120.いざ、ドワーフの里へ!!
(全然違う。いや、全くの別人だ……)
巨躯の水色の魔族アイスキルは、目の前に立つ主サーフェルを見上げてそう思った。サーフェルが言う。
「アイスキル、久しぶりだな」
「は、はい。サーフェル様……」
体が震えた。
『魔王強化』が成功し再会できた喜びの震えじゃない。下手なことを言えば殺されるという恐怖の震え。漆黒の大地にある魔王城。その最上階で自分の椅子である玉座に座りながらサーフェルが言う。
「また敗れたのか、勇者ゲインに?」
「はい……、申し訳ございません……」
城壁都市マーゼルにて魔族シェルバーンを利用して挑んだゲイン達勇者一行との戦い。巧妙に騙し上手く誘い出したところまでは良かったが、結局最後は自力の差で敗北を喫した。
「馬鹿が!!!!」
「!!」
サーフェルの怒声が魔王の間に響く。近くにいた上級魔物達がその恐怖に平常でいようと必死に耐える。いつも冷静で大声など出すことのなかったサーフェル。今目の前にいる人物は、姿かたちは同じだが中身は全くの別人。サーフェルが言う。
「なぜ負けたと思う?」
「サ、サーフェル様の知略は完璧でして、いえ、ただ最後の我々の詰めが甘く……」
「違うだろ!!!!」
ドン!!!!
「!!」
大声と共に立ち上がったサーフェルが玉座を蹴り上げる。
「お間らが弱いだけだろ!!! 弱いから負けたんだ、分からねえのか!!!」
「は、はい。申し訳ございません……」
アイルキルは地面に頭をこすりつけながら体を震わせ、ぼたぼたと流れ出る脂汗をじっと見つめる。頭を下げていなければいられないほどの圧。生まれ変わったサーフェルの強さは群を抜いていた。そこへ軽い女の声が響いた。
「あれ~、誰かと思ったらサーフェルじゃん? 何やってんの?」
それは薄紅色のふわっとしたツインテールの幼い魔族。以前ゲインに胴体を斬られずっと治療を続けていた魔族ローレン。ようやく最近その治療が終わったばかりだ。床に頭をこすりつけているアイスキルに気付き声を掛ける。
「アイスン、なにやってるの~? またヘマでもやらかしたぁ……」
ドオオオオン!!!!
「ぎゃあ!!!」
一瞬。アイスキルはその一瞬の出来事に顔を青くした。
ふざけた態度でアイスキルに接したローレン。それを一瞬で目の前にやって来たサーフェルが殴り倒した。
「あ、ぎゃ、サーフェル、なにを……」
顔が潰れ、床に倒れて震えるローレンが仁王立ちするサーフェルに言う。
「弱いザコが何を言っている? 弱い奴は、死ねよ」
「サ、サーフェル……」
ローレンの頭の横でその長い足を上げたサーフェルに、アイスキルが大声で言う。
「サ、サーフェル様!! どうかお待ちください!!!」
そう叫ぶアイスキルを見てサーフェルが言う。
「何を言っている? ザコは殺すのみ」
「い、いいえ。ローレン様は貴重な我らの戦力。何卒お考え直しを……」
「ふん」
サーフェルはくるりと踵を返し玉座へと戻る。
「そいつが必要なのか?」
「はい」
サーフェルが腕を組みアイスキルに言う。
「こちらへ来い。そして跪いて口を開けよ」
「は、はい……」
アイスキルは言われた通りにサーフェルの玉座へ行き、跪いて口を開ける。
シュン!
サーフェルはアイスキルの顔の上に腕を出し、自ら手刀で斬りつけた。
(サーフェル様……??)
サーフェルの腕から流れ出る血。ぼたぼたとアイスキルの顔、口の中へと流れていく。
(うっ!?)
サーフェルの血液が体内に入ると同時に体が震え出す。灼けるように熱い血。手を喉に当て苦しさのあまりのた打ち回る。サーフェルは流れ出た血をそのまま床に倒れているローレンにも浴びせる。
「ギャアアア!!!」
倒れたローレンからも悲痛の叫び声が上がる。サーフェルが再び玉座に座り、流れ出た血をぺろりと舐めてから言う。
「強くなれよ、ザコ共が。俺の為に働け」
この日より新生サーフェル軍の逆襲が始まる。本気の魔王軍の襲撃に人々は恐怖に慄き、身を寄せ合って勇者を渇望する事となる。
「報告します!! ルージュ様っ!!!」
レーガルト王国、王城最上階。国防大臣であるルージュの部屋に、ここ最近何度目か分からない急ぎの報告がもたらされた。耳までの青いミディアムヘアー。僧侶の悲哀花であるゴールドフラワーが髪で美しく輝くルージュであるが、その顔は疲労で一杯である。
「なに? どうしたの」
良い知らせではない。それを分かったかのような口調。兵士が言う。
「はっ!! 騎士団副団長ファーレン様率いる部隊が上級魔族によって壊滅。全員の安否が不明となっております!!」
「そんな……」
副団長ファーレンは、先に降格させたヴァーゼルに代わって騎士団長に復帰して貰ったボーガンの息子。腕は確かで魔族退治で多くの功績を上げ、ゆくゆくは騎士団長へと考えていた矢先のことであった。兵士が続ける。
「それから他にも報告がありまして……」
「そこから先は私が話そう」
「!! ボーガンさん」
そこへやって来たのは現騎士団長ボーガン。オールバックの白髪に焼けた肌。眼光鋭い目は健在だが、連戦による疲労感は拭えない。ルージュが言う。
「ボーガン騎士団長、お努めご苦労様です。今回も見事な武勲を上げられたとか」
ボーガンは首を振ってそれに答える。
「いえ、大したことはございません。それより辛い知らせが……」
ボーガンの顔が曇る。
「何でしょうか」
「はい。実は魔王サーフェルを名乗る魔族が現れまして……」
(魔王サーフェル……)
ルージュが頭の中でその名前を復唱する。ボーガンが言う。
「街をひとつ、跡形もなく破壊しました」
「なっ!?」
思わず座っていたルージュが立ち上がる。ボーガンが続ける。
「強力な二体の魔族を引き連れ、一方的に破壊を行いました。その時間、僅か数分。恐るべし魔王が現れました……」
「本当なんですか……?」
「ええ、残念ながら」
魔法復活は分かっていた。だがついにその魔王が本気で動き出したという事だろうか。ルージュが尋ねる。
「魔王サーフェルは今どこへ?」
「分かりません。その後はぱったりと行方をくらませております」
「……そう」
ルージュは椅子に座り直すと目を閉じ少し考える。そして言った。
「ボーガン騎士団、あなたに副団長ファーレンの救出を命じます。敵は未確認の魔族。十分気を付けて」
一瞬驚いた顔をしたボーガンだが、すぐに手を胸に当て会釈して答える。
「そのお言葉、しかと拝命致しました。全力を持って副団長救出に向かいます。……ありがとうございます」
ボーガンはそう言って再度頭を下げるとルージュの部屋から退室して行った。
「はあ……」
ひとりになったルージュは立ち上がり、ふらふらと部屋に置かれたソファ―の上にばたりと倒れる。
「もお、ゲイン。早く倒してよ。魔王とかさあ……」
ルージュは先日会ったばかりの元勇者パーティの剣士の顔を思い出し、ひとり小さくつぶやいた。
「ねえ、ゲインさん」
『川辺の街リバール』からレイモンド商会が用意してくれた馬車に乗り、目的地であるドワーフの里『雲上大石林』を目指していた一行。その馬車の中でマルシェがゲインに尋ねた。
「なんだ?」
「いい加減に教えてくださいよ。どうやって人間に戻ったんですか?」
一度は人間の姿に戻ったゲイン。結局またゴリラになってしまったのだが、どうやって人間に戻ったのかは頑なに話そうとしない。ゲインが答える。
「まあ、いいじゃねえか……」
「よくないですよ! すごく重要なことで、今後ゲインさんの呪いを解く重要な手掛かりになるかもしれないんですよ!!」
「そうだな。いい加減話せよ、ゲイン? それとも何かやましいことでもあるのか?」
ゲインが首を振って答える。
「あ、ある訳ねえだろ!!」
「それじゃあ~ぁ、話してくだしゃいよ~、ふにゅぅ~」
「……ある薬を飲んだ」
ようやく観念したゲインが答える。
「薬?」
「ああ、ダーシャが持って来た『魔王の呪いを解く薬』ってのを飲んだ」
「何それ? そんな都合の良い薬があるの?」
「まあな。だけどめちゃくちゃ不味い薬で、飲んでからずっと吐き気が続いて大変だった。バナナしか食べれんかった」
「それは平常運転だろ」
軽くリーファがツッコむ。
「まあその薬ってのが神殿の倉庫から出て来たやつだそうで、詳しいことは分からないらしい」
「そうですか。それじゃあやはり解呪はまだ無理なんですね」
マルシェが少し寂しそうに言う。
「まあ、そう言うこと。まあそれでもイケメンゴリラだろ、これも」
そう言って自分の顔を指差すゲイン。リーファが呆れた顔で言う。
「黙れ、詐欺ゴリラ」
「……」
毎度地味に傷つくリーファの言葉。暗い顔をするゲイン。そんな一行に御者の声が響いた。
「皆さん、見えてきましたよ!!」
「おお!!」
皆が馬車の窓から外を見つめる。その視線の先には尖ったような高い岩山が並ぶ奇景が広がる。円錐状の山々は長細く、先は雲を貫いているものすらある。まさに『雲の上にある石の林』の名に相応しいもの。ゲインが言う。
「さあ、行くぞ」
「はい!」
久しぶりに訪れるドワーフの里。
目的である『退魔の宝玉』を求めてやって来たこの場所だが、ここが魔王討伐の旅の大きな変換点になることはまだゲインも知らない。