121.ドワーフの要塞
「ふわぁわぁ~、本当にすごく高いお山がいっぱいなんですねぇ~。ふひゃ~」
『雲上大石林』と呼ばれるドワーフの里に近付いた馬車の中から、その壮大な光景を目にしたシンフォニアが目を丸くして言う。
天を貫くような円錐状の岩山群。いくつかは雲に隠れて山頂が見えなくなっている。まさに巨大な天然の岩の林。ゲインが言う。
「あの岩山の麓にドワーフの里『ドラワンダ』がある。まあ、独特な場所だ」
各地を旅して来たゲインをしてその言葉。早速興味を引かれたリーファが尋ねる。
「何がそんなに独特なんだ?」
「そうだな、まず街の風景。岩とレンガばかりの街だ。それにドワーフ自身が他者を寄せ付けない種族でな。里に入るのすら大変なんだ」
「里に入るだけで大変なのか? どうして?」
そう尋ねるリーファにゲインが徐々に見えて来たドラワンダの入り口を指差して答える。
「あの岩壁。まあ城塞都市マーゼルのに比べれば劣るかも知れねえが、あれが幾重にもあって入るのに一苦労するんだ」
それと同時に馬車が止まる。御者が到着の合図を告げ皆が馬車から降りる。その景色を見たマルシェが声を上げた。
「要塞、って感じですね……、本当に入るのだけでも苦労しそうです」
無機質な岩で組み上げられた強固な壁。その中央にある小さな観音開きの扉の他には、木の板に『ドラワンダ』と里名が記載されているだけである。リーファが尋ねる。
「なあ、何でこんなに訪問者を拒むような造りになっているんだ?」
ゲインが久しぶりに見る岩壁を見上げて答える。
「まあ、ここが魔王軍にとって目障りな場所だからだよ」
「目障り?」
そう尋ね返すマルシェ。ゲインが答える。
「ああ。まず魔王の弱体化ができる『退魔の宝玉』はこの岩山の上の方で採れる原石が必要だ。それに勇者の剣。それもこの里でしか打てねえ。つまりこの里には魔王を倒す色んな要素が詰まってるんだ」
「なるほど。それは魔王にとっては厄介な場所だな」
「そう。だから昔から魔王軍の襲撃が度々行われ、その都度里の防御が強固になって行った。そして里を守る強え奴が集まり、冒険者だって身元が不明では中々入ることすらできないんだ」
「当然だろうな。それは」
リーファも腕を組み岩壁を見上げながら頷く。シンフォニアが不安そうな顔でゲインに尋ねる。
「それで私達は中に入れるんですかぁ~?? ふへ~……」
ゲインがリバールへと戻る御者にお礼を言ってから答える。
「大丈夫だ。ルージュに貰った通行証がある」
「おお、さすがルージュ様。やっぱり元勇者パーティの名は凄いですね!!」
マルシェが笑顔で言う。
(まあ、こんなもの無くても大丈夫なんだがな……)
ゲインは安心する皆を見ながらひとり苦笑する。
「さて、じゃあ行くか」
「はい!」
ゲインの言葉に頷いた一行が岩壁にある小さな扉へと歩み寄る。
ガンガンガン!!!
その小さな観音扉は分厚い金属製であった。ゲインがそれを強く叩くと、扉に設けられた小さな窓が開き中に居た髭もじゃのドワーフがこちらを見て尋ねる。
「なんだ? お前らは」
リーファが前に出て答える。
「私は魔法勇者のリーファだ。こいつは魔子のコトリ。その他従者達だ」
「……」
小窓から皆を見たドワーフが尋ねる。
「何をしに来た?」
「『退魔の宝玉』を貰いに来た」
「!!」
それを聞いたドワーフの顔色が変わる。
「何者だ? お前ら」
その言葉には先程より更に疑いの色が見える。それの当然のこと。『退魔の宝玉』は限られた者しか知らず、彼らにしてみれば魔族の手先の可能性すらある。ゲインが慌ててルージュの通行証を取り出し見せて言う。
「王都からやって来た。ルージュの書面もある。族長のダラスに会いたい」
それを聞いたドワーフがしばらく考えてから言う。
「ちょっと待っていろ」
そう言って閉じられる小窓。想像以上の警戒態勢にシンフォニアが不安そうに言う。
「は、入れるんですかぁ~、これってぇ~、ぶひゃ~……」
あまりにも他者に対して排他的なドワーフを見てシンフォニアが泣きそうな顔をする。ゲインが言う。
「まあ、こんなもんだよ。あいつらの内に入られれば馬鹿みたいにいい奴らになるけどな」
「そうなのか……」
リーファが頷いて言う。
バン!!!
それと時を同じくして岩壁の扉が開かれる。その小さな出入り口から現れたのは大柄なゲインより更に大きな厳ついドワーフの男。頭を下げて扉をくぐり皆の前に立って言う。
「てめえらか? 宝玉を求め、族長を呼び捨てにする族ってのは!!」
男が肩に担いだ大きな石斧を揺らしながら尋ねる。恐怖で真っ青になるシンフォニア。対照的に堂々とした態度を崩さないリーファが言う。
「族ではない。魔法勇者だ。魔王退治に必要な宝玉を貰いにやって来た。入れてくれ」
厳ついドワーフの男が言う。
「その通行証もきっと偽物なんだろ? ふざけた奴等め。まあいい。俺と勝負しろ。どうせ宝玉が欲しいならラランダさんと戦わなきゃならねえからな」
彼の後からやって来た守備兵らしきドワーフ数名も、ゲイン達を取り囲むように並び剣を向ける。リーファが言う。
「ラランダ? 誰だ、それは? それより何で戦わなきゃならんのだ」
ドワーフの男が答える。
「黙れ、クソガキが。いいから俺を倒して見ろよ。じゃねえと通さねえぞ!!」
「くっ……」
ドワーフの男が持っていた大きな石斧をリーファに向けて言う。力だけでは敵わない。持っていた魔法の杖を構えようとしたリーファを手で制し、ゲインが言う。
「俺りゃ、ゲインって言うんだ。ダラスに会わせてくれねえか?」
ドワーフの男が今度は石斧をゲインに向けて言う。
「だから俺を倒せば通してやるよ。分からねえのか? ゴリラ」
周りのドワーフから馬鹿にしたような笑いが起こる。ゲインがふうとため息をついて言う。
「仕方ねえな。まあどちらにしろラランダともやらなきゃならねえから、まあいいか。さ、来いよ。ウドの大木」
「!!」
それを聞いたドワーフの男が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「この下賤ゴリラが!!! ぶっ殺してやるっ!!!!」
激怒するドワーフとゲインから、皆が距離を取るように後方に下がる。マルシェが言う。
「ゲインさん!!」
それを手で制してゲインが答える。
「大丈夫だ。お前の手を借りるほどでもねえ」
それを聞いて同じく後ろに下がるマルシェ。
「ふがああああ!!!!!」
ドオオオオオン!!!!
突如ゲインめがけて振り下ろされる巨大な斧。ゲインはそれをひょいとかわすとドワーフの足にローキックを入れる。
「ぎゃっ!!」
思わず声を上げるドワーフ。それと同時に今度は跳躍してドワーフの顔面にハイキックを入れる。
「ぐわっ!!」
手で顔を押さえて後退するドワーフ。怒ったドワーフが持っていた石斧に力を込め叫ぶ。
「このゴリラ野郎っ!!! ぶっ殺してやる!!!!」
そして石斧を両手で持ち直すとゲインに向かって走り込み、斧を水平に振った。
ガン!!!
「なっ!?」
ゲインはその石斧の柄を足で受け止め、そのまま地面へ落とす。
ドン!!!!
「悪りぃけど、通させて貰うぜ」
そう言って強く握った右拳をドワーフの男の顔に叩き込む。
ドフッ!!!
「ぎゃあああ!!!」
両手で顔を押さえ倒れるドワーフの男。周りにいた仲間達はあまりにも一方的な展開に口を開けてぼうっと見つめている。
「うっ、ううっ……」
顔を押さえて倒れるドワーフ。これまで何名もの冒険者がやって来たが、怪しげな奴らは皆彼によって撃退された。周りのドワーフ達は今日の警備担当を見て『運のない奴らめ』とほくそ笑んでいたが、予想とは全く逆の展開に震えながら後ずさりする。ゲインが言う。
「通ってもいいよな?」
倒れて顔を押さえるドワーフの男にゲインが尋ねる。
「何があった?」
そこへ腰が曲がったひとりの年老いたドワーフが扉より現れる。白くて長い髭。褐色の肌。杖をつきながら周りの従者と共に現れたその老ドワーフに、周りの皆が一歩下がって会釈する。
老ドワーフが倒れている男を見てからその傍に立つゴリ族の男を見つめる。
「よお、久しぶりだな。ダラス」
「!!」
ドワーフ族の族長ダラス。
数百年ここを守り抜いて来た里の長に対して、いきなり現れたゴリラが呼び捨てにした。
「な、何を無礼な!! そこのゴリ……」
そこまで言った従者を族長ダラスが手で制する。
「お前、ゲインか……?」
「ああ」
ダラスとゲインはゆっくり歩み寄り皆の驚きの視線の中、ふたりはがっしりと笑顔で握手を交わした。