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ゴリラブレイク 〜隠居ゴリラは勇者を夢見る〜  作者: サイトウ純蒼
第八章「ゲインと薬と不治の病」
113/140

113.禁術・魔王強化発動

 そこは人々から魔界とか異界とか呼ばれ畏怖される場所。その忌むべき土地の中でも特に魔族すら立ち寄らない場所がある。



「ここか……、やっとたどり着いたぞ……」


 草も生えぬ漆黒の大地にひとりの魔族、いや魔王が仁王立ちする。

 すらっとした体躯、頭からは二本の角を生やし口には小さな牙。端正なマスクに生暖かい風に緑色の長髪を揺らしながら、その魔王サーフェルが言う。


「私は覚悟を決めた。勇者ゲインを倒すためにもっと強くなると。だがやはり体は正直だ。震えが止まらぬ……」


 サーフェルが探し求めてやって来たこの場所。

 魔族の間で『魔王の墓場』と呼ばれる場所で、巨大な漆黒の魔法陣が描かれその中央に同じく真っ黒な巨岩が置かれている。ここには勇者に破れた歴代の魔王達の魂が封印されており、普通の魔物ならその邪気に恐怖し決して近寄る事はない。



「我は求める。力を、強さを。勇者を打ち砕く新たな私を!!」


 サーフェルはゆっくりと魔法陣の中へと歩き出す。


「ぐっ……」


 全身を締め付ける様な強い圧。死した魔王の執念や怒り、怨念などが体をじんじんと締め付ける。


「我のこの知能に、圧倒的な力が加われば必ずや勇者を倒せる!! 我に力を!!」


 サーフェルはそう大声で叫ぶと、魔法陣中央に置かれている漆黒の岩石を思いきり殴りつけた。



 ドン、ドンドン……


 鳴り響く重低音。死をも覚悟した魔族のみが許される『魔王強化』と呼ばれる荒行。それは至極単純なことである。



 バキン……


 やがて拳から血を流したサーフェルが岩が割れたことに気付く。そして再び叫んだ。



「さあ、来い!! 古の魔王よ!! その恨みと復讐、我の体を使って成就せよ!!!」


 ゴゴゴゴゴゴゴッ…… バキン!!!!


 同時に真っ二つに割れる巨岩。

 その下から勢いよく噴出した黒い影が空に向かって飛び出し、そして岩を割ったサーフェルへと急降下する。



「ぐっ……」


 影がサーフェルの体へと取り込まれる。そして異変が起こる。



「グワアアアアアアア!!!!!」


 地面に倒れ頭を抑えて苦しみ始めるサーフェル。目は血走り、全身から流れた大量の脂汗が地面を濡らしていく。


(耐えろ、耐えろ、耐えろ……、諦めたら我は死ぬ……)


『魔王強化』、それは古の魔王の魂を自己に取り込み、その魔王が持っていた力を得るという禁術。失敗すれば体が朽ち果てそのまま死へと繋がる諸刃のつるぎとも言える強化法。どんな魔王が出るかは分からないが、その時で最も恨みが大きな魔王が現れる。



「ウグググッ……、グガアアア……」


 サーフェルをこれまでに経験のない威圧感と恐怖が襲う。


(耐えろ、耐えろ、憎き勇者を倒すために!!!!!)


 そこで一瞬サーフェルの意識が途切れた。






 リバールの港にある大きな商家。幾つもある船商家の中でも最も大きく力のあるレイモンド家の屋敷に、今日もまたここ数年恒例になっている男の一団が入って行った。

 そしてこの家のひとり娘のチェルシーの部屋からいつもと同じ言葉が聞こえる。


「違う、あなたじゃない。帰ってください……」


 豪華なベッドの上に伏せたままチェルシーが小さくつぶやく。そう告げられたその体格の良い黒髪の男は、弁解する間もなく両脇にいた従者によって強制的に退室させられる。そしてすぐに代わりの黒髪の男がやって来る。



「こんにちは、チェルシー。久しぶりだね、僕はゲインだよ!!」


 そう笑顔で話す黒髪のイケメン。すらっとした長身でその優しさは魅力的な笑顔から溢れている。ベッドに伏せるチェルシー。その男を見て小さく言う。


「違うわ。帰ってください……」


「そんなことないよ!! 僕はゲイン。きっと君を幸せにしてあげられるよ!!」


「……帰って」


「チェ、チェルシー……」


 有無を言わさないチェルシーの言葉。今回最後となる『ゲイン候補』もあえなく彼女の前に撃沈した。ひとりになったチェルシーが思う。



(ゲイン様はあんなに軽くない。もっとぶっきらぼうでがさつで、それでいて野性的で荒々しいんだけど不意に優しくて……)


 そこまで思ったチェルシーの顔が、その赤髪同様に朱に染まる。



「ごほっ、ごほっ……」


 食事もあまり通らず瘦せて行く体。何の病気か分からないが、死ぬ前にもう一度ゲインに会いたい。再会を約束した彼に会うまでは決して死にたくない。



 コンコン……


 そこへいつも通りに部屋をノックしてやって来るチェルシーの両親。父親が手にした紙包みをテーブルに置きながら娘に尋ねる。



「やはりダメだったか。なかなか見つからないな……」


 そう言ってベッドの横の椅子に腰かける。


「はい、お父様。全く別人でした……」


 チェルシーは体を起こして父に答える。


「ゲインさんは本当にどこへ行ったのでしょうね」


 母親も辛そうな表情で小さくつぶやく。娘の為にゲイン探しを始めて数年。似たような男を探しては連れてきているが一向に見つからない。両親の中では例え本物のゲインが見つからなくても魅力的な好青年に会えばきっと喜んでくれるだろう思っていたが、病気に侵されながらも彼女の慧眼は一向に衰えなかった。



「お父様、私はもう長くないのでしょうか……、ごほっ、ごほっ……」


 そう尋ねる娘の顔はずっと青白いまま。無念そうな表情をした父親が粉薬を手に娘に言う。


「そんなことはない。きっとゲインさんは見つかるはずだ。さ、マンドラゴラの薬だ。飲みなさい」


「はい……」


 そう言って薬を口に含むチェルシー。こんなものが体に良いのかどうか分からないが、両親が必死に勧めて来るので仕方なしに飲んでいる。


「ではゆっくり休みなさい。おやすみ」


「おやすみなさい、お父様、お母様」


 チェルシーは心配そうな顔で退室する両親を見つめながら目を閉じた。




「旦那様。ご報告が」


 チェルシーの部屋を出た父親に従者がやって来て言う。


「どうした、こんな時間に?」


「はい。実は『スティング信仰』の連中が不穏な動きを見せておりまして。ここ数日のうちにここを襲撃するのではないかと言う情報が入って来ました」


「そうか……」


 スティングを崇める通称『スティング信仰』。彼らが最も嫌うのが勇者の功績をその愚行によって汚した愚者ゲイン。今は行方不明だが、彼の存在自体をこの歴史から消したいと思っている過激な思想の持ち主達だ。

 そしてそのゲインに憧れ再会を願うチェルシーとレイモンド商会はそんな彼らにとって許すまじ存在。レイモンドが大体的にゲイン捜索を行わないのも、彼らを刺激しない為。だがそんな努力も空しくレイモンド商会は彼らに狙われることとなった。


「少し警備を増やそうか。娘だけは絶対守らなければならないからな」


「はっ」


 従者はそう言うと頭を下げて去って行く。

 だが父親は知らない。スティング信仰の筆頭であり、派閥で最強とも称えられる男がこのリバールへ間もなくやって来ることを。






「精が出るな」


 ゲインは宿の部屋で自分の鎧の手入れをするマルシェを見て言った。タンクの重要な仕事である防具の手入れ。ゲインは毎晩必ず行うマルシェの日課を見て感心しながら言った。マルシェが答える。


「タンクとしての当然の務めです。防具はボクの体の一部。しっかり手入れをしないといけませんから」


 そう話すマルシェはとても楽しそうに見える。


「だが鎧を脱いで手入れしたらどうだ? 着ながらってのはあまり見たことないぞ」


(うっ……)


 本来ならば全て脱いでひとつずつ手入れしていくもの。だがゲインを前に鎧を脱ぐということはやはり憚られる。


「だ、大丈夫です。いつ魔物が来てもすぐ戦えるようにしていますので……」


 我ながら苦しい言い訳に思えたマルシェが苦笑する。話題を変えようとマルシェがゲインに尋ねる。



「あの、明日採取に行くマンドラゴラってどんな薬草なんですか?」


 ベッドの上に座って同じく剣の手入れを始めたゲインがそれに答える。


「薬草って言うが一応魔物だ。生息地は色々あるようだけど自分で土から出て歩き出すこともする。ただ採取するときに気を付けなければならないんだ」


「どうしてですか?」


「ああ。マンドラゴラは顔みたいな模様があって、抜いたり切ったりするのを一瞬でも躊躇うと金切り声みたいなもの上げて騒ぎ出す。これを聞くと正気を失ったり、下手をすれば即死する」


「え、即死……」


 思った以上に危険な薬草に思わずマルシェが手入れの手を止める。ゲインが言う。



「だから採取は俺がすべてやる。本当は俺ひとりで行きたいがたくさん持って帰るにはお前らの手が必要だ。まあ勉強もかねて皆で行こうと思っている」


「そんな……、ゲインさんは大丈夫なんですか?」


 心配そうな顔をするマルシェにゲインが答える。


「大丈夫だ。俺に異常状態攻撃は効かない」


 そう話すゲインを見て、マルシェは確かにこれまでの異常状態攻撃でも全く平然な顔をしていたゲインを思い出し尋ねる。



「そう言えばゲインさんは異常状態攻撃は大丈夫なんですか?」


「ああ、俺はすべての異常状態を無効化するスキルを持っている。即死も無効だ」


「え……」


 マルシェが持っていた兜を落としそうになる。



「えっ!? そ、それって物凄くないですか!!?? 異常状態無効って、一体どうすれば……」


 レアアイテムである『青の守護リボン』を手に入れ幾つかの状態異常を無効化したマルシェ。だがゲインはすべてを無効化するという。本当ならばそれだけでチート級。一体何をすればそんなことが可能なのか。


「まあ、昔取った杵柄ってやつよ。大したことじゃない」


「どんな杵柄ですか……、凄すぎる……」


 マルシェはやはりゲインの過去が気になる。圧倒的強さ、自信、経験の豊富さ。間違いなく名だたる冒険者であったことは間違いない。もしかしたら『ゲイン』と言う名前も偽名かも知れない。マルシェが思う。



(まさか勇者スティングが生きていて、姿を変えてまた魔王討伐をしようとしているとか!?)


 あまりの規格外の相手を前にマルシェが突拍子もないことを考え始める。



「さあ、寝るぞ。明日は重労働だ」


「あ、はい! じゃあボク、着替えて来ます!!」


 マルシェはそう言ってひとり浴室へと駆けていく。やはりゲインの前で鎧を脱ぐのは恥ずかしい。顔を真っ赤にしながらドアを閉めるマルシェの背中をゲインがあくびしながら見つめる。



「先寝るぞー、ふわ~ぁ……」


 新たな街で休養もしっかりとれた『川辺の街リバール』二日目。その遅い夜が更けていく。そして洞窟出発の日の朝を迎えた。

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