49.魔法団長ルゼクトの闇
レーガルト王国の王都にある王城。
この国を守る元勇者パーティの天才僧侶ルージュが、その政務室で椅子に座り書類を見つめる。実年齢は二十七歳。だが魔王の呪いにより彼女の成長の時間が止まり、見た目はあの当時のままの少女。その若い見た目とは対照的に仕事は早く的確である。
(ゲイン、今頃どこにいるのかな……)
ルージュが窓から入る風に揺らぐ青髪を押さえながらぼんやり外を見つめる。時間が止まったままと言う不安はずっとあるのだが、本音を言えば今はやはり昔の様に一緒に旅がしたい。傷ついた仲間を、ゲインを癒してあげたい。だがそれは叶わぬこと。時間の流れが彼女に新たな責務を、ゲインにもまた別の道が示されている。
(それに……)
ルージュがピンク髪のシンフォニアの顔を思い浮かべる。
(あの子、きっかけを掴めばきっと私よりすごい僧侶になるわ……)
これは誰にも言っていないルージュの本心。今のところ僧侶の悲哀花の開花はまだだが、それも時間の問題だろう。ゲインと旅することで文字通りその才能が花開く。ルージュにはその確信があった。
「で、でも私には大人の魅力があるんだからね!!」
そう言って机の上に置かれた自分の腕を撫でる。肌はまだ十代のピチピチ肌。大きな胸もずっと形を崩さず維持している。それに加えて時間を重ね得た大人の余裕。
「そう、私には大人の余裕が、余裕が……、ないわ。全然」
容姿、スタイル、性格。どれをとってもシンフォニアと自分は拮抗している。勝っているのは経験と魔力ぐらい。だがそんなものは女としての勝負には無用なもの。ずっと一緒にいる彼女にアドバンテージがある。
ルージュが机の上にあった資料を手でぐしゃっと握りつぶして言う。
「あー、なんかイライラして来た。こう、なんというか魔法をドバーンっとぶっ放したい気分だわ」
コンコンコン!!!
そこへ部屋のドアが慌ただしくノックされる。すぐにその意味を察したルージュが答える。
「入って!! どうしたの!!」
その声と同時にひとりの兵士が部屋に入り敬礼してから慌ただしく報告する。
「た、大変です!! 王都の至る所に生きる屍が出現しました!!!」
「!!」
ルージュの顔が一瞬青ざめる。だがすぐに冷静になって指示を出す。
「ヴァーゼル、ルゼクトの両団長に迎撃命令を!! 民の安全を第一に即刻すべてを殲滅するよう!!!」
「はっ!!」
兵は再び敬礼してから急ぎ部屋を出る。ルージュが立ち上がって言う。
「ああ、ちょうど良かった。このイライラをぶつける相手が出て来てくれて」
ルージュも部屋にあった白いローブを身に纏い颯爽と部屋を出た。
「民を守れ!! 手の空いた者は全力で敵を討て!!!」
王都レーガルトは大混乱に陥っていた。
街外れにある王立墓地を中心に突如現れた生きる屍の群れ。街の至る所にも出現し、辺りは逃げ惑う王都民の悲鳴で溢れた。
騎士団長ヴァーゼルは白銀の髪を靡かせながら部下に指示を出す。対生きる屍に光属性を付与させ敵に当たる。
「怯むな!! 斬って斬って斬りまくれ!!!」
生きる屍は元騎士団員のものから平民など有象無象の集まり。陣を組み属性付与を行えば対処できるが、民を守りながらの戦いで人が割かれ、その上敵の数も多いので思うように捗らない。
「……主、女神ウェスタの名の下にかの敵を焼き尽くせ。火炎!!」
王都の別の場所。黒いローブに身を包んだ一団。
レーガルト王国、魔法団長ルゼクト率いる魔法団。彼らは魔法障壁を張り、次から次へと生きる屍の弱点である炎魔法を撃ち込む。団員がルゼクトに報告する。
「ルゼクト団長、敵の殲滅を確認しました!! 次はどちらへ……」
ルゼクトがあくびをしながら答える。
「ふわ~ぁ、まあそう焦らず適当に行きましょうか」
「は、はあ……」
王都の一大事に緊張感のない団長を見て団員が首を傾げる。
一方、僧侶兵団を率いて出撃したルージュはそのイライラをぶつけるように魔法を唱えていた。
「……主、女神マリアの名の下にその敵を浄化せよ。高回復!!!」
ゴオオオオオオ……
生きる屍に対して逆蘇生を施す回復魔法。純粋な回復より高度で魔力消費も多いが、天才僧侶と呼ばれた彼女にはこの程度大したことではない。
「みんなの避難を最優先に!! 怪我した人の回復も忘れないで!!!」
そう冷静に指示するルージュだが、内心は心の赴くまま魔法をぶっ放すことができて興奮に包まれていた。だがそんな彼女に頭を冷やすような報告が入る。
「ルージュ様、大変です!!!」
「今度は何??」
兵がレーガルト王城を指差して言う。
「きょ、巨大なオークの生きる屍が王城に出現!! ひ、姫様の元へ向かっています!!!」
「!!」
レーガルト王城の門は固く閉じてきたはず。一体の敵も入れぬはずだったのに、なぜ魔物が!?
「すぐに行くわ!!!」
ルージュはその場を部下に任せ急ぎ王城へと引き返す。
(嘘!? 何あれ……)
王城へ戻ったルージュは唖然とした。
そこには見上げるような真っ黒なオークの生きる屍が王城の城壁を破壊していた。悲鳴を上げて逃げ惑う文官達。応戦している城の兵も通常攻撃なので全く歯が立たない。
「あの黒い個体、まさか……」
ルージュが以前ヴァーゼルが『魔王を倒した』と誇っていた変異種のオークのことを思い出す。持ち帰って来た黒き角。珍しき変異種。生きる屍化しているが暴れる個体を見てほぼ間違いないと確信する。ルージュが言う。
「どうしてそんなことが……、でも今は姫の救助が先決。やるしかない!!!」
ルージュが手にした僧侶の杖を向けて叫ぶ。
「……主、女神マリアの名の下にその敵を浄化せよ。高回復!!!」
漆黒のオークの周りに白き風が舞い始める。
(ゲイン、お願い。私に力を貸して……)
圧倒的な邪気を放ちながら、その黒きオークの視線が天才僧侶に向けられた。
(素晴らしいですね。我々の実験もここまで来ましたか)
その黒きローブを纏った男は王城の方を見つめひとりほくそ笑む。騎士団長ヴァーゼルが持ち帰った黒きオークの角。時間は掛かるがそこからあれだけ完全体の生きる屍を生み出せたのは大きな収穫だ。
(もう少しで実験も完成する。そしていよいよ『あの方』の復活も夢でなくなる……)
ローブの男は満足そうに空を見上げひとり笑う。近くにいた兵士が声を掛ける。
「ルゼクト団長、次の討伐はどこへ行きましょうか??」
「そうですね。まあ適当にやりましょうか」
ルゼクトは部下にそう言うとゆっくりと王都を移動し始めた。
「るんるるんるる~ん!」
兎人族自治区の首都トレンサを出たゲイン達一行は、魔法使いマーガレットが向かったという『水上都市ウォーターフォール』に向けて東へと歩いていた。ウォーターフォールまではかなりの距離がある。焦りは禁物だが急ぎたい皆とは対照的に、マルシェひとりが嬉しそうに歩く。少し後ろにいたシンフォニアが尋ねる。
「マルシェちゃ~ん、どうしてそんなに嬉しそうなのぉ~??」
シンフォニアのピンクの髪には僧侶の悲哀花。未だ蕾すらできないが、常に魔力を消費し続けている彼女にとっては長時間歩くだけでも負荷が大きい。マルシェが少し振り返り、背中に付けた真新しい盾を撫でながら答える。
「ええ~?? そんなことないですよ~、いつもと変わりませんから。るるる~ん」
先のトレンサを出立する際にゲインとふたりで選んだ新しい盾。粉末状になるまで細かく砕いた魔導石を金属に混ぜ、高火力の炎魔法で一気に焼き上げた特別製。物理攻撃にはもちろん、魔法攻撃にも強い耐久性を持つ特別な品だ。
これは兎人族の匠のみが作ることのできる特殊な盾で、その人気ゆえ金額はもちろん注文してから数年は待たなければならない貴重な品。だがそこはキャサリン姫の『命令よ、先に頂戴』のひと言で優先的に譲ってもらう事ができた。
(絶対いつもと変わってるよ~ん!! ふにゅ~)
シンフォニアはそんな喜ぶマルシェを姉のような目つきで見つめる。
「おい、ゲイン。どうした?」
後ろを歩いていたふたりが、ゲインとリーファを見つめる。
街道の分かれ道。地図によればウォーターフォールへは直進だが、細々と続くもう一方の道をゲインがじっと見つめている。道の端には小さく古びた看板が立てられており、ウォーターフォールと共に『コレッタ集落』との名前が記されている。マルシェがゲインに近付き尋ねる。
「ゲインさん、どうかしましたか?」
「ん? ああ、別に大したことじゃねえんだが……」
そう答えたゲインの脳裏に、昔ここに来た思い出が蘇る。
「おい、どうした? スティング」
街道の分かれ道、ひとり立ち止まったスティングにゲインが声を掛けた。その先を見たスティングが尋ねる。
「なあ、ちょっとこっちの道に行って見てもいいかな?」
その言葉に皆が眉間にしわを寄せる。ルージュが言う。
「そんな時間はないわ、スティング。先の街で魔王軍が現れたって話でしょ? 少しでも急がなきゃ」
スティングが苦笑いして答える。
「そうだな。そうだったな。すまない、みんな」
スティングはそう言うと真っ赤な髪を風に揺らして歩き出す。
(スティング……?)
平和や人助けの為にいつも全力だった勇者スティング。その彼にしては珍しい寄り道の提案。結局一行は次の街へ行き魔王軍を蹴散らすことになるのだが、この時の彼の顔がしばらくゲインは忘れられなかった。
「なあ、ちょっとこの『コレッタ集落』ってのに寄って見てもいいか?」
いきなりの提案に皆がゲインを見つめる。少しでも早くウォーターフォールへ行かなければならないのに普通に考えておかしな提案。少しの沈黙の後、リーファが言った。
「いいぞ。寄って見るか」
意外過ぎるリーダーの回答。ゲインが聞き返す。
「いいのか? 時間の無駄になるかもしれないぞ」
ゲイン自身、その先に何があるのか知らない。ただ行ってみたいという直感。無駄足になるかもしれない。リーファが答える。
「大丈夫だ。ウォーターフォールへは早く行きたいが怖い気持ちもある。それにまあ、どうせ十年近く前の人物を追っているんだ。数日寄り道したって何も変わらないからな」
「そうだな。ありがとよ、リーファ。じゃあ、いくぜ!!」
そう大声で言うとゲインはひとり先を歩き始める。
「あ、待ってくださいよ~!! ゲインさん!!」
その後にすぐマルシェが駆け寄り後に続く。先を歩くふたりを見ながらリーファがシンフォニアに言う。
「向こうに悪い奴がいるかもしれないしな。そしたらやっつけてやらなきゃいけないぞ!!」
「やだ~、リーファちゃん!! そんな怖いこと言わないでよ~!! ふきゅぅ~」
そう冗談っぽく返すシンフォニアだが、並んで歩く彼女には薄い紺色に変わったリーファの瞳に気付くことはなかった。




