9.勇者パーティ活躍する!
レーガルト王国王都。強力な結界や騎士団により魔物侵入などあり得ない場所。その皆の憩いの場である中央公園は大混乱に陥っていた。
「生きる屍だ!!!」
「ゴ、ゴリラが戦ってるぞ!!!」
ただでさえ普段目にしない魔物。しかもその魔物相手にゴリラが戦っている。ゲインがよろよろとこちらに向かって歩いて来る生きる屍を見て思う。
(ああ、滾る。滾る、滾る!! この溢れる力をぶっつけてやるぜぇええ!!!!)
身を焦がすような赤い滾りの炎。興奮に包まれたゲインが高速で生きる屍に肉薄する。
ドフッ!!
動きが遅い生きる屍。一瞬で間合いを詰めたゲインの強力な一撃が腹部に入る。
「まだまだまだまだぁあああ!!!!」
続けて両拳がズンズンと重い音を響かせ打ち込まれる。
ガガッ……
一方的な攻撃を受けた生きる屍がよろよろと後退。そこへゲインの回し蹴りが綺麗に決まる。
ドフッ!! ド、ドドオン……
再度後方へ吹き飛ばされる生きる屍。倒れてびくびくと体を痙攣させている。
(ちっ、やはり駄目か……)
生きる屍と言う魔物はその特性上、魔法で焼き祓うか、光や聖属性武器で攻撃しなければならない。魔法付与がないゲインの攻撃では完全に倒しきることはできない。ゲインが叫ぶ。
「リーファ!!」
ふっとゲインが体を横に移動させると、その後ろで魔法の詠唱をしていたリーファが答える。
「分かっておる!! 消えろ、火炎!!!」
前に差し出したリーファの手から、青き炎が放たれた。
ゴオオオオ……
それはゲインの真横を通り過ぎ、倒れて痙攣していた生きる屍に直撃する。死霊を浄化する魔法の炎。だが相手は王国騎士団の鎧を纏った強力な相手。逆に炎を瘴気で抑え込もうと抵抗を始める。
「火力を上げろっ!! リーファ!!!」
「分かっておる!! はあああっ!!!!」
リーファの体から強い魔力が発せられる。同時に火力が上がり、青き炎は竜巻のようになって空へと昇る。
ボフッ、ゴゴゴゴッ……
青き炎に焼かれた生きる屍はしばらく抵抗していたが、やがて静かになって動かなくなった。周りから起こる拍手と歓声。ゲインはそれにフードを深く被り直し目立たぬよう会釈で応える。
歓喜と歓声の中、ゲインは魔法を唱え終えたリーファの元に歩み寄り、頭をポンポンと叩いて言った。
「よくやったな。大したもんだ」
「当たり前だろ。私は勇者、あ、いや、魔法勇者だぞ。この程度当然だ」
そう言いながらもまんざらなじゃない笑みを浮かべるリーファ。
「ありがとうございました」
そこへ助けられた母親と男の子がやって来る。
「ゴリラさん、すっげえ強いんだね!! びっくりしちゃった!!」
「大したことない。やっつけたのはこいつだ」
そう言ってゲインがリーファを指差す。それに魔法勇者が胸を張って答える。
「まあ、この程度私ひとりでも十分だがな。前衛と僧侶も頑張ってくれたわ」
「リーファちゃん、凄いですぅ~!!」
シンフォニアもそれに素直に同意する。
親子は何度もお礼を言ってその場を去って行く。魔物討伐の興奮収まらぬ観衆に包まる中、新生勇者パーティは初めて『チーム』としての勝利を収めた。
「おーい、どけどけ!!!」
そこへ王城の方から白銀の鎧を纏ったレーガルト王国の騎士団がやって来た。すぐに数名が、黒焦げになった生きる屍を取り囲み何やら確認し始める。その中のリーダーらしき人が周りの見物人達の元に行き尋ねる。
「誰があれをやったんだ?? 冒険者でもいたのか??」
騎士団の鎧を纏った生きる屍。それを倒したと言うのならばそれなりの手練れだ。尋ねられた人がゲイン達を指差して言う。
「あ、あの、ゴリラがやってつけて……」
「はあ? ゴリラ??」
リーダーの男は公園の中央に立つゲイン達を見て眉間に皺を寄せる。
(ゴリラに、女子供がふたり? 調教者か??)
リーダーの男は騎士団の生きる屍が現れた事にも驚いたが、それを討伐したのがゴリラ達だと知りさらに驚いた表情となる。部下の者がリーダーに報告をする。
「報告します。強力な炎で完全に祓われています。高位の魔法使いではないかと思われます」
「うむ、ご苦労」
そう言って下がる部下を見ながら「ゴリラが魔法?」とリーダーが首を傾げる。ともあれ事情を聞くことが先決とゲイン達に話し掛ける。
「おい、そこのふたり。あれをやったのはお前達でいいのか?」
やや高圧的な態度。騎士団とは言え下位のリーダーではこの程度である。ゲインが答える。
「ああ、そうだ」
「ん? ゴリラが喋る?? ゴリ族の者か?」
てっきり調教者だと思っていたリーダーは、ゲインが返事をしたことに少し驚く。ゲインが答える。
「まあ、そんなところだ。ところでちょっと聞きたいことが……」
そんなゲインの言葉を遮るようにリーダーがリーファとシンフォニアに尋ねる。
「お前達は冒険者か? あとあいつを焼いたのはどっちだ? かなりの魔法の使い手のようだな」
リーダーの指先には黒焦げになった生きる屍の崩れた塊がある。リーファが答える。
「私だ!! 私がやったんだ。凄いだろう」
ドヤ顔のリーファ。リーダーの男はその金髪の少女があまりにも幼いのでやや首を傾げて言う。
「本当にお前がやったのか? 名は何と言う? 魔法使いか??」
リーファが胸を張って答える。
「私は勇者だ。あ、いや、魔法勇者リーファだ!! 覚えておけ」
リーファの生意気な態度にむっとした表情になったリーダーが言う。
「勇者? 何を馬鹿なことを言っている。勇者はスティング様だけだ。まあいい、魔物退治の礼に金一封が出るので後で城に来い。分かったな?」
リーダーは話しながら面倒になって来て事務的に伝える。立ち去ろうとした彼にゲインが一歩前に出て尋ねる。
「お前騎士団の者だろ? ルージュに会いたい。取り計らってくれ」
「はぁ……?」
リーダーの男は一瞬静かになる。勇者とか言っている妙な少女に、国の英雄であり国防大臣のルージュを呼び捨てにし『会わせろ』と言うゴリラ。さすがにこれには怒りを表し怒鳴りつける。
「お前みたいなゴリラにルージュ様がお会いになるもんか!! 英雄であり国防大臣のルージュ様を呼び捨てにするなど言語道断っ!! 斬り捨てられたくなかったらとっとと消え失せろっ!!!」
リーダーの大きな怒声に周りにいた騎士団員達が集まって来る。騎士団相手にも物怖じしないゲインとリーファとは対照的にシンフォニアは顔を真っ青にしてガタガタ震える。
(ぎゃふ~!? ル、ルージュ様を呼び捨て~!? そ、それは騎士団さん相手にマズいです~、もしかしたら打ち首とか!? ぎゃー、ここでみんな死んじゃうとか~??)
シンフォニアの頭に最悪の事態が浮かぶ。レーガルト王国の英雄であるルージュの冒涜は重刑とされており最悪の場合打ち首となる。ゲインがため息をついて言う。
「もういい。ルージュは城にいるんだろ? 直接会いに行く」
そう言って歩き出すゲインに周りにいた騎士団がすすっと囲み、リーダーの男は抜刀して叫ぶ。
「貴様の様な無礼なゴリラ、ここで斬り捨ててやる!!!」
剣を向けられたゲインの目つきが変わる。
「おい、あんた。騎士が剣を向けるってことの意味、分かってるか?」
突然放たれたゲインの覇気に一瞬リーダーが体をびくっとして答える。
「き、貴様をこの場で斬り捨て……」
「覚えておけ、剣を向けるってことはな……」
ゲインの拳がぎゅっと強く握られる。
「殺されても文句言えねえんだよぉ!!!」
ボフッ……
一瞬、誰もが瞬きすらできなかったほんの僅かの間にゲインはリーダーの男の間合いに入り、勢いよく放った拳をその顔面の直前で止める。
「あ、がっ……」
何もできなかったリーダーの男が震えながら両膝をつく。ゲインがリーファとシンフォニアに言う。
「さ、行くぞ」
「うむ」
「ふひゃいっ!!」
シンフォニアは『ルージュ呼び捨て』に『騎士団脅迫』と、もう打ち首確定の自分達を思い倒れそうになりながら歩き出す。しかし残った騎士団員達がゲインの前に立ち叫ぶ。
「待てっ!! この様な蛮行、許されると思うのか!!!」
皆が抜刀しゲインに向ける。周囲にいた見物達は魔物を祓ってくれた冒険者と騎士団との争いにどうしていいのか分からず呆然と見つめる。そこへひとりの女性の声が響いた。
「待って待って、何をしてるの!!」
それは金色の花の髪飾りを付けた青のミディアムヘアの美女。若くて巨乳。持ち合わせるオーラは優しく、彼女を見た騎士団の顔が一瞬でだらしない顔となる。リーダーが驚いて立ち上がり敬礼して言う。
「こ、これはルージュ様!! こんな所にどうして……」
ルージュと呼ばれた青髪の女性が答える。
「どうしても何も生きる屍が出たって聞いたら飛んできたの。もう倒しちゃったの?」
ルージュが黒焦げになっている生きる屍を見てひとまず安心する。周りの見物人からも式典などで遠くからしか見たことのないルージュの姿を見て歓喜の声が上がる。そしてそのゴリラの男が彼女に近付いて言う。
「よお、久しぶりだな」
「ん?」
突然声を掛けられたルージュ。首を傾げながら答える。
「ええっと、あなたは……」
困惑した表情を浮かべるルージュにゲインが言う。
「は? 忘れたのかよ?? 確かに長いこと会っていな……」
「あっ!! わかった!! 確か、ええっと……」
突然何かを思い出したようなルージュ。そして言う。
「ゴリ族のゴリアーヌさん!! お久しぶりです!!」
「どこの誰と間違えてんだよっ!!」
勢いよくツッコむゲインを見てシンフォニアや騎士団の面々は顔が青ざめる。相手は勇者パーティの英雄であり国防大臣のルージュ。そんな失礼な態度は死罪に当たる。ルージュが首を傾げて言う。
「ええ、違うの? ゴリ族のお知り合いなんてこの間の種族間会議で知り合ったゴリアーヌさんしかいないし……、う~ん……」
本当に分からないって顔をするルージュにゲインが言う。
「ルージュ、本当に俺が分からないのか?」
(え?)
懐かしい響き。声。そしてオーラ。
外見は違えどそれは間違いなく覚えているあの人。ずっとずっと探しても見つからなかった元勇者パーティの大切な仲間。ルージュが体を震わせ、両手を口に当てて言う。
「うそ……、まさか、あなた……、ゲ……、ふがふが!?」
名前を言おうとしたルージュの口をゲインが素早く塞ぐ。ルージュに突然襲いかかったと勘違いした騎士団が、ゴリラに一斉に剣を向け叫ぶ。
「き、貴様、ゴリラ!! ルージュ様から離れろ!!!」
そんな騎士団をルージュが手を差し出して止める。
「いいの。大丈夫だから」
「え? あ、はい……」
意外なルージュの反応に騎士団が拍子抜けする。ゲインが彼女の耳元で囁く。
「頼みがある。時間あるか?」
そう言われたルージュの頬が一瞬で赤く染まり、そして涙目になって答える。
「うん」
周りの者達はその光景を見てようやくこのゴリラがルージュの知り合いなのだと理解した。