32.黄色の悪魔【後編】
「ゲインーーーっ!!」
ゲインの顔を嬉しそうに舐めるキイ。そこへリーファを始めとした仲間達が駆け寄って来た。マルシェが驚きながら言う。
「す、凄いですね。サーベルタイガーを調教しちゃうなんて!!」
ゲインが笑って答える。
「調教じゃないぜ。ただ手懐けただけだ」
そうってキイの顎の辺りを撫でるゲイン。シンフォニアが言う。
「きゃー!! ネコちゃん可愛いですぅ~!! 触りたい触りたいぃ~!!」
そう言いながら大胆にキイに抱き着き撫で始めるシンフォニア。キイもそれに嬉しそう鳴きながら反応する。リーファがゲインに尋ねる。
「それでどうするんだ、これ?」
ゲインが答える。
「ああ、これまで通りここに居て北からの魔物の侵入を防いでもらう。さっきそう約束した」
「約束? お前こいつと話せるのか?? ゴリラ語が分かるのか、この魔物?」
ゲインが苦笑して答える。
「だから俺はゴリ族じゃねえって。会話は、まあ、そのなんと言うか感覚というか……」
「野生の感覚なんだな」
「なんだそれ……」
そう言って笑うゲインに、その緑髪の男と白髪の老人が近付いて声を掛ける。
「あの、ゲイン様。失礼を承知でお尋ねします。あなたは十年前……、ふがっ!?」
そう言い掛けた老人の肩を引っ張り皆から離れるゲイン。耳元で小さく言う。
「俺はゴリ族のゲインだ。それ以上でもそれ以下でもねえ。昔の話とかは言わないでくれ」
「あ、はい。分かりました……」
驚く老人。だがすぐに『訳あり』なのだと察しそれに頷く。皆の所に戻ったゲインに若き長老が信じられぬ顔で言う。
「何がどうなってこの魔物が大人しくなっているのだ??」
別に討伐した訳でもない。血も一滴も流れていない。なのにまるでペットの様に『黄色の悪魔』を扱うゲインに混乱しながら長老が尋ねる。ゲインが説明する。
「まあ簡単に言うとこいつには『主』が必要で、その前の主がずっと放ったらかしにしていたんで寂しくて暴れていたんだ」
「主? 寂しくて……??」
予想外の言葉にさらに驚く長老。ゲインが続けて言う。
「ちょっと聞くが、これまでの討伐隊で死者は出たことはあるか?」
「え? 死者? それは一度もないけど……」
「それが答えだ。こいつは暴れていたけど命令だけはしっかりと守っていた。魔物の侵入を防ぐ。人を殺さない」
「そ、それは……」
つまるところ、『黄色の悪魔』に対して恐怖を抱いた人間が勝手に討伐隊を組み戦いを挑んでいただけの話。キイも寂しさから暴れてはいたが、基本降りかかる火の粉を払っていただけ。殺意を持った相手ですら殺さなかったのは、スティングとの約束を忠実に守っていたからだ。ゲインが言う。
「もう心配しなくていい。今日から俺がこいつの主となった。昔の様にここで魔物からの侵入を防いでもらう」
「そ、そんなことが本当に……??」
まだ目の前の現実が信じられない若い長老が驚いた顔をする。頷くゲイン。そして腕にしていた皮のリストバンドを外し、彼に手渡し言った。
「これをやる。腕につけておけ」
「これは?」
年季の入ったリストバンド。実はこれはスティングから貰った数少ない品のひとつ。旅立ちの日に何となくつけてきたが、こんな所で役立つとは思ってもみなかった。ゲインが言う。
「これは前の主がずっとつけていた物だ。あいつの匂いが染みついている。あと俺のもな。これをしていればキイも素直にお前の言うことを聞くだろう」
「キイ? 魔物に名前を付けたのか?」
色々驚くことが立て続けに起こり混乱する若き長老。ゲインが手を頭にやり苦笑して答える。
「い、いや、まあ、そんなところだ。なあ、キイ?」
そうって後ろに居るはずのキイに声を掛けるもいない。
「あれ? キイ??」
そうやや大きな声で再度呼ぶと、キイは近くの草むらから一本の折れかけた古い杖を咥えて戻って来た。ゲインが言う。
「お、そこにいたか。キイ、これからはこの長老の言うことも聞いて……、って、おい!! その杖っ!!!」
ゲインはキイが咥えていた折れかかった杖を受け取る。ゲインが大きく目を見開きそれを何度も見つめる。リーファが尋ねる。
「どうしたんだ? その杖はなんだ?」
ゲインが答える。
「これはマーガレットの杖だ。折れかけているが、間違いない……」
長い間一緒に旅をしてきた戦友マーガレット。古くはなっているが彼女が持っていた杖をゲインが見間違えるはずがない。
(なんでこんな所にあいつの杖が? しかも折れかかっている?? 魔法使いにとって杖は命の次に大切なもの。一体何が……)
考え込むゲインにリーファが言う。
「ということは大魔法使いマーガレットはここを通ったんだろ? このまま北上は正解ってことだな?」
「ん? ああ、そうなるな……」
理由は分からないがマーガレットはここを通った。通ったかどうかは分からないが北に向かっていたことは間違いない。
ガサガサガサ……
考え込むゲイン。その彼の耳に近くの草むらが動く音が聞こえた。
「誰だ!!」
その声と同時に草むらから現れるひとりの男。ボロボロの服に瘦せこけた顔。こちらを見て涙を流しながら言う。
「討伐隊だ。良かった……」
意味が分からないゲイン達。見知らぬ衰弱した男。だがザエルが連れていた女僧侶が彼に駆け寄り大声で言う。
「お兄ちゃん!! 良かった!! 無事だったのね!!!」
そう言って抱き着く女僧侶。
ますます意味が分からないゲイン達。長老が尋ねると彼女は涙を流しながら言った。
「じつは私のお兄ちゃん、前回の討伐隊に参加して行方不明になっちゃったの。死んだと思えなくて探す為に私も今回参加したんだけど、良かった……」
兄に話を聞くと、前回の討伐隊に参加するも途中で皆とはぐれ帰還できなくなってしまっていたそうだ。心配した妹のが今回の討伐に参加。途中怪我をした兄はキイに怯えながらあまり動くことができず、数か月間まるで吸風飲露のような生活をしながらひっそり過ごして来たそうだ。
ゲインがキイの頭を撫でながら言う。
「そりゃ大変だったな。でもまあ、こいつが人を襲うことはないなけどな」
ゲインは笑って言うがその兄にとってキイは恐るべき『黄色の悪魔』。見つかったら殺されると思っていたからやはり笑えない。
「ありがとうございました」
若き長老や供の老人、女僧侶達がゲインに頭を下げて感謝する。長老が言う。
「本当に信じられません。『黄色の悪魔』がまた街の守り神になってくれるとは。ううっ……」
長年の不安から解放された長老が涙を流す。再び森林都市ウッドフォレストを活気ある街へ戻す。若き長老の心は希望に包まれていた。長老が言う。
「一度街へ戻りましょう。是非感謝の意味を込めてお食事でもご馳走致します」
「バナナはあるか?」
ちょっと驚いた長老だが、すぐに笑顔になって答える。
「無論です。食べ放題にしましょう」
「た、食べ放題!? そりゃ素晴らしい。なあ、リーファ」
「知らん。私は他のものを頂くぞ」
そう腕を組んで答えるリーファを見ながらゲインがキイに声を掛ける。
「はははっ、キイ。お前も一緒に……、っ!!」
その瞬間、キイとゲインに強い悪寒が走る。同時に叫ぶ。
「待てっ!! キイ、行くな!!!!」
それは強い魔族の邪気。森の守りを命じられたキイが電光石火の如くそれに向かって走る。
ズン!!!
「ギャッ!!!」
一瞬の光。
気が付くと、太い氷のつららを胸に受けたキイがゆっくりと地面に倒れる。ゲインが叫ぶ。
「キイィイイイイイイ!!!!」
急いで駆け付けキイを抱き上げるゲイン。
少し離れた場所に緑色の髪をした黒のスーツ姿の魔族、そして水色の肌をした巨躯の魔族の姿が立つ。ゲインが大声で言う。
「シンフォニア!! すぐに治療をっ!!!」
「ひゃ、ひゃい!!!」
幸い急所は外れていたお陰で即死は免れたキイ。ゲインは走って駆け付けたシンフォニアにキイを任せるとひとり立ち上がって言う。
「てめえら、誰だ……」
黒いスーツを着た緑の長髪の魔族が笑って答える。
「これから死にに行く相手にどうして私の名を名乗らなきゃならないのでしょうか?」
ゲインが怒りを抑えて答える。
「そうか、それは残念だ。これから死にに行く奴の名前くらいせめて聞いておいてやろうと思ったんだがな」
「なにっ!?」
怒りを表す魔族達。ゲインが剣を抜き、大声で叫ぶ。
「さあ来いよ、クズ共め!!!! その汚ねえツラを切り刻んで踏みつぶしてやるっ!!!!」
ゲインから放たれた燃えるような赤きオーラ。それは一瞬で辺りを赤く染め上げた。




