110.チェルシーと黒髪の剣士
『川辺の街リバール』にやって来たスティング達勇者パーティ一行は、初めて見る様々な船を見て感嘆の声を上げた。
「おお、凄い船がいっぱいあるぞ。ゲイン」
赤髪の勇者スティング。川から吹く風に髪を揺らしながら隣に立つ黒髪のゲインに言う。
「そうだな。見たことない船ばっかだ」
小型の帆船から大型の外輪船まで様々。大きなフォルティン川の港に停泊し、荷物を下ろす作業員達が忙しそうに走り回っている。そこへ身なりの良い男がやって来て声を掛けて来た。
「あの、あなた方は冒険者、いえ勇者スティング様のパーティではないでしょうか」
一瞬身構えるスティング。だがすぐに敵意がないことを感じ笑顔で答える。
「そうだけど何か用ですか?」
男が胸に手を当て頭を下げて言う。
「失礼致しました。わたくしここリバールで船商を営むレーモンド家に仕える者ですが、当家のお嬢様が行方不明になっておりまして有能な冒険者の方々に捜索の依頼をしております」
「お嬢さんが行方不明? う~ん、大切なことを聞くがその方は美人か?」
スティングの真面目な問いかけにゲイン達がため息をつきながら額に手をやる。男が答える。
「美人と言うよりは『愛くるしい』という言葉お似合いでしょうか」
一瞬の沈黙。スティングが尋ねる。
「ちなみにお嬢様はお幾つで?」
「五つでございます」
「……」
スティングがゲインの肩に手を乗せ言う。
「頼んだぞ、勇者ゲイン」
「おい!!」
捜索対象が子供だと知り一気にやる気をなくすスティング。マーガレットが男に尋ねる。
「報酬はきちんと頂けますんでしょうね」
「無論でございます。これを……」
そう言って手渡された捜索依頼書の成功報酬を見てルージュが目の色を変えて言う。
「やるわよ!! スティング、ゲイン、やるから!! 有無は言わせないわ!!」
旅の路金が寂しくなってきていた一行。財政管理のルージュの即断で依頼受諾が決まった。ちなみに行方不明になった理由は、自由を束縛し日々勉強漬けにしていた反動らしいとのことであった。
「こんな森に居るのかね~」
まったくやる気のなさそうなスティングが、リバールから少し離れた森を捜索しながらつまらなそうな顔でつぶやく。ゲインが言う。
「まあ可能性だな。リバールは多くを川に囲まれていて徒歩で行けるとすれば街道かこの森ぐらいだ」
「船でどこかに行ったって可能性は?」
そう尋ねるルージュにマーガレットが答える。
「密航していたら見つからないですわね。あと川に落ちても捜索は不可能ですわ」
さらっと絶望的なことを言う。スティングが真面目な顔でゲインに言う。
「ゲイン、実は大切な話がある」
「な、なんだよ??」
スティングの言葉に同じく真面目な顔でゲインが答える。
「実はさっきそのお嬢様らしき女の子をちらりと見かけたんだ。だからこの先の探索はキミに任せる。私はそっちの方を探させて貰うよーーーーっ!!!!」
そう言って歩いてきた森の入り口の方へと全力で駆け出すスティング。ゲインが慌てて言う。
「お、お前、それ本当か!? 街に戻るんじゃねえのかよ!!!」
「違う違う!! リバールのお洒落なカフェの店員さんがめちゃくちゃ美人で一刻も早く会いに行きたいだなんて、これっぽっちも思っていないよ!!! じゃあな、アディオス!! あははははっ!!!」
そうって笑いながら逃げるスティングをルージュとマーガレットが追いかける。
「ま、待ちなさいよ!! このナンパ男!!!!」
「あ、おい!! お前ら!!!」
走り去る三人。ひとり残されたゲインが頭を掻きながらつぶやく。
「全く何やってるんだよ……、ちゃんとやらねえと……、!?」
そんなゲインの五感が危険を伝える。
(魔物? いや魔族……、あっちか!!!)
ゲインが抜刀し森の奥へと突き進む。
「嫌だ、く、来るな……」
森の奥、鬱蒼と木々が茂るその大木の下へと追い詰められた赤髪の幼い子供が、震えながら迫って来る魔族に言った。森の中を逃げ回ったのか、服は汚れ赤いおかっぱ頭も乱れている。魔族が言う。
「モウここまでだ。サア、殺してやるぞ……」
その言葉に顔を引きつらせる赤髪の子供。世間のことを何も知らず、訳も分からず森の中へ足を踏み入れたことを今さら深く後悔した。
ザン!!!
そんな魔族の背中に当然剣が突き刺さる。
「ギャアアア!!! ナ、ナニが!?」
振り返ると背後には無表情で剣を握る黒髪の剣士。強引に剣を抜き、思わず後ずさりした魔族がその男を見て思う。
(こいつハ、強イ……、勝てナイ……)
一瞬で格上と判断した魔族。胸から流れる血を押さえながら浮遊魔法で逃走して行った。
「大丈夫か、お前……」
敵の逃亡を確認し、剣を鞘に戻したゲインが木の下で震えて座り込む子供に手を差し出す。
「あれ、男? こいつじゃなかったのか……」
それを聞いた赤髪のチェルシーがむっとした表情となり、差し出されたゲインの手をパンと叩いて言う。
「だ、誰が男よ!! 失礼だろ、私は女だぞ!!」
「は、女……??」
赤髪のおかっぱ。子供なのでもちろん体型では判断できない。ゲインが尋ねる。
「お前、まさかチェルシーか?」
突如自分の名前を言われてチェルシーが構える。
「だ、誰だよ、お前!! オヤジに言われた奴か!?」
明らかに警戒した顔になるチェルシー。ゲインが頭を掻きながら答える。
「まあ、そんなところだ。さ、帰るぞ。ここは危険だ」
そう言って再び差し出した手をチェルシーが同じ様にまた叩いて言う。
「だ、誰がお前みたいな失礼な奴と帰るか!! 私はあんな場所に帰らないぞ!!」
「いや、男と間違えたのは悪かった。それは謝る……」
腕を組んでそっぽを向くチェルシー。彼女を連れて帰らないと依頼達成ができないし、ルージュに叱られる。
(うーん、ルージュ……、あっ)
困り果てたゲインの脳裏に、僧侶の悲哀花が開花しめちゃくちゃ喜んでいる彼女の顔が思い浮かぶ。
(よし、あれでいいだろう)
ゲインは木の近くに咲く真っ白な花を数本摘み、それをそっぽを向きチェルシーに差し出して言う。
「プレゼントだ。これで機嫌直してくれないか」
「え?」
突然花を差し出されたチェルシー。誕生日などで高価な花を貰ったことは何度もあるが、こんなぶっきらぼうにそこらに咲いている花を手渡されたことは初めてだ。
「あ、ありがとう……」
あまりにも花が似合わない大柄の男の行動に、思わずチェルシーも素直に受け取ってしまう。ゲインが言う。
「良かったぜ。さ、これで帰ろうか」
「あ、でも、私、足が震えちゃって……」
魔族に襲われてずっと地面に座ったままの彼女。それを苦笑して頷いたゲインが彼女の手を握りひょいと軽く背負う。
「わ!? な、なにするんだ!!」
「黙ってろ。帰るぞ」
「……はい」
チェルシーは自分の言うことを全然聞かなく想定外の行動をする男に、思わずまた順応に従ってしまった。
「本当にありがとうございました」
無事にチェルシーを見つけ出し親元へと連れて帰ったゲイン達。感謝をされ、報酬を貰ってホクホク顔のルージュに苦笑しつつ、ゲインが腰を下ろしてチェルシーに言う。
「もう無茶なことはすんじゃねえぞ」
「……うん」
頭を撫でられたチェルシーが素直に頷く。
(え、チェルシーがあんなに素直に!?)
それを見た両親や給仕達が驚きを持ってその黒髪の男を見つめる。
「じゃあな!」
そして最後に立ち去ろうとするゲインに向かってチェルシーが叫ぶ。
「あのさ、また来てね!!」
振り返ったゲインが片手を上げて答える。
「ああ」
(……私、待ってるから)
チェルシーはそう心に誓って目を赤くしてその男の背中をいつまでも見つめた。
ドン!!!!
「きゃあ!!」
そんな昔のことを思い出していたゲインが、突然の船の大きな揺れで我に返る。
「な、なんだ!?」
周りには何もない。下か、そう思った帆船が再度何かにぶつかったように大きな衝撃を受ける。
ドン!!!!
「くっ!! みんな、何かに掴まれ!!!」
間違いなく水の中から何かに攻撃されている。ゲインが船の縁を掴み水面を凝視する。
「あれは……、特攻魚か!?」
特攻魚。それは淡水の水に住む大きな魔物で、頭にある固くて巨大なおでこのような部分で攻撃する魚系の魔物。出鱈目な突撃を繰り返すことから特攻魚と呼ばれている。
ドン!!! バキバキ……
見たこともないような大きな特攻魚。それが間を置かずに帆船に突撃してくる。マルシェが叫ぶ。
「ゲインさん!! 船が割れて、水が!!!」
見ると船底が特攻魚に攻撃されひびが入っている。船内に流れ込む水。そう言う合間にも特攻魚の攻撃が続く。ゲインが叫ぶ。
「荷物を持て!! 落ちる準備をしろ!!!」
「ええ、ほ、本当ですか~!?」
シンフォニア達が慌てた顔で準備を始める。
「くそっ、絶対仕留めてやる!!!」
ゲインが剣を抜き、船頭に立ってその巨大な特攻魚をじっと睨みつける。
ドオオン!!! バキバキバキ!!!!!
「今だっ!!!」
特攻魚の強烈な攻撃。度重なる突撃で壊れかかっていた帆船が音を立てて大破する。同時に剣を振り上げ飛び上がるゲイン。
ズン!!!!!
命中。ゲインの剣が帆船に体を突っ込んだ特攻魚の頭に突き刺さる。
(よし、やったぜ!!!)
確かな手応えを感じたゲインだが、同時に船が沈み始める。
ドボーーーーン!!
川に落ちるゲイン。そして思った。
(さて、どうする? 俺、泳げねんだよな……)
水に沈みながらゲインがちょっと真面目に悩みだした。