39.ポルナレフと英雄ゲイン
その夜、ゲイン達は明日の洞窟攻略の英気を養う為に首都トレンサの人気料理店を訪れた。
首都の『ゲイン記念公園』の向かいにある二階建てのレンガ造りの建屋。夜の帳が下りると共に、店内のランプに灯された明かりが優しく周囲を照らし出す。やがて昼間からいる客に加え、夕食にやって来た兎人族で席が埋まり賑わい始める。
「なかなかいい店じゃねえか」
適当に選んで入って来たゲインが店の雰囲気を見て言う。繁盛店は人が多い。店内に入ると暖かく湿った空気とアルコールの匂いが鼻を包む。だが同時にゲインに向けられる冷たい視線。兎人族ばかりの店内に、今は嫌われ者となったゴリ族のゲインが入って行く。
「いらっしゃい。注文は適当に頼んで」
対応した兎人族の店員が冷たくそう言いメニューをテーブルに置く。しおれた彼の耳。それほどゴリ族の相手をするのが嫌なのだろうか。店員はゴリ族と人間という珍しい組み合わせをじろじろと見ながら去って行った。鎧を着たままのマルシェが言う。
「本当にゴリ族って嫌われちゃってるんですね」
「そうだな。やはりお前、何か悪いことでもしたのだろう?」
そう言うリーファにゲインが呆れた顔で答える。
「だから俺はゴリ族じゃねえし、その長ってのが姫さんの尻追っかけてるのが原因だろ? 大体お前は俺とずっと一緒じゃねえか」
「そうだったな。みんながゴリ族が悪いと言うと私もそう思えて来る。はははっ」
時々リーファの年齢が分からなくなるゲイン。見た目は金髪の少女だがオッサン臭いところもあるし、いつも妙に落ち着いている。体現者の影響なのだろうか。そんな風に思っていたゲインにシンフォニアが言う。
「ゲインさん!! 見てください、バナナ料理、結構ありますよ~!! ふにゃ~!!」
そう言ってメニューを指差すシンフォニア。
「本当か!?」
ゲインも確認すると確かにバナナ料理がある。
「バナナのミルク煮込みにバナナの素揚げ、ホイップバナナアイスに定番のバナナジュースも!! うおぉ、最高じゃねえか!!!」
今はゴリ族の姿はほとんど見かけないが、これは以前の深い交流の名残だろうか。ゲインが店員を呼び言う。
「このバナナ料理全部くれ」
店員はゴリ族であるゲインの容姿を不服そうに見ながら答える。
「バナナ料理はありません」
「は? ないのか!? なんで……」
「ゴリ族に食べさせるバナナなど置くはずないでしょう。そもそもここにはもうゴリ族は来ませんから」
「そんな……」
冷たく言い放つ店員の言葉を聞きながらゲインががっくりとうな垂れる。マルシェが尋ねる。
「バナナ料理は全くないんですか?」
「ええ、ありません。元々我々兎人族はバナナなどあまり食べませんし」
結局リーファ達はトレンサ名産のニンジン料理を注文。ゲインはありきたりの料理に落ち着いた。生気がない顔をしたゲインがため息交じりに言う。
「なあ、もう帰ろうか……、魔王とかマジでどうでもよくなって来た……」
リーファが呆れた顔で言う。
「バナナひとつで何を言っているんだ? お前は私の前衛。居なくなったら困るぞ」
「お前らにはバナナの素晴らしさが分からないんだよ……」
(完全にゴリ族じゃん……)
皆はバナナがなくて落ち込むゲインを見ながらそう思った。そんな一行に大きな男の声が掛けられる。
「あ~あ、なんかゴリ臭えなー」
声の方を振り返るゲイン達。そこには茶色の体毛の体の大きな兎人族の男が立っている。ゲインを睨みつけるような目。明らかに挑発している。男が言う。
「あ~、何でこんな所に汚ねえゴリラがいるんだよ~??」
大きな声で話す男とゲインに周りの視線が集まり始める。ゴリ族の長の求婚で深まった両者の亀裂。だがゴリ族を法的に排除することはできない。ゲインが言う。
「俺がいて何か迷惑でも掛けたか?」
兎人族の男の耳が一瞬で真っ赤に染まる。バンと大きな音でテーブルを叩いて言う。
「掛けてんだよ!! お前らゴリラがいるだけで迷惑なんだ!! ここは兎人族の街、ゴリラがいちゃいけねえんだよ!!」
旅を始めてから『ゲイン』と言うだけで蔑まれ馬鹿にされた。そして今は『ゴリ族』と言う外見でまた罵られる。すべては間違いであり勘違いであるのは分かっているが、それでもやるせない気持ちが沸き上がる。
バン!!!
マルシェがテーブルを大きな音で叩き顔を真っ赤にして言い返す。
「ゲインさんはゴリ族じゃないです!! 何もしていない彼にどうしてそんな酷いことを言うんですか!!!」
マルシェの言葉を聞いた兎人族の男が目を見開いて言う。
「あぁ!? お前、ゲインって言うのか!? ゴリ族の分際で『ゲイン様』の名を騙るとは!!!」
男が周りの皆に大声で言う。
「おい、みんな!! こいつ『ゲイン』と名乗っているんだってよ!! どうする!? 俺達の英雄ゲイン様の名を騙る悪党を!!!」
冷たかった周りからの視線に憎悪感が加わる。そして少しずつだが周囲から罵声が飛び始める。
「ゲイン様を名乗るなんて信じられない!!」
「ゴリ族のくせにゲイン様の名を汚して……」
おろおろするシンフォニアと対照的なリーファとマルシェ。ふたりとも怒りで顔が紅潮している。正直もうどうでもよくなったゲインが店を出る為に立ち上がろうとすると、その甲高い声が店内に響いた。
「静かに。皆の者」
それはひとりカウンターでニンジンジュースを飲んでいた兎人族の男。コートの隙間から見える白い高貴な体毛。深い帽子から出た凛と尖った長い耳。サングラスを外した奥には燃えるような赤い瞳が光る。兎人族の男が驚きその名を口にする。
「ポ、ポルナレフ団長!?」
兎人族自治区兵士団の団長ポルナレフ。兎人族最強で最もミノタウロス討伐が近い男であり、憎きゴリ族の長ゴラッドと対等に渡り合える人物。ポルナレフがサングラスを外し、ゲイン達の元へ歩み寄りながら皆に言う。
「お忍びでニンジンジュースを楽しんでいたんだけどね。ちょっと目に余るものがあったので」
そう言ってゲインを見つめるポルナレフ。静かに尋ねる。
「あんた、隣のゴリ族領から来たのかい?」
ゲインが首を振って答える。
「いや、正確に言うと俺はゴリ族じゃねえ。だから違う」
ゲインの目をじっと見つめるポルナレフ。少し間を置いてから手を掲げ、皆に言った。
「我らが憎むべきはゴリ族族長ゴラッド。一般のゴリ族にその憎悪を向けるべきではない」
静まり返る兎人族。先程ゲインに絡んできた男が言う。
「だ、だけど、ポルナレフ団長。こいつは俺達の英雄ゲイン様の名を騙る輩ですぜ。そんな奴……」
ポルナレフが首を振って言う。
「偶然同じ名前だったのだろう。そんなことで他者を乏しめてはいけない。将来、本物のゲイン様がいらっしゃった時、我らはなんと弁解すればよいのかな?」
「そ、それは……」
男の声のトーンが一気に下がる。相手は自治区最強の男、更にその口から正論を持って諭される。男は小さく頭を下げその場から逃げるように去って行った。同時に店の雰囲気も落ち着き、皆それぞれのテーブルで会話を始める。ゲインがポルナレフに言う。
「ありがとう、助かった」
ポルナレフは長い耳に手をやりそれに答える。
「いえ、旅の方かな。客人に対して失礼をした。ただ今のうちの情勢上、仕方ない部分もあると理解して貰えれば助かる」
「ああ、それは分かっている」
先程から一切物怖じしないゲインに興味が沸いたポルナレフが尋ねる。
「よろしければご一緒してもいいかな?」
そう言ってひとつ空いた椅子を指差して言う。リーファが答える。
「無論だ。座ってくれ」
ポルナレフは軽く会釈をして椅子に腰かける。リーファが手を差し出して言う。
「魔法勇者のリーファだ。このパーティのリーダーをしている。よろしく」
ポルナレフは少し驚いた顔をしてからリーファの手を握り答える。
「私はポルナレフ。自治区兵士団の団長を務めている。まあ、今日はお忍びでこれを楽しんでいただけだけどね」
そう言って長細いグラスに入った黄色のニンジンジュースを指差す。シンフォニアが笑顔で言う。
「わ、私もさっきそれ頼みましたぁ~、美味しそうですね~、きゃふ~っ」
「ええ、とても美味しいですよ。トレンサ名産ですから」
そう言ってポルナレフもそれに笑顔で答える。
(兵士団か……)
ゲインは昔スティングらとともにここを訪れ、その際に王城で魔族軍と一緒に戦った兵士団のことを思い出す。戦闘が苦手な兎人族にあって彼らは勇敢に戦っていた。後にその最も勇敢だった男が王様だと知るのだが、だからこそゲインはどうしても彼に聞きたかった。
「なあ、今兎人族の王は病に伏せているのか?」
笑顔だったポルナレフの顔が一瞬暗くなる。すぐに表情を戻し答える。
「そうです。悲しきことに王は病に倒れました」
「あんなに勇敢だったのにな……」
それを聞いたポルナレフがゲインに尋ねる。
「まるで見て来たかのような言い方ですね。ゲインさん」
ゲインは『しまった』と思いながらもすぐに答える。
「いや、いろんな噂を聞いていてな。勇敢な王だったとお聞きしている」
ポルナレフはグラスに入ったニンジンジュースをひと口飲み答える。
「そうですね。とても勇敢な王でした。まだ私が新米兵士だった頃、魔族に襲われたこの街を王は体を張って守ってくれました」
「……」
黙って聞くゲイン。ポルナレフが続ける。
「とは言え数で劣る兎人族。あの頃はゴリ族も一緒に戦ってくれましたが敗色濃厚でした。蹂躙されるなら集団自決をも覚悟した時、その英雄『ゲイン様』が現れたのです」
ゲインはテーブルにある水を飲み黙って聞く。
「ゲイン様は我等では敵わない魔族をまるで草を刈るように斬り倒して行きました。新米だった私は感動と共に衝撃を受けました。こんな強い人がいるんだって」
「あぁ、そうか……」
相槌を打つゲインにポルナレフが言う。
「以来、我等はゲイン様を英雄と称え今日に至っているんです」
「スティングもいただろ? なぜゲインだけなんだ?」
そう尋ねるゲインにポルナレフが答える。
「そうですね。勇者スティングも我らを救ってくれた恩人ですが、やはり国王らを助けてくれたゲイン様に皆強い感謝の気持ちを持っています。その気持ちの表れがあれです」
そう言って見せの外にある公園を指差す。それはゲインの活躍を記念して整備された『ゲイン記念公園』。ようやくその意味が理解できた。ゲインが思う。
(そうか、あの時の戦いにこいつもいたのか……)
ゲインが兎人族の王と戦った王城での戦いを思い出す。ポルナレフが言う。
「今は行方が分からなくなったと聞いています。是非もう一度お会いしてあの時のお礼をきちんと伝えたいと思っています」
「そうだな……」
そう言って水を飲むゲインにポルナレフが続ける。
「そう、偶然ではありますがあなたも同じ『ゲイン』と言う名を持つ者。悪い方とは思えませんが、今その風貌でゲイン様の名を名乗るのは少し揉め事になるのは仕方ないことですね」
「分かっている」
ゲインも諦めた顔になって答える。ポルナレフが改めて皆に尋ねる。
「ところで皆さんはどうしてトレンサへ? 観光のようには思えませんが?」
リーファが答える。
「ああ、色々用事があってな。とりあえず明日ミノタウロスを討伐する為に洞窟へ行く」
グラスを持っていたポルナレフの手が止まる。
「洞窟へ、潜るのですか……?」
そう尋ねるポルナレフにゲインが答える。
「ああ、俺とそいつのふたりで潜る」
そう言って指差されたシンフォニアが半分泣きそうな顔になる。ポルナレフが言う。
「偶然ですね。私も明日の早朝潜ります」
「!!」
驚く一行。更にポルナレフが言う。
「登録所の話ではゴリ族の長ゴラッドも明日潜るそうですよ」
重なった偶然。それはまさに波乱を告げるものであった。




