109.ゲイン、普通に勘違いする。
「お、見えて来た。あれが船着き場だな!!」
予知を伝えに来たダーシャと別れ船着馬を目指す一行。しばらく街道に沿って少し歩くと直ぐに大きな川が見えて来た。フォルティン川。東方へ伸びる巨大河川で、船着き場には何隻かの船や荷を下ろす船員の姿も見える。
そこにある小さな管理小屋のような建物へ行き、ゲインが中に居た係りの者に尋ねる。
「なあ、フォルティンの里から来たんだが……」
管理小屋で座っていた男が尋ね返す。
「あんたがゲインさんかい?」
「ああ、そうだ」
男はそれを聞くと笑顔になって手を差し出して言う。
「フォルティンの里の件は聞いているよ。里を救ってくれてありがとう。俺からも感謝するよ」
フォルティンの里の者だろうか。ゲインがその握手に答えながら尋ねる。
「ああ、それで俺達の船は?」
「あれだ。あの小型の帆船を使ってくれ」
ゲイン達が船着き場の方を見ると、一番端の方に帆をつけた小型の帆船が見える。大きくはないが皆を乗せて川を下るには十分だ。男が言う。
「行き先は『川辺の街リバール』でいいかい?」
川辺の街リバール。ゲインも訪れたことのある川沿いにある街で、そこからなら『雲上大石林』もそれほど遠くはない。ゲインが答える。
「分かった。じゃあ船を借りるぞ」
男は船の使用許可証をゲインに手渡し、リバールに着いたら管理小屋でこの書類を渡して欲しいと頼まれた。
「さあ、行くぞ!! いざ、船の旅だ!!!」
ゲインが片手を上げ元気に歩き出す。リーファが言う。
「おい、ゲイン」
「ん、なんだ?」
リーファが腕を組んで尋ねる。
「それで結局誰が船を操縦するんだ?」
「まあ、俺がやってやるよ」
「ゲ、ゲインしゃん、できるのですかぁ~??」
心配するシンフォニアにゲインが笑って答える。
「大丈夫だって!! やりゃ何とかなるさ!! がははははっ!!」
(絶対大丈夫じゃない……)
笑いながら意気揚々と船へ向かうゴリラの背中を、皆が不安そうな顔で見つめた。
「う~ん、気持ちいいですね~!!」
帆船はフォルティン川をゆっくりと下った。優しく吹く風を帆で受け、川の流れに沿って下る。一応、船の方向を操る舵輪も付いているが、帆船においては主に帆の操作が重要となる。
船に吹く川の風を受けて気持ちよさそうな顔をするマルシェにゲインが言う。
「お前、船の時ぐらい鎧は脱いだらどうだ?」
「ダメですよ。いつ魔物が襲って来るか分からないし、それにこれはボクの存在意義ですから」
そう言って自分の鎧を優しく撫でるマルシェ。
「でも、船が沈んだら、お前真っ先に死ぬな。あはははっ!!」
「えっ……」
マルシェは何か凄く嫌なフラグを立てられたような気がして顔を青くした。
「ゲインしゃん、とっても上手ですね~、本当に初めてなんですかぁ~??」
そんな帆と舵輪を操るゲインを横から見て座っていたシンフォニアが感心した顔で言う。初めてにしては見事な操縦。順調な船旅。ゲインが答える。
「まあな。さっきの奴にちょっと教えて貰ったし、慣れて来るとゲームみたいで楽しいぞ」
「すごいでしゅー!! きゃふ~ん」
シンフォニアもそれにニコニコして答える。そんなゲインがシンフォニアをじっと見つめて言う。
「綺麗だな」
(ひゃっ!?)
突然の言葉に船の縁に座っていたシンフォニアが思わず川に落ちそうになる。
(き、綺麗!? わ、私がぁ!? ふぎゃあああ!!! ど、どうしよう、急にぃ~!!??)
シンフォニアの夢はたくさんの人を癒すこと、そして温かい家庭を築くこと。武骨でゴリラのゲインだが、彼がそれを望むなら自分は何の問題はない。心はもう決まっている。
「あ、ありがとうごじゃいましゅぅ……、あのぉ、ゲインしゃん、それって……」
川風に吹かれてふわっと舞い上がるピンクの髪。顔を真っ赤にしながら尋ねるシンフォニアにゲインが言う。
「ああ、綺麗だ。太陽の光を浴びて七色に輝いているな」
「……ん?」
シンフォニアはようやく彼の視線が自分の髪に向けられていることに気付く。ゲインが尋ねる。
「僧侶の悲哀花も開花して体の負担は大丈夫か?」
「え? あ、はい!! 大丈夫でしゅ~……」
無色透明ながら光を浴びて美しく光るダイアモンドフラワー。魔力の消費量は更に上がってしまったが、最初に付けられた時のことを思えば十分耐えられる。
ようやく違う話をしていることに気付いたシンフォニア。それに気付かないゲインが感慨深そうに言う。
「みんな随分強くなって来たなあ。本当に勇者パーティらしくなって来た。これで『退魔の宝玉』さえ手に入れば、間違いなく魔王討伐もできるってもんだ!」
「そ、そうでしゅね……、あのぉ、ゲインしゃん……」
「ん、なんだ?」
舵輪を握るゲインにシンフォニアが尋ねる。
「あの、魔王を倒した後なんですけどぉ、ゲインしゃんはどうするんですか~??」
「魔王を倒した後? う~ん、まだ考えていないけど、どうしよう? お前は里に戻るのか?」
「あ、はい。ママもいるし、一応そのつもりなんですけどぉ~……」
シンフォニアが風に靡くピンク髪を手で押さえながら尋ねる。
「あ、あの、ゲインしゃんも一緒に行きませんか??」
シンフォニアの真剣な目がゲインをじっと捉える。ゲインは小さく頷いて答える。
「ああ、いいぜ」
「ほ、本当ですかーーーっ!! 嬉しいでしゅ~、ふぎゅーーーっ!!!」
シンフォニアは両手で顔を押えながら体を左右に揺らして喜びを表す。彼女の言葉の意味を全く理解していなかったゲイン。目の前で揺れる笑顔を見て思わず自分も笑顔になる。
「おい、ゲイン。こういう川には魔物はいないのか?」
そこへ金色の髪を後ろで束ねたリーファがやって来て尋ねる。彼女は川の水面を見つめながらゲインに尋ねる。
「多分いるぜ。魔魚って言う狂暴な魚だ。大群に襲われると骨まで食べられるとんでもねえ奴だ」
「ふぎゃーーーっ、こ、怖いです~……」
真っ赤な顔から反転、真っ青になったシンフォニアが船の縁から内側へと移動する。リーファが言う。
「そんなのがいるのか。落ちないように気を付けないとな」
「まあな。大群じゃなければ逃げられるけど、十分気を付けろ」
「お前は襲われたことあるのか?」
「ああ、ちょっと前に襲われた。死ぬかと思った」
「は? いつ襲われたんだ?」
驚くふたりにゲインが答える。
「ええっと、コレッタ集落だっけか?」
「なんであそこで魚に襲われるんだよ……」
スティングの姉とその息子がいた長閑な集落。どうしてその里で目の前のゴリラがそんな魚に襲われていたのか想像がつかない。ゲインが言う。
「そんなことよりそろそろ昼飯にしねえか。腹減った」
「そうだな。そうするか」
リーファもそれに同意して頷く。ゲインがシンフォニアに尋ねる。
「シンフォニア、俺のバナナはあるか??」
シンフォニアは肩から掛けたバックからバナナを取り出しゲインに見せて言う。
「はい~!! 有りますですぅ~!!」
それに親指を立てて答えるゲイン。
「じゃあ昼飯だ!!」
澄み切った青空の下、『川辺の街リバール』へ向けて出港したゲイン達は順調に船旅を続けた。
「そろそろ近いはずだぞ」
フォルティンの里を出て数日。夜は川辺の集落に下船して過ごし、これと言った大きなトラブルもなく目的のリバール近くまでやって来た。ゲインの隣に来たマルシェが尋ねる。
「ゲインさん、リバールってどんな街なんですか?」
「そうだな、川の街。川を利用した物流の拠点で、水の交易の街と言ったところか」
「水の交易の街ですか」
「ああ、それに魚人族であるリザードマンも多く暮らす街だ。あいつら水が多い場所じゃないと死んじまうからな」
「リザードマン、あまり見たことないですね」
「ああ。見た目は怖いけど良い奴が多いぞ」
そう話すゴリラ姿のゲインを見てマルシェが苦笑する。そして尋ねる。
「ゲインさんは来たことあるんですよね? その時は何かありましたか?」
「まあ色々な」
舵輪を握り、そう答えたゲインが昔を思い出す。
(懐かしいな。あのチェルシーは元気でやってんのかな……)
ゲインの頭にリバールで出会ったひとりの少女が思い出された。