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ゴリラブレイク 〜隠居ゴリラは勇者を夢見る〜  作者: サイトウ純蒼
第七章「百花繚乱シンフォニア」
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99.消えない心の傷

「……主、女神マリアの名の下にその傷を癒せ。回復キュア


 未だ怪我に苦しむ人が残る女神マリア聖堂。聖堂内で横になる彼らに、里に戻ったシンフォニアが優しく回復魔法をかけて行く。



「ああ、心地良い。ありがとう、僧侶さん……」


 回復魔法をかけ続けて来たシンフォニアに以前のような快感はもうない。だがそれに変わって皆から掛けられる感謝の言葉が彼女を幸せにしていた。


「だ、大丈夫ですぅ~、大したことないですから~」


 そう謙遜するシンフォニアだが今日だけで一体何人の怪我を治療してきたことか。



(本当に凄い魔力量。加えて相手の心をも癒す回復力。これがあのシーちゃんだなんて……)


 マリエルは見習い僧侶として一緒にここにやって来た当初の彼女を思い出す。

 魔法が使えずいつも何かに怯えていた。力になりたいと思っていたが、マリエル自身も自分のことで精一杯だったのでそんな余裕はない。結果、シンフォニアをこの里から去らなければならないところまで追い込んでしまった。




「シーちゃん、大丈夫? 休憩する?」


 マリエルはシンフォニアの傍に行き腰を下ろして尋ねる。朝からずっと治療を続けている。並の僧侶ならすでに魔力切れで倒れているはず。額に玉のような汗をかきながらもシンフォニアが笑顔で答える。



「まだ大丈夫だよ~、あまり長く居るとまたおばば様に見つかって叱られちゃうからすぐに終わらせるね~」


 出禁にされていた大聖堂。それでもこっそりと怪我人が多いここにやって来て治療を行っている。




「ちょっとあなた! どうしてここに『不適合者』がいるのかしら!?」


 そこへ聖堂内に響くような甲高い声がシンフォニアに掛けられる。周りから向けられる好奇の視線。紫色の長髪の女僧侶がシンフォニアの前で仁王立ちになる。



「ラスティア先輩……」


 最も苦手な相手。どれだけ時間が経とうが彼女の前では体が縮こまってしまう。ラスティアが言う。


「まだ分からないの? あなたはここに居ちゃダメな人間なの。多少魔法が使えたってダメなの。いい、分かる? あなたはダメなの!!」


「ひゃ、ひゃい……」


 威圧的な言葉に項垂うなだれて震えるような声で答えるシンフォニア。お婆の許可なしに勝手にここへ入ってはいけない。だけど怪我人がいる。悪いのは自分。シンフォニアはそのまま黙って下を向き口を閉ざす。堪りかねた冒険者が口を出す。



「おい、あんた。別にいいじゃねえか。この子は俺達の治療をしてくれたんだぜ。それの何が悪い?」


「悪いの!! それが悪いんです!!」


 その問いかけに今度は別の女僧侶が答える。ラスティアの後輩でシンフォニアの同期だったゼリア。戸惑う冒険者に指をさしながら言う。



「それがここの規則。この女は罪を犯したの。ここに居るだけで不純なの。それがここの決まり。部外者は黙ってて!!」


「……ちっ」


 冒険者は面倒臭くなって舌打ちして床に寝転ぶ。一緒に下を向いていたマリエルがシンフォニアの腕を握り頭を下げて言う。



「あ、あのごめんなさい!! もうしませんから、すみません!!」


 そう言ってシンフォニアと共に立ち去ろうとしたマリエルだが、そこに現れた新たな人物を見てその足が止まる。




「どうしたんだい?」


 それは聖堂きってのイケメン上級神父ファンケル。慈悲に満ちた優しい笑顔を皆に振り撒く。


「神父ファンケル様ぁ……」


 真っ先に反応したがファンケルに首ったけのラスティア。頬を真っ赤に染めすすっと彼の傍へと移動する。そしてとても僧侶とは思えないほど甘い声になって言う。



「この女が、シンフォニアがまたここに無断でやって来て。みんな困っているんですぅ」


 シンフォニアに治療された者達はこの出鱈目な報告にため息と共に首を振る。ファンケルは全て分かったような顔になってシンフォニアに言う。


「そうか。それは困ったことだね。じゃあシンフォニア。一緒に私の部屋に来てくれないか」


(!!)


 そう言ってシンフォニアの腕を掴むファンケル。ラスティアやダリアの脳裏に神父ファンケルの密室で行われた逢瀬が思い出される。慌ててラスティアが言う。



「し、神父ファンケル様っ!! それはなりませんわ。このような女とお部屋に行くなんて!!」


 半混乱したラスティア。顔を真っ赤にしながらファンケルとの密室での情事を思い出し体を震わせる。ファンケルは切れ長の目で色っぽくラスティアを見つめながら言う。



「何も心配する子はないよ。私はこれまでのことをシンフォニアにしっかり聞いてみたいと思ってね」


(イヤ!! そんなの絶対許せない!!!)


 ラスティアはファンケルが他の女に触れているというだけで既に半狂乱になりそうだ。



「わ、私、大丈夫でしゅから~!! ごめんなしゃい!!!」


 シンフォニアはそう大声で言うと、掴まれたファンケルの手を振りほどき聖堂出口へと走り出した。



「あ、待って! シーちゃん!!」


 駆け出すシンフォニアの後をマリエルが追いかける。




(ちっ)


 去り行くふたりの背中を見つめながらファンケルが心で舌打ちする。頬を真っ赤にしたラスティアがファンケルの隣に来て言う。



「あ、あの、神父ファンケル様。私で良ければお部屋にお伺いしますけど……」


 ファンケルは満面の笑みで答える。


「いや、今私は忙しいので結構。それじゃあ」


 そう言って軽く手を上げその場を立ち去る。残されたラスティアが今度は怒りで顔を赤く染めひとり思う。



(許せない、やっぱりあの女、絶対に許せないわ……)


 ラスティアは紫の髪を逆立ててひとり激怒した。






「シーちゃん、シーちゃん!!」


 大聖堂から抜け出したシンフォニア。そのまま民家の軒下に走り震えながら蹲る。


「シーちゃん……」


 シンフォニアの傍にやって来たマリエルが申し訳なさそうな顔で小さく名を口にする。



「怖いよぉ……」


 しゃがみ込んで震えるシンフォニアが小さく言う。マリエルも隣に腰を下ろしシンフォニアの背中に手を乗せ言う。



「ごめんね、シーちゃん。私が大丈夫とか言ったばかりに……」


 大聖堂に行くことを少し躊躇っていたシンフォニア。だがみんないるし、少しだけなら大丈夫と思ったマリエルが手を取り半ば強引に連れて行ってしまった。


「ううん、いいの。でも、やっぱり怖いよぉ……」


 震えるシンフォニアの体。どれだけ魔法が使えるようになろうとも昔受けた心の傷はそう簡単には癒えない。その傷が深ければ深い程、彼女の心を蝕んでいく。マリエルが震えるシンフォニアの体を抱きしめながら言う。



「ごめんね、シーちゃん。もう無理しなくていいから……」


 マリエルはシンフォニアを抱きしめながら悔しくて悲しくて、何もしてあげられない自分を責めながら一緒に涙を流した。






 その夜、フォルティンの里にいる全ての冒険者、僧侶、修道士モンクに、突如大聖堂への招集命令が下された。グール襲撃の混乱も収まりようやく里の日常が戻って来たここ数日。突然の招集命令に皆の緊張が高まる。



「よく集まって頂きました。まずは皆さんに女神マリアの名と共に私から感謝致します」


 夜半、女神マリア聖堂に集められた皆の前で、上級神父ファンケルが軽く頭を下げて感謝を示す。その後ろには里の責任者のお婆の姿も見える。聖堂内に集まった皆は、ほとんど怪我などは回復したものの突然の招集にやや戸惑を見せている。

 ゲインの隣に立つマルシェが小声で尋ねる。



「一体何でしょう、ゲインさん?」


「さあな。何か情報でも掴んだのかな」


 ゲインは普段通りどっしりと構え壇上にいる神父達を見つめる。シンフォニアを抱くようにやって来たマリエルが心配そうな顔で尋ねる。


「シーちゃん、平気? 無理なら帰るよ」


「うん、大丈夫。ゲインしゃん、居るし……」


 今夜に限り『不適合者』であるシンフォニアも聖堂へ入る許可が出た。マリエルはシンフォニアを抱きながらどれだけ頑張っても目の前にいるゴリ族の男に敵わないんだと苦笑する。

 壇上のファンケルが手を前に大きく突きだし叫ぶように言う。



「今日は大切な話があって皆さんに来て頂いた!! 我々はついに憎きグール達の本拠地を発見したのです!!!!」


「おお……」


 皆の間から驚きの声が上がる。その反応を確かめるように皆を見てからファンケルが叫ぶ。



「よって我々は敵の本拠地を叩く作戦を実行することにしました!!!」


「!!」


 皆がそれを聞き驚く。だが同時にこれまで一方的に攻められているだけだった現状が、こちらから攻勢をかけることでこの戦いに終止符を打てる。騒めく聖堂内の皆に向かってファンケルが大声で言う。



「よってここにグール討伐隊を編成し、この無益な戦いを終わらせます!!!」


「おおーーっ!!!」


 聖堂内から歓声と拍手が沸き起こる。ファンケルが尋ねる。



「里の者は命をかけて戦いましょう!! 冒険者の方々もご賛同いただけますか??」


 ひとりの男が手を上げて尋ねる。



「報酬はたんまり貰えるんだよな??」


 ファンケルは大きく頷いて答える。


「無論です。生涯遊んで暮らせるほどの報奨金を約束しましょう」


「おお……」


 これで冒険者達の心にも火がつく。ファンケルが説明を続ける。



「では今ここに居る戦力を二分します。グール討伐隊と里を守る守備隊。今から名前を呼ぶ方々は栄誉ある討伐隊に選ばれました。是非ご協力をお願いします!!」


 イケメン上級神父が深々と頭を下げる。その姿に多くの女性僧侶が黄色い悲鳴を上げ、冒険者達は報奨金の皮算用を始める。




(討伐隊ねえ……)


 ゲインはその様子を腕を組んでじっと見つめる。

 そして次々と呼ばれる討伐隊の面々。名前を呼ばれた者は拍手と共に壇上へと上がって行く。



「冒険者ゲイン様、魔法使いリーファ様……」


 そして勇者パーティからはゲインとリーファが討伐隊に指名された。拍手の中、壇上に上がるふたり。選ばれた総勢数十名の猛者達に皆が大きな拍手を送る。だがゲインが腕を組んだまま難しい顔をして尋ねる。



「なあ、この選考基準は一体何なんだ?」


 それにファンケルが笑顔で答える。


「そうですね。ご覧の通り里には前衛が圧倒的に不足しています。なのでゲイン殿は真っ先に討伐隊に選ばせて頂きました」


「だったらリーファじゃなくて、うちのタンクのマルシェを選ばなきゃならねえだろ?」


「……そ、そうですね」


 一瞬ファンケルの顔が曇る。だがすぐに笑顔になって答える。



「分かりました。ではマルシェさんもご一緒に……」


「いや違う。リーファとマルシェが交代だ」


「……」


 ファンケルは笑みを浮かべながらも、言うことを聞かないゴリラに内心はらわたが煮えくり返っていた。それを聞いたリーファが不服そうにゲインに言う。



「なんだ、私も行きたいぞ。なぜ交代する?」


 ゲインがリーファの耳元で囁くように告げる。


「シンフォニアの護衛を頼む……」


 少し意外そうな顔をしたリーファが少し考えて頷いて言う。



「うーん、分かった。まあいいだろ」


 何かを察したのか、リーファはそう言うと勝手に壇から降り代わりにマルシェを壇上に上げる。



(くそっ、鬱陶しいゴリラめ!! まあ、いいこれで大きく作戦が狂うこともない)


 ファンケルはにこやかな笑みを浮かべながら皆に向かって言う。



「ではこのメンバーでグール討伐隊を結成します!! 我々の勝利を願って!!!」


「おおーーーーっ!!!」


 皆が片手を上げてそれに答える。

 ファンケルの策略がここに動き出した。

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