111.『川辺の街リバール』に到着です!
「やれやれ。ほんとあのゴリラと一緒に居ると色々起こって退屈せんわ」
沈みゆくゲイン達の帆船。その中でこの金髪の少女だけはひとり驚くほど冷静であった。
「きゃーーっ!! 助けてーーーーっ!!!!」
鎧を着たマルシェの声が沈みかける船から響く。金づちではないがさすがに鎧を着たままでは溺れる。
「ダメですぅ~!! もう死んじゃいますぅ~!!!!」
同じくシンフォニア。泳げるかどうかは知らないが間違いなく放って置いたら死ぬタイプ。リーファがふうと息を吐いてから魔法を詠唱する。
「……主、女神フーテンの名の下に風を起こさん。疾風」
同時に彼女の足元に巻き起こる風。魔法を使った浮遊術。それと同じものをマルシェの体の下にも起こす。
「え? う、浮いた……!?」
ゆっくりと体が宙に浮かび驚きの表情となるマルシェ。同時にそれがリーファの魔法だと気付く。リーファが言う。
「三人は無理か……、コトリ、行けるか?」
「ピピーーっ!!!」
主であるリーファの命令を察したコトリが大声で鳴くと、一気にその体が大型の鷲ぐらいに大きくなる。
「クエエエエエェ!!!!」
巨大化したコトリはそう大声で鳴くと、川に放り出され水面でバシャバシャもがいているシンフォニアに方へと羽ばたいていく。
「ダメでしゅ~、ぎゅひゃっ、もう溺れて~、死んじゃいますぅ~、ふぎゅ~……」
沈みながらパニックになり掛けているシンフォニアの体を、コトリがその大きな足で掴み浮上する。
「はひ~!? た、助かった!? ふぎゃっ!! な、何ですか~、この鳥さんは~!!??」
それがコトリだと気付かぬシンフォニアが掴まれたままバタバタと騒ぐ。
「リーファさん、ありがとうございます……」
浮遊魔法で助かったマルシェが宙に浮かびながらリーファに感謝する。
「問題ない。だけど、ゲインが見当たらんな。川に落ちたか?」
「そうですね。でもゲインさんなら大丈夫でしょう」
「そうだな。一旦岸へ行くか」
なぜかゲインなら大丈夫と思い込み、リーファ達が岸へと移動する。一方のゲインは川に沈みながらやや焦りを感じていた。
(まずいな、このままじゃ本当に死ぬぞ……)
以前、コレッタ集落で谷に落とされた時は魔魚と戦いつつ奇跡的に岸へ流れ着いたゲイン。だがここは流れも遅く体の力を抜いてもどんどん川底へ沈む一方だ。
ゴゴオオオオオ……
そんなゲインに何かが近付き体を掴んだかと思うと、一気に水面へと引き上げた。
「大丈夫か、ゴリ族の人?」
「あ、おめえは……」
それは魚人族。半人半漁の種族のひとつで通称リザードマンと呼ばれている者だった。皮膚は固く水の抵抗を抑えるためつるつるしており、指の間には水かきがついている。ゲインが言う。
「助かる。特攻魚に襲われてな」
「ああ、あいつか。でもあんたが倒してくれたんだろ? 感謝するぞ」
ここらの川で活動するリザードマンにとっても最近目立ってきた巨大な特攻魚には苦労させられていた。何せ目が合っただけで突撃される。冒険者ですら誰も倒したがらない邪魔者を偶然であるがゲインが退治してくれた。ゲインが岸に居るリーファ達を見て言う。
「悪い、あそこの岸まで頼む」
「了解」
リザードマンはゲインを引っ張るようにして泳ぎ、岸に居る仲間の所へと連れて行った。
「あれは何~!? 人の形をしたお魚さんですか~!!??」
これまでの旅でほとんど会ったことのない魚人族リザードマン。独特な姿に一瞬魔物と間違うほどだ。マルシェが言う。
「多分リザードマンじゃないですかね。ボクも初めて見ました」
「色んな奴がいるんだな」
リーファもそれを腕を組みながら言う。岸についたゲインがリザードマンに礼を言う。
「ありがとう。マジで助かった」
「いいって気にすんな。あいつをやっつけてくれたお礼だ。じゃあ」
リザードマンはそう言うと再び川の中へと消えて行った。リーファが尋ねる。
「ゲイン、お前まさか泳げないのか?」
「泳げん」
「それでよく川へ飛び込んだな」
「……」
本当にこの金髪の少女は時々大人と間違えるほど鋭いツッコみをする。ゲインが言う。
「さて、仕方ないから暗くなる前にリバールに行こう」
「どうやって行く?」
「もちろん歩いて」
「船はどうする? 沈んでしまったぞ」
そう尋ねるリーファの問いかけに少し考えたゲインが笑って答える。
「まあいいか。もうフォルティンに行くことはないし!!」
「ゲ、ゲインしゃーーーん!! ふぎゅー!!」」
いつかゲインと一緒に里帰りと考えていたシンフォニアが顔を真っ赤にしてその名を叫んだ。
「ふう、ようやく着いたか」
そこから歩くこと半日、日も落ち薄暗くなった頃ようやく『川辺の街リバール』へと辿り着いた。
暗くなって来てはいるが街の大きな港には何隻もの船が停泊し、明かりがついていてとても綺麗。船乗りや作業員達が忙しそうに駆け回っている。街には船商を営む建物が幾つもあり、その中でもひと際大きくて立派な建物に皆の目が行く。
(久しぶりだな。レイモンド商会)
それは昔ここで助けたレイチェルがいる場所。また我儘言ってみんなに迷惑かけてるんじゃないかと苦笑するゲイン達の目に、旅客船から降りて来るとある男の一団が映る。港に掛けられるタラップを黙って渡り降りて来る一団。それを見たシンフォニアが目をぱちぱちさせて言う。
「あれれ~!? 何だかあの男の人達って、みんな同じ顔に見えますよぉ~?? ふにゅぅ~??」
その男達数名、全て大柄で黒髪。いかにも屈強な戦士と言った風体である。リーファが言う。
「本当だな。何だかみんな兄弟みたいだ」
「妙な違和感がありますね……」
だがゲインだけはそれを黙って見ながら思った。
(違和感って言うか既視感って言うか。どちらかと言うと人間だった頃の俺みたいじゃねえかよ……)
その黒髪で大きな風貌はまさに呪いを受ける前の剣士ゲインのよう。更にその一行は港にある『レイモンド商会』の建物へと入って行く。リーファが言う。
「何なんだろうな。世の中にはよく分からない奴らがいるもんだ。さ、宿を探すぞ」
そう気楽に言うリーダーだが、ゲインが当然のようにその事実を告げる。
「おい、リーファ。俺達全然金がないってこと分かってるか?」
それを聞いたリーファが顔を青くして尋ねる。
「金がない? なぜだ?? どうしたんだと言うんだ??」
「どうしたじゃねえだろ。俺達の荷物のほとんどはあの川の底だぞ。金も沈んだ」
「本当なのか……」
頭を抱えて顔面蒼白となるリーファ。皆それぞれ自分の身の回りの大切な物だけを持って逃げ出した。パーティの荷物までは手が回らずその多くが水の底へと沈んでしまった。マルシェが言う。
「え、じゃあ今日の宿は……」
「お前ら、今手持ちで幾らある?」
そう尋ねるゲインの言葉を聞き、皆がポケットの中をまさぐり手持ちのお金を見せ合う。
「たったこれだけなのか……」
それは全部合わせて安宿に今晩だけ泊まれる程度。シンフォニアが疲れた声で言う。
「明日からは私達、外で野宿なんですかぁ~、ぶひゃ~……」
「とりあえず宿見つけて、冒険者ギルドでも行って仕事でも探すか」
そう話すゲインにリーファが不満そうに言う。
「なぜ勇者パーティなのに、そんな仕事をしなきゃならんのだ……」
基本無報酬で戦う勇者パーティ。そもそも魔王を倒していないのでまだ勇者ではない。ある程度の報酬は貰うべきだったと今更ながらリーファが後悔する。
「う~ん、仕事って結構あるんだな」
すぐに街の安宿街でチープな宿に荷物を下し、その足で街中にある冒険者ギルドへやって来た一行。夜も遅くなっているのに結構な冒険者で賑わっている。きちんと装備と整えた者からチンピラ風情の者まで様々。カウンターにいる受付嬢に絡んだり、掲示板に貼られた依頼書とにらめっこしたりしている。
そんな中、一枚の張り紙を見つけたマルシェが言う。
「これなんてどうですか。仕事内容の割に報酬が高いですよ」
それは他よりも大きめの紙に書かれた依頼書。少し離れた洞窟にある薬草『マンドラゴラ』を採取してくるという依頼だ。もちろん危険ではあるが他の報酬より数倍高い。リーファが言う。
「よし、これにしよう。ゲイン、それでどうすればいい?」
ゲインが苦笑して言う。
「ああ、あそこのカウンターで冒険者登録をする。俺達はこのルージュの紹介状があるんで簡単だ。あとはその依頼を受ける旨を話せばいい」
「分かった。やはりルージュ様の力は凄いんだな」
「まあな。あいつは本当に頑張っているよ」
「……」
マルシェとシンフォニアはやはり『ゲインとルージュの関係』が気になる。元勇者パーティの天才僧侶で、国の防衛大臣を務める言わば雲の上の人物。その彼女を『あいつ』呼ばわりし、ルージュ自身もそれを気にするどころか逆に気がある様子。
(ゲインさんは昔、一体何をしていたのかな……?)
マルシェはリーファとカウンターで受付をするゲインを後ろから黙って見つめた。
「はい、これで登録完了です。依頼主はレイモンド商会で、長いこと病を患っているお嬢様の為に薬草を必要としているのでできるだけ多く採取して来てください。ここ最近洞窟に魔物が現れるようになって収穫する冒険者が減って来ています。是非よろしくお願いします。あ、船の出発は明後日ですのでそれまでに準備をしてくださいね」
「え、明後日なのか??」
それを聞いたリーファが少し残念そうな顔をする。一刻でも早く報奨金が欲しい彼女。腕を組んで悩み始める。だが対照的にゲインだけはその受付嬢の言葉を聞いて顔色を失っていた。
(レイモンド商会のお嬢さんが病気? それってチェルシーのことじゃねえのか??)
覚えている限りレイモンド商会に娘はひとり。ゲインの顔が自然と引き締まった。