17.いざ、魔王討伐の旅へ!!
コンコン……
「おーい、入るぞー」
レーガルト王城内で、これほど英雄であり国防大臣の部屋に気軽に入る人物がいただろうか。最初はそのゴリラのような外見に皆の注目を浴びたが、滞在から一週間も過ぎると自然と馴染むようになっていた。
「どうぞー」
部屋の中からルージュの声が聞こえる。ゲインがドアを開き室内に入ると、そこには既に先客が座っていた。
「いらっしゃ~い、ゲインちゃん」
それは銀色の長髪にスリットの入った色っぽい服を着た大魔法使いダーシャ。ルージュと一緒にハーブティーを飲んでいる。ルージュがソファーに手を向けて言う。
「ここに座って、ゲイン」
「ああ」
「相変わらずゴリラねぇ~」
ダーシャの言葉にゲインが言い返す。
「ババアに言われたくねえ」
「あら? 私はぴちぴちのギャルだよ〜」
今は本来の若いダーシャ。老婆の姿ではない。
「うるさい。俺はゴリラだ。文句あるか」
彼女の言葉を適当にいなしソファーに座るゲイン。ダーシャのスリットから覗く白い足、ルージュも今日は短めのスカートをはいており綺麗な生足が目立つ。ダーシャが尋ねる。
「どうだい? ふたりは」
ふたりとはリーファとシンフォニアのこと。ゲインが答える。
「ようやく座学も終わったんでほっとしているよ。ルージュ、感謝する」
口では嫌だと言っておきながら、忙しい日程をやりくりしてシンフォニアに指導してくれたルージュにゲインが感謝する。
「いいわ。あなたと、……ええっとダーシャさんのお願いだし」
「私はついでかい?」
そう尋ねるダーシャにルージュが答える。
「そんなことないわ。でも結局、彼女まだ咲かないわよ」
「ああ、分かっている……」
座学が中心だったとは言え、王城滞在期間ではシンフォニアの僧侶の悲哀花は開花することはなかった。ゲインが言う。
「まあ、そのうち咲けばいいさ」
そう話すゲインに寂しそうな表情でルージュが言う。
「やっぱり連れて行くんだ……」
「ああ」
自分ではない、そうはっきり告げられたとルージュは思った。下を向くルージュにゲインが言う。
「お前はここを守る大事な仕事があるだろう」
「私なんて居なくても他にちゃんとやれる人は幾らでもいるわ」
「ちゃんとやれる人? あの騎士団長さんとかか?」
ふたりの頭に白銀のキザ男ヴァーゼルの顔が浮かぶ。ルージュが苦笑いして答える。
「いや、あれはちょっとね……」
「あれでよく騎士団長が務まるな。ボーガンの爺さんはもう引退したのか?」
ボーガンとは前騎士団長のことである。勇者パーティ時代、ゲインやスティング達と何度か共闘した剣の達人。高齢であったがその強さは他者の追随を許さなかった。ルージュが答える。
「ええ、引退されたわ。今は故郷で暮らしているはずよ」
「そうか」
寂しそうな顔をするゲインにルージュが言う。
「魔王が滅んでから魔物の力が弱くなっちゃってね。それに平和が続いたんで緊張感もなくなって。ヴァーゼルも決して弱くはないんだけど、外見や煌びやかな言動、勢いだけで後任に決まっちゃって感じなの」
平和な時代ならではの悩み。これまでならそれで良かったが今は魔王が復活したかもしれない時期。国を守る騎士団の力は重要になる。ダーシャが笑いながら言う。
「まあ結界もあるし、ここにお前がいれば易々と落とされることはないだろう」
「ダーシャさんもお手伝いしてくださいね。私ひとりじゃ無理ですよ」
「うん、まあ考えておくよ……」
適当に胡麻化すダーシャ。ゲインが尋ねる。
「それで俺に何か用があったんじゃないか?」
思い出したかのようにダーシャが話し出す。
「そうそう。魔王復活は今も未確認だけど、これから討伐に必要な『退魔の宝玉』を探しに行くんだろ? だったらまずは北に向かいな」
「北? それだけか?」
抽象的な指示に困惑するゲイン。
「そう北。あれを持っていたはずのマーガレットがここから北に行ったらしくてね。どこに行ったかはまだ分からないけど、北に向かいながら調べておくれ」
「うーん、まあ、あいつらを鍛えながら行くか……」
ダーシャがハーブティーを口にしながら言う。
「悪いねえ。全く見えなくてね」
未来予見ができるダーシャ。だがマーガレットについては見えなかったらしい。ゲインが尋ねる。
「魔王復活は本当にまだなのか?」
「分からない。多分まだ、なのかな……?」
それを聞いたルージュが言う。
「私への報告ではそれらしき魔族が目撃されたってあったけど、違うのかしら?」
「被害が出てるの?」
「うーん、最初はあったようだけどあれから報告はないわね」
ルージュが考え込む。ゲインが横から言う。
「まあ、準備は怠らない方がいい。ここで起きた生きる屍事件だってまだ未解決だろ?」
「そうね。何か嫌な予感がするわ……」
ふたりは王都で起きた生きる屍を思い出す。安全な地で起きた魔物騒動。未だその原因は分からない。ゲインが言う。
「ダーシャ、何かあったら頼むぞ」
「うーん、前向きに検討するわ」
よく分からない返事にやや困惑しながらゲインはルージュの部屋を後にした。
「おーい、入るぞー」
ルージュの部屋を出たゲインが向かったのはリーファとシンフォニアが泊る部屋。先程と同じ掛け声でドアをノックする。リーファがドアを開けて言う。
「お、来たな、ゲイン」
そう言ってゲインを部屋に招き入れるリーファ。室内ではシンフォニアがベッドの上で座って髪を梳かしている。
「体調はどうだ?」
尋ねられたシンフォニアが笑顔で答える。
「は、はいーっ!! だいぶ良くなりました。慣れてきたと言うか……、でもまだ花は咲かないんですぅ~、ふひゃ~」
未だ覚醒しない自分の未熟さを思い暗い顔となるシンフォニア。もしかしたらこのまままた捨てられるのか。そんな不安な表情のシンフォニアにゲインが言う。
「上級僧侶だぞ。そう簡単にはなれない。これから鍛えていけばいいさ」
「あ、ありがとうございますっ!!」
パーティ追放はないと安心したシンフォニアが頭を下げて感謝する。ゲインが言う。
「ああ、あとこれからの当面の目標が決まった」
「魔王退治だろ?」
そう尋ねるリーファにゲインが答える。
「まあそうだ。だが魔王を倒すには『退魔の宝玉』と言うアイテムが必要になる」
「『退魔の宝玉』?」
聞いたことのない名前にリーファ達が首を傾げる。
「ああ、これは光魔法に反応して効力を発揮するアイテムで、魔王の力を半減させることができるんだ。魔王退治には必須のアイテムで、うちのパーティでは魔法使いのマーガレットが杖に付けて使っていた」
「……うちのパーティ?」
そう尋ね返されるゲインがはっとする。
(やべっ、間違えた!!)
気分的につい昔の勇者パーティに戻ってしまっていた。
「あ、いや、ルージュから聞いたんで、その、そう言う言い方になっただけで……」
リーファが尋ねる。
「それでその宝玉はどこにあるんだ?」
ゲインが答える。
「それが分からないんだ。マーガレットが持っているはずなんだけど、あいつは行方不明になっていて。手掛かりは北。北を目指せってことだ」
「随分大雑把な指示だな」
「まあ、そうだな。俺もそう思う」
シンフォニアが言う。
「わ、分かりました~、じゃあ~、みんなで北に向かって頑張りましょお~!!」
シンフォニアが片手を上げてポーズを取る。リーファが尋ねる。
「それで出発はいつにする?」
「明日だ」
「明日ぅ~!?」
元気だったシンフォニアが驚き目をぱちぱちさせる。ゲインが言う。
「ああ、お前らの座学も一通り終わったしな。これからこの間頼んでおいた武器が出来上がるんで受け取りに行く。それで問題なければここを出る」
「そうか。いよいよ本格的に『魔法勇者リーファ様』の魔王討伐の旅が始まるんだな」
「は、はひ~、きゅ、急に怖くなってきちゃいましたぁ~、ぐひゃ~……」
ベッドの上で溶けそうになるシンフォニア。ゲインが言う。
「じゃあ支度しろ。装備屋に行くぞ」
「うむ」
「ひゃいっ!!」
三名は支度をして王都大通りへと向かった。
「この街ともお別れなんですねぇ~」
通りを歩くシンフォニアが少し寂しそうに言った。僧侶の悲哀花を付けた当初は立つことすらままならなかった彼女が、この短い期間で普通に歩き会話するまでになっている。花こそまだ咲かないが、魔法の才能はやはりあるとみるべきだろう。ゲインが言う。
「旅に必要な準備はできたろ?」
「まあな」
リーファが頷いて答える。
必要な座学、魔法指導は王宮魔法使いから、シンフォニアも上級僧侶ルージュから直々に指導を受けている。装備も整え『退魔の宝玉』と言う当面の目的も決まった。準備としては十分だろう。ゲインが言う。
「今夜、王城で食事会がある。簡単なものだがルージュ達も来てくれるんで一緒に行こう」
「おお、それは嬉しいな。魔法勇者の旅立ちには相応しいものだ!」
ご機嫌のリーファ。そこへ後ろから女の声が掛かる。
「あ、あの、ゴリ族の方ですよね……?」
「ん?」
振り返ったゲインがその町女を見つめる。小さな子供を連れた王都民。誰だか思い出せないゲインに女が頭を下げて言う。
「せ、先日、魔物から主人を助けて貰った者です。お強いゴリ族の方がいらっしゃると聞いて探しておりました。本当にありがとうございます!!」
「あ、いや、俺は特には……」
戸惑うゲインにまた別の所から声が掛かる。
「あー、ゴリラのおじちゃんだ!!」
「んが!?」
気が付くと小さな子供数名ゲインの所にやって来て足にしがみついている。
「お、おい!? なんだ、お前らは!!??」
動揺するゲインに子供達が言う。
「えー、だってゴリラのおじちゃん、カッコいいんだもん!! 正義の味方なんでしょ??」
(え?)
想像もしていなかった言葉。二度の魔物撃退劇は、確実に王都の人達の心の中に浸透していたようだ。動揺するゲインにリーファが言う。
「良かったじゃないか、ゲイン。モテモテだぞ」
「な、何を言ってやがる!?」
そう言いながらいつもこの役をやっていたスティングのことをゲインは少し思い出した。
王都レーガルトより遥か遠い地。
分厚い黒煙のような雲が空を埋め尽くし、大地は強い瘴気に満ち黒く染められている。
その中央に聳える禍々しい邪気を放つ漆黒の城。それとは対照的な煌びやかな城内。後に『魔王の間』と呼ばれる広間に置かれた玉座に座るひとりの男。
全身真っ黒なスーツに身を包み、すらっとした体躯。頭からは二本の角を生やし、口には小さな牙。端正なマスクに緑色の長髪。
眼下に跪く数多の魔物達を前に小さく言う。
「魔王様が憎き勇者に敗れ十数年。それは同時に私にとって傷を癒やし屈辱に耐えて来た年月。さあ、時は満ちた。これより側近であり、軍師だったこのサーフェルが我が主の仇を討ちましょう……」
サーフェルが立ち上がりぎゅっと拳を握り言う。
「忌々しき勇者スティングは死んだ。もう恐れるものはない。この力と知略を持ってこの世を支配するっ!!」
サーフェルが皆に向かって叫ぶ。
「今これより我は魔王を名乗る。この魔王サーフェルに従え、下僕共よっ!!!」
「ははーーーっ!!!」
「魔王サーフェル様っ!!!!」
一斉にそれに応える魔物達。
遠く離れた地で、その異変は確実に進行していた。