107.最高の僧侶
「ルージュ様!?」
「ルージュ??」
「ルージュしゃまぁ??」
「ルージュ様っ!?」
まったくの想定外の人物の登場に聖堂内が慌ただしくなる。お婆がすぐにルージュの前に行き両膝をついて言う。
「ああ、なんと有り難いことやら。生きてまたルージュ様のご尊顔を拝見できる日が来ようとは……」
皺くちゃの顔に涙を流しお婆が感極まる。ルージュが引きつった顔で言う。
「そ、そんな大袈裟なことしないでくださいよ。お婆さん。援軍がちょっと遅れちゃってごめんなさい」
「そ、そんなことありません。ルージュ様が来てくださっただけで里は生き返ります。ううっ……」
お婆は相当嬉しかったのか話しながらむせび泣く。
「ルージュ様、なんとお美しい……、以前ここに来られた時と全く変わらない……」
手を縄で縛られたファンケルが、昔見たルージュの美しさを思い出し思わずつぶやく。
「あれがルージュ様。綺麗だし、すごく素敵な魔力……」
同じくルージュを見て感動するのがラスティアやゼリア、マリエルと言った初めて彼女を見る若き僧侶達。ルージュの像は毎日お祈りしているが実物を見るのは初めて。その高貴な姿に思わず背筋がピンとなる。ゲインがルージュに近付いて言う。
「ルージュ、何やってんだ。お前こんな所で??」
それを見たお婆がひっくり返りそうなほど驚いて怒鳴りつける。
「き、貴様、ゴリラ!!! ルージュ様に向かって何たる暴言!!!! 打ち首じゃ、打ち首っ!!!!」
興奮してそのまま息絶えるのではないかと思うほど激怒するお婆。そんな彼女にルージュが言う。
「いいのよ、お婆さん。それより……」
ルージュはゲインの傍に行き、耳元で小さくささやく。
「あなたには後でちょっと話があるわ。付き合ってよね」
(!!)
その声を聞いたゲインの背筋が凍る。絶対良くないこと。長い付き合いの中で彼の直感がそう告げていた。
「さて……」
ルージュが改めてお婆に言う。
「お婆さん。まずレーガルトからの応援が遅れてしまって謝るわ。ごめんなさい」
そう言って頭を下げるルージュにお婆は狂いそうな声で答える。
「め、滅相もございません!!! ご多忙の中、ここまでご足労頂き心より感謝致します!!」
ルージュはそれに笑顔になって言う。
「まあ、援軍についてはゲインにも感謝しなきゃいけないようね。助かったわ」
そう言うルージュにゲインが軽く手を上げて応える。
それだけで分かるルージュとゲインの親しい関係。里の者達が驚きを持ってゲインを見つめる。
(ゲインさんとルージュ様ってどんな関係なの? って言うかルージュ様のあの目、絶対ゲインさんに好意がある目じゃん!!)
マルシェは初めて目にする美しい天才僧侶を見て、それがすぐに自分のライバルになるのだと直感した。ルージュが言う。
「お婆さん。日頃から僧侶教育に協力して貰って大変感謝しているわ。王都以外でもこうした場所があるとすごく助かるの。本当にありがとう」
ルージュに感謝されお婆の顔も緩む。
「いいえ。それはルージュ様が以前親切にご指導して貰ったお陰。あの教えを我々はずっと守り続けているだけでございます」
ゲインは自分とは全然違う態度のお婆を見て苦笑する。ルージュが尋ねる。
「でもお婆さん。このフォルティンの里でいびつな教育が行われているって話を聞いたわ」
「そ、それは……」
お婆は先程聞いた僧侶ラスティアの話を思い出す。神父ではなく先輩からのいい加減な指導。すべてを信頼しファンケルに任せきっていた自分の過失。ルージュが言う。
「ここにいるシンフォニア。ちょっと前に王都で私の指導を受けたの。凄い才能の持ち主だったわ。私が嫉妬するぐらいの」
「え? ル、ルージュ様……」
思ってもみなかったルージュの言葉。お婆の顔が引きつる。
「その彼女に魔法が使えない『不適合者』ってレッテルを貼るのはどういう意味かしら?」
「あ、あの、それは……」
お婆の顔から脂汗がぼたぼたと流れ落ちる。自分が知らなかったことが次から次へと沸いて来る焦り。お婆の頭は混乱しかかっていた。
「あ、あのルージュ様。私なら大丈夫で……」
そう言い掛けたシンフォニアを手で制してルージュがお婆に言う。
「里の僧侶教育をもっときちんと管理してください」
「あ、はい……」
お婆がうな垂れながら答える。
「それから、シンフォニアの『不適合者』の撤回を命じます」
「……はい」
依頼ではなく命令。
それほどルージュの言葉には重みがあり、ある意味怒りが含まれていた。それを頷いて見たルージュがくるりと体を翻し、シンフォニアの前まで行って言う。
「すごいね~、ダイアモンドフラワーじゃん!! どんなのが咲くか興味はあったけど、まさか最高の花を咲かせるとは驚いたわよ」
シンフォニアのピンク髪に咲く無色透明の花。光を浴びて七色に輝くその唯一無二の花を見てルージュが何度も頷く。
「そ、そんなことないですぅ~、本当に偶然で~」
「偶然で僧侶の悲哀花は咲かないわ。自信をもって。あなたはもう立派な上級僧侶よ」
「は、はひー!!」
ルージュの言葉にシンフォニアが目を赤くして答える。
同時にそれはここ『僧侶の里フォルティン』で彼女が最上級の僧侶だと国が認めたことを意味する。隣にいたマリエルも目を赤くしてそれを聞く。ルージュがシンフォニアに言う。
「胸を張って勇者パーティの僧侶を続けて。あ、でももし『もう無理~』ってなったらいつでも教えてね。交代するから」
そう言って微笑むルージュにシンフォニアが慌てて答える。
「だ、大丈夫です!! 頑張りましゅから~!! ふひゅー!!!」
ルージュはそれを笑って聞く。
「あ、それから勇者パーティって言えば、ねえ~、ゲインさ~ん?」
(うっ……)
絶対良くないことが起きる。ゲインがそう直感する。ルージュがつかつかとゲインの傍まで行き、手でそのごつい顎に触れながら尋ねる。
「ダーシャさんから聞いたんだけどさあ~、マルシェって若くて可愛い女の子を連れているそうじゃな~い? どういうことかしら~??」
「は、はあ!? おい、何勘違いしてる!? あ、あのなあ……」
ゲインの顎に触れたルージュの手に力が入る。
「私みたいなおばさんは不要で、そう言う若い子が良いんだぁ~。あ、そう。それでそのマルシェって子はどこにいるの~??」
ゲインがため息をつきながら鎧を着たタンクを指差して言う。
「そいつがマルシェだ。言っとくがマルシェは男だ」
「……え?」
ルージュが指差された鎧の人物を見つめる。そして驚いて言う。
「えーーーーっ!? この子がマルシェ!? え、ええ!? うそぉ!!??」
指名されたマルシェの全身から汗が噴き出す。
(バ、バレたらどうしよう!!! いやーーー、絶対殺されるっ!!!!)
今更ながらマルシェは自分の男装が取り返しのつかない状況になっていることに気付く。ゲインが言う。
「あのロリババアが何言ったか知らねえが、こいつを連れていて何か問題でもあるのか?」
マルシェをじっと見つめたルージュが答える。
「か、可愛い顔してるからダーシャさん、間違えちゃったのかな……、ごめん」
(助かった……)
その言葉に安堵するマルシェ。ゲインがルージュに言う。
「それよりルージュ、久しぶりに会ったんだ。一緒に飯でも食わねえか」
それを聞いたルージュの顔が一瞬で明るくなる。
「行く行く!! さ、行こっ!!」
そう言ってゲインの腕を引っ張り聖堂を出て行く。
「あ、待ってくださいよ~!! ゲインしゃーん!!!」
「こら、待てゲイン!!」
シンフォニア達も慌ててそれを追いかける。
残されたお婆が隣にいた神父に呆然としながら尋ねる。
「なあ、あのゲインと言うゴリラ、一体何者なのじゃ……」
「わ、分かりません。だけど……」
お婆や神父達の心に『もしかしたらあのゴリラは物凄く偉いゴリラなのではないか』という思いが沸き上がりぶるっと身を震わせた。
「乾杯ーーーーーっ!!」
その日の夜、片づけに一区切りをつけた里のレストランでルージュを加えた祝勝会が開かれた。
天才僧侶ルージュが来たことで予想よりも大人数の食事会となってしまいゲインと静かに過ごしたかったルージュは少し残念に思ったが、ちゃっかり彼の隣の席をゲットしルンルンの気分で食事を楽しんでいた。ルージュが言う。
「いやー、それにしてもあのマルシェちゃんが男の子だったとはね~」
それを聞き思わず口の中の物を吹き出しそうになるマルシェ。ほろ酔い気味のルージュがマルシェに言う。
「でも、ほーんと可愛い顔してるから~、お姉さん食べちゃおうかな~??」
「え? あ、いや、結構です……」
マルシェが真っ赤な顔をして下を向く。里の神父達は意外なほどフレンドリーなルージュを見て皆苦笑いする。ちなみにお婆は昼間にルージュに叱責され今は熱を出して寝込んでいる。ゲインが言う。
「お前飲み過ぎだぞ。あまり人に絡むな」
「えー、いいじゃん。楽しいしー」
「はあ……」
ゲインはそう息を吐いて席を立つ。
「どこ行くのー?」
「トイレだよ!!」
「頑張ってね~」
「なに頑張るんだよ!!」
ゲインは皆が笑いに包まれる中、ひとり建物の外に出る。
「あ、シンフォニア」
「ゲインしゃん……?」
建物の外にある中庭。そこにあったベンチにシンフォニアがひとり座る。ゲインが傍に行き声を掛ける。
「隣いいいか?」
「あ、はい! どうじょ……」
シンフォニアが少し横にずれてゲインの座る場所を空ける。
「お疲れ。マジで疲れたろ?」
「はい。くたくたでしゅ~」
昼から夕方まで部屋で休んだ面々。それでも体の奥に残る疲れまではまだ取れない。
「綺麗だな」
「ひゃ!? ゲ、ゲインしゃん、それって一体どう言う意味で〜??」
心臓をばくばくさせたシンフォニアが顔を赤くして尋ねる。
「ん? 『笑顔の花』だっけ? 月明かりの下でもほんと綺麗だな」
「あ、ああ、そうでしゅね〜、とーっても綺麗でしゅ! ふぎゅ〜……」
シンフォニアはある意味安堵し、ある意味落胆する。ゲインが尋ねる。
「こんなとこでどうしたんだ?」
ふうと大きく息を吐いたシンフォニアが答える。
「色々なことがあり過ぎて……、ちょっと疲れちゃいました~」
「そうだな」
ゲインも頷いてそれに答える。
「ゲインしゃん、ありがとうございます……」
「何が?」
指を頬に当ててシンフォニアが考えてから言う。
「えーっとぉ、いっぱいいっぱいかな~??」
「なんだそりゃ」
苦笑するゲイン。そして言う。
「感謝するのは俺の方だぞ」
「ひぇ? ど、どうしてですか~??」
ゲインはシンフォニアが肩から掛けているバックを指差して言う。
「俺は今日まだバナナを食べていない。そして今からそのバックの中にあるお前のバナナを俺がこれから食べる。そのお礼だ」
「ぷっ、ぷぷぷっ……」
シンフォニアが口に手を当てて笑いを堪える。そしてバックの中から少し熟したバナナを取り出しゲインに手渡す。
「はい、どーぞ。ゲインしゃん」
「ありがと。やっぱりお前は最高だぜ」
そう言ってバナナの皮をむき口いっぱい頬張るゲイン。静寂。至福の顔で黙々とバナナを食べるゲイン。
「ん……、シンフォニア?」
ゲインはバナナを食べながらシンフォニアが自分の肩に頭を乗せすーすーと寝息を立てているの気付く。ゲインは反対の手でシンフォニアの頭を撫でながら小さく言う。
「よく頑張ったな、シンフォニア」
グールの脅威が去った里に、久しぶりに平和で静かな夜が訪れた。