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ゴリラブレイク 〜隠居ゴリラは勇者を夢見る〜  作者: サイトウ純蒼
第七章「百花繚乱シンフォニア」
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104.フォルティンの里、陥落!?

 周りのグール達より一回り以上大きな背。悍ましい緑褐色で死臭漂う身体。明らかにただのグールとは違うその異質な存在に里の者が恐怖を抱く。ひとりの上級神父が叫ぶ。


「あ、あれはグールマスターだ!! 気を付けろ!!!」


 長く生きらえ、知能の高い遺体を食して来たグールの上位種。会話をするだけでなく、無論その強さも秀でている。



「……主、女神マリアの名の下にその敵を浄化せよ。回復キュア!!!」


 リーファが張った水の領域の中を歩いて来るグールマスター。幸い動きは遅い。先程叫んだ上級神父がその浄化に乗り出す。



 シュウウゥ……


「!!」


 神父の放った回復魔法は、グールマスターの表面だけを焦がし風のように消えて行く。並の回復キュア程度では倒せない。それがグールマスターたる所以である。



「一斉攻撃を!!!」

「はっ!!」


 近くにいた僧侶や神父が同時に魔法を唱え、グールマスター討伐に挑む。



「コノ程度でハ、オレは倒せぬゾ……」


 そんな攻撃をあざ笑うかのようにグールマスターは魔法の雨の中を歩き、そしてひとりの僧侶を掴んで異臭漂う口で噛みつく。



「ぎゃああああ!!!!」


 戦場に響く僧侶の叫び声。それを聞いた者達に恐怖が次々と伝播していく。



「シンフォニア!!」


「はい!!」


 水の領域を解除したリーファが、少し離れた場所にいるシンフォニアを呼ぶ。リーファが言う。



「私が魔力切れになったら運んでくれよ」


「リーファちゃん??」


 リーファは肩に乗るコトリの頭を少し撫で、魔法の杖(マジックワンド)を高く掲げて叫ぶ。



「……あるじ、女神ウェスタの名の下にかの敵を穿うがけ。火炎の槍(ファイヤ・ランス)!!!」


 リーファの頭上に現れる群青ぐんじょうの巨大な槍。青い炎に包まれた槍が彼女の合図と共にグールマスターへと飛ばされる。



 ドオオオオオン!!!!


 燃え盛る群青の槍はグールマスターの胸に直撃。そのまま大きな穴を開けて貫通した。


「グゴオオガッ……、ガガガ……」


 さすがのグールマスターも胸の半分以上もある風穴を開けられ、その場に音を立てて崩れる。



「す、すげえ……、なんなんだ。あの子……」


 里の者達は規格外のリーファの魔法を目の当たりにし、その実力に改めて驚く。



「はあはあ……、くそっ、なんて燃費の悪い魔法だ……」


 豪快な魔法を放ったリーファ。その反動は大きく、杖を地面についてゼイゼイと肩で息をする。シンフォニアが傍に来て言う。


「リーファちゃん、大丈夫??」


「ああ、まだ何とか……」


 リーファは地面に倒れたグールマスターが、青い炎で燃えて行くのを見て安堵の表情を浮かべる。



「あいつがボスだったのか? あれさえ倒せば……、!!」


 そう口にしたリーファの目に、信じられない光景が映る。



「お、おい、あれって、また同じ奴か……!?」


 里の外、薄暗い闇の中から先程倒したはずのグールマスターそっくりの魔物がこちら向かって歩いて来る。しかも目視で確認できるだけで数体。リーファの顔が青くなる。


「リーファちゃん……」


「ああ、分かってる。倒れない程度に戦う」


 そう言って空を仰ぎ、ふうと大きな息を吐く。同じように新たなグールマスターの存在に気付いた里の者達が悲痛な声を上げる。



「あ、あれってまたグールマスターだろ!? も、もうダメだ……」


 皆の間に広がる悲壮感。グールだけでも対処に苦戦していたのに、その上位種が複数体現れることは全くの想定外であった。



「コトリ、力を貸してくれ」


「ピピっ!!!」


 皆が絶望した時。勇者は怯える者達の光とならなければならない。リーファは周囲の重い空気をかき消すかのように大声で叫ぶ。



「この魔法勇者リーファ様が皆を救ってやる!!! そこで見ていろ!!!!」


 確かに彼女は勇者であった。その言葉、その実力。皆を鼓舞し、前へと進ませる力は勇者のそれと何ら変わりはない。リーファが杖を両手で持ち叫ぶ。



「……あるじ、女神アマテラスの名の下にかの敵に光りを放て。閃光ライトニング!!!」


 光の女神アマテラス。

 いつそんな女神の洗礼を受けたのかリーファは覚えてなかったが、気付いたらグールにとって最も苦手とする光魔法を自然と詠唱していた。



 ドオオオオオン!!!!


 巨大な魔法陣がリーファの頭上に描かれ、そこから放たれる光の閃光。槍か稲妻か。美しい光の痕跡を残しながら一直線にグールマスターの胸を貫通したリーファの魔法は、見た者をある意味感動すらさせた。



「すごい……」

「本当に勇者なのか……!?」


 里の者達が皆リーファを見つめ口にする。それほどまでに魔子を得た彼女の魔法は群を抜いていた。



「くっ……」


 だが当のリーファは限界が近付いていた。

 強力な魔法の連発に、初めての水魔法に光魔法。押し寄せるグールの大軍をある意味ひとりで防いできた彼女の負担は想像以上であった。シンフォニアが片膝をつくリーファの肩を掴んで言う。



「リーファちゃん、これ以上は危ないですぅ!!!」


「だ、大丈夫だ。私がやらなきゃ、誰がやる……」


 リーファの目にはこちらに進軍して来るグールと、残りのグールマスターの姿が映る。少なくともグールマスターだけは自分が倒しておかなければ里が蹂躙される。

 リーファがシンフォニアに肩を貸してもらいながら更に魔法を発動する。



「……あるじ、女神アマテラスの名の下にかの敵に光りを放て。閃光ライトニング


 先程よりやや光の弱い閃光がグールマスターを直撃。それでも苦手な光魔法にグールマスターの体がぼろぼろと崩れていく。

『あの魔法使いの子がいれば勝てる!!』、皆がそう思った時、それは突如やって来た。



「う、うわあああ!!!!!」


「え? リーファちゃん!?」


 魔力切れと戦いながら魔法を放っていたリーファが、突然頭を両手で抱えながら倒れる。体は震え目は白目になっている。


「リーファちゃん、リーファちゃん!!!!」


 必死にリーファの小さな体を抱きしめるシンフォニアだが、彼女は地面で体をバタバタさせ苦しみ続けている。



(これって、精神混乱コンヒューズ!?)


 異常状態魔法。相手の精神に混乱をもたらし戦闘不能とさせる特殊攻撃。



「そこだ!! ……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。光彩ライト!!!」


 少し離れた場所にいた上級神父が、彼らが使える聖攻撃魔法をリーファの頭上に放つ。


「ギャ!!!」


 そこに現れたのは真っ黒な悪霊。聖攻撃魔法を受けて煙のように消えて行く。神父が言う。



「悪霊に精神混乱コンヒューズを掛けられたようです。今すぐ治療を!!」


 そう言って神父は状態回復魔法をリーファに掛けるが一向に治らない。シンフォニアが心配そうな顔で言う。



「だ、大丈夫ですか!? リーファちゃんは……」


「ダメだ。かなり弱っていたところに魔法を掛けられたようだ。しばらくの休養と治療が必要かもしれない……」


「そんな……」


 シンフォニアが口に手を当てて涙ぐむ。グールマスターがまだ残る中ここに来て主力であるリーファの離脱は、里の崩壊が現実味を帯びたことを意味する。そこへ意外な男の声が響いた。



「……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。光彩ライト!!!」


 同時に放たれる光の矢。それは里のすぐ傍まで来ていたグールマスターの手足に刺さり、動きを止める。皆が泣きそうな顔でその名を叫ぶ。



「神父ファンケル様っ!!!!」


 里の若きホープ。上級神父にして里で一番の聖攻撃魔法を操る男。ファンケルが叫ぶ。



「まだ諦めてはいけません!! 私と共に戦いましょう!!!」


「おおーーーっ!!」


 里の皆に力が沸く。里の最後の切り札であるファンケルが戦列に加わってくれればもう負けない。歓声に沸く皆とは対照的にファンケルは内心苛立ちに溢れていた。



(約束が、約束が違うじゃないか!!! 外道共め!!!!!)


 里には極力手を出さない。それが事前にグール達に伝えてあった約束。しかし蓋を開けてみればこの有り様。グール達は全軍で、しかもグールマスター数体と言う過去にない規模の攻撃を仕掛けて来た。



(許せないぞ!! この私を馬鹿にして!!!)


 怒りに染まったファンケルは狂ったように聖攻撃魔法を連発した。



「……主、女神マリアの名の下にその邪を滅せよ。光彩ライト光彩ライト光彩ライトっ!!!」


 皆は明るくなってきた空を駆けるファンケルの光の矢を見て歓声を上げた。これなら勝てる。皆はそう思った。



「私達も行くわよ!!」


 そこへ大聖堂で治療に当たっていた僧侶達も駆け付けて応戦する。シンフォニアの先輩ラスティアや同期のゼリアも応戦に回されて来た。

 上級神父ファンケルと里総出の応戦。皆が勝ったと思った。勝てると思った。だがその思いは徐々に崩れていく。



「うわあああああ!!!」

「ぎゃああ!!」


 グールマスターは倒れなかった。

 ファンケルの聖攻撃魔法を受けて負傷しても周りにいるグールの頭を片手で潰して殺し、そのまま食す。あっと言う間に回復したグールマスターが、更に里へと進行する。



「な、なんだよ、これ……」

「化け物だ!!!」


 皆はようやく気付いた。戦っている相手が上級魔物だという現実に。



「きゃあああ!!!」


「ラスティア先輩!!!」


 そんな中、シンフォニアの先輩であるラスティアがグールマスターの攻撃を受ける。後方に吹き飛ばされるラスティア。その皮膚についた爪痕から腐食が始まる。



「嫌だ嫌だ嫌だ!! 私、死にたくない!!!」


「せ、先輩落ち着いて下さい!!!」


 直ぐに回復すれば治る傷。だがラスティアを混乱させるには十分過ぎるほどの恐怖であった。

 そして里の最前線ではたったひとりになったファンケルが、その巨躯のグールマスターに怒りの表情で向き合っていた。ファンケルが言う。



「どう言うことなんだ。これは!!!」


 怒るファンケルにグールマスターがゆっくりと答える。


「うぬぼれルな、ニンゲン。オレはオレのやりたいようにヤル」


 つまりこの大襲撃がグールマスターの狙い。最初からファンケルに協力する気など毛頭もなかった。ファンケルが唇を噛みしめながら言う。



「ここを潰していいのか?? お前達にとっても大事な……」


 ドン!!!!


「ぎゃあああああ!!!!」


 そう尋ねたファンケルをグールマスターは太い腕で殴り倒した。地面にめり込むように倒れたファンケル。辛うじて息はあるがもう話すこともできない。



「黙レ、ニンゲン……」


 グールマスターは倒れるファンケルを踏みつけて、更に里へと近付く。




「もう終わりだ……」


 里の最後の切り札である神父ファンケルが敗れた。

 討伐隊も未だ戻らない。

 里の外からは次々とグールが現れ、上位種であるグールマスターも健在。

 倒れる僧侶や修道士モンク達。冒険者の多くはこの状況を見ていつの間にかいなくなっている。


 悲観、絶望、銷魂しょうこん

 ありとあらゆる生に対する否定的な感情が皆の心を支配する。




 ――お前ならやれる



 そんな絶望の中、とある男の声を聞いたひとりの僧侶が立ち上がる。



「う、ううっ……」


 地面に倒れ苦しむリーファの姿を見てその僧侶が言う。


「リーファちゃん、ごめんね。私、頑張るから……」


 シンフォニアの目に里に侵入し人々を襲うグールの姿が映る。



「絶対に許さないからっ!!!!!」


 救援に駆け付けた親友のマリエルは気付いた。前線で僧侶の杖(プリーストワンド)を天高く掲げる少女の髪に結われた花が、美しく()()したことに。


 無色透明でありながらまばゆい輝きを放つ花。最高の僧侶の悲哀花(プリーストフラワー)である『ダイアモンドフラワー』。レイガルト王国、いや残されている歴史上、初めての奇跡が今、その少女に起こった。

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