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ゴリラブレイク 〜隠居ゴリラは勇者を夢見る〜  作者: サイトウ純蒼
第八章「ゲインと薬と不治の病」
115/140

115.白い花

「皆様お疲れさまでございました。今回は全部で六体の回収が確認できました。ありがとうございます」


 洞窟を出て船に戻ったゲイン達。皆が持って来たマンドラゴラを確認してからセバスが大きく頭を下げた。ゲインが二体、シンフォニアとリーファとマルシェで一体。残りの冒険者で三体と可能な限り回収を行った。リーファが疲れた顔で言う。



「あー、しんどい。マンドラゴラの採取ってこんなに大変なのか……」


 実際重労働に近い。女子供では回収が捗らないのは仕方のないこと。ゲインが言う。


「まあいいじゃねえか。俺達で三体。どれだけ報酬が貰えるか楽しみだな」



「では皆さん、街へと帰ります。揺れますのでお気を付けください」


 辺りは既に真っ暗。星空の下、船は一路リバールへ向けて動き出した。





「マンドラゴラ三体、報酬はこちらになります」


 港に着いたゲイン達。早速向かったレイモンド商会のカウンターでマンドラゴラ採取の報酬を渡された。リーファが目の色を変えて驚く。


「本当にこんなに貰えるのか!? 正直驚いたぞ……」


「控えめに言っても凄いですね」


 マルシェもその額に目を何度もパチパチさせる。当分の間何もしなくても困らないほどの額。これで路銀に困ることなく旅が続けられそうだ。報酬を喜ぶ皆をよそに、ゲインはレイモンド商会の者に近付き声を掛ける。



「なあ、ちょっといいか」


「はい、何でしょう?」


 黒服の男。商会の中でもそれなりの身分のようだ。ゲインが言う。



「なあ、実は俺もゲインと言うんだが、チェルシーに会うことはできないか?」


 黒服の男はレイモンド令嬢を()()()()にしたゴリ族の男を半ば睨みながら答える。


「マンドラゴラ採取の件は感謝致します。だがあなたのような人物をお嬢様にお会いさせることはできません。体調が優れないことはご存じでしょう?」


「あ、ああ。聞いている。だけど一度でいいから会えないか?」


 黒服の男は無意味だと思いながらも、次回のマンドラゴラの採取、並びに『ゲイン』と言う名前が気になり一度確認すると伝え建物へと戻る。




 コンコン……


「お嬢様、宜しいでしょうか?」


「どうぞ……」


 黒服がチェルシーの部屋へ行きノックして室内へと入る。ベッドに横たわるチェルシー。やはり顔色は優れない。黒服が言う。



「無事にマンドラゴラの採取が終わりました。新たな冒険者達が頑張ってくれました」


「そう……」


 全くそんなことに興味のないチェルシーは窓の外の夜景を見ながら答える。黒服が続ける。



「お嬢様、その中で『ゲイン』と名乗る男がいまして、お嬢様との面会を希望しております」


「え? 本当なの!?」


 それまでまったく興味がなかったチェルシーが上半身を起こして黒服を見つめる。黒服は小さく頷いてから言う。



「ええ、ただゲインと名乗ってはいますが、『ゴリ族』でして……」


「は? なにそれ。ふざけないで。ゲイン様がゴリラな訳ないでしょ。帰って貰って」


「はっ」


 黒服はやはりかと思いつつ頭を下げ部屋を出る。





「……と言う訳です。残念ながらお会いできないそうなのでお引き取り下さい」


「そうか。仕方ないか」


 チェルシーには会っておきたいと思っていたが、ゴリラ面の自分では何を言っても信用して貰えないのは当然。ゲインは黒服に礼を言ってその場を去った。




「ああ、久しぶりのまともな食事だな!!」


 深夜になってしまったが、予想以上の収入があったのでゲイン達は久しぶりにきちんとしたレストランで食事をすることにした。川に荷物が沈んでしまって以来、質素な生活を続けていた一行。久しぶりの美味しい食事に皆の頬も緩む。シンフォニアが言う。


「美味しいですぅ~!! 生きていて良かったですぅ~、ぷにゃ~」


 本当に嬉しいのだろう、満面の笑みを浮かべてご飯を食べる。マルシェがゲインに尋ねる。


「ゲインさん、それでこの後どうするんですか?」


「ん? ああ、もう数日ここに滞在してから『雲上うんじょう大石林だいせきりん』を目指そうか。ここからなら歩いてもそれほど遠くない」


「そうですか。もうそんなに来たんですね」


『水の街ウォーターフォール』を出たのがずいぶん昔の様に感じる。それほど充実した旅ということなのだろう。リーファが言う。



「それじゃあ明日から宿を変えてしばらく自由ということにしよう。もぐもぐ……」


 さすがに今泊まっている安宿は衛生面と安全面を考慮すると心許ない。リーファがゲインに尋ねる。


「おい、ゲイン。それでいいか?」


「……」


 ゲインは真正面に座るシンフォニアをじっと見つめている。それに気付いたシンフォニアが驚いて言う。


「ふひゃっ!? ゲ、ゲインしゃん、どうしたんでしゅかぁ~!?」


 ゲインに見つめられて顔を真っ赤にするシンフォニア。我に返ったゲインが慌てて答える。



「あ、いや、何でもねえ。悪い悪い……」


(絶対何かある……)


 皆は口に出さないがゲインを見ながらそう思った。






 翌朝、日が昇ると同時にゲインはリバールの街を抜け、ひとり近郊の森へと入って行った。自分が分からないのなら思い出させればいい。ゲインはまだ薄暗い森の中を()()を探して駆け回る。


「あった!!」


 森に入って数時間。ようやくお目当てのものが見つかりゲインがそれを大事そうに手にする。そして言う。


「よーし、待ってろよ。チェルシー!! 俺が思い出させてやるぞ!!」


 ゲインは途中現れた魔物を薙ぎ倒し、一直線に街へと戻る。




 ガンガンガン!!!


「おーい!! 誰かいねえか!!!」


 街に戻って真っすぐに向かったのがレイモンド商会。その分厚いドアを何度も叩いて大声で呼ぶ。



「どなたでしょうか。朝から騒々しい……」


 その声に応えて出て来たのが先日黒服の男。ゲインが手にした()()()を差し出して言う。


「これを、これをチェルシーに渡してくれないか。『ゲインから』だと言えばきっと分かるはず!!」


「……何ですか、これは?」


 それは先程森で摘んできたばかりの白い花。名も知らないどこにでも咲いていそうな普通の花。ゲインが答える。


「いいからこれをチェルシーに渡して見てくれ。分かるはずだから」


「このような勝手なことをされては困……」


「早く行け!!」


(うっ……)


 黒服の男はゲインの威圧に押されて花を手に建物へと戻る。そして廊下を歩きながら思う。



(失礼なゴリラめ!! ちょっとマンドラゴラを手に入れたからっていい気になりやがって)


 そして渡された白い花に目をやる。


(お嬢様がこのような訳の分からない雑草を渡されて喜ぶとでも思っているのか? 野蛮なゴリラめっ!! くそっ!!!)


 段々怒りが沸いて来た黒服。手渡された白い花をへし折り近くのごみ箱に捨て、何度も深呼吸をしてから建物の入口へと戻る。




「残念ですが、お嬢様は全く意味が分からないと仰っていました」


「マジかよ……」


 黒服の言葉を聞いたゲインが大きくため息をつく。


「お嬢様はそのような花には興味がないとのことでごみ箱に捨てられました。残念ですがお引き取り下さい」


 そうって慇懃無礼に頭を下げる黒服。ゲインもあの花を渡しても分からないのならばもう諦めるしかないと思い礼を言ってその場を去った。


(下賤なゴリラめ。思い知ったか!!)


 黒服はひとり不気味な笑みを浮かべならがら廊下を歩く。



「どうかしたんですか?」


 そこへ朝食を運んで来た料理長の中年女が声を掛ける。黒服は背筋を伸ばしてあいさつをする。


「おはようございます、料理長。お嬢様の朝食ですか」


「ええ、そうよ。新鮮なマンドラゴラが手に入ったので助かりますわ」


 そう言って朝食とは別に下ろして小皿に盛ったマンドラゴラの薬を見つめる。料理長が尋ねる。



「それより何かあったのですか? 大きな声で騒いでいたようですが」


「ああ、実は面白い話がありまして。先日そのマンドラゴラを採って来たゴリ族男が先程またやって来たんです」


「まあ、また採取して来たとか?」


 黒服が笑いながら首を振って言う。


「いえ、採取して来たのはそこらに生えているただの白い花。それを事もあろうにお嬢さまに渡して欲しいと」


「まあ……」


 少し驚く料理長。


「もちろん断りましたよ。雑草をお嬢様に渡すなど無礼千万。花はそこのごみ箱へ捨てました」


「そう、何だかそのお花も可哀そうですね」


「いえ。そんなものを持ってくるゴリラが悪いのです。では料理が冷めますので私はこれで」


 黒服はそう言って頭を下げると廊下へと消えて行く。


「さて」


 料理長はそのままチェルシーの部屋へ行き、いつも通りに朝食の準備を行った。




「あまり食べたくないわ……」


「少しでも召し上がってください」


 これもいつもの会話。食事をとらないからどんどん体力も落ちていく。チェルシーが尋ねる。


「ねえ、それよりさっき外の方で何か大声が聞こえたんだけど、何かあったのかしら?」


 料理長が笑って答える。


「ええ、実はですね……」



 最初は無表情で聞いていたチェルシー。だが話のくだりが『白い花』になると、途端に目を大きく開けて尋ねる。


「そ、その人は白い花を私に持って来たのですか??」


「え、ええ。雑草のような花とのことで……」


「どこにあるの? その花は!! どうして私に言わないの!!??」


「あ、あの……」


 料理長は困り果ててしまった。対応したのは自分ではない。黒服から聞いただけである。チェルシーが言う。



「その花をすぐに持って来て。お願い!!」


 上半身を起こしてそう言うチェルシー。ここ数年、これほど強くものを言ったことのない彼女を見て料理長が驚く。


「は、はい。ただ今……」


 慌てて料理長が部屋を出て廊下を走る。そして黒服が話していた捨てたごみ箱を見つけ、中にあった白い花を手にして駆け足で部屋に戻る。



「うそ……、これって、この花は……」


 その途中でへし折られてしまった白い花を見たチェルシーがぼろぼろと涙を流す。


「お、お嬢様……??」


 どう対処していいのか分からない料理長が戸惑っていると、チェルシーが強い口調で言う。



「この花を持って来た人を至急探して!!! 早く、お願いっ!!!!」


「は、はい!!」


 それは病気で生気のなかったこれまでのチェルシーとは全くの別人。何か活力に溢れぎらぎらと熱い熱気すら感じられる。

 だが残念ながらその花を持って来た男は見つからなかった。それはゲイン達が最初に登録した宿を変えてしまったこと、そしてそれを知った黒服の男が自分の失態を隠すために『ゴリ族の男』だと言うことを話さなかったためであった。


 そして数日が過ぎ、ゲイン達がリバールを旅立つ朝がやって来た。

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