117.魔剣グラム
「粛清開始でおじゃ~る!! とフレンジ様が仰っているでおじゃる~!!」
フレンジの付添人の黒がそう皆に告げると、赤服を着た一団は持っていた武器でレイモンド商会の警備兵達に一斉に斬りかかった。
「行け行け!! 粛清だっ!!!」
「賊を討ち取れっ!!」
両者抜刀しての斬り合い。魔法も飛び交う大激戦となった。
「リバールで勝手なことをさせるな!! 賊を討ち取れ!!!」
そこへ街の治安部隊の応援が駆け付け、レイモンド商会の助太刀に入る。数では圧倒的に有利になったレイモンド商会。だがその茶髪の男が本気を出すと事態が一変する。
シュン、シュンシュン!!!
「ぎゃああああ!!!」
「ぐわあああ!!!」
漆黒の長剣を振り、皆の間を駆けるフレンジ。彼の通った後には斬られた者達の血しぶきが上がる。
「な、なんなんだ、あいつ!!」
「強すぎる!!!」
赤服の連中もそれなりの腕であったが、この茶髪のフレンジはまるで別格。降りかかる敵をまるで藁人形のようにバッサバッサと斬り捨てていく。そこへレイモンド商会の私兵団長が立ちはだかる。
「待て!! 私が相手だ!!!」
フレンジの前に仁王立ちする私兵団長。駆け付けた黒が言う。
「まだこの私の実力が分からないのか? とフレンジ様が仰っているでおじゃる」
私兵団長が答える。
「分かっている。だが時間さえ稼げば直に領主様の兵が駆け付けてくれるはず」
「無理でおじゃる。時間を稼ぐ間もなくお前は血に伏せるでおじゃる」
「馬鹿にするな!! この私だって……」
そう怒鳴る私兵団長を手で制して、黒が言う。
「貴様は数秒で地に伏せるであろう。なぜならこの『魔剣グラム』の前に無事に立っている者などはおらぬ、とフレンジ様が仰っているでおじゃるぞ」
「ま、魔剣グラム、だと……」
腕に覚えがあるものなら一度は聞いたことのある魔剣。持つ者の怒りを吸収し強化される魔剣。怒りが大きければ大きいほど剣の破壊力が増す。
『スティング信者』であるフレンジは常日頃から大罪人ゲインに対して強烈な怒りを持っており、それが彼の魔剣をより強固なものにしていた。
「だからと言ってここを通す訳にはいかぬ……」
彼の後ろにはレイモンド商会の建物がある。自分が敗れればレイモンド家、そしてチェルシーに危機が及ぶ。黒が笑顔で言う。
「粛清、でおじゃる」
「!!」
一瞬であった。
フレンジが魔剣を下段から上段に振り上げると同時に真横を通過。私兵団長は何が起こったのかも分からぬまま血しぶきを上げ、その場に倒れた。黒が言う。
「では、参るでおじゃる」
そう言ってフレンジと共に警備のいなくなった建物へと入って行く。
「くそっ!! なんてことしやがる!!!」
ゲイン達がリバールへ戻ったのはちょうどその頃であった。
港にある大きなレイモンド家の商家。その前に警備兵や街の治安部隊、それから応援で駆け付けたリザードマン達が血を流して倒れている。港は突然起きた争いに皆が混乱し、逃げ回っている。
ゲインが剣を抜き勝利に油断していた赤服を斬り捨てる。
ザン!!!
「ぎゃああああ!!!!」
突然悲鳴を上げ倒れる赤服。仲間達が剣を持ったゴリ族の男を睨みつける。
「ゴリ族だと? 冒険者の類か!!」
「気を付けろ!! 中々の手練れだ!!!」
ゲインの構えを見てその実力を見抜いた赤服の一団。近くに倒れていた警備兵がゲインに言う。
「あ、あんた、中にいるお嬢さんを助けてやってくれ。頼む……」
警備兵は斬られて出血が続く中、守るべきレイモンド家の令嬢を心配して言う。
「分かった。引き受けた」
ゲインはそう小さく答えると、リーファ達に言う。
「俺は中へ行く!! ここは任せたぞ!!」
「おう。任された。行って来い!!」
「分かりました!!」
「了解ですぅ~!!」
マルシェを前衛とし、その後ろでリーファが魔法の詠唱を始める。それを確認したゲインが急ぎ建物へと走る。そして建物入り口で倒れている男に気付き声を掛ける。
「おい、あんた大丈夫か?」
かなり深い傷。見事な太刀筋である。男が言う。
「わ、私は大丈夫だ。お嬢様が危ない。敵は魔剣使い……、頼む、助けてくれ……」
「分かった。任せろ」
ゲインは私兵団長をそのままにし、急ぎ建物へと入る。
「だからもう一度言うでおじゃる。馬鹿なゲイン信仰を止めスティング様を崇めなさい、とフレンジ様が仰っているでおじゃる」
商会建屋の最上階。令嬢チェルシーの私室。そこに現れた茶髪の魔剣使いフレンジとその従者の黒。娘を庇うように立つ両親に向かって漆黒の魔剣を突き付けて再度言う。
「さあ言うがいい。『大罪人ゲイン』はもう探しません。私達が間違っていました、でおじゃると」
チェルシーの父親が大声で言い返す。
「誰が誰を敬おうとお前達には関係ないはず!! 娘は病気なんだ!! その娘の願いが恩人であるゲインさんに会いたいだけ。なぜそれがいけない!?」
シュン!!!
「きゃああ!!!」
フレンジが魔剣を振り抜く。部屋にあった机が真っ二つに斬られ、音を立てて崩れる。影が言う。
「チェルシーちゃんは可愛いからお嫁さんにしようと思っていたけど、言うことを聞かないんじゃ……」
ガン!!!
「痛っ!!」
フランジが隣の黒の頭をげんこつで殴る。黒が言う。
「あれあれ、違うのですか? フレンジ様? あの娘は絶対フレンジ様の好みのタイプで……」
ガン!!!
「ぎゃっ!!」
再び殴られる黒。頭を押えながら黒が言う。
「わ、分かったでおじゃる!! ええっと、娘よ。命が欲しければ私達の言うことを聞くでおじゃるぞ!!」
チェルシーは大混乱に陥っていた。
突然やって来た訳の分からない連中。警備兵が居るはずなのに全く無傷でやって来たふたり組の男。そしていきなりの『ゲイン捜索中止の要求』。意味が分からない。
「わ、私はゲイン様を慕っております!! あなた達が何をしようとゲイン様をお探しします!! ごほっごほっ……」
瘦せて体力のないチェルシー。だが両親はそんな彼女から最近聞いたことのないような大きな声に振り返って驚く。黒が言う。
「そうでおじゃるか。お嬢さんは可愛くて粛正するには気が引けるでおじゃるが、仕方ないでおじゃる」
父親が首を振って言う。
「な、なぜこんなことをする!! こんな馬鹿げたことを!!!」
一瞬空気が固まる。
それは完全に怒りのツボを押されたフレンジの殺気であった。黒が言う。
「あ~あ、言っちゃったでおじゃるな。スティング様を馬鹿呼ばわりすることが一番許せないことなのでおじゃると、フレンジ様がお怒りでおじゃる」
魔剣グラムを突き付けられるレイモンド。震えた声で言う。
「こんなことが、こんな事が許されて……」
「許されるのでおじゃる。粛清、開始……」
ドオオオン!!!!
フレンジが魔剣を振り上げようとした瞬間、後方からドアが回転しながら吹っ飛んで来た。壁に当たり音を立てて床に落ちるドア。
皆が視線を部屋の入口に向けるとそこにはゴリ族の男がひとり立っていた。
(やっべ。勢いあまってドアを壊しちまった……)
ゲインは申し訳ないと思いながらもそんな感情は一切顔に出さずに部屋の中へと入る。黒が言う。
「誰でおじゃるか? お前は」
「俺か? まあゲインって言う一介のゴリラさ」
「!!」
その場にいた者全員がその名前を聞いて驚く。
(ゲイン、様!? あ、もしかしてこの間面会を求めて来たゴリ族の……)
チェルシーは先日面会を求めて来たゲインと名乗るゴリ族がいたことを思い出す。同時にこの状況でありながらゴリラのくせにゲインを名乗ることに苛立ちを覚える。
だがそれ以上に不愉快な顔をしたのがフレンジであった。黒が言う。
「ゲインだと? あ、じゃなくて、ゲインと言うのでおじゃるか!? なんと不愉快な名前!! 我等の前でその名前を名乗るとは死んでもいいということでおじゃるか、とフレンジ様が仰っているでおじゃる」
ゲインが頭を掻きながら答える。
「何訳の分からないことを言ってるんだ、おじゃる君よ。俺の名はゲイン。それをどうしろって言うんだ?」
「その忌々しい名前を名乗る奴は粛清でおじゃるのだ!!!」
怒りを爆発させる黒。レイモンドが言う。
「あ、あんた。誰かは知らないが無理はしないでくれ!! 間もなく領主様の兵がここへ来る。それまで耐えれば……」
「来ないでおじゃるよ」
「なっ!?」
レイモンドの言葉を遮るように黒が言う。
「来ない? 領主様の務めは領地内の安定。このような事件を起こして領主様が黙っているはずが……」
「だから来ないって言ったでおじゃるぞ。来ないようにしておいた、と言った方がいいでおじゃるかな」
「来ないようにした、だと……」
その言葉の意味が分からないレイモンド。ゲインが剣を構えて言う。
「あー、そんなのどうでもいい。こいつらをぶった斬って吐かせりゃいいんだろ」
「あ、あんた。一体……」
レイモンドはそのどこか懐かしいような感覚に一瞬戸惑う。ゲインが言う。
「魔剣グラムか。どこで手に入れた?」
意外そうな顔をするフレンジ。黒が答える。
「ゴリラ。これを魔剣グラムと知って挑んでくるでおじゃるか? やはりゴリラは馬鹿でおじゃるな、とフレンジ様が仰っているでおじゃる」
「いいから来いよ。おじゃる君」
そう言いながらゲインが自身から発した赤いオーラを剣へと集める。朱に染まるゲインの刀身。剣戟は一瞬だった。
ガン!!!!
魔剣グラムと朱に染まったゲインの剣がぶつかり合う。下がる両者。ところが何を思ったのかゲインは持っていた剣を鞘に納める。そして言う。
「さあ、どうする? 降参を認めるか、それともその鈍ら剣で自害でもするか?」
さっぱり意味が分からない黒。大声で言う。
「な、何を言ってるでおじゃるか!! 勝負はこれからで……」
そんな黒の目に魔剣を持ったまま動かないフレンジの姿が映る。
「フ、フレンジ様……??」
フレンジは固まっていた。目を大きく見開き、全身から大粒の脂汗を流し小刻みに震えている。
勝負は決していた。
ゲインに対し強い『恐怖』を感じたフレンジ。魔剣グラムは『怒り』をもって最大の攻撃力を成す剣だが、逆に使い手が『恐怖』を感じるとただの重いだけの鈍ら剣へと変化する。
自分より圧倒的に格上のゲインに一太刀で気付いてしまったフレンジにもはや抗う気力は残っていなかった。黒が両膝をついて言う。
「ま、負けたでおじゃるのか……、フレンジ様が……」
初めての敗北。無敵と思っていたフレンジと魔剣がたった一度の剣戟で敗れ去った。ゲインが言う。
「だからそいつは魔剣なんて呼ばれてんだよ。剣士なら地道に鍛えろ」
黒と同じく両膝をついたフレンジが小さく頷く。初めての敗北。だがそれが彼のこれからの人生を大きく変えることとなる。