」

 エリザは目を閉じ祈り始めた。魔法陣は消えず、二人はその上にいる。

 エリザの前に、あのエナメルの軍服の女性が現れた。その背から白い翼を両側に広げた。

 その女性は右手をキャルに向けた。

 天上からのレーザーのような強い光線が、キャルと魔族三人に当たった。

 四人は肉体と霊体が離れた。肉体は下に落ちてゆく。

 魔族三人の霊体は降り続ける光に巻き込まれるように引き込まれて消え去った。

 しかしフィリアの霊体は見えない。見失った。

 そして落ちるキャルの体に黒い煙のようなものが集まって、それが体に吸収されると目を覚ました。

 キャルは微笑んでまた浮かんで飛び、空中で腕を組んで言った。

 「エルニーダの古式聖魔法か。本当に簡単にやれるのね。でも私には効かない。なんでかな?分かる?」

 「やっぱりまだフィリアなの?」

 エリザが目を開けてフィリアの質問に答えた。

 「あの一瞬で防護魔法を発動した。それにキャンディジョン様を救いたかったから、あなたへの攻撃は弱かった。でも魔王の霊体は神の光を受け付けないから破壊される。フィリアであるあなたの霊体も破壊されたはずよ。」

 キャル「でも破壊されなかった。いや、一旦破壊されたけど再生した。理由はね、私は『魔族の長』で『二代目魔王帝』だから。私を信じる奴らがいる。そのエネルギーが私に来るからダメージが分散される。聖魔法の光が私に当たっても、私の霊体はマーティみたいにバラバラにはならないよ。」

 エリザたちの近くに飛んで行きながらキャルに言う。

 「あんたはたくさんの魔王の霊の憑依を受けていたんじゃないの?」

 「それは千年前にあんたが私の肉体を殺した時に飛び去ったよ。奴らは上級魔族の強い肉体に乗って色々な事がしたかっただけ。私の魔力も上がるから乗せてやってただけ。肉体がなければ霊体としての魔力は私の方が強いから近づけやしないよ。前にキャルに憑いていたような魔王の霊も私には近づけない。まあ、もし来たら吸収魔法で意識を不活性化させて魔力だけ貰うか、物質化魔法で実体化させてあげちゃうけど。」

 急にアスカ様が叫んだ!

 「問答無用!」

 アスカ様は声と共に両手をエックスにしてからキャルに両手を伸ばした。

 その手から出る光線と天空からの光線がキャルに当たった。

 バン!とキャルが光って一瞬その後ろにフィリアが見えた。

 キャルは首を振ってから笑って言った。

 「フフフ。この子って中身は嫉妬の塊なのよね。だから私を剥がすのは大変よ。この子を殺す気でやりな!」

 出来ないと知っていて言う。やな奴だ。でも、確かにマーティの時は肉体もバラバラになった。

 アスカ様が言う。

 「キャンディジョン様の魂が反省しないと無理ですね。エラ様なら出来て?」

 「う〜ん。また意識の中に入って刺激するぐらいなら。反省するかは知らないけど。」

 エリザ「私たちであの人の攻撃を防ぎます。その間に彼女の心に入って!」

 「了解。ん、でもキャルが感じられない。」

 フィリアのキャルは冷ややかな目つきで黙って静止している。

 エリザが魔法陣の横に手を伸ばした。すると誰かの腕が伸びて来て何かを手渡した。

 映像投影されている感じか。遠隔魔法?二人はここには居ないのかもしれない。

 エリザの手に赤い小さなドラゴンがいた。

 キャルのレッドドラゴン。彼はピンと飛んで私の腕に張り付き、肩まで登って来た。

 やっぱり転移魔法でもあるわけか。

 レッドは、ワン!と魔力を発した。

 ドラゴン特有の自然の猛威のような波動が周囲に広がった。

 キャルは言う。

 「バカねえ。ドラゴンマスターのキャルの魔力が上がればそれを使うのは私だよ。あの子は私の意識の中で休眠中。不活性化している。」

 レッドが言う。

 『あいつは僕らが五千年封印されてたからマスターの契約の本質を知らない。僕らの魔力の共有は魂同士の契約なのさ。憑依霊の魔力が増えない。君はキャンディの過去に飛んで連れて来て。』

 「過去?とりあえず意識を飛ばしてみる。」

 

 飛ぶレッドドラゴンの頭に乗っているキャルが見えた。

 下にはエルニーダであの時見た港町が見える。

 キャルは考えている。

 『飛行ボート?あれはエリザだった。私を撃った?』

 この前の続きか。てことはキャルの記憶の世界に入る事に成功した。

 『前回の転生でクリス王子を奪い、あいつを陥れた。学園に居られなくしてやった。なんで会ったばかりのアイツにムカムカした?分からなかった。でも、この記憶が昔のことならば、私はクリスに本気だったんだ。さらにガブリエラを追い詰めたのは、クリスを取られたくなかったからだ。今回だってそうなんだ。でももう、エリザは、まあいい。前回やっつけたし、五千年間もクリスを救うって頑張ったんだから、まあ許す。許せないけど許す。』

 許すんだ。キャルって根っからの悪じゃないのよね。

 『許せないのはエラだ。憎たらしい。ぶち殺したい。やっぱりエラを倒す。』

 なんでよ!もう!見直したのに!

 『横から出て来て王子の幼馴染?魔女のくせに王妃気取りで、「王子が好きじゃ無い」なんて言いながら、今も王子の近くでのうのうと!絶対許さない!破滅させてやる!そのためには、ネクロフィリアの魔力を使って・・・』

 キャルは私への嫉妬と憎しみの炎で悶々としている。

 そうか。これも五千年前の因縁か。王子も罪な奴だな。キャルはそれでこのアクサビオンまで来た。でも何も出来ずに肉体を乗っ取られてしまった。もしくはわざと乗っ取られてポーラ対フィリアの戦いの再現に持ち込んだのかも?

 なんでこんな事に?ははあ、さては洗礼受けてもいつも憑いたり取れたりしている小悪魔がまた来て、きっと嫉妬心を増幅されてしまったのね〜。いくら魔力が強くても同じ考えの奴には憑依すると言うから。

 反省しないキャルらしいわ。うんうん。

 あ、これってエリザたちも見えてるのかなあ。

 ドラゴンの上のキャルが振り向いた。

 キャル「ぬあああああああ!」

 びっくりして現実に戻った。


 向こうに浮いているキャルが叫ぶ!

 「ふざけんな!勝手に人の過去を放映するんじゃない!」

 魔法陣の上のエリザが言う。

 「帰ってきた。」

 キャルは怒鳴る。

 「バカフィリア!離れろおおお!」

 キャルの背中に真っ赤なオーラが出てフィリアの霊が押し出された。

 エリザ「すごい!念力だけで押し出したわ!」

 「そりゃあキャルだもん。自己中だもん。他人に乗っ取られるなんて嫌がるに決まってるよね?」

 キャルはスッと飛んで私の横に来た。

 フィリアの霊は三十メートル前で振り向いた。

 キャルが言う。

 「自己中?バカ!てゆうか魔力が増したのよ。レッドくんが近くに来たからね。おいで。」

 レッドドラゴンはピンと飛んでキャルの髪の中に入った。

 キャル「あんた何しに来たの?」

 「キャルこそ何しれっとこっちに来てんの?フィリアの力で私と勝負すんじゃないの?」

 「まあ、それも選択肢の一つだったけどね。でもフィリアを倒せればあんたより強いって事でしょ?そっちの方がかっこいいじゃん?負けたけど。」

 「ドラゴンも連れずに来たら負けるに決まってんじゃん。」

 エリザ「ねえ、話している場合ではないのではなくて?」

 キャルはエリザをチラッと見てから私に言う。

 「大丈夫。あいつは何かを待ってる。同化していて分かった。」

 「あんたフィリアの母ちゃんなの?」

 「ああ?そっちの記憶も読んだの?まあそうらしいよ。あの子は魔力ばっかり強いけど何にも知らない子なんだよ。本当は仲間が欲しいんだ。」

 「仲間になってあげようとしたの?」

 「いやそこまでは。でも親っていつも子供の味方だから。助けたいと思ってるよ。だから一度負けてもらう。」

 「そっか。」

 「さて。」

 フィリアに向き直った。

 フィリア「だべってんじゃねえよ。」

 フィリア。くっきり見えている。霊体を物質化させて浮かんでいる。

 金髪に青黒い肌。見た目は三十代の女性。真っ黒いドレス。

 その眼は殺気しかない。

 急に周囲から魔法陣が収縮するように私に来て消えた。

 


 急に周りが真っ暗になった。死んだ?漆黒の闇。音は何も聞こえない。

 精神干渉魔法か?いや、違う。これはブラックメテオの中だ。

 やられた。話している間に魔法を発動されていた。

 そりゃそうだ。魔族の長相手に油断して喋ってるやつが悪い。

 でもフィリアは霊体から肉体を物質化させることも出来るし、生きた人間に対して魔法をかけることも出来る。なんて危険な存在なのだろう。

 前回はポーラがこの亜空間に飛ばされて、千年後のパラレル世界の日本に出た。相当迷ったようだ。

 でも今回は対処法が分かっている。さっきの場所か人をイメージしてホワイトホール魔法で出ればいい。

 青黒い顔のフィリアを思い浮かべる。

 リアルに見えて来た。ホワイトホール魔法で向こうに出る。

 

 二十メートル先に玉座。フィリアが座っている。大広間だ。ここはどこ?

 魔王四将が広間の四隅にいる。

 周囲には人間、魔獣族、魔龍族の者たちがひざまづき、座っている。百人はいるだろうか。

 慌てて私もしゃがみ込む。

 最前列の人間が言う。

 「ネクロフィリア様にお目通りでき、恐悦至極にございます。」

 その隣の魔獣族の者が言う。

 「我々は種族を超え、あなたを信じる宗教をつくり、あなたを崇拝しています。」

 そこの魔龍族の者が言う。

 「エルニーダなどは潰してしまいましょう。」

 何なんだここは?時代がズレた?亜空間もあの世の一部だと加藤りのが言っていた。霊界は時間が存在しない。原因結果の順番のみあるという。

 フィリアが言った。

 「ありがとう。じゃあ、食べようか。」

 どよめく百人。

 後ろの出入り口から中魔族がゾロゾロ入って来た。

 まずい!外に瞬間移動しブラックメテオを出して飛び込んだ。

 後ろにビニーリエが一瞬見えたが消えた。危なかった。

 亜空間の闇の中。何も聞こえない。さあどうしよう。

 あそこで浮いている自分に戻るには・・・?

 まだ浮いているだろうか?

 落ちてしまったかも。

 いや、そもそも私の体は無事なのか?

 肉体ごと破壊されたからここに居るのか?

 でも、心配しても仕方ない。

 今度はキャルを思い浮かべてみる。

 キャルが見えた。ホワイトホールを出してキャルの所へ!


 キャルが玉座に座っている。また?

 周りは王宮騎士たちがひざまづいている。慌ててしゃがみ込む。

 前の騎士が言う。

 「大聖女様!先ほどの地震で沿岸地帯の魔力反応が途絶えました!」

 広間に騎士が駆け込んできた。

 「申し上げます!魔法通信で、沿海部が海に沈んだと言っております!」

 騎士たちがざわめいた。

 キャルは手すりに頬杖をついて、そのツリ目を片方だけさらに釣り上げさせて言う。

 「フッ。私に憑いた魔王帝の霊が言ってる『ゲームオーバー』だってさ。アハハハハハハ!」

 横の騎士がつぶやく。

 「くそう・・・北の魔女め。」

 その時、王宮が揺れた。地震だ。

 大理石の壁にヒビが入った。

 揺れ続け、王宮騎士や魔導士たちが恐れおののく中、キャルの笑い声が響き渡っている。

 天井が崩れる。またメテオを出して飛び込んだ。

 え?これって前回の?やっぱり過去だ。

 

 漆黒の闇に戻った。

 だめだ。うまくいかない。完全にあの世界を見失っている。どうしよう。う〜ん。

 困った。・・・こういう時は祈りだ。

 「エルよ。創造主エルよ。我を救いたまえ。我に光を。我を導きたまえ。」

 声は、沈黙の闇に吸い込まれた。

 「エルよ。創造主エルよ。エローヒムよ・・・」

 何も聞こえない。

 ひたすら祈りの言葉を繰り返す。

 「エルよ。エローヒムよ。天使と神の中間のテリットよ。守護霊のポーラよ。」

 何も聞こえない、

 長い。届いていないのか?

 祈りの言葉を繰り返した。誰か来て!

 孤独感が迫って来た。霊界なのに頬に涙が流れる。

 駄目か。これから永久に亜空間と異世界をさまよい続けるのだろうか?

 『また飛ばされて。』

 「ポーラ!!ありがとう!」

 前にポーラ。

 その時、私の後ろ髪を何かが掴み、ぐわっと後ろに引っ張られた。

 

 固く冷たい床が頬を冷やす。

 起きると目の前に玉座に座るフィリアが居た。

 燃える巨大な黒いオーラ。真っ黒いドレス。見た目三十代。金髪に青黒い肌。

 「え?ポーラじゃないの?」

 「あああ。あの声の主がポーラか。お前は霊だね。でも霊子線が後頭部から出てるから死霊ではない。」

 「生きてるのか。ほっとするわ。でもまたここか。」

 「ふふふ。私を見た奴を逃す訳ないじゃないか。ええ?」

 「フィリア・・まだ肉体があるのね?」

 「・・・私を知っている。お前、未来から来たね?ふ〜ん。占いでは黒い魔女のポーラに私は殺されるらしいね。今、ローデシアでは、あいつ一人に魔軍はやられまくっている。でも私はそう簡単にはやられない。」

 「うん。そうなると思うよ。」

 「チッ、気に入らないね。しかし、ちょっとポイントを外せば未来は変えられる。お前もそうして来たのだろう?ガブリエラ・フォン・アクセル!」

 「お見通しか。読心魔術と、その人の過去を見る魔法。でも、そのくらいじゃ動じないからね。」

 「フフフ。よく分かってるね。」

 「どうするフィリア?戦うの?」

 「霊体のくせにハッタリを言うな。」

 「どうかな。霊体でも戦えるかも知んないよ。」

 「ガブリエラよ。お前は私と組んだほうがいい。」

 「へ?」

 「ガブリエラ・アクセル。私の部下になれ。」

 「ならないよ。」

 「お前は今より強くなれる。」

 「はあ?」

 「ポーラの前世を知ってるか?」

 「ポーラが生まれる前は魔女の星に居たんだよ。知ってるよ。」

 「その前がある。昔お前の夫は戦いに敗れて死んだ。お前は強くなろうとしてその星に行った。」

 「ええー?やだあ。男みたい。でも未来のフィリアはそれ言わなかったよ。嘘じゃないの?」

 「フフフ。私の魂は大体忘れっぽいのよ。でも瞑想すれば何でも分かる。」

 「それぐらいならカトリーヌだって分かるでしょ?でもだからって、カトリーヌの部下になりはしない。まして、あんたなんかに従ったからって強くなるとは思えない。それに、いくら強くなったって、あんたみたいに頭がおかしくなったら意味ないね。」

 「フッ。言うねえ。・・・私は魔力量においては人類史上最強だろうと思う。その素質に加えて魔族の魔法は全て極めた。」

 「そりゃすげえや。」

 「フフッ、そして私はさらに魔法を極めるために大黒球魔法の闇の中に入った。」

 「私だって入ったよ。」

 「その奥には知的生物が考える事ができる全ての魔境があった。」

 「マーティがそんな事言ってたらしいね。」

 「それを全て越えた時、私は『深淵』を見た。」

 「へえ。」

 「そこには全てのマイナスエネルギーの根源があった。それは意識を持っていた。それは私には巨大なドクロに見える存在だった。私はその力を得た。」

 「闇の神みたいなもんかな?」

 「そう。光の神と闇の神。世界は全て二つの存在が対になっている。光と闇。善と悪。天と地。生と死。男と女。聖職者は『神は光である』と言う。では闇は?」

 「知らんけど?」

 「闇は光以前に有る存在。闇が先にあった。闇の神とは最古にして最強の神である。」

 「ふうん。なんか違う気もするけど。」

 「闇の神と会った後、私は全ての闇魔法を使えるようになった。意のままに全てを滅ぼし破壊する力。どんな聖魔法も逆の力で相殺出来る力。たとえ破壊されても闇の力でよみがえる。それはお前も見た通りだ。私を滅ぼすことはできない。」

 「私の記憶が読めるのは厄介だね。」

 「お前はこの力を素晴らしいと思わないか?根源的なる闇の魔力。お前もこれを自分のものにしないか?私を信じろ。それは闇の神を信じることと同じ意味になる。お前は闇の神の力を得るだろう。そしてお前は無敵になる。」

 「・・・」

 何だろう。自分が『スン』としているのを感じる。冷めている。何でだろう?

 「フィリアさあ、面白い話なんだろうけど、なんか冷めるわ。なんか違うんじゃないかなあ。そんな気がする。」

 「何が違う?正当な批判を加えてみるがいい。」

 「そんなの分かんないけどさ。直感?」

 「私はこれに絶対の自信を持っている。それは信念となり、魔力を行使する意志力になる。何の信念もなく直感だけの人間は、鍛え磨き込んだ信念に勝つことはできない。」

 「それはどうかねえ。」

 でも困った。向こうは強力な念力で同化を図ってくる。これは困る。う〜ん・・・

 勝手に口が動き出した。

 「フィリア、それは『深淵』を見ただけだ。そこに入って対決しなきゃ駄目さ。甘いね。」

 ポーラ?私に入った?でも私は今霊体だし、どこに居るの?

 「遠くにいるよ。でも私たちは心が繋がっているから横にいるのと同じさ。」


 フィリアが冷静に言った。

 「深淵のなかに入ったさ。そこは『無』だった。全てが停止した何も無い世界だった。その『無』が語りかけて来たのさ。」

 自分の口が答える。

 「甘いね。『無』も『有』も神が作った。創造主は全ての意味あるものを創った。フィリア。『善と悪』とか『光と闇』とか、そういう『相対的なもの』は作られた存在なんだよ。それはたとえ神の如き力を持っていたとしても、神そのものじゃ無い。神はそれを越えた「絶対的存在」なのさ。」

 え?ポーラ?何でそんなこと知ってるの?それは魔法じゃなくて宗教じゃん?

 「クリスとエリザのためだけに三万年も魔女の星に居られると思う?私はね、魔女の星で『魔女の悟り』を追求してたのよ。」

 魔女の悟り!

 「まあそれだけじゃ無いけどね。この前見せたみたいに、前世は修道女もやってたから宗教も少しは知ってる。」

 フィリアが言う。

 「ポーラか?お前は、実質現在、地球最強の闇の神であるこのネクロフィリアに法論で戦いを挑むと言うのか?」

 口が言う。

 「法論なんておこがましい。私は三つの間違いを指摘したいだけさ。」

 「何だと?」

 「一つ目。フィリア、お前は『闇が最古の存在だ』と言った。つまりそれは『光の神』が現れた時、闇になった存在だということか?」

 「そう。闇は光の先にあり。それは闇以外のものであった。それは『光』が現れし時、闇の烙印を押された存在である。」

 「なぜそうなったと思う?それはさらに上位の神がいるということだ。お前の言う『闇の神』はこの宇宙ができる前の宇宙で神をやっていたのではないか?悠久の時を経て、その宇宙が、より上位の神が見て『良しとしないもの』となった時、より上位の神すなわち創造主が新たな宇宙創造を意図し始めた。それが光となり、古きものは『無』とされ『闇』となった。そうではないか?」

 「根拠は?」

 「今は失われし『エルの聖典』の第一章「創世記」に「宇宙は無数に有り」と書いてある。また「宇宙は泡のように作られては消えてゆく」と書いてある。」

 「ふん。元修道女か。根拠の論争は不毛だな。それは最後はお互いの信念の問題となる。」

 ポーラは私の口を通して言う。ポーラも霊なのに私をコントロールしている感じ。ちょっと悔しい。

 「では二つ目。お前は『闇の神は最古にして最強』と言った。」

 「いかにも。この大宇宙を含めて全てのものを破壊できる『破壊の理念』。それが闇の神の本質。『最古にして最強』これは譲らない。」

 「私は『創造主は絶対的存在だ』と言った。『善と悪』とか『光と闇』とかは『相対的存在』だ。それは片方がなければ存在し得ないもの。何かの条件によって存在するもの。条件が変われば消えゆくはかないものだ。対して、『絶対』とは何か。それは『自分のみで存在する』存在だ。それが創造主。それは『在りて在る』存在なのさ。宇宙の始まりに先立ちて在り、宇宙の終わりに遅れて存在する。宇宙を、その理念を『思い』の力で創りし、窮極の存在。それが創造主。魔法の起源はここにある。この絶対神の『思いによる創造力』が魔法の根源さ。」

 「しかし、それは『光の神』の側にある存在だろう?『光強くなれば闇もまた濃し』とも言うぞ。」

 「しかし『光が当たれば闇は消える』とも言う。神はそんなに『はかない存在』ではない。全ての理念を超えて存在し続けるもの。それが真実の神である創造主さ。全ての存在は神に創られて、そのエネルギーの供給を受けて存在している。神々と言われる天上界にある存在も、天使たちも、人間その他の知的生命体も、全ては創造された存在である。また悪霊、悪魔やお前の闇の神もまた、神の思いの中に生きている存在なのさ。だから、神がその存在を願わなくなった時、神がエネルギーの供給をやめた時、それは泡粒のように儚く消えて『無』に還ってゆく、神から見れば弱く小さな存在なのさ。いくら闇の神が「最強」と言っても、それは『被造物』であって、最高神でも最強神でもない。それは創られし神々の一つが、億千万の時を経て、さまよえる邪神となったものさ。」

 「しかし、お前の言う『無』が私の言う闇の神だと思わんか?魔法哲学では『全ての存在には意識があり魔力が宿る』と言うぞ。」

 「真実の『無』は『無』という理念すら存在しない『絶対無』であるはずだ。フィリア、お前が話したものは『有る』だよ。お前が動く空間があり、意志ある言葉があり、それが伝わる時間がある。それは邪神のまやかしだよ。」

 「いいや、パラレル世界として『闇の世界』があるはずだ。地獄世界とはまた別の『裏宇宙』と言われるものだ。そこには明確な『悪の神』が存在する。彼は『虚無』だった。私はそれを観た。『無』が『有』を支えている。マイナスがあってプラスがある。悪があって善がある。宇宙は相対的にできている。全てが相対的にできている。それを超えた存在などあり得ない。」

 「では宇宙の全ての意味あるものはなぜあるのか?人間たちの最高の知性をもってもわからない原理によって宇宙は創られ存在しまた消える。善なる神があり、悪なる神がいる。なぜ存在するのか?神々自身も全てはわかっていないと言う。我々もわからない。これは全ての叡智の根源である超越者がいるということであり、全ての理念を最初に生み出した存在があるということ。違うか?闇の神は『闇』という限定がある以上『根源の神』ではない。」

 「いや、万物の根源が『無』である。」

 「ではその無がなぜ有に転じたか。それこそが神秘であり、超越者の仕事であると思う。無は無であり、有限な存在。神は絶対的存在であり、神という概念すら超えた『究極の絶対神』を限定するものはない。だから無というそれも『被造物』にすぎない。創ったものと創られたものには差がある。創られたものは自分を捨てて『無我』になり、創ったものの意思と一体になる事で、創ったものに限りなく近づくことができる。これが信仰の意味。対して、創られたものがつたない自我を振り回して闇の神を名乗っている。これを信じ一体化することは魂の死を意味する。真実の信仰は創造主を信じることさ。」

 「しかし現実に私は宇宙の全てを破壊することができる。これが現実だ。我は闇の神であり、悪の神、宇宙の半面を支える究極の存在なのだ。」

 「フィリア。お前は闇の神ではない。闇の神の信奉者にすぎない。」

 「いや、ほぼ一体の存在だ。我を滅ぼせる存在はいない。本当に創造主がいるなら、なぜ悪の神を消さない?悪魔を消さない?人を苦しめる悪霊をなぜ消さない?消せないのではないのか?単に闇の神が優っているのではないのか?」

 「そんなことはない。創ったものは消すことができる。」

 「全てを壊せる闇の神が全てを作れる存在ではないのか?お前の言う創造主は闇の神ではないのか?」

 「本当にお前の神は宇宙を作ることができるのか?初めに言葉ありき。神は初めに言葉・すなわち理念を創った。そしてそれを現実化するために『光』を創った。そしてそれが動くために『空間』と『時間』を創った。」

 「それは人間の知識の集積だろう?私の知性は闇の神と直結している。お前のとは違うんだよ!」

 「三つ目。お前はそのような闇の神の力を素晴らしいと言った。」

 「そう。私はこれ以上の究極の力を知らない。」

 「闇の神や悪霊・悪魔を神が作りたかったのかは知らない。でもそれは『光』や『善』といった『良きもの』を教えるために創られたものだ。」

 「それは逆説的な見方ではないのか?」

 「いや、私が三万年も魔女の星から帰らなかったのは、これを見極めるためだった。地獄にも裏宇宙にも底がある。その下には、闇をも支える創造主の意思があった。神は光から闇に堕した者達が、再び光に還るのを忍耐強く待っている。」

 「何のために?」

 「神が、自ら生み出した神の子である人間達を愛しているからだよ。」

 「愛だと?また飛躍したな?この世界は苦しみの世界だ。『苦しめる』の間違いではないのか?」

 「この宇宙は、神の子である人間達が、神を目指すための修行の場なのさ。修行には苦しいことも嬉しいこともある。この大宇宙は、神が自らの小さな分身たちに唯一無二の個性を与え、修行させ、自らと同じ知性と能力を与えるための教育の場。それに霊界では魂たちは自由だ。思った通りになる。しかしそれだけに新しい進歩が少ない世界だ。だから地上で不自由を味わう。この地上世界は魂たちのバーチャル世界なのさ。これはゲームだ。神の作ったゲーム世界なのさ。」

 「ふっ。それはしかしずいぶん難しくてつまらないゲームだな。」

 「しかし、リターンは大きいよ。」

 「それにずいぶん不完全な世界だ。」

 「魂は神の分身であり、幼子なのさ。そんな大人が見て完璧な環境を与えても理解も適応もできない。単純な善悪から喜びと苦しみを学ばせて、神はそうして一歩一歩進歩する魂たちを愛でておられるのさ。」

 フィリアは冷めた目をし始めた。

 私の口がポーラの言葉を伝える。

 「全ての魂や意識は神の被造物であるとともに神の『分身』。彼ら、いや我らには『絶対神であり創造主』である神の『一部』が入っている。視覚的に言うなら『神のかけら』『神の種』が入っている。ゆえに修行し、億千の試練を越えれば新たな神になることが可能なのだ。創造主は魂に永遠の生命を与え、地獄に堕ちても原則消さず、悠久の時を修行させ、新たな神に育て上げる。新たな神がまた新たな宇宙を創造する。創造主はそれを観て、愛し楽しんでおられる。」

 「ふうん。」

 「偉大なる創造主が、地水火風を通じて、その他あらゆる存在を通じて、その意思を魂たちに語りかけてくる。また、霊界は全ての魂同士の心が通じている『自他一体』の世界でもある。唯一無二の個性ある魂たちが思いにおいて霊的に互いに繋がっている。全てのものが互いに別個でなく一体である。だから、自分を愛するように、他人をも愛することが出来るのではないか?そのような愛し合うことができる世界を創った事が、根源の愛であり根源の慈悲ではないのか?このように絶対神に愛されているからこそ、我々は他者を愛する事ができるのではないのか?」

 「知らん。」

 「創造主を愛し、信じ、理解するほど、魂は自由になれる。反面教師の悪霊・悪魔の、精神を蝕む影響力からはもちろん、良きものとされている神々の、創造主でないゆえのわずかな間違いからも自由になる。そのような究極の自由を、古代の『天使人類』たちは満喫していたのさ。」

 フィリアは冷めた目のまま言った。

 「そんなことを言って理解できる奴が居るのか?お前もしょせん「さまよえる魔女」として生きるしかない哀れな存在さ。魔女は聖女じゃない。闇の神に近い存在だ。」

 「ふっ。確かに闇の神は強かった。」

 「そうだろう?こっちの人間になれ!」

 「絶対神に闇の神として存在を猶予されて赦されて居るだけあって強かった。どんな魔法も通じなかった。」

 「そうだ!」

 「私を取り込み、光の神と闇の神と選択を迫った。」

 「うん!ん?」

 「私は被造物である両極端の神々を選ばず、それらを越えた創造主である絶対神を信じることを選んだ。その時、彼はその手を離し道を開けた。」

 「チッ、なんだよ。」

 「彼は『自分は究極の存在ではない』『自分を根本的に絶対的に消す事ができる存在がいる。しかし消さないでいる。』と言って闇に消えた。」

 フィリアはまた冷めた目で見た。

 「やがて光の神が来た。私は始め心を開かなかったが、彼は言った。『我は神の意志。我は究極の神の創造の想い。我と究極の神は一体の存在である。』と。」

 フィリアは、ため息をついた。私の口は言う。

 「彼は言う。『神が『光よ。あれ。』と言った時、出来たのが我である。両者は一体にして別。個にして全。しかして『有』でもなく『無』でもない『空』(くう)なるもの』と。」

 フィリアはまたため息をついた。私の口は言う。

 「神は何を思って「光よ、あれ」と願ったか。『あって欲しいもの』とは何か?それは『愛すべきもの』ではないのか?他者を愛することには、自己愛にはない喜びがある。神はそれを表現するために宇宙を作ったのではないのか?絶対神は『愛の喜び』を表現するために宇宙を作った。すなわち、『幸福』を表現するために。だからフィリアよ。引き返せ。光の行先には、その終着地には、窮極の幸福がある。」

 フィリアはそれ以上の言葉を遮った。

 「もういい。」

 スーッとフィリアは遠ざかり、周囲が闇に変わった。


 漆黒の闇。漆黒の静寂。

 ああ、わかった。ポーラは『絶対神の人』なんだ。だからそれで私は聖魔法も闇魔法も両方使えちゃうんだ。

 沈黙と漆黒の闇の中で光の点が見えた。

 それがだんだん大きくなり、男性に変わった。

 「アルノー?」

 「またすごい所に引っ張り込まれたよね。ここはパラレル世界でも最深部の『裏宇宙』って所だよ。」

 「んん?私には同じ闇にしか見えてないけど。」

 「ここは表宇宙には居てはいけない存在が多数生息している危険地帯さ。」

 「封印されてるんじゃないの?」

 「裏宇宙エリアから出られる奴と出られない奴が居る。」

 「私がここで観たのは過去の世界だったわ。」

 「フィリアが天下をとった世界は裏宇宙と同通した世界になってしまうのさ。ポーラは裏宇宙と地球を切り離す役割をした。でもそれはわずか千年前の話だ。」

 「アルノー?なんでこの世界に居るの?吸い込まれた?」

 「いや、移動魔法は得意なのさ。だから手伝い。」

 「手伝い?」

 「まあ、いいから来てくれ。」

 アルノーは私の手を握ろうとしたがお互い霊なので通り抜けた。

 「バカもん。そっちも念力で掴もうとしろよ。」

 「フッ。バカもんて。」

 アルノーの手を握った。暖かい。

 闇の中をひたすら移動した。幾つもの膜を突き破った気がした。

 ポーラが正面に見えた。

 アルノーが言う。

 「僕はここまでだ。」

 「ありがとう。」

 「礼には及ばない。これも罪滅ぼしさ。僕は生前、良いことも悪いこともたくさんしたからね。」

 「そうなんだ。」

 「帰ったらエリザたちを助けてあげてくれ。」

 「ええ?どういうこと?」

 アルノーは答えずに光の穴に消えた。

 ポーラが言う。

 「エラ。カトリーヌをイメージしてごらん。」

 「カトリーヌ?」

 顔を思い出した。目と口の大きい二十歳ぐらいの美人。その巻いた黒髪。

 正面にホワイトホールを出して、そこに飛び込んだ。


 青空が見えた。空中で脱力していた。体は反っていて背中が痛い。

 姿勢を戻す。肩に担がれていた。担いでいたのは小柄な女。黒い巻き毛のカトリーヌ。

 「カトリーヌ?よかった。やっと来てくれた。待ってたのよ。」

 「それフィリアにも言われた。起きたんなら自分で飛びな。」

 「はあい。」

 カトリーヌから離れて空に浮遊した。

 カトリーヌは反対側の右脇にキャルを抱えて浮かんでいる。高度二百メートル。

 後ろのやや上に白い魔法陣。その上でエリザとアスカ様が倒れている。

 正面三十メートル先にフィリアが居る。

 「でも、よかった。戻ってこれたみたいだわ。」

 フィリアの声が聞こえる。

 「あ〜あ。起きちゃった。迷子魔法と昔の私の力で戻れなくして、その間に残った体を切り刻んでやろうと思ったのに。ガブリエラ?昔の私には会えた?」

 「会ったよ。邪教に入れられそうになった。」

 「あははははははっ!でも今は闇の神は信じてないのよ。自分が神だと思ってるわ。」

 「それだいたい悪役が言うやつ。でもそれ、昔より強いと言いたいの?」

 「さあ?でも過去の私と話したんなら、私とあんたは『違う分岐』の世界線にいると思わない?」

 「んんん?」

 カト「フィリア!混乱させること言うな!」

 「ポーラが過去の私の前に現れなかったのは、私を殺した未来を変えないため。」

 フィリアが何か言っている間にカトリーヌは、左手でホワイトホールを出した。

 赤い火の玉がそこから出てきてキャルの体に入った。

 キャルは顔を振るって跳ね起きた。カトリーヌはその体を放した。

 浮かぶキャルの髪の中から、赤い小さいドラゴンが顔を出し、キャルを確認した。

 自分の右ポケットを見ると、ブルーが顔を出し、その青い目でウインクした。

 フィリアが言う。

 「ママだった人?さっき『私を助けるために倒す』とか言ってた?」

 キャルはフィリアを見た。フィリアは言う。

 「分かった風なこと言わないでね。キャンディジョン。あんたはママじゃない。保護者ぶるなよ。」

 キャルは笑った。

 「フフ。そうだね。余計だった。とにかくあんたをぶっ倒したいだけだよ。」

 フィリア「倒せるつもりなんだ。へえ。」

 黒い魔力の柱のようなフィリア。百万レベルを超える魔力の私たちでも勝てるか分からない。

 でもなら聖魔法の力を借りれば、私たちの知らない力で勝てるかもしれない。

 「エリザ!アスカ様!起きて!」

 二人は倒れたままだった。

 「あれ?」

 フィリアが嗤う。

 「あはははははは!そいつら死んでるよ!」

 「ええっ!」

 エリザもアスカ様も完全に脱力して倒れている。

 フィリア「ガブリエラ。お前がいない間に私の魔法を散々受けたんだから命があるわけないだろ?」

 「でもまだ魔法陣が出てるから魔力があるはず」

 カトリーヌ「あれは王都の中央教会の床に描かれたものだ。二人の魔力には関係ない。私がきた時には、もう二人は倒れてたよ。あれを通ってここに来た。」

 アスカ様も倒れて動かない。

 「・・・ごめんなさいエリザ。せっかく来てくれたのに。アスカ様、巻き込んでごめん。」

 フィリアは言う。

 「私はね、見た魔法は大体使えるようになる。白いドラゴンの即死魔法も使えるようになったよ。マスターが死んだから奴も死んだんじゃないかな?ま、ドラゴンは死んでも蘇るけどね。」

 カトリーヌ「殺意が跳ね返る魔法じゃないの?」

 「それは発動条件を別に設定しただけよね。あの魔法は人間と霊を繋ぐ『霊子線』に強い魔力を流して切ってしまう魔法。人体の方は神経がイカれてしまうから、たとえ魂が戻ってきても、まともに話もできないよ。」

 「フィリアアアア!よくも!」

 カトリーヌが言った。

 「落ち着きな。時間魔法なら絶対治る。時間を戻すやつ。できるでしょ?」

 「でも、でも自分のケガぐらいならできるけど、他の人のなんて何回かしか・・・」

 「傷の部分の時間が戻せるなら、あの二人の時間を戻せるはず。」

 「でも!そんなのイメージできないよ!」

 「時間をイメージしよう。糸口は・・・戦闘系の時間魔法は中魔法だ。精神に作用して認識速度を限りなく速くする。やがてそれが時間そのものに干渉し、そのエリアの時間の流れを遅くする。時間を遅く遅くして、やがて止まる。そして逆回しさせる。」

 「分かんないよ!いつも感覚でやってるんだから!」

 「それでいいの。じゃあ今度は重力を操作する。強い重力の中では時間がゆっくり進む。ブラックメテオが作れるなら分かるよね?重力で引っ張って時間を逆行させる。」

 「う〜ん、だめだ!イメージできない!」

 「じゃあ、時間は透明な管とイメージするの。そのチューブの中を歴史の色々な出来事が流れている。そんな巨大なものでなくていい。エリザとアスカの歴史をイメージするのよ。」

 「分かんないよ!二人の人生なんて知らないよ!」

 「人間が思う事が出来ることは全て実現可能なことなのよ。」

 「分かんない!どうせ私バカだから!出来ないよ!」

 涙がほとばしった。

 フィリアは嗤う。

 「あはははは!悔しいねえ!カトリーヌがやりな!でも、させないけどね!」

 フィリアは手から真っ黒いものをグニュウと伸ばした。

 黒い剣だ。長さ二十五メートルぐらい。剣に空気が吸い込まれていく。

 フィリア「奥義・闇魔法剣。」

 フィリアが剣を振るう。剣速が半端ない。しかも剣が伸び、鞭のように曲がって剣筋が読めない。

 カトリーヌは私を見たまま両手で前にホワイトホールを二つ出した。それがすごい速さで動き、黒い大剣を受け止め受け流す。そのたびに閃光が私たちや雲を照らし、ガアン!と教会の鐘のような音が響き渡る。

 白く光る球に触れた黒い大剣は虫食いのようになるがすぐに修復する。

 カトリーヌ「私とフィリアは互角。本来同じ魂。負けはしないけど、勝てもしない。別の人がやる必要がある。だからエラ、お願い。」

 フィリア「何言ってんの!あんたは私に全敗じゃない!五千年磨き上げ完成した魔族の魔法から見たらあんたの魔法なんて未完成なものばっかりよ!」

 カトリーヌ「でも、一段上の『理念の眼』で見たら、こんなのは攻撃の想念でしか無い。私なら、防ぐだけなら魔力も使っていない。エラ、違う視点で視るのよ。」

 異常なハイレベルの戦い。

 私にはあの大剣を自在にコントロールすることも、見切って避けることも、何かの魔法で受け止めることもできない。ホワイトホールを出せたってあれを自在に動かすことも出来はしない。

 なのにカトリーヌは、あれを見もしないで完璧に受け流しながら、私を見て応答を待っている。

 私はこの二人には絶対に勝てない。

 カトリーヌ「私はマイナスにプラスを当てているだけ。エラ!思いを飛躍させるの!エラなら出来る!一段上から視るの!エラが魔力を使役するのではない!エラが時空に干渉するのでもない!エラが魔力なの!エラが時空そのものなの!エラに天の光が降りるのではない!エラが天の光なの!自己意識を魔力そのものに!天の光そのものに!」

 やろうとしたが脱力した。

 「カトリーヌ・・・無理だよ。分かんねえよう・・・」

 無力。情けなくて涙が出た。

 その時、キャルの耳をつんざく甲高い叫びが私を貫いた。

 「バカヤロー!!!泣いてる場合か!」

 「・・ううう、キャルのバカあ。」

 「洗礼受けたんだろ!できない時は、こういう時は祈りだ!祈りは魔法と違うって言ったのお前だろ!」

 あ、そうだ。神様ならなんでも出来る。

 目を閉じ両手を合わせて深呼吸した。

 フィリアの大剣をカトリーヌの白球が弾く音が遠のいて行く。

 心が静寂になった。

 「神よ。エルよ。エローヒムよ。エローヒムよ。全ての世界の一つなる創造主よ。」

 集中する。心に神をイメージする。

 「お願いです。一生に一度のお願いです。エリザとアスカを助けてください。彼女たちの時間を戻し、その生命をお救いください。」

 祈り、目を閉じたまま上を向いた。なんとなく。

 自分の頭から天に細い光が放たれたように感じた。

 天の一角がキラッと光った。

 『すぐに気づかないのがまだまだだねえ。』

 目を開けるとテリットさんがいた。

 空全体がウワッと金色に変わり、数えきれないほどの天使たちが降りてきた。

 テリットさんが天上界からの太い光の柱に変わった。

 そしてそれは滝のようにエリザたちに降り注いだ。

 魔法陣の上が太陽のように光り周囲も光に変わった。全てが白く見えなくなった。

 

 ふと気づいた。

 空中に浮いている。

 横にはキャル。少し前にカトリーヌ。後ろを見た。

 魔法陣の上にエリザとアスカ様が立っている。

 「やった!やった!やったわ!エリザー!アスカ様ー!」

 二人は私を見て微笑んだ。

 私は笑いたいのに泣いてしまった。

 エリザが言う。

 「エラ様。ありがとう。神様に感謝を。」

 「そうだ!神様ありがとう!」

 キャルやカトリーヌも笑った。

 三十メートル前にフィリアがいる。

 周囲は数えきれない数の天使たちが取り囲んでいる。

 フィリアは右手をグルグル回してから上に突き上げた。

 魔法陣が拡がって天使たちが消えた。

 「えっ?」


 六人とフィリアが空中に浮いている。下は爆発後のクレーターが海になっている。

 カトリーヌ「異世界転移魔法だわ。」

 エリザ「私たちだけを異世界に引っ張り込んだ?」

 フィリアはニヤッと笑って言う。

 「そうよ。二人が生き返ったから世界が分岐した。エラが祈った時が分岐点。そこの寸前の私たちと入れ替えた。今向こうの世界の天使たちの前には死んだ二人と泣いてるエラとかがいる。パラレルな私は、亜空間に逃した。天使たちがあんなに居たらさすがに敵わないからね。」

 エリザ「そっちの世界では勝利したということね。」

 フィリア「勝利かねえ。聖女二人が死に、聖魔法が使える魔女のエラは深く傷つき、私がいないから祈る必要がなくなった。敗北感を残したままで、たぶん再起不能だ。カトリーヌはまたしても私を取り逃がした。少し時間を置いた地点にパラレルの私を戻せばあの世界は私のものだ。あの並行世界の地球は闇宇宙の一部になるよ。」

 エリザ「大丈夫。祈れば天使たちがくる。」

 フィリア「その時はまたやればいい。」

 みんな沈黙した。

 いつ魔法かけた?発動条件は?わけがわからん・・・

 カトリーヌ「これは厄介だね。魔力で磁場を作って私たちを影響下に置いている。」

 フィリア「そうよ。私を殺すしかないよ。」

 みんな沈黙した。

 ちくしょう。負けないぞ。

 「フィリア。あんたを倒す。それでこの大陸と地球は平和になる。」

 フィリアは嗤う。

 「あはははははは!おめでたい子ね。そう簡単じゃないのよ。世界ってものはね。」

 「は?」

 フィリアは叫ぶ。

 「皆の者!魔族存亡の危機ぞ!立ち上がれ!」

 黒い魔法陣がギャンと周囲に広がり、その声が空間に響き渡った。

 フィリアの下にビニーリエが現れた。魔王としては破壊されたはずなのに。復活させた?

 フィリアの両サイドにまた二人の魔王将軍が現れた。これも元通りになっている。

 翼の魔族たちが空中に次々と現れた。やや下には体の大きな魔王たちが浮いている。

 カトリーヌ「魔族の霊たちね。魔王四将の三人まで・・・」

 フィリア「さっきいいものを見たからね。時間魔法による蘇生。」

 「あれは聖魔法のはず。」

 フィリア「私なら同じことを闇魔法で実現できないか考える。時間魔法は闇魔法に分類される場合がある。その理由はこれだね。魔王四将がいくら破壊されても魂の中核の光の球が残る。それを時間逆行させれば、蘇生は可能だ。ベンザニールなんかはもう時間が経ちすぎたから戻しきれなくてダメだった。それこそ聖魔法でないと出来そうにない。」

 中魔族と魔王達が空中に次々現れ続けている。

 「何でこんなことが出来る?」

 「私も戦いの中で進化しているのさ。さらに彼らには魔王帝ネクロフィリアである我が有り余る魔力を注入した。魔王四将だけでなく他の魔族の霊たちにも魔力を注入したから強化される。ダメージを受けた霊たちも復活した。さらに魔王帝の私を信じる者たちの全ての魔力が私に集中する。そしてその魔力はまた私を信じる者たちに伝染する。」

 現れるのが止まった。

 東京ドームを一杯にするぐらいの人数。五万か六万は居る。

 フィリアたちの下に浮かぶのは、私の推定七千レベルの防護魔法が通じない中級魔族たち。霊だけど多分物質化も霊化も自由自在だろう。

 その下は一騎当千の『魔王』。あの巨体が空を飛ぶっていうの?どうやって戦おう?

 フィリア「全部じゃないけど、五割は来てくれたかな。・・・ガブリエラ。我々を葬り去れば、このローランドが平和になるって?ウフッ、笑わせる。これは五千年続く戦争だよ!ローデシアとアクサビオンのね。私が上手く両方を繋げて同化を図って手打ちにしようとしてたんじゃないか。魔王の霊たちをローデシアの魔導士に派遣してまで。」

 カトリーヌ「それは随分と自分を美化した言い方だね。ローデシアを飲み込もうとしてたんじゃないの?」

 「総力戦か。」

 フィリア「逃げ出した魔族の霊たちも、もしお前たちが魔族そのものを滅ぼすというなら、たとえ霊的生命を失っても戦うと決意しているよ。」

 あの私を噛んだ、目のところに縦の傷がある女の魔族も居る。目が合った。

 フィリアがエリザたちの魔法陣を見て、大声で言う。

 「クリスワード!出てきな!最後のローデシア王族!」

 沈黙した。

 カトリーヌ「もういいよ!クリス!魔法陣に入ってきな!」

 浮かぶ魔法陣。エリザとアスカ様の後ろにクリスが踏み込んで入ってきた。

 その瞬間、甲冑の騎士たちの霊がザザーッと周囲に広がった。

 その数は魔族の倍はいる。十数万人。

 クリスが言う。

 「これはアクサビオンと戦ってきた歴代の騎士たちと魔導士たち。最近死んだ父王様も居るよ。」

 霊たちの顔は黒くて見えない。これは不成仏の悪霊と言っていい。それにすごい魔力を発している霊も半分以上。もはやそれは悪魔と言っていいレベルの魔力を感じる。普通の人間なら祟られたらすぐ死ぬレベル。

 物質化魔法ぐらい使えるぞ、という意気込みが伝わってくる。

 カトリーヌ「ややこしくなるから魔法陣に入るなと、言っておいたんだ。」

 「どうなってるの?」

 クリス「洗礼を受けた後、これが分かるようになった。彼らが王位に着いた者を『指導』したり、あるいは騎士や魔導士に憑依したりしていた。ローデシアの負の遺産だ。ローデシア王家は彼らを背負っているのさ。」

 カトリーヌ「あいつらアクサビオンを滅ぼすことしか考えていない。もう滅び去った今も。」

 クリス「前は父王に強く影響していたが、今や王族は私一人。彼らが『毎日ローデシア王国を再興せよ』『魔族やその霊と戦え』と言ってくる。」

 「それで王位に就こうとしないのね?」

 王の霊が言う。

 『見ろ!このように魔族はまだ復活することができる。彼らを完全に粉砕してしまわねばならぬ!我らはローデシア王国と共にある!全てはローデシア王国のために行ってきた事であるのだ!我らはローデシア王国のためならば霊的生命を賭して戦う!』

 キャル「自己弁護と正当化が入ってるね。でも一応今は味方か。」

 フィリアが言う。

 「戦おう。霊的な永遠の戦争の始まりだ。霊的戦いは生きた人間たちにも波及伝染する。このローランド大陸は戦乱に飲まれるのさ。」

 「ヤバいね。カトリーヌ、これ収拾できるの?」

 カト「さあ?でも両者のエネルギーが打ち消し合うんじゃないの?」

 「ないのじゃないだろ。大戦争だろ?どうすんだ!」

 エリザ「戦争なんてさせないわ。」

 視るとエリザの背に大きな白い翼が見える。あの『イル』がオーバーラップしている。

 エリザは白い炎のような大きなオーラを放ち、その翼を横いっぱいに広げて、語り始めた。

 「ローデシアの者たちよ聞け!お前たちは本来エルニーダを護るために集まった。それがローデシアの使命であり、大師モーリーンによるローデシア建国の目的だった。それを忘れ!ある者は戦いに没頭し!魔族を虐げ!自らの心が悪魔と同じものになった。またある者は!魔族と組んで欲望を満たし、それがローデシアを滅ぼす道となった!」

 言葉と共に光が波紋のように拡がって騎士たちの重く黒い想念を祓って行くのが視える。

 「ローデシア魔導騎士団よ!悔い改めよ!その使命を果たせ!」

 カッとエリザが光った。

 それは騎士団の霊たちに伝染し、一人一人が抜けるように消えて行く。

 アスカが魔法陣から浮かび上がった。

 その姿は天からの光を帯びてビカビカに光っている。その髪は黄金になり静かにゆっくりと舞っている。

 「魔族と呼ばれる者たちよ。聞け。お前たちは知っているはずだ。お前たちは神を守るために創られたという事を。お前たちは強き者として、魔物を統率する役割を与えられた。加えてお前たちは神に魔法を許された民である。しかし、お前たちは、その追求のために、自他の命を犠牲にするようになった。他の命を食べることで魔力を得ると信じている。」

 私もビリビリとすごいパワーを感じる。アスカ様の、その言葉は魔力を帯び、遠くに居ても聞こえて胸に入ってくる。クリスの告白のように、心に入って胸で熱に変わる。

 アスカ「しかしながら、それは間違った信仰である!それを伝えるために神々の世界の最上段階から来たったアーケー神をお前たちの先祖は殺した。その暴挙により、お前たちは悪魔に憑依される民族となり忌み嫌われたのである。しかし大師モーリーンはお前たちを許し、『大魔法』を見せ希望と生きる目的を与えたのである。」

 言葉の強弱のたびに光の波紋が魔族たちを通り過ぎ、魔族たちが光を帯びてくる。

 アスカ「お前たちは使命に戻りなさい。尊きものを守り、魔物たちを教育する時、お前たちは最大の魔力を発揮できる。」

 天上から光が下った。

 アスカは光って黄金の彫刻像のよう。後頭部には観音像のように一メートルぐらいの円形の『後光』が出た。

 アスカの言葉が響く。

 『神はお前たちを愛している。騎士たちも聞け。神はお前たちを愛している。』

 百万の天使たちが現れた。

 彼らは剣を抜き一斉にアスカたちに向けた。

 エリザとアスカが太陽のように光った。

 光は魔族たちに伝染し、一人一人が光って消えていった。

 魔王三将すらも。フィリアすらも消え去った。

 「すげ、すごい!この数の霊たちを浄化したわ!」

 カトリーヌ「聖女二人の渾身の聖魔法だわ!」

 霊たちは消え去った。周囲は静寂が広がった。

 エリザが倒れる。クリスがすぐ支えた。

 アスカ様だけが観音像のように光って神のエネルギーを供給する。

 「すげえ・・・」

 アスカの声がした。

 「この浄化は一時的なもの。あとは彼ら一人一人の自己反省にかかっている。」


 その時、空中に黒いモヤが集まって渦巻いてフィリアになった。

 フィリアが叫ぶ!

 「私は許さないィィィ!!!」

 黒いオーラがフィリアの上下に噴き出し柱のようになった。

 天使達はまた居なくなった。

 周囲が真っ暗になり、フィリアのオーラが大きな渦を巻いている。

 「また異世界転移?」

 フィリアが言う。

 「お前たちは魔族を差別し、殺してきた。私はそれを見てきた。」

 「それは人間とかを食べるからじゃん。」

 「黙れガブリエラ!エリザベートもアスカ・エルニーダも黙れ!」

 アスカ様が『まだ何も言ってない』と思っている。

 キャルが言う。

 「あんたにはあまり『魔法史』を教えなかったよね。昔の魔族はモーリーンの大魔法を目指していたのよ。それが信仰になっていたかは知らないけどね。」

 フィリア「黙れ!」

 みんな沈黙した。別に魔法にかけられたわけではない。

 フィリア「もう一度言う。カトリーヌ。あんたは私に何回も負けてるはずだよね?」

 カト「うん。」

 「こいつらも所詮人間だから、霊体の私には勝てないよ。」

 「うん。」

 「今までは、ポーラの生まれ変わりがどこまでやれるか見ていただけ。私の黒い剣ぐらいなら出せそうな感じだね。あんたが出てきたから手合わせ出来なかった。」

 「うん。」

 「カトリーヌ、あんたの言う『理念の眼』で見たら、あんたたちはすでに私の魔法理念界の中にいる。私の魔力とイメージの力で、あんたたちを無力な別の生き物に変えることもできる。」

 「うん。」

 「空間圧縮魔法でも使えば一秒で殺せる。私は霊だから潰れない。それとも、この空間で永遠に戦い続ける?」

 「うん。」

 「また神や天使を呼ぶ?来る前にまたどこかの世界に飛ばせばいい。」

 「うん。」

 「チッ・・・ここは私の意識の中。すでに私の思いの中よ。あんた達は私の影響下にある。私の思いでどうにでもできる。あんた達の生殺与奪は私のものよ。カトリーヌ、たとえあんたが私の全ての魔法を打ち消すとしても、その間に他の四人は一秒で死ぬ。時間を戻しても同じ事。それとも永遠のループを繰り返してみる?」

 カトリーヌは言う。

 「うん。」

 フィリアはキレた。

 「うんじゃねえ!わかってんのか!お前らの負けだって言ってんだよ!!」

 大声で気を失っていたエリザが目を覚ました。座ったクリスが抱き抱えている。エリザは顔を赤くして起き、魔法陣の上に座った。こんな時に。

 でも困ったな。時間停止魔法でもしてみようか。

 カトリーヌはフィリアを見たまま私に手のひらを向けた。「待て」って言うのか。

 キャルが言う。

 「私は待てないね。」

 キャルは右手からシュッと剣を出した。見覚えがある。

 エルニソン領の州都の武具屋で見た『ミスリルの剣』だ。

 キャル「ドラゴンが居なくても勝算はあったのよ!」

 キャルがそれで斬りかかる!

 剣は黒い炎を帯び、フィリアを通り抜けた。

 キャル「え?」

 フィリアはキャルを右フックで殴った。

 パァン!と大きい音がしてキャルは捻り回転して落ちていった。

 フィリア「こっちは話の途中だろが。無礼な奴だな。黒魔法ならこっちの魔力の方が上だ。私にはそんなの普通の剣と同じさ。それで斬ろうったって一瞬霊化すれば避けられる。」

 やがてキャルは剣を持って浮かんで戻ってきた。両肩を下げて疲弊している。

 「キャル。それってミスリルの剣?」

 「ただのミスリルの剣じゃない。これが人魔戦争で五十五人の中級魔族と最後の魔王将軍を斬った伝説の『聖魔法剣』だよ。」

 あの前回でエリザがファル王子を葬り去ったやつか。あの並行世界ではベンザニールという魔王将軍は完全消滅しているというわけだ。

 「でも禍キャルー、その剣、禍々しいオーラが出てるけど?」

 「この剣を恐れた魔族の呪いがかかっている。いまや魔剣・・・魔剣で悪魔は斬れない。くっそ!秘密兵器だったのに!」

 フィリア「はっはっは!マーティが作った二十本のどれかだろうよ。あれは魂の中核が残るって言っただろ?同じだ。たとえ呪いがかかってなくても、それで斬られたって私は復活する。」

 カトリーヌ「いや、その二十本のうちのひとつがエルニーダに持ち込まれ、本当に神の契約と許可を得て、悪魔の魂を消す奇跡の力を宿した剣があるはず。普通は悪魔の魂といえども、神がつくった光子体の部分があるから完全に消し去ることはできない。しかし、もし本物ならあらゆる魔法を打ち消し、悪魔の魂を完全消滅させることができる。」

 「キャル!それ貸して!エリザ!アスカ様!この剣浄化して!」

 キャルから投げ渡された剣を構えた。

 禍々しい黒いオーラが出続けている。

 「強力な聖魔法で魔族の呪いを打ち破れば使えるはず!」

 また祈った。

 「神よ。エルよ。エローヒムよ。」

 自分の心のあたりから白い光が出て全身を覆ったが、剣の黒い炎に吸収される。

 「聖魔法が足りない!」

 エリザとアスカ様は同時にひざまづいて祈った。

 「神よ!我らの剣に悪魔を滅ぼす力を与えたまえ!」

 真上から私にピカッと光が差した。

 剣が真っ白に輝いた。

 私は剣を振りかぶって飛んだ。

 「行け!聖魔法剣!」

 フィリアは黒い大剣を手から出した。私にまっすぐ向けてきた。黒い剣が伸びてくる

 恐れない!全魔力を剣に注入する!

 腹に、臍下丹田に力を入れて、軸をぶらさず、剣を前に正眼に構えたまま突っ込んだ!

 黒い剣は両側にシャーッと裂けて行く。そのままフィリアに突っ込み、剣をその胸の真ん中に突き通した。

 剣を放してフィリアの上で宙返りしてから離れた。

 フィリアの胸の剣が刺さったところがが白く光り、それが全身に広がって行く。

 やがてフィリアの全身が白くなった。

 「消える!フィリアは消える!」

 フィリアは自分に刺さった剣の刃の部分を両手で掴んで何か聞き取れない呪文を唱え始めた。

 白く光るフィリアは、白いまま、なかなか消えない。

 やがて周囲から黒いモヤが集まってフィリアの光は消えた。

 フィリアは素手で剣の刃を持ってそれを引き抜いた。

 その傷は即座に治り、剣はボロボロに錆びて空中でバラバラになって落ちていった。

 フィリア「ああ、この剣は知ってる。確かにゲイリーを斬った剣だ。この剣の欠点は消えるまでに少し時間がかかることだね。ゲイリーも消える寸前になってたけど、私が行って魔力を供給してやったら霊体が消えることは阻止できたよ。肉体は燃えて消えちゃったけどね。」

 キャル「その剣の持ち主は魔族の呪いで死んだ。あんたか?」

 フィリア「うん。呪いじゃなくて私が締め殺したよ。マックス・スミソミリアンと言ったかな?」

 「スミソ・・・エリザ?それって?」

 エリザ「私のお祖父さんよ。私の家系はそういう悪魔と戦うような家系なの。おじいさんが死んで戦争のためにした借金が返せなくなってスミソミリアン家は没落しそうになったけど、お父様がその『勝利の剣』を売却して資金を作って公爵の位を受け継ぐことができたの。」

 「でもそんな伝説の剣でも勝てないのか。強えな。」

 カト「あいつは剣では死なないよ。」

 エリザ「エラ。強いとかそういう問題じゃないの。やれるならおじいさんがやったはず。」

 「ノーダメージか。どうすんだ。」

 

 夕方のように暗い空間に浮かぶ私たち六人とフィリア。周囲は黒いモヤが渦を巻いて流れている。

 フィリアは言う。

 「でも少しはダメージがあったかもね。今までの戦いで私の魂はニ度崩壊して消え去った。でも呼び戻されて再構成された。今のやつでもほぼ消えかかってた。でも生かされた。なんでだと思う?」

 呼び戻された?魔王帝を信じる魔族とかの霊に?でもここに来ていたようなフィリアの配下の魔族は一旦浄化されてどこかに消え去ったはず・・・あとは誰が?

 フィリアは私の心を読んだ。

 「だよねエラ。誰かな?」

 「闇の神・・とか?」

 今もまだほのかに金色に光るアスカ様が言う。

 「違いますエラ様。答えは信者ですわ。」

 「え・・ネクロフィリアの?」

 フィ「そう。さっきも言ったよね?魔族だけじゃない。魔王帝ネクロフィリアを信仰する者が、この大陸にはエルニーダの教会を信仰する者の数ぐらいいる。少なくとも数千万人。」

 エリザが言う。

 「嘘よ!そんなはずはないわ。そのような人達は白いドラゴンさんの裁きで居なくなったはずよ。」

 フィ「嘘ではない。裁きでは、生きている者の中で悪人に分類された人間が死んだだけだ。そいつらの霊体は消えたわけじゃないからね。それに生き残った人間だって単なる善人ばかりではない。善悪比べれば善が多いというだけで性格が屈折した奴らもたくさんいるのさ。」

 エリザは口を噛み締めて悔しそうに黙った。

 フィリア「人間は勝手だ。神に祈れないようなことは魔王帝の私に祈るのさ。大抵は呪いだ。下々のご利益信仰の信者たちは願いさえ叶えてくれれば神も悪魔もないのさ。」

 「ええ?フィリアが願いを叶えてくれるの?」

 フィ「でも私は何もしないよ。強く祈ってれば聞こえることもある。よほど私が気にいるような事を言ってればやるかもしれない。でも大抵はそいつらの近くにいる悪霊や悪魔の霊が魔王帝の名を語って勝手に結果を出す。そうすると魔王帝の私に怒りや呪いの念も来るけれど、感謝の念も勝手に来る。呪ったやつは悪霊や悪魔に大事なものを取られるのに「助かったありがとう」なんて言ってるからね。その屈折した喜び、感謝の念・・・信者の闇の力。魔王帝を信じるエネルギー。そういうものが私に来て私の崩壊を許さない。」

 カトリーヌがうなづいた。そして言葉を継いだ。

 「たとえフィリアが、神を信じて反省して「真人間になる」と誓っても、「もう悪を犯さない」と誓っても、いくら善行を積んでも、信者の彼らが魔王帝ネクロフィリアを信仰して呪いをしている限り、彼らが『悪の神』としての仕事を期待し続けている限り、フィリアはその魔王帝としての在り方に引き戻される。そして彼らの罪の責任をも負う。そして自らもまた罪を犯す。」

 フィリアの霊が泣いた。でも冷静に言った。

 「フフ。よく分かってる。泣いちゃったよ。『分体だ本体だ』っていう話は本当かもしれないね。」

 カトリーヌ「あんたも聖魔法を何度も食らって少しは浄化されたのかもよ?」

 フィリア「泣いてもダメだけどね。私も性根が腐ってるから、泣いてると同時に邪悪な感情も持っている。あんた達をどうひどく殺せばいいかを考えている。そして私は生き残る。魔王帝として。この大陸を支配するまでそれは終わらない。そして大陸は滅びる。私も大陸と共に滅びる。そういう宿命。役割。私も長い人生を何度か死に戻りしているのよ。魔術を追求し極めた結果がこれよ。私は聖魔法でも救えない。私は神でも救えない。」

 みんな黙った。

 「フィリアは救われたいの?」

 カトリーヌが言う。

 「救われない事を誇っているようじゃ救われないよ。」

 フィリアはカトリーヌを見て濡れた目でニヤッと笑った。

 カトリーヌは言う。

 「でも、変わることが許されないのも地獄だよね。フィリアは生きている時も地獄だった。その絶大な魔力ゆえに、フィリアを真に理解できる人間も魔族も存在しなかった。死してなお、その魔力ゆえに、天国に居られないのはもちろん、地獄の底にも居られず、地上にも居場所なく、暴れて居場所を作るしかなかった。」

 フィリア「そうね。」

 あ、フィリアがカトリーヌの言葉に同調し始めた。これ、何とかなるのかもしれない。

 その時、下から巨大な丸いものが上がってきた。気球?それにしては赤黒く生々しい感じがした。

 直径は百メートルを超えている。

 一旦逃げる。少し離れて分かった。これは巨大なドクロだった。

 過去のフィリアが言っていた。これは『闇の神』だ。

 心に声が聞こえた。

 『そうだ。我は闇の神。ここは異世界の底。『裏宇宙』の空間でもある。先ほど、お前たちの祈りが神に届いたように、フィリアの思いも我に届いている。』

 闇の神の重い声は、心に静かに響いてくる。

 キャル「何だろう?なんか吸われてる!」

 自分たちから出ているオーラがドクロの右目に向けて流れて吸い込まれて行くのが見える。

 エリザ達の光も、魔法陣の空間の光も流れて吸い込まれて行く。

 カトリーヌ「ここに居るだけで魔力を消耗するわ。」

 『そうここは闇宇宙。マイナスエネルギーの海。衰退。滅び。老いと病い。そして死。全てのマイナス想念がここにある。』

 ドクロからズオオッと黒いオーラが広がった。フィリアの比ではない。より一層周囲が暗くなった。

 クリスやキャルが少し震えている。エリザは両手を合わせた。

 闇の魔力が強すぎる。自分の心も影響されて、意味もなく恐怖心や焦燥感・悲しみ・怒りが込み上げてくる。

 やばい。みんな沈黙したまま動けない。どうしよう。

 ポーラを呼ぶか・・あ、ポーラは『闇の神に勝った』ようなこと言ってたぞ。なら・・・

 「お前なんて呼んでないぞ!何で来た!帰れ!」

 声が闇の神に当たってこだました。

 沈黙。

 キャル「あんたよくそんなこと言うわね。引くわー。」

 闇の神の声が響いた。

 『ガブリエラ・フォン・アクセル。黒き滅びの魔女ポーラの生まれ変わり。』

 「私を知っていると言いたいのか!そんなんで怯えないぞ!」

 『なぜ来たか?我はこの者と一体であるからだ。魔王帝ネクロフィリア。この者は我が弟子にして娘。地球の併行世界の一つを裏宇宙に繋ぎ、地球世界を全て侵食し、全地球世界を裏宇宙に取り込むという、神聖な使命を授けたる者。』

 「いや、フィリアはもう闇の神を信仰していないと言ったぞ!」

 『我は『深淵』。我を見る者を、我もまた見ている。我に到達した者を手放しはしない。我はフィリアだけでなく、お前達も手中に入れようと狙っている。ポーラも狙っている。我は常に狙っている。』

 「脅してもダメだって言ってんだ!帰れ!」

 『この者は地球最強。この宇宙でも五本の指に入る魔力を授けた。お前たちもこの魔力を求めるが良い。全てが思うようになるであろう。さすれば全ての存在がお前達に頭を下げて従うようになるであろう。』

 「フィリアにも言ったけど、その代わりに頭がおかしくなるならお断りだよ!」

 『おかしくはない。周りがおかしいのだ。それを正してゆけば良いのだ。』

 「違う!それはサイコパスが言う言葉なんだよ!」

 『強さこそ正義!弱き者を従え導くのは力なり!強くなければ生きることもままならぬ。弱き者は肉となる。強き者はそれを喰らうのである。』

 「違う!強くなければ生きては行けない。しかし、優しくなければ生きる資格はない!」

 『優しさなど弱さの象徴。』

 「いや、強くなければ優しくすることはできない!優しくないのは弱い証拠だ!」

 『優しき者が悪しき者を増長させる。悪しき者を従わせるのは強さのみ!全ては力。万物は強さによって支配される。』

 「違う。そうではない!万物は神がつくった。お前さえも!」

 『証拠は?』

 「んん〜?・・・知らーん!」

 『はっはっは!』

 やっぱり口が上手くないから論戦はイマイチだ。

 エリザが落ち着いた声で言う。

 「エラ。ありがとう。おかげで怖くなくなった。でも、あなたの知識や言葉で勝てる相手ではないわ。神を信じて。」

 言うとエリザは祈った。アスカ様も。

 祈るエリザとアスカは、シュワッと強力な光になった。

 ドクロと同じ大きさの巨大な光の球。

 「光の神?」

 太陽のような光。燦々とまぶしいが、霊光なので見ていて目がやられる感じはない。

 気持ちまで明るくなってくる。積極的、肯定的な光のエネルギー。

 正当なオーソドックスな神のイメージ。

 エリザの声が、いや、それにしては威厳がありすぎる声が響いた。

 『我はエル。エルは光。神の光という意味である。我は地球の光であり、かつ、また宇宙の光でもある。』

 黒いドクロは百万燭光に照らされ、白いドクロとなった。

 光の球はエリザの声を借りて言った。

 『知れ!光に勝てる闇はない!』

 光が強くなりドクロが溶け始めた。

 ドクロの上に乗っていたフィリアが言う。

 『異世界転移魔法術!!!』

 黒い魔法陣が周囲に飛び散った。

 

 真っ暗な闇に出た。

 私とフィリアだけが浮かんでいる。距離二メートル。

 「何で私だけ・・・」

 「お前と会うのは二度目だ。二度と逃さぬ。」

 「会ったのはポーラでしょ?」

 顔を上げたフィリアは顔がドクロになっていた。

 ドクロのフィリアは言う。

 「我と光の神は一対の存在。光と闇。善と悪。天と地。全ては相対的にできている。相対的二極によって宇宙は成り立っている。ゆえに我を完全に滅ぼすことはできない。我を消すことは光という存在をも消すという事だ。それは全てを消すことでもある。」

 私は口を挟む。

 「いや、お前だけを消すことは出来るはずだ。全て思うことができることは可能であるはずだ。闇だけを消し、宇宙が光に満たされた時、宇宙は完成する!」

 「フッフッフ。その時は、天使が人間の基準となるだろう。その時、普通の人間達は悪霊・悪魔として扱われる。」

 「そんなことはない!」

 「またもう一段光が強ければ、神々が人間の基準となるだろう。その時は天使が悪魔として扱われる。このように相対的にできているのが宇宙なのだ。」

 「そうじゃない!それは悪魔じゃない。未熟だというだけだ!神はそんな間違いをしない!」

 「お前が神の何を知っている?お前は信じているというだけだ。ただ盲目に。」

 「う・・・」

 「また宇宙が光に満たされるには、全ての存在が光にならなくてはならない。お前達人間の魂すらもだ。お前如きがなれるのか?悪にも善にもなりうる人間どもが光になれるのか?」

 「・・・た、魂は光だ。」

 「では、光のガブリエラよ。妹にも勝てず、失恋に泣き、軽蔑していたような両親に助けられた前世を持つガブリエラよ。」

 「違う!」

 「平和な世で格闘技に逃避し、不注意で轢かれて死ぬ。また転生しては裏切られて、」

 ポーラの声が遠くでした。

 『聞くな!ダークサイドに引き込まれる!』

 「・・・」

 「お前だけではない。そのような不完全な人間たちが光に満たされるなど不可能と思わんか?」

 「へへ。」

 「何がおかしい?」

 「ポーラ大丈夫だよ。鬱から抜けるコツは自己肯定なんだ。私は知ってる。闇の神も同じものなんだね。」

 「何を言ってる?」

 「闇の神よ。違う。そうじゃない。みんなを悪く思ったこともあった。でも、みんなはそこまで悪い人たちじゃなかったんだ。自分もそうなんだ。自分も「生きるの失格」のような無力な人でも悪い人でもない。」

 「よく真実の自分を見ろ。最低最悪のことを考えていた時もあろう。苦難の中で哀れに溺れていたのがお前だ。」

 「そうだよ?それに、私はね、その苦難の中でいつも光に向かって進んでいた。希望に向かって。明日来る幸福に向かって進み続けていた。」

 「それは幻想だ。」

 「分かったんだ。」

 「何を?」

 「闇の神よ。私は負けない!私の思いの中で、お前に負けることは絶対ない!」

 ボワッと自分から光が出た。炎のようなオーラに覆われた。

 闇の神は沈黙した。しかし抑えられた声で言った。

 「・・・では真実を見せてやろう。」

 ギャッと一瞬にすごい距離を引っ張られた。


 下が赤黒い地面になった。

 下に自分のオーラが引き込まれてゆく。

 そのスピードが速くなる。体も持って行かれる。

 ドクロのフィリアは言う。

 「これは虚無の大地。真なる『無』。魂の消えゆく場所。神が生み出した魂たちが、永遠を経て、枯れて消えゆく場所。」

 「そんな場所があるの?」

 「全ての思う事が可能なことは、霊的世界に存在する。長年、悪事を働き、億万の歳月を経て、地獄にすらも居場所を無くした魂が、己の極悪に自己嫌悪し、消え去りたいと願う時、ここに来る。」

 肉体が落ちていった。霊体の自分が空中に残っている。

 「ここに落ちた魂は、その記憶を失い完全消滅する。全ての自己存在が消滅する。過去、現在、未来、の自分も消える。パラレル世界の自分も消える。その過去、現在、未来も初めから無かったことになる。出会った者たちの記憶からも消える。」

 「何でこんなことをする!」

 「自己顕示のためである。我は魂の救済者。その消滅から魂を護っているのが、闇の神である。消滅から魂を護り、また新生へと導き、宇宙の循環を護る。それが闇の神の役目。」

 霊体が落ちた。胸の部分にあったソフトボールぐらいの光の球が自分として残っている。人魂かよ・・

 人魂の中で自己イメージの自分が考え喋っている。

 ドクロのフィリアは言う。

 「神は一度作った魂を、消さないということを約束した。魂に永遠の生命を与えた。その約束を守るために私は闇の神として存在する。魂の消滅はそれを創った神にとっても損失なのだ。我は魂の記憶を守る存在。我は悪にして悪にあらず。我もまた創造主に創られた究極の神の一つ。」

 忘れてゆく。

 全ての記憶が走馬灯のように過ぎ去る。死ぬ前に見ると言うやつか。

 ガブリエラの記憶、アヤの記憶、ポーラの記憶、その前・・・

 消える。いやだ!消えたくない!

 ドクロのフィリアは言う。

 「ならば我を受け入れよ。まずは悪魔として新生するがよい。必要なものは与えられているものだ。お前に実力があるなら、やがては光の世界に帰ることもできよう。我が魔力を持ってすれば落ちていったお前の肉体も霊体も再生する事ができる。」

 悪魔として新生?それもいやだ。そうだ、私も光の神を呼んでみよう。

 「無駄だ。ここは裏宇宙の最深部。お前如きが祈ったところで最高存在の光の神に届くわけもあるまい。」

 ・・・自信はない。私はエリザとは違う。私はエリザよりずっと俗っぽい人間だ。

 でも、こんなドクロを信仰する気はない。何と言うか、美意識が許さないものがある。

 ま、いいや。諦めるのもアリだ。

 美しく消え去ろう。

 苦しいこともあった。でもいい人生だったと思う。

 魔法も剣も極めたし。結婚ぐらいしたかったけど、まあ過ぎたる欲かな。

 きれいさっぱり消え去ろう。

 必要なら神が似たような自分を作ってくれるかも知れない。

 お別れは言えないけど、みんな有難う。

 下に落ちてゆく。さようなら。

 「つまらーん!」

 ドクロのフィリアが私の光の球を念力で自分の前に引き上げた。

 

 フィリアと上に飛んだ。いや、引っ張っていかれた。

 グーンと上昇し火山の火口から出て地上に。さらに上昇して地球が丸く見え始めた。

 速すぎる!嘘だ!幻だ!精神魔法だ!

 「思いの速度、すなわち霊速は光速を超えるのさ。」

 下にはローランド大陸。

 ドクロフィリアが間抜けな声で言った。

 「ほいっ。」

 ローランド大陸が発火した。

 「我は闇の神。一切の破壊を司る。」

 嘘だ!こんなのは幻だ!精神干渉魔法よ!

 「フフ。ようく霊的な聴力を澄ませ。数億のローランド大陸の民草が焼かれる悲鳴が聞こえて来るだろう。」

 地上に意識を向けると、生々しい悲鳴が聞こえてきた。空間が悲鳴でいっぱいだ。みんな焼け死んでいく。

 知ってる人もいる。父上。ミラ。バウンディ。ジョシュア。ジェシー。クレア。ミシェル。アン。メルも。

 やめて!破壊の神ならすぐに消せばいいじゃん!何で苦しめるの!

 「おほ?お前もドラゴンを使って魔獣族たちを同じように焼いたではないか。」

 ・・そうだった。

 肉体はないけどイメージの中の自分は泣いた。

 地上の悲鳴は聞こえなくなった。

 しかし地上の魂たちはまだ焼かれたことの衝撃に泣き叫んでいる。

 ドクロフィリアに聞く。

 どうして苦しめるの?

 「自己顕示のためである。奴らの苦しみの念波が宇宙に放射されることで『闇の神ここにあり』と示す事ができる。我は全ての悪魔を超えた邪神。宇宙で我への信仰が始まる。」

 そんなくだらない事のためにこんな事を!卑劣というか馬鹿よ!

 「お前のせいだ。お前が言う事を聞かないからだ。」

 さらにグンと引っ張られた。

 地球が見える。

 ドクロフィリアは両手を上げた。

 地球がボッと火に包まれた。

 「はっはっは!これから太陽系は太陽が二つあると言われるのだ!まあー、その前に地球の方は燃え尽きるけどな!」

 悲鳴が聞こえる。イメージの自分は耳を塞ぐが、聞こえてくるのを止められない。

 こいつ・・・絶対許さない。悔しい!体が無いけど泣いている。

 さらに引っ張られた。

 太陽がギュンと遠ざかり多くの星が集まってきたように見え、星雲になった。

 「我は闇の神。見ろ。これが大銀河だ。・・・ほりゃあ!」

 ドクロフィリアが両手を振り下ろすと銀河の星々が四散して燃え尽きた。

 「神にとって銀河など水溜まりのようなものだ。」

 怒りしかない。こいつ・・何億年かかっても絶対に同じ目に合わせてやるかんな。

 「でもお前のせいだぞ。お前が我を怒らせた。」

 いや、お前がやった。

 「じゃあ、宇宙全体を無茶むちゃにしてやるよ。」

 ・・・でも、因果応報という言葉がある。お前にも必ず報いが来る。

 「何だと?」

 神が絶対許さない。思うだけで罪な事だってあるんだ。お前は悪いことしか考えてないんだから、

 「わっかんねえ奴だなあ。じゃあ、あいつらの所に行ってみよう。」

 ギュンと引っ張られて意識が飛んだ。

 祈ろうとするエリザとアスカ様。クリス、キャルにカトリーヌが真っ黒い空間に停止して浮かんでいる。

 「これは、光の神が来る寸前。お前もいるぞ。フィリアもいる。過去に戻ってきた。この空間は今、停止している。何でもし放題だな。ええ?」

 たとえ過去をいじくっても歴史は変わらない!光の神が来てお前は消える!それは変わらない!

 「消えてまた闇宇宙の底に出る。同じループを繰り返す。」

 ここで何かしても違うパラレル世界を作るだけよ!

 「こいつらを苦しめ抜いて殺してやる。たとえパラレル世界の存在であっても、こいつらの魂全体にとってトラウマとなってカルマになる。それはフィリアとカトリーヌの関係のように修復に何千年何万年とかかる傷となるだろう。」

 そういう意味のないことはやめろ!

 「お前の責任になる。」

 ならない!

 「おまえが、無謀にも闇の神に挑戦したからだ。」

 そうじゃない・・・

 「お前が第一原因。私が第二原因。アシストとゴールだ。」

 違うよ・・・

 「お前の名前は宇宙史に刻まれる。数千年経てば、お前は私の妻と呼ばれ、やがては一体の闇の神として信仰されるだろう。エガルタとガルドのように。そしてお前はフィリアを超えた呪いの神になる。」

 ・・・くっそ・・・分かった。

 「ようし。では今日からお前は私の配下だ。いや今からお前は悪魔だ。お前には宇宙でも五本の指に入る魔力を授けよう。」

 違うよ闇の神。

 「何が違う?」

 やれよ!みんなを殺しな!

 「何!はっはっは!これで完全に共犯だぞ!自分のために聖女たちを犠牲にするのか!その心はすでに悪魔だ?はっはっはっは!」

 お前は、お前を信じると言ったって、いずれみんなを殺す。私がお前を裏切ろうとしたらまた必ずまたここに連れてくる。そうでなくても、他の人たちを酷い目に合わせて殺すのがお前だろ?

 「そんなことないよ。」

 メルや父上を殺したくせに。

 お前なんか許さない。お前には絶対に屈しない。

 どんな犠牲を払ってもお前を滅ぼす。

 そしてみんなを救って見せる。

 魂は永遠の命なのよ。

 何億年かかっても、みんなを救う。絶対救う。

 だから・・・

 やれよ!!!

 ドクロフィリアは暫し止まった。

 でも言った。

 「・・・やるぞ。闇の神を甘く見るなよ。我は地獄の責苦に精通している。あいつらの魂が虚脱状態になるまで苦しめ抜いて見せよう。それを救えるだと?思い上がるな!」

 うるせえ!お前は神じゃない!神はこんなことをしない!

 お前もさまよえる悪魔だ!

 私はお前を信じない!

 私は神を信じる!

 お前は創られた神の一つだと言った!

 私が信じてるのはお前より上の創造主だ!

 私は創造主エルを信じてるんだ!

 創造主ならどんな魂だって救えるんだ!

 なめんなよ!!

 エルよ!エルよ!エローヒムよ!エローヒムよ!

 光の神をも生み出した究極の根源の創造主よ!

 来てくださーい!

 沈黙した。

 止まったみんなとフィリアの下の巨大ドクロの、さらに下の下の黒い空間に亀裂が入った。

 そこから一条の光が差した。

 それが私を包んだ。

 

 気がつくと周りはマットな明るい白の空間だった。

 光の体の自分がいた。

 正面には私と同じ大きさの光の人影が居た。

 彼が言う。

 『やれやれだね。信仰者なら何かあったら始めに祈るべきだが?』

 「届くんですか?」

 『思いを言葉にしなさい。それは必ず届く。心の中で唱えるだけでも、それは必ず届いている。答えがないのは心掛けが悪いか叶うべきでない祈りかだ。』

 「ごめんなさい。でも想像していたよりずっと小さいけど。」

 『私か?この体は君と話すために作った象徴であり形式に過ぎない。創造主は、宇宙よりも、宇宙を束ねたものよりも、それ以上の人間が知る事もできない『何か』よりもずっと大きい。しかしてまた、万物を作る原子をつくる光子の粒一つ一つの中にも我が意識は存在する。大きさは自在。有って無きもの。握れば一点。開けば無限。それが創造主であり、意識の本質であり、君たち魂の性質でもある。」

 「あなたが創造主ですか?光をも作った絶対神ですか?」

 人間の形をした光パワーの塊が言う。

 『光は創造主の意志。神の『かくあれ』という願い。神の象徴。しかしてまた光も創られたるもの。人間が創られ、思考できるようになった時、尊いものを教えるための形式。光は神の言葉。本来、神は姿形なきもの。姿形を超えたるもの。神は全ての理念を生み出し、生かし、司るもの。しかして創造主は創られたるものを超えたもの。何かによって存在を許されたものではない。在りて在るもの。それは絶対的存在。」

 「何や分からんけど、来てくれてありがとう。」

 「私から見たら最初からずっと来てるんだけどね。君には私の姿が見えないだけで、私の言葉が聞こえないだけで、私はずっと君のそばにいる。」

 「何でですか?」

 『創造主は全ての魂の根源。全ての魂は神の子。創造主は全ての魂と繋がっている。それは霊的に言えば隣にいることと同じである。私は常にあなたのそばにいる。私は私を信じる者のそばにいる。しかしてまた全ての魂たち同士も繋がっている。それは意識を向ければ同通する。』

 「見えないけど。」

 『横にいる私が見えるためには悟りが必要だ。いつも横にいるのに見えないとは、それほどに魂の境涯に差があるということだ。修行の課題は尽きないね。』

 「でも、何で見えないのかな。見えてもいいのに。」

 『常に横に神がいる。それは人間にとって疎ましいことではないのかな?先生がいつも見張っているのが望ましいことだろうか。地上は魂の修行の場。あまり助け過ぎても修行にならない。しかし私は私を信じている者の思いが全て聞こえている。数は関係ない。距離も時間も関係ない。我は我を信じる者の隣にいる。常に隣にいる。その者と共に喜び、共に悩み、共に悲しみ、共に涙している。そして我は我を信じない者も、共に我が子として愛している。』

 「それならもっと助けてよ。危なかったんだから。」

 『だから宗教は教えてきたはずだ。祈りなさいと。困っている時は祈りなさい。我は報いる。我は我を信じる者には最大限に報いたいと思っている。我が報いが必要な時は今のように真剣に祈りなさい。その時、我が僕である神々や天使たちや人間の手を介して、あるいは生きとし生けるものを通じて報いるだろう。』

 「怖かったんだから。消え去るとこだったんだから。」

 『あれは彼のギミックだよね。魂はそう簡単に消えない。魂の中にはわずかに私と同じ創造主の部分があるからね。私が許可しない限り、消えることは許されない。たとえあの絶望の大地が実在で魂が落ちて消えても、別の所に新生しただろうね。』

 「騙された!創造主よ!闇の神を消してください!」

 『うん。消せるよ。悪魔の魂もどうしようもない時は消したことが何度もあったよ。でもそれつまんないんだよねー。」

 「え・・・ええ〜?」

 『悪魔と化した魂は基本的に地上に生まれ変わることは出来ない。裏宇宙や特殊な併行世界に生まれ変わることはあるがそれはあくまで特例だ。通常はあり得ない。彼らは地獄に幽閉され、悠久の時の中で、ある者は懺悔に至り、再び人間の人生を歩もうとする。またある者は人間の本性を忘れ去り、別の生き物としての転生輪廻を始める。そこからまた人間になる者も稀には居るだろう。可能性はゼロではない。宇宙の初めから終わりまでそういう経験の繰り返しで終わる魂もいるだろう。しかし反省の時間を経て逆転して神々の一人になる者もいる。もったいないんだよね。それに神々を鍛える敵役も必要だからね。」

 「う〜ん。難しいんですね。」

 『彼もまた古い古い彷徨える悪魔だ。彼もまた、ある世界では神であったことがある。その時代を私は知っている。彼は私の古い記憶。我が思うことは全て実現する。封印されし記憶だが、ある条件の下、そう、闇の神と同じ考え方をする者が現れた時に姿を現すことがある。でも彼は今回犯した罪の重量で全ての活動ができなくなって、当分の間、裏宇宙の底で固まってしまうだろう。』

 「・・まあ、いい気味だわ。でも消す気は無いと?」

 『彼は封印して置く。銀河の寿命ぐらいの年数は動けないと思うよ。』

 「罪ということは、じゃあ、地球が燃えたのも銀河が飛び散ったのも現実なんだ。」

 『現実ねえ。霊的に見たら三次元世界も、夢幻の不確かな世界なんだけどね。』

 光の人は下に向かって右手をくるくる回した。

 足元に見えた小さな梅干し?ぐらいのドクロが、小さい黒いトンネルに「シュポッ」と吸い込まれた。トンネルはすぐに消えた。

 「ええ?こんだけでやっつけられるんだ。簡単。」

 『とりあえず戻ろうか。』

 「でも、私は肉体も霊体も失ってしまった。地球も銀河も破壊されてしまった。」

 『時間を戻せば絶対直るのに?』

 「そんなに簡単なの?」

 『あのねえ、私、創造主だぜ?時間を戻さなくても破壊される前の状態に修復可能だ。地球にも銀河にも理念があり、原因結果の連鎖によって変転する。それは私の中に記憶されている。それは私の念いの力によって現実化できる。やり直しも可能だ。』

 「そっか。ごめんなさい。」

 彼は右手を横に向けてくるくる回した。

 白い空間に黒い宇宙空間が見えて、星々が集まって大銀河が現れた。

 空間が果てしなくズームし、青い地球が見えて、ローランド大陸も元に戻ったのが見えた。

 「あああ。簡単だぁ」

 『宇宙だって本当は泡のように浮かんでは消える儚い存在なのさ。その泡の中の空気の原子の小さな小さな粒々に君たちが住んでいる。でもまたその君たちの心が創造主である私に繋がっている。』

 「・・・不思議。」

 『地獄のない星もたくさんある。この地球もそれを目指している。善と悪の相対的な世界で、愛と正義、智慧と慈悲、知と美を学ぶ。それがこの地球、みんなの修行の場だ。』

 「ふう。修行は続きますね。」

 彼は手を差し伸べた。

 『今更ながら言う。我に不可能はない。我を信ぜよ。』

 「信じます。」

 私はその手を掴んだ。

 「みんなは?フィリアはどうなるの?」

 『もう祈る前から答えは用意してあるけどね。』

 彼はシュワッと光った。

 

 気づくと青空の中に浮かんでいた。

 下は爆心地が丸く海になったアクサビオンの陸地。

 「帰ってきた・・・」

 自分の手や体を見た。ちゃんとある。

 あたりを見回した。後ろの上方に魔法陣が浮かんでいる。その上にエリザ、アスカ様、クリスがいる。

 右横にキャル。左に少し前にカトリーヌ。

 前方二十メートルにフィリア。

 その顔は青黒いが人間だったのでホッとした。

 みんな呆然としている。

 みんなの記憶を読んだ。

 光の神が来て強い強い光で巨大ドクロが溶け、フィリアが叫ぶ。「異世界転移魔法術!!」

 光の中、一瞬だけドクロとフィリアは消えるが光が止むとそこに居る。

 フィリアはたじろいだ。

 「ええ?戻った?」

 巨大なブラックメテオが空に現れ、今まで体験したことが無いような風が吹き荒れた。

 風はその場の六人は動かさず、巨大ドクロだけを動かした。

 巨大ドクロはズズズと引っ張られて巨大メテオに吸い込まれた。

 気づくとここに居る。

 クリス「闇の神は消え去ったのか。」

 エリザが振り向いてうなづいた。

 フィリアは呆然。

 私と目が合った。

 闇の神との私の戦いは、知っているのはフィリアだけか。

 フィリアはハッとした。

 そして笑った。

 「アハハハハハハ!振り出しだねえ!」

 ん?あれえ?『答えは用意してある』って言ったのに?創造主よ、答えって何?

 カトリーヌが私を見てうなづいた。

 「闇の神はね。私に言わせたくなかったのよ。」

 「えっ?何を?」

 カトリーヌは微笑んでからフィリアに向き直り叫んだ。

 「じゃあ提案!」

 フィリア「はあ?」

 カト「私と同化するのはどう?」

 みんなカトリーヌを見た。私も信じられなかった。

 「ええ?カトリーヌ?下手にやると自己意識を失って吸収されちゃうんでしょ?これって、真っ向勝負じゃないの!」

 エリザ「カトリーヌ様、やめて!」

 カトリーヌはたじろぐ私たちに構わずフィリアに言う。

 「魂が同じなんだから同化すればいい。あんたが罪から抜け出せないんなら、私が代わりに動いて罪が消えるようにしてあげるよ。自分の罪なら自分の努力で必ず償える。あんたの分まで反省してあげるよ。」

 フィリアは唖然としていたが、上を向いて大笑いした。

 「あっはっはっはっは!私を霊的に吸収するって?私に魔力で勝てると思ってるの?私はあんたを乗っ取るよ。そしたらこいつら殺してこの大陸をもらう。それでもいいの?こいつらが今大陸最強でしょ?」

 カト「私があんたになって反省して、その心を浄化する。何千年かかっても構わない。」

 フィリア「バカだねえ。」

 カト「これは賭けだよ。負けたら全て失うけど、そしたらまた死に戻りしてやり直すよ。」

 フィリア「同化したら死なないじゃん?死んだ事にならないんじゃないかな?」

 沈黙した。私はカトリーヌの顔を覗き込んだ。目が合った。

 カト「ハハッ。そん時はそん時よ。」

 ・・・エリザを殴、じゃなくて当て身で気絶させた後、キャルに言った言葉だ。キャルてめえ言いふらしたな。

 「でも、カトリーヌ、これ成功する確証は全然ないよ。やめなよ。」

 カトリーヌ「だから賭けだってば。」

 アスカ様も言う。

 「カトリーヌ様、おやめになって。この世界の未来がかかってるんです。」

 カトリーヌ「重々承知!アスカ!あたしはあんたなんかより何倍も死に戻りしてるんだからね!」

 カトリーヌは言ってから私を見てまた言った。

 「負けたらエラが何とかしてくれるよね?あとは頼む。」

 「へ?」

 「あんたが魔王マルドークに亜空間に飛ばされる前、あんた『あとは頼む』って言ったよね?あん時は苦労したわ。私の人生で一番苦労した。」

 「ええ?仕返しなの?」

 「いや、まあ遺言よ。」

 フィリアが言う。

 「なんかの罠かと思ったけど、あんた本気ね?私に吸収されても構わないってことね?」

 カトリーヌ「どっちが上か勝負しよう。」

 フィリア「分かった。同化してやる。」

 カトリーヌ「おいでフィリア。」

 二人は飛んで抱き合うようにした。そして、同時に言った。

 「「同化魔法!」」

 魔法陣がぐるぐる何重かに出て、二人がピカッと光ってフィリアが消えた。

 みんな黙った。

 カトリーヌを見る。

 「フッ。」

 笑った?どっちだ?

 「アハハハハハハ!私の勝ちだ!パワーが溢れてくる!二人分でさらに最強だ!お前らを殺して大陸をもらうぞ!アハハハハ!」

 私もみんなも青ざめた。空中だが嗤い声が響き渡っているように感じた。

 続く嗤い声。カトリーヌから上下に黒いオーラが噴き出し空間が黒く変わってゆく。

 あたりは真っ暗になった。

 カ「全てをもらう!この地球をもらう!太陽系も!この大銀河も!宇宙をも貰う!わははははは!」

 カトリーヌの顔がドクロに見えてきた。

 「ダメだ。負けた。」

 その時、天からの細い光線がカトリーヌの頭に当たった。

 嗤い続けるカトリーヌ

 「はっはっは!最後の足掻きの聖魔法か!そんなもの我が有り余る魔力の前には無力!」

 細い光がカトリーヌの額に当たり続ける。

 「はっはっは!無駄無駄!我は闇の神と一体化した存在だ!」

 光がだんだん太くなる。

 「はっはっはっはっは!」

 エリザは言う。

 「フィリア様?あなたは見落としている。」

 フィリア「フッフッフ!何を?」

 エリザ「神の力は無限なのよ。」

 キュウウ!と光は太く強くなり、カトリーヌが光を帯び、それは太陽のように光り、周囲を真っ白に照らした。

 光は消えた。

 カト「わははははあーって笑うと気持ちいいねえ。」

 「え?」

 見ると落ち着いた笑顔のカトリーヌだった。

 カ「・・・フィリアは私の悪い心になった。」

 「ええ?」

 カ「気持ちが揺れたらまた悪い心が出てきそうだけど、まあ負けないと思う。だって私には信仰心があるから。一人じゃないから。神が味方についてくれるから。」

 「えええ?」

 アスカ「洗礼を受けたのはこの時のためだったんですね?」

 カ「そう。でも責任を取るためだよ。私が私の魂の中心。分身全部の責任は私が背負うの。」

 クリス「かっこいいね。」

 カ「そう?テレルナー。」

 エリザ「調子に乗るのね。」

 カ「闇の神と繋がっているフィリアに勝つには、私は光の神と創造主に繋がるしかないと思った。洗礼を受けた私は、神と天使と全ての信者と繋がっている。そのエネルギーで守られている。信仰者は神と繋がることが出来る。私は今、どんな分体よりも強い。どんなパラレル世界にいる私よりも強いの。私は確信している。負けることはない。フィリアは私の中にいるよ。私があいつの記憶に入って救ってみせる。」



 三歳のフィリアがいる。

 目の前のエガルタがマーティの雷魔法で燃え上がった。

 エガルタが燃えながらフィリアに指を向ける。

 フィリアがビュッと加速し翼の魔族の腕に飛び込んだ。

 後ろのエガルタは燃え尽きた。

 フィリアを抱えて魔族は飛んで逃げる。

 マーティがこっちを見る。

 魔族の頭が弾け飛んだ。

 その魔族はフィリアを別の魔族にパスして落ちた。

 その魔族が飛ぶ。また殺される。

 繰り返す死。手から手へと逃れるフィリア。

 

 田園地帯。

 十歳ぐらいになったフィリアがいる。

 霊体のエガルタがその前に立っている。

 『私たち魔族は地球最強種族。遠い昔に神を護るために作られたのよ。人間より強いのは人間を間引くためよ。』

 「間引くって?」

 『増え過ぎを防ぐのよ。だから悪い奴は殺して食べるの。』

 「え、じゃあ、いい奴は?」

 『食べないで放っておいてあげるの。』

 「ふ〜ん。じゃあガルドはどっちだったの?」

 『ガルドはねえ・・・好き。』

 「好きなら助けてあげるの?他の魔族はそんなことしないってよ?魔族同士でも助けたりしないよ?」

 『そうよね。だから魔族は増えないのよ。』

 男の魔族が飛んできた。翼は無いが飛んでいる。上級魔族だ。体は大人で身長は百八十ぐらいある。

 「姫。」

 「お前それ、いい加減にやめろ。」 

 「いいえ、あなたは私をも倒せる素晴らしい魔力の方。いずれは世界を支配するでしょう。魔族の姫よ。その日までそう呼ばせて下さい。」

 「ち、勝手にしな。で何?」

 「人間どもが船で来て上陸しました。村を襲っています。」

 「見に行く。」

 「助けるのですか?低位魔族など捨て置いて軍を集めるべきでは?」

 「ここに移り住んでから食事も提供して貰っている。」

 「連中はそのぐらい当然でしょう。鍛え上げない怠け者ですから。」

 「まあ、見るだけ見に行くよ。」

 二人は飛んでゆく。

 

 地平線で煙が上がっている。

 近づくと村の家々が燃えている。

 地面には、ツノがあり青黒い肌色のゴブリンの男女があちこちに倒れている。

 上空から見る二人。男は言う。

 「小隊二十人程度です。」

 煙の向こう側に回り込む。

 鎧を着た人間たちが村人を銃や剣で襲い、家に火をつけている。

 他の兵たちが剣で子供のゴブリンを追いかけ回して遊んでいる。

 「走れ走れ!」「あはははは!」

 子供は泣いて走っている。前に兵士が来ては剣で軽く斬られる。逃げてはまた斬られる。

 フィリア「あいつら!」

 その時、長い黒髪の女騎士が来て、子供のゴブリンを短銃で撃ち殺した。

 兵「ああ」

 女は言う。

 「捕虜虐待はするな!」

 兵は言う。

 「でもこいつら人間を食うんですよ。自分たちが悪いんだと教えてやらにゃいかんですよ。」

 女「駄目だ!全員皆殺しだ!」

 兵たちは「うん」と互いにうなづいた。

 女「進軍する!」

 兵たちは「おおっ」と応えた。兵たちは皆が不敵な笑みを浮かべてやる気満々である。

 フィリアは怒りに染まって涙した。

 そして低く唱えた。

 「我が怒りよ。魔力を帯びよ。このアクサビアを満たす天地の魔力よ。歪め。アクサビアよ。我が怒りに染まれ。悪よ。我を使え。」

 フィリアが直径十メートルを超える黒い複雑な魔法陣と一緒に、小隊の前に降り立った。

 騎士と兵士たちは全員ぐにゃりと折れて死んだ。

 村は静寂に包まれた。

 白いマントの三人が急いで飛んできた。

 フィリアが両手を向けると、黒い魔法陣が三人を通り抜け、三人が同時にズタズタになって倒れた。

 その真ん中の一人が立ち上がり、服も元に戻った。

 そして魔法の小杖を抜いてフィリアに向けた。

 赤い魔法陣と共にゴオッとフィリアは炎に包まれた。

 フィリアは燃えながら言う。

 「回復魔法だね。魔法使いか。ザニール、どうする?」

 空中の男魔族が言う。

 「黴菌が入ると傷が治りにくいです。そのように魔力を使ってみては?」

 「いいね。」

 白服「このガキ!魔法が効かないのか!」

 炎は収まった。

 フィリアは唱える。

 「魔力よ。風よ。腐れ。人間よ。その身よ。腐れ。腐臭を放て。溶けて腐り落ちよ。」

 上から複雑な直径一メートルの黒い魔法陣が白い服の魔導士の上に浮かんだ。

 白い服の魔導士は、ゆっくりとぐしゅっと下に潰れるように落ちた。

 下に降りたザニールが下の白服を持ち上げてみると鎧と白骨がガシャンと落ちた。

 「姫。見事です。」

 「うるせえ。」

 その時細い光線がザニールの腹を貫いた。

 見ると海岸の近くの小高くなったところに土塁が築かれ、テントがたくさん張られている。

 そこに騎士が長銃を構えて立っている。騎士は近くの兵に言う。

 「聖バッテリーを持ってこい!新型は聖電力を食うんだ!」

 フィリア「狙ってたのか。」

 ザニールは倒れた。

 その腹の孔が白く光ってだんだん広がってゆく。

 「ザニール!死ぬな!」

 「姫。巻き添えにならぬよう離れて下さい。これは新型の聖魔法銃。魔族を消す銃です。我が身はもちろん魂までも。逃げて下さい。」

 フィリアは横に座って、手を向けて魔法陣をその傷に放つ。

 「止まれ!白い光止まれ!」

 「姫。私は悪い奴ですよ。特に人間には酷いことをしてきました。もうこの辺で消えさせて下さい。」

 「駄目だ!お前は母亡き後、私を支えてくれた!お前の悪など私は気にしない!だから!」

 光る孔は広がってその上半身と下半身を切り離す。

 「ああ!ダメ!」

 フィリアの目から涙が溢れた。

 『フフッ。姫。上級魔族が泣いちゃいけませんぜ。』

 「うるさい!私も半分は人間だ!」

 うつむき涙を拭くフィリアは両手を合わせた。

 「誰でもいい。霊よ。あらゆる霊存在よ。精霊よ。神よ。天使よ。悪魔でもいい。ザニールを救ってくれ。我に魔力を。我に聖魔法銃の呪いを超える魔力を与えよ。」

 沈黙する。何も起きない。

 ザニールの体は燃え尽きた。霊体の腹がまだ白く燃え続けている。

 フィリアは祈り続ける。

 そこにふっと目を閉じた幼い天使が入った。

 フィリアが両手をザニールの霊の腹に向けると白い魔法陣と共に「ポッ」とその手が光った。

 その光でザニールの腹の光が吹き消された。

 「聖魔法?」

 天使はフィリアから出て、笑いもせず冷たい声で言った。

 『君も私の分身だからね。いつかのために、それは知っておくのよ。』

 「でも、これなら黒い魔力がもっとあれば治せる気がする。」

 『私はあんたたちの悪を認めたわけじゃ無いからね。』

 幼い天使は消えた。

 ザニールの霊は言う。

 『姫。ありがとう。肉体は失いましたが、魂があれば魔族として生まれ変われるでしょう。また地上で会えたらその時はネオ・ザニールとお呼びください。』

 「新しいだけじゃダメだ。超越した『ビヨンド・ザニール』になれ。私も魂を直で物質化させる魔法を開発するよ。」

 その時、光線がフィリアの頭をかすめた。

 騎士が言う。「くっそ!外した!的が小さい。」

 フィリアの心にふつふつと怒りが込み上げた。

 「でも、人間って卑怯だな。許し難いよね。」

 ザニールの霊はニヤリとした。

 『一緒に復讐しましょうぜ。』

 フィリアがうなづくと、ザニールはフィリアに入った。

 フィリア「ザニールあんた、いつもこんなにイライラしてたの?」

 『それが我が黒魔法の根源ですよ。』

 

 高台の陣地には二百人の兵たちが右往左往している。

 その真ん中にフィリアが降り立った。直径百メートルを超える黒い線の複雑な魔法陣と共に。

 それだけで全員が腐り落ちた。

 そこに突然、白マントの大男が現れ、フィリアの手首を掴んで持ち上げた。

 大男の手に魔法陣。電撃が走った。

 フィリアはその腕を掴んだ。フィリアの後頭部に後光のように黒い魔法陣が出た。

 指が生肉を掴むように突き刺さる。

 そのままガシガシ掴んで大男をよじ登り、その顔に指を突き刺して紙のように破り下ろした。

 「脆いね。」

 顔を引き裂かれ、倒れた大男は、腐り、白骨になった。

 周囲はあちこち大量の白骨が転がる。

 ザニール『では私は生まれ変わり先をあたってみます。早めに戻ります。また会うまでお元気で。』

 「早く行きな。」

 ザニールは消えた。

 入れ替わりにエガルタの霊が現れた。

 『あ〜あ。』

 「何?仕方ないでしょ?魔力が違いすぎるんだから。」

 『話せば人間にもいい奴が居るよ。』

 「母さんは黙ってて。人間は悪よ。私決めた。私、新しくできたローデシア王国を滅ぼすわ。」


 カトリーヌの中のフィリアの記憶イメージをエリザたちとみんなで視た。

 キャルが言う。

 「私はこの後二千年間も地獄に堕ちた。でも昔の記憶だけど、魔族の考え方って人間への優越思想と戦いの思想ばっかりだったね。でもエガルタの小さい頃はまだ「共存できる人間を探せ」っていう教えが残ってた。魔族にとって現実的じゃ無いから伝わらなくなったのよね。」

 カトリーヌ「フィリアが『早く言ってよ』だって。『知ってればこんなに殺さずに済んだよ』だってさ。」

 キャルが言う。

 「ごめんね。でもこれからは殺さずに済むよね?」

 カトリーヌ「『うん』って言ってる。かわいいね。」

 エリザ「まだ完全同化とは言えないのかしら?」

 カトリーヌ「うん。反省というか、フィリアの膨大な記憶を見直して分析しないといけない。私またしばらく国に帰って籠るわ。」

 エリザ「そう。」

 カトリーヌ「みんなはローデシアとかの人たちに伝えて。『ネクロフィリアの魂は封印された』と。『祈っても叶えてくれないよ』ってね。」

 「分かった。りょーかい!」

 エリザとアスカもうなづいた。

 キャル「私もオシテバンで言うわ。ウエシティンには?」

 「メルに言うよ。」

 アスカ「私は教会を通じて伝えてもらえるように手配するわ。」

 「これであのエンドレスな魔力が無くなるといいんだけど。」

 キャル「そうだよね。」

 「あれ?この騒ぎってあんたに巻き込まれたんだよね?」

 「私、来いなんて言ったっけ?」

 「言わないけどさ。」

 「結果オーライじゃね?」

 カトリーヌ「キャルはさあ、嫉妬心を反省しないとダメだね。今回のこともそういうことだよね?」

 キャルは赤くなって恥ずかしそうに言った。

 「ああもう言わないで!」

 そんなに恥ずかしがるか?

 キャルは言う。

 「あの私、大丈夫。エリザ、アスカ、もうしないから。大丈夫だから。ね?」

 エリザもアスカも「?」という顔をした。

 キャルは「しまった」という顔をした。

 ああ、私が見たキャルの洗礼後の記憶はみんなには見えていなかったのか。言い損だ。

 王子の幼馴染の私が王子に近づきすぎだから破滅させてやる、とか言ってたやつ。魔法陣の上のエリザたちにも見えたかと思っちゃった。

 エリザとアスカは私の思いを読んで「ふ〜ん」と何度かうなづいた。しまった。教えちゃった。

 キャルはもっと赤くなってうつむいた。

 クリス「何がだよ。」

 エリザ「えっと・・・」

 キャル「言わないで!」

 キャルかわいいな。でもなんか言ってフォローしてやらないと、

 「おほん。あの、私は王子好きじゃ無いからね?」

 クリス「ん?エラに嫉妬なの?俺に関係あるの?」

 キャルがキレた。

 「バカバカバカ!エラのバカ!全部あんたのせいよ!」

 叫んだキャルはすごい速さで空を飛んで去っていった。

 みんなと顔を見合わせた。

 クリス「なんなの?」

 「忘れてあげて。」

 

 二十二歳。春。

 魔法学校も卒業。四月からは、父上が再結成した『ローデシア騎士団』で剣術と魔法を教えることになった。騎士団は各地の騎士団と連携して、治安維持や困りごとの解決にあたる。私は騎士団の手に負えないようなことがあった時だけ出動を要請される事になった。

 エリザは在学中に子供ができて退学してしまった。普通は貴族社会的には不名誉な事だが、もう結婚しているので誰も文句は言わないし、何も後ろ暗いことはない。元々エリザは学園ではもう教わることはなく、講師しかしていなかった。聖女の癒しや浄化といった仕事もしていたので魔法学園にいる必要もなかった。

 今は『子持ち聖女』として若いママたちの良きリーダーである。

 子供ができる前に、エリザの守護霊で五千年前に生きていた『イル』と話した。

 「守護霊さん的には聖女の仕事だけして欲しい感じ?もう一人の人はそう言ってたけど?」

 「・・・あ?」

 「え?こ、怖っ。」

 「クリスはぜってえ渡さねーし。」

 「あっごめんなさい!」

 「あんたらがクリスをくれたんだろ?あんま調子に乗ってると酷い目に遭わすよ。」

 「ごめんなさいごめんなさい!」

 どうやら「死ぬほど好き」なのはこの人だったようだ。

 その罪な男クリスは、生き残った騎士団の技術者たちと車の会社を立ち上げた。そこは自動車関連のすべての業務だけでなく、道路工事まで請け負う。会社は数年で急成長しローデシアで一番大きな会社になった。

 やはりクリスは根っからの王族の魂なのだろう。王族の権威を失っても自然とトップに押し上げられるのだ。

 今後は鉄道事業を始めるそうだ。日本から持ち帰った機関車のミニチュアは今もクリスの宝物だ。

 でもどんなに偉くなってもエリザとは仲良しで、見ていて微笑ましい。

 メルは研究部四年からもうカルビン伯の秘書で側近扱いで営業業務をしている。卒業後もカルビン伯の側近で行くらしい。いずれ領地を継ぐ予定だそうだ。ちなみに水色のドラゴンを手に入れる事は諦めていないらしい。商用でよくエルニーダに行くたびにその話をしているようだが、法皇様の許可が出ないので難しいと言っていた。

 クラレンスは隣のユーディーン大陸にいるらしい。メルの父上の会社の定期船に乗ったのが報告されたそうだ。

 アルノーはたまに通信役で天使の代わりに来てくれることがある。

 先日、寮の食堂のテーブルに座って珍しく近況を話した。

 「あのさー、俺、特異能力で悪い仕事もしたけど、いい人助けもしたのね。で、口悪いけど心は綺麗なんだってさ。だから五十対五十で天国にも地獄にも行ってないわけね。」

 「でもさ、死んで何年も経つのに心が綺麗なのに口が悪くて天国いけないなんて相当口悪いよね。それって心にも問題があるんじゃねえの?」

 「その辺は天使とかポーラとかに反省しろって言われてる。でもエラだって相当口悪いよね?」

 「うっさいなあ。」

 「エラは見た目かわいいしポーラだって綺麗系なんだから、もう少し貴族風の立ち振る舞いを身に付けろよ。」

 「バカ。かわいいとか言うな。」

 顔が熱い。多分赤くなってる。恥ず。

 「アクセル卿の娘が可愛いって話は昔からあってさ。社交の場には出てこないから余計に噂になってさ。王都の十代の貴族子息子弟はみんな狙ってたよ。」

 「ああそれエリザに聞いたことあるよ。」

 「俺もその一人だった。」

 「・・・今さら言うな。」

 「へへ。エリザはクリスの許嫁だろ?メルの父上は怖い。アクセル卿は真面目に言えば何とかなるんじゃないかって言ってたんだ。誰が行くかってみんなで話してた。」

 「バカねえ。みんな父上の怖さを知らないんだから。ミラだって怖いし。やだやだ。男たちのノリって。」

 「でもクリスがああいう行動に・・・ハグな。だからみんな手が出せなくなってさ。俺も諦めた。」

 「ほんとに今さら何なの?生きてる時に言いな。」

 「フッ。きっついなあエラは。クリスに、裏であいつは女たらしだとか、王権濫用だとかみんなブーブー言ってたけど、今なら分かる。あの頃の王都の貴族たちはみんな魔導士会の言うなりだったからな。アクセル卿やクリスは魔導士会に入らずに頑張ってた。エラを守ろうとしてたんだな。」

 「父上は王宮の秘密を色々知ってるからね。少しわがままが言えたのよ。」

 「そうらしいね。」

 「そんなこと言いに来たの?」

 「自信を持てと言いに来た。俺だって、とても天使の器じゃないけど移動能力で天使の手伝いをしている。裏宇宙にも行けたろ?」

 「うん。」

 「やりたいようにやればいいよ。多少社会からはみ出たって大したことないよ。『命短し』やで。」

 「そうだね。」

 「今日はこれだけ伝えに来た。じゃあ、また機会があったら会おう。」

 彼は霊だけど元気そうだ。

 カトリーヌは宣言通り、ノースファリアの自宅にこもっている。心の中のフィリアと毎日話して同化を図っているようだ。

 ミラはメイドをやめて格闘技の道場を開いた。父上の後妻に入り子供もできた。私との上下関係はあまり変わらないが、「ミラ」と呼ぶと無視される。「母上さま」と呼ばないといけないのが面倒臭い。

 その点アンは今もメルのメイドで秘書だ。会社業務の時にメルの後ろに居るが、魔獣族の二人を引き連れている様子には威厳すら感じる。でもブルーに会うと青くなって逃げてしまう。

 キャルはオシテバンにいる。

 ドラゴンと一緒に新王を助け、地方での戦いに明け暮れているそうだ。

 この前遊びに来た。

 キャル「いやあ、この前死んじゃってさあ。」

 「はあ?」

 「死に戻り終わってねえの。でもフィリアとの戦いの後からやり直しが始まったからそれは助かったけど。」

 「あれは呪い的にも及ばない大きい事だったのね。」

 「どうしたらいい?」

 「んん?そんなこと言ったって、って待って、カトさんなんか言ってたっけ?えっと、『バーニィ家の再興』が必要なんじゃねえの?」

 「はあ?」

 「キャル!お前誰かと結婚しろ!」

 「はああ?」

 

 私は『黒き滅びの魔女』の肩書きが浸透してしまって在学中も「魔法で何とかしてくれ」みたいな依頼が王国全土から寄せられる。大抵は騎士団や教会にオファーしてしまうが、やはりブルーと一緒に出動しないといけない場合もある。教会関連の案件もあって、教会の教えも勉強していないと関係者と話が通じない。

 また、いまだに日本語の写本の内容を聞かれる事もあって苦労する。

 でも充実している。

 教会の教えも勉強しているし、人助けもしている。

 テリットさんの言うように天使になれるといいなと思っている。

                                おわり。

 本編は終わります。

 補足で、その8『その後・その前』としてもう少し書きます。

「ワケ分からん」と言う人は、仏教哲学の無我とか空とかの、悟り関係、釈迦関係の本や、西田幾多郎哲学の解説本を読むと参考になるかも知れません。

余計ワケわからなくなるかも知れませんが。

次回完結します。その8『その後・その前』です。

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