21.ブラッディベアー
「ボクをゲインさんのパーティに加えてください!!」
静かな夜。虫の鳴き声だけが静かに聞こえる夜の中庭に、青髪のマルシェの真剣な声が響いた。真っすぐゲインを見つめる青き瞳。決して冗談で言っている訳ではない。長老がやや驚いて尋ねる。
「マルシェ、それはこの村を出て冒険者になると言うことなのか?」
「はい、長老。ゲインさん達と一緒に行きたいと思っています!!」
ゲインがやや困惑した表情で尋ねる。
「なんで俺達なんだ?」
マルシェが頷いてから話し始める。
「今日のゲインさん達の戦いを見て驚きました。凄く強いです」
「あ、あぁ……」
適当に誤魔化すゲイン。
「でもゲインさんのパーティに無いもの、それはタンクだってすぐに分かりました」
「はあ? タンク??」
「ええ。勇者になる素質を持ったゲインさんの盾役がいないんです。それをボクがやりたいんです!!」
「一応『魔法勇者』って名乗っている奴がいるんだが……」
マルシェが笑って言う。
「リーファさんですよね? 彼女は紛れもなく魔法使い。勇者ではありません」
「あはははっ……」
ゲインが渇いた笑いをする。
「でもリーファさんの魔法の素質、それからシンフォニアさんの回復魔法。ふたりとも凄くてもう後衛は問題なし。あとは前衛なんですよ、前衛っ!!」
そう話すマルシェの青い目がキラキラと輝く。ゲインが思う。
(前衛か……、一応俺はスティングの前衛やっていたんだよな……)
決してタンクではなかったが、敵の攻撃を受け注意を引く役目。勇者スティングと言う絶対的な矛を持ったあのパーティでは、ゲインの役割は自然とそう決まっていた。マルシェが言う。
「ゲインさん。あなたは勇者になるべき人です! だって村のみんなだってゲインさんが勇者だと思ってますよ」
そう言って笑うマルシェは幼く見える割にしっかりとした考えを持つ。長老が少し寂しそうに尋ねる。
「カイザーはやはり無理なのかな」
少し考えたマルシェが答える。
「カイザーも強くて勇者候補だと思います。でも彼はパーティでの戦いを好みません。ボクは不要なようで」
長老自身、何度もカイザーの暴言を聞いている。機会は十分与えた。後はゲイン達の判断次第だろう。ゲインが言う。
「分かった。俺としては優秀なタンクは歓迎だ。女ばかりなんで男が来てくれるのも有難い。まあでも、とりあえずうちのリーダーはリーファだ。明日にでもあいつに聞いてみるよ」
「えっ!? うっ、あ、はい……、ありがとうございます」
一瞬戸惑うような表情を見せたマルシェ。でも直ぐに笑顔になって感謝する。ゲインもそれに笑顔で応えた。
翌朝、キダル村を旅立つゲイン達一行。
まだ朝の冷たい空気が残る中、見送りに来ていた長老達の顔はやや困惑していた。鎧を着て泣きそうな顔のマルシェが言う。
「どうして一緒に行っちゃダメなんですか……?」
リーファにマルシェ加入の件を話したゲイン。答えは意外にも『新しいメンバーは考えておらん』だった。シンフォニアが言う。
「リーファちゃん、マルシェちゃんも一緒に行ってもいいと思うよ~」
リーファが興味なさそうな顔で答える。
「こいつはタンクだぞ。パーティにふたりもタンクが居てどうする?」
リーファの頭の中では『ゲイン=タンク(前衛)』だと思っている。前衛のゲイン、後衛のシンフォニア、そして勇者の自分。役割が被る前衛のマルシェは不要であり、リーファが断るのもそれは当然なこと。
ゲインもマルシェは優秀なタンクだと思うが、ダーシャが決めたリーファが同行を許可しないなら仕方がない。ゲインがマルシェの頭に手を乗せ言う。
「まあ、仕方ない。お前はどこでも通じるから頑張れよ」
むっとした顔でマルシェが言い返す。
「ボクはゲインさんと一緒に行きたんです!!」
「ふん、お前なんて誰も使ってくれねえよ!!」
そう後ろから言い放つのは赤髪のカイザー。不要不要と言っていた割に、いざマルシェが出て行くと聞くと顔を青くしてやって来た。長老が言う。
「無理を言うんじゃない。ゲイン様達にこれ以上迷惑を掛けぬように」
「……」
それでもやはり納得がいかないマルシェ。不満そうな顔で自分の鎧を指でコツコツと叩き始める。リーファが言う。
「世話になったな、長老。では」
「お気をつけて、勇者様」
深く頭を下げる長老。見送りに来た村人達が手を振って見送る。
「ううっ、さよならですぅ~、みなさん、お元気でぇ~、ふぎゃ~……」
目に涙をため手を振ってそれに答えるシンフォニア。たった一晩の滞在なのにまるで今生の別れのような彼女を見てゲインが苦笑する。ゲインも村人達に軽く手を上げてそれに応え、街道を歩き出した。
雲ひとつない快晴の天気。穏やかな街道を歩きながらリーファが言う。
「もうすぐお昼だな。村で貰った弁当があるだろう。どこかで食べよう」
「ああ、そうだな。バナナもちゃんと用意してくれたようだし」
ゲインもそれに答える。少し寂しそうな顔のシンフォニアが言う。
「あの~、本当にマルシェちゃんは良かったんですかぁ~?? とっても良い子だったし、一緒に来てもいいかな~、って思ったんですけどぉ……」
マルシェの寂しそうな顔が忘れられないシンフォニア。リーファが答える。
「さっきも言ったがタンクはもう十分だ。あいつには村の守りもあるだろ」
シンフォニアが昨晩の熊の魔物を思い出し顔を青くする。
「ク、クマさんの魔物ぉ~!? 恐かったですぅ~!! ふひゃ〜」
リーファが笑って言う。
「なんだあの程度。勇者パーティに入った以上、あの位でビビッてどうする? 魔法勇者としてはもっと強い凶悪な奴と戦いたかったな」
(あっ)
ゲインはその瞬間リーファの目の色が薄い紺色に変わるのに気付いた。ゲインが大声で言う。
「ば、馬鹿っ!! 滅多なこと言うんじゃねえ!!!」
「な、何を急に大きな声を出すのだ!?」
驚くリーファにゲインが言う。
「戻るぞ!! 今すぐにキダル村へ!!!!」
「はっ?」
意味が分からないふたりの手を引き、ゲインは全力で村へ向かって走り出した。
同時刻、その異変は脅威となってキダル村を襲った。
「ん? あれなんだよ……」
見張り台の上から周りを見ていた男が小さくつぶやく。森の中を移動する巨大な黒い影。まるで小さな岩山のような黒い物体が、真っすぐ村の方へと近付いて来る。
「グルルルルッ……」
やがて聞こえてくる恐るべき鳴き声。それは人間の生存本能を潰しにかかる声。見張り台の男が震えながら叫ぶ。
「ま、魔物だあああ!!! クマ、巨大なクマだアアアアア!!!!!」
それは先に現れたブラックベアーの数倍はあるような巨大な熊の魔物。ブラックベアーの上位種。常に何かしらの獲物を殺して食べており、その血で顔や体が真っ赤に染まっていることから『ブラッディベアー』と呼ばれている。
キダル村にも大昔に一度だけ現れたとされており、その際は村のほとんどの者が殺されたと伝えられている。
「な、なんだ!? あのデカい奴は……」
村の守備に集まった自警団が顔を青ざめて言う。ブラックベアーですら苦労して倒しているのに、その数倍もあるような悪魔。戦う前から震えあがる。そこへ威勢のいい声が響いた。
「どけどけっ!! この勇者カイザー様が一刀両断にしてやるっ!!!!」
そう言って大剣を持ち村に迫るブラッディベアーに向かうカイザー。長老が叫ぶ。
「カ、カイザー!! やめよっ!! 領主様の助けを待つのだっ!!!」
「うるせー!!! 俺は勇者、誰の助けも要らねえ!!!!」
そう言ってカイザーがひとり突撃する。ブラッディベアーは目の前に現れた敵に目標を定めると、その丸太のような太い腕を振り上げた。
ドン!!!!
巨体に似合わず鋭く早い攻撃。腕が振り下ろされたと同時に低い音と共に砂埃が舞い上がる。
「あ、あれは!?」
砂埃の中、姿を現したのは青髪のタンク・マルシェ。盾を上に向けブラッディベアーの攻撃を歯を食いしばりながら受け止めている。
「ぐっ!!」
だが予想以上の強撃。盾を持ったマルシェの肩の関節が音を立てて外れる。
「貰ったああああ!! くたばれ、この野郎オオオオオ!!!!!」
その横を縫うように剣を構えてカイザーがブラッディベアーに斬り込む。
ガン!!!!!
「え?」
一瞬だった。
カイザーが打ち込んだ大剣をブラッディベアーがその鋭い爪で弾くと、そのまま太い腕を彼の胴へと振り回した。
ドフッ!!!
「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
まるでボロ雑巾のように吹き飛ばされるカイザー。耳を裂くような悲鳴が辺りに響く。マルシェが言う。
「カ、カイザー……」
盾でブラッディベアーの腕を支えるマルシェ。村一番の『矛』が瞬殺されたのを見てある覚悟をする。
(やはり彼じゃダメだ! ならばボクがこいつを止める!!!!)
マルシェはふっと後方に飛ぶと盾を構えて叫んだ。
「さあ来い!! お前はボクが止めてやる!!!!」
ブラッディベアーはひと吠えしてから、ゆっくりとマルシェへと近付いた。
「みんな退避準備を。女子供から先に避難せよ!!!」
長老は悲痛の面持ちで村人に命じた。そしてブラッディベアーと戦うマルシェを見て小さく言う。
「すまない、マルシェ。もう我々ではどうにもできぬ……」
マルシェがブラッディベアーと戦いを始めて数時間。村人数名が一緒に討伐に当たったが、傷ひとつ付けることができずに返り討ちとなった。
唯一その黒い悪魔に対抗しているのがマルシェ。だが攻撃手段を持たないタンクのマルシェには、ただ盾を持ち耐えることしかできなかった。
ドン、ドン、ドオオン!!!!
「ぐぐっ……」
何度も打ち込まれるブラッディベアーの重撃。戦い始めてからずっと、マルシェはたったひとりでその攻撃を受け止めている。
(ダメだ、体が痛い……、腕がちぎれそう……)
優秀なタンクであるマルシェと言えども災害級の魔物相手との長期戦に、さすがに限界が近付いて来る。片膝をつき、もうその大きな盾すら持つことができずにもたれ掛けるよう掴む。
ドン!!!!
「し、しまった!?」
そしてブラッディベアーの攻撃。マルシェの大切な相棒の盾が吹き飛ばされる。村人が叫ぶ。
「逃げろ、マルシェ!!!!!!」
(ああ、無理だこれ……)
マルシェが両膝をつく。
長時間の戦闘で既に体力は尽き、立つことすらままならない。
――悔しいな、こんなところで。
マルシェが目を閉じる。
やっぱり冒険がしたかった。強力な『矛』を持つ勇者と。それが叶わぬことだけが悔いだった。
シュン!!!
風を切るような鋭い音。それは何度も聞いたブラッディベアーの爪が振り下ろされる音。
ドン!!!!
「え?」
目を開けたマルシェは驚いた。
そこには大きな男の背中。地面にはブラッディベアーの斬り落とされた腕が転がっている。
「よく耐えたな。さすがは俺が見込んだ男」
マルシェの目に涙が溢れる。自然とその名を口にした。
「ゲインさん……」
力が抜けるマルシェをシンフォニアが抱きかかえるようにして抱きしめる。ゲインが剣を構えて言う。
「さあ、クマさんよ。俺と遊ぼうぜ」
ゲインは剣に付いたブラッディベアーの赤い血をぺろりと舐めて言った。




