114.やはりマンドラゴラは大変でした。
「おはようごじゃいますぅ~、ゲインしゃん」
「遅いぞゴリラ。遅刻ゴリラか」
翌朝、宿のロビーで待っていたシンフォニアとリーファが少し遅れてやって来たゲインとマルシェを見て言う。マルシェが言う。
「ごめんなさい! ボクがもたもたしちゃって……」
珍しくゲインが先に起きてしまったため、目覚めても布団から出られなくなってしまったマルシェ。シーツを被りながら浴室へ行く羽目になり遅くなってしまった。ゲインが言う。
「まだ時間は十分にある。さ、行くぞ」
そう言って約束の港へと歩き出す。
「皆さんよくぞ集まって頂きました。私はレイモンド商会から来たセバスと申します。今回、案内役を致します。どうぞよろしく」
リバールの港に停泊してある中型船。その乗り場の前に集まった冒険者達を前に黒服のセバスが挨拶をした。
「目指す洞窟はここから数時間ほどの所にあります。洞窟内には魔物も出ますのでお気をつけてください。マンドラゴラはこちらで用意した麻袋をお貸ししますのでできるだけたくさん採取して貰えると助かります」
集まった冒険者のひとりが手を上げて尋ねる。
「なあ、洞窟に出る魔物って一体何が出るんだ?」
セバスが頷いて答える。
「私共はゴブリンが出ると聞いております」
「ゴブリンか……」
ゴブリンと言えば下級魔物。ずる賢くて注意が必要な魔物だが、攻略ができないほど強敵でもない。セバスが言う。
「それでは船が間もなく出港します。どうぞご乗船ください」
その言葉に集まった冒険者達がぞろぞろと動き出す。剣や斧を持った戦士や弓を背にしたエルフ。魔法使いに僧侶の姿も見える。報奨金が良いためか随分と人が多い。
「さ、行くぞ」
ゲインの言葉を聞きリーファ達も船へと移動する。
船でフォルティン川を下ること数時間、森が広がる岸に突き出た小さな桟橋に船はゆっくりと止まった。セバスが言う。
「皆さん、到着しました。洞窟はあれになります。物資はご自由にお使いください。あ、それから夜にはこの船も出ますのでそれまでにお戻りください。それではご武運を」
黒服のセバスはそう言って一礼すると皆の前から消えた。
船の甲板にはマンドラゴラを入れる大きな麻袋に松明、食料に薬草などが準備されている。冒険者が言う。
「さすがレイモンド商会だな! 気前がいい!!」
「そうだな! 魔物もたかがゴブリンだし報酬もいいし楽勝だぜ!!」
集まった冒険者達がそれぞれ必要な分を持ち、意気揚々と船を降りて洞窟へと入って行く。リーファが言う。
「じゃあ我々も行くか」
「ああ、そうだな……」
ゲインも同じように用意された品を手に取り洞窟へと向かった。
「ゲイン、こんな洞窟もあるんだな」
リーファがその洞窟内の景色を見て言う。
「まあな」
洞窟内に入った一行の前に広がっていたのは、まるで夜の森のような光景。
ミノタウロス討伐を行ったトレンサの洞窟同様、壁に光石の成分が混ざっており洞窟全体が薄くぼんやりと光っている。そして意外なことに枯れ木も多いのだが草などもまばらに生えており、それはまるで夜空の下に広がる暗き森のよう。一瞬ここが本当に洞窟なのかと混乱する。
「歩くにはやや光量が足りない。松明はちゃんと使えよ」
「はい!」
ゲインの言葉に前を歩いていたマルシェが答える。
(これだけの植物があるってことは、なるほど。マンドラゴラも生えるって訳だ)
ゲインも初めて訪れる洞窟。気を引き締めながら先へと歩みを進める。
「グギャアアアアア!!!!」
「ブギャアアアア!!!」
洞窟の奥から響く魔物の悲鳴。それなりに広い洞窟なので、音が壁に反響し大音量となって耳に響く。
「ちょ、ちょっと不気味でしゅ~……」
暗い枯れた森のような光景。時々聞こえる魔物の断末魔の絶叫。先に行った冒険者達がゴブリンを倒してくれている為かまだ一度も魔物に遭遇していないが、確かに不気味な場所だ。
「左っ!! 気を付けろ!!!」
不意に叫ぶゲイン。同時に岩陰からこちらに突進してくるゴブリン数体が皆の目に映る。
「はあっ!!」
誰よりも早くそれに対処したゲインが素早くゴブリンを斬り倒す。
「後ろっ!!」
ゲインが再び後方から現れたゴブリンに気付き声を上げる。
「ボクが守ります!!!」
それにはマルシェが対応。気付かれたゴブリン達が咄嗟に戻ろうとするが、今度は魔法の詠唱を終えたリーファが反撃する。
「食らえ、火炎!!」
下級火炎魔法。それでもリーファが放つ青き炎はゴブリン達を焼き尽くすには十分であった。
「怪我はないか?」
戦闘を終え剣をしまいながらゲインが尋ねる。
「はい、大丈夫です」
今、このパーティにゴブリン程度は敵じゃない。そんな一行の耳に更なる絶叫の声が響く。
「キュギャアアアアアア!!!!!」
そしてそのすぐ後に再び悲鳴。
「きゃあああああ!!!!!」
ゲインが再び抜刀し言う。
「行くぞ!!」
「はい!!」
何かが起こっている。先に行ったパーティ達に何かが起こったのは間違いない。
(一回目の叫び声はマンドラゴラ。ふたつめは人間。精神攻撃を受けたか? それともまさか……)
そう考えながら走っていたゲインの目に、その光景が映る。
「くそっ、やはりそうか!!」
洞窟内の広い空間。壁の光石のお陰で夜空の様に見える広い空間。枯れた木々がたくさんあり、その下で掘り出されたマンドラゴラが地面でヒクヒクと痙攣している。マルシェが叫ぶ。
「な、なにあれ!? 木が、木が人を襲っている!?」
マンドラゴラと同様に地面に倒れ痙攣する冒険者達。そして驚くべきことに枯れた木々の枝が伸び、その冒険者を縛り上げている。ゲインが叫ぶ。
「あれはエントだ!! 木の魔物、やはりセットで居やがったか!!!」
もともとマンドラゴラしかいなかった洞窟内。養分が少ない場所だったが、マンドラゴラを求めてやって来る冒険者がその絶叫で倒れそれを後からやって来たエントが絞め殺す。冒険者の亡骸がこの洞窟で養分となって植物が育つ。
エントは長く生きる魔物。知能があり知恵があり、そう言った小さな自然循環を構築しようとしていたのだ。
「ぐがががっ、ががっ……」
マンドラゴラの絶叫を耳にし、意識朦朧となる冒険者達。無抵抗の彼らは動きが遅いエントでも十分仕留められる。ゲインが言う。
「俺が枝を斬る。リーファは魔法で燃やせ!! マルシェは落ちた冒険者の救助、シンフォニアは助けた奴らの回復!! いいな!!!」
「はい!!」
「了解!!」
「オッケーですぅ~!!」
ゲインの的確な指示の下、大混乱に陥っていたマンドラゴラとエントの襲撃は無事に事なき終えた。
「あ、ありがとう。あんた達……、助かったよ……」
意識が戻った冒険者が小さな声で感謝する。
「気にすんな。無事でなによりだ」
そう答えるゲインだが、リーファ達が地面に転がるマンドラゴラを見て固まっているのに気付き声を掛ける。
「おい。どうした?」
リーファが目をパチパチしながら答える。
「どうしたじゃないだろ……、マンドラゴラってこんなにデカいのか……」
地面に転がっているマンドラゴラ。それは人間の子供ぐらいはある大きなもの。手の平サイズだと思っていたリーファ達はある意味ショックを受けているようだ。シンフォニアが言う。
「ぜんぜん可愛くないですぅ~、ちょっと気持ち悪いですぅ~、ふにゅぅ~……」
子供ぐらいの大きさ。ニンジンのような色で手足、そして顔のような模様もある。正直気持ち悪い。ゲインが言う。
「仕方ないだろ。この掘り出された奴はとりあえず安心だ。さ、処理をして袋に詰めるぞ」
そう言って麻袋を用意するゲイン。リーファが言う。
「なあ、こんなにデカいのなら一体で十分だろ。重そうだしキモイし、触りたくないぞ……」
ゲインが首を左右に振りながら言う。
「ダメだ。マンドラゴラの薬草として使える部分は体内の一部のみ。ほとんどが捨てられるんだ」
「は? そうなのか? じゃあここで切って……」
「それも無理。中はとても繊細で切り方を間違えれば使い物にならないし、それに毒もある。許可を得た者しか捌けないんだ」
「面倒な奴なんだな……、あ、だからみんなで来たのか」
「その通り。じゃあ早くこいつらを……」
「ま、待て。そのマンドラゴラは俺達が引き抜いた奴だぞ……」
シンフォニアに回復して貰った冒険者がよろよろと立ち上がって言う。リーファが不服そうに言い返す。
「は? 何を言っているんだ? お前達は放って置いたら死んでいたんだぞ? どの口がそんなことを言うんだ!!」
冒険者は落ちていた剣を拾いそれをリーファに向けて言う。
「黙れ、クソガキ!! 俺はお前らなどいなくても勝てたわ!! さあ、どけ!!」
「きゃっ!!」
そう言ってリーファを押しのけ伸びているマンドラゴラを掴んで袋に入れる。冒険者の仲間も起き上り皆それぞれ伸びているマンドラゴラを袋に詰めて言う。
「じゃあな。俺達は先に帰ってるぜ」
そう言ってふらふらと洞窟出口へ向かって行く冒険者達。悔しそうな顔をしたリーファが言う。
「くそっ!! なんて奴らだ!!」
「なーに、心配することねえよ」
ゲインが笑って言う。
「どういう意味だ?」
「あのな、葉がついたマンドラゴラは伸びているだけで、放って置くとすぐにまた起きる」
「え、それって……」
マルシェが手を口に当て驚く。
「ああ、そう言うこと。きっと洞窟の途中でまた絶叫を聞かされて失神すんだろうな。あいつら」
「……まあ、自業自得ですね」
そう苦笑するマルシェにゲインが言う。
「じゃあ俺達の採取に取り掛かるぜ。お前は離れて見てな!!」
「あ、ゲインさん!!」
マルシェがそう言葉を出すより先にゲインは地面に生えたマンドラゴラの葉の部分を掴み、一気に掘り出す。通常ならこの後すぐにマンドラゴラの絶叫が始まるのだが、抜いた瞬間に葉と身を切り離すことでその絶叫を回避できる。
シュン!!!
ボトッ……
目の覚めるような流れる剣の軌跡。見事にマンドラゴラの葉と身の境目を一刀両断にする。ゲインが落ちた身を掴んで言う。
「これなら安心だ。がははははっ!!!」
ただ見事な太刀筋に感心しながらも、その光景を見た皆の心は複雑であった。
(なんだかゲインさんが子供の首を切って喜んでいる悪人しか見えないんだけど……)
ひとり意気揚々とマンドラゴラを麻袋に詰めるゲインに微妙な視線が投げかけられた。