101.朽ちた古城の罠
王都レーガルトにある王城。
最上階にある執務室で忙しそうに仕事をする国防大臣のルージュ。落ち着いた内装に分厚い絨毯。歴史的価値のありそうな調度品に、豪華なソファーセット。窓からは王都レーガルトが一望できる特別な部屋。そんな彼女の部屋のノックが慌ただしく叩かれた。
コンコンコン!!!
「ルージュ様っ!!!」
(はあ……)
ルージュは大きく息を吐いた。
ここ数週間で一体どれだけの魔物の襲撃報告を聞いたことか。毎日のようにもたらされる援軍要請。王都の守りを削ってまでも兵を派遣しているが、それでも追いつかない。
(『ゲインが帰って来ました!!』って報告だったらどれだけ嬉しいことやら……)
少し感傷的になるルージュが頭を切り替えて答える。
「入って。どうしたの?」
ドアを開けて報告に来た兵士が一礼してから答える。
「はっ! 魔物討伐に向かったファーレン副団長が敵の反撃に遭い敗北。現在体勢を立て直しているようですが、このままでは全滅の恐れがあるとのことです!!」
「……困ったわね」
ファーレンは再び騎士団長に戻って来て貰ったボーガンの息子。寡黙で気難しい性格だが、内に秘めたる意思は強く剣の腕も確かでゆくゆくは父の後を継ぎ騎士団長へと考えていた。ルージュはしばらく考えてから机にある書類に何やら記し、それを兵に渡して言う。
「ボーガン騎士団長はお戻りになられているわよね? 連戦で申し訳ないけど、副団長救援の命を出すわ。これを渡して頂戴」
「はっ! 確かに承りました!!」
そう言って深々と頭を下げ兵士が退室する。
(見込みのある子だけど、まだまだ経験不足ね。ここで死なせる訳には行かないわ)
そう考えていたルージュの耳に、再びドアがノックされる。
「ルージュ様、報告です!!!」
「どうぞ……」
疲れ切った声で入室を促すルージュ。別の兵士がやってきて敬礼してから言う。
「報告します!! 『僧侶の里フォルティン』で食屍鬼グールが大発生したとのこと。僧侶や冒険者で応戦しているようですが、先程王都に援軍要請が届きました!!」
「フォルティン……」
ルージュは魔王討伐の後、魔法指導と僧侶育成の為に訪れたその里を思い出す。レーガルトの中でも大切な場所のひとつ。魔物などに潰させる訳には行かない。
「分かったわ。すぐに応援を出すわ。詳しいことは後から連絡するから」
「はっ!!」
兵士は再び敬礼して部屋を出る。
(さて、どうしようかしら……)
騎士団も不足し、王都守備兵を割いて地方へ派遣している現状。ルージュが新たに舞い込んだ報告に頭を抱えて考え込んだ。
フォルティンの里から馬車で一日。とうに日は落ち闇夜が包む森の中を抜けた先に、その朽ちた古城はまるで存在を隠す様に聳え立っていた。僅かな月明かりが照らす中、案内役の上級神父が馬車から降りた皆に言う。
「情報によればあれがグールの居城になります。準備が整い次第攻撃を開始します!」
「……」
誰もがその言葉を不満そうな顔で聞いた。周囲の視野が効かない深夜。そんな悪状況の中、わざわざグールの活動が活発になる今行く必要があるのか。黙り込む僧侶達とは別に、冒険者が前に出て言う。
「何考えてんだ。夜が明けるのを待ってからの方がいいだろ? 今突っ込んだら袋叩きにあうぞ」
皆が当然と言った表情でそれを聞く。危険な敵の本拠地攻略。冒険者ならば極力リスクを抑えた戦いを望むのは当然のこと。皆の視線を受けた上級神父が小さく頷きながら答える。
「仰ることは尤もです。だが、それだからこそ今、突入するのです!!」
力のこもった言葉を皆が黙って聞く。
「敵としてもまさかこの時間帯に攻めて来るとは考えていないでしょう。グールの生態は知りませんが休養をしている個体もいるかもしれません。その虚を突くのです!! そのために我々は攻撃的編成を組んで来ているのです!!」
「だけどよ……」
それでも納得いかない冒険者に上級神父が言う。
「行かないのならここで待機していてください。希望者のみで突入します。だが待機組には報酬はありませんのでご了承ください」
「おいおい……」
ここまで来て無報酬は受けられない。冒険者を含め、そこにいる皆が渋々真夜中の突入を決意した。上級神父が言う。
「では隊列を組んで突入します!!!」
「おうっ!!」
それに手を上げて応える一同。皆は事前に通知されていた隊列を組み、漆黒の闇に包まれる古城へと向かう。
「松明を」
僧侶達が鞄の中から松明を取り出して火をつけ、前衛の冒険者や修道士に手渡す。朽ちた城門をくぐり、暗かった闇夜に温かな松明の光が照らされる。
「この中に入るのか……」
城の正門前に来た一同。城門同様に朽ち果て、まるで悪魔が口を開けたかのような不気味な門を見て思わず本音が出る。静寂。後ろからやってくる討伐隊の足音や、鎧のきしむ音だけが静かな古城に響く。
「キキキッ!!!」
「ぎゃっ!!」
城内は更に暗かった。
松明の明かりが照らされた闇夜から、大型の蝙蝠が数十羽勢いよく飛び出してくる。僧侶達が思わず声を上げる。
(空気が重い……)
ゲインは城内を歩きその空気の重さをひしひしと感じる。
「ゲ、ゲインさん……」
気付くとマルシェがゲインにぴったりくっついて服の袖を掴んでいる。鎧越しでも分かるマルシェの震え。ゲインが尋ねる。
「どうした?」
「あ、いえ、ボク……、こういうところあんまり好きじゃなくて……」
強力な攻撃を防ぐマルシェだが、どうやらこういうのは苦手らしい。確かにどちらかと言えばグールと言うよりは悪霊が出て来そうな雰囲気。
(……悪霊?)
ゲインは立ち止まって考える。
(もし敵が悪霊や死霊系だったら、ちょっとまずいぞ……)
対グール戦を想定して組まれた編成。そうでなければ苦戦は必須だ。
「ここは、随分広いな……」
静まり返る城内を歩く討伐隊。気が付けばダンスホールだろうか、天井も高く広い大広間に出た。窓から漏れる微かな月明かりと、松明のゆらゆら揺れる光が荒れたホールを照らす。冒険者のひとりが言う。
「なあ、全然グールなんていないじゃないか」
皆が感じ始めていた事実。同時に皆の脳裏に浮かぶ不吉な予感。そしてそれは起こった。
「ぎゃああ!!!」
ドン……
僧侶のひとりが悲鳴を上げながら倒れた。彼の首からは血が噴き出し、大声を上げてのた打ち回る。ゲインが叫ぶ。
「すぐに回復を!! 気をつけろ!!! 死霊系の敵だ!!!!」
「!!」
突然の攻撃。悲鳴を上げる僧侶。既に恐怖に駆られていた討伐隊が一気に混乱し始める。ゲインが叫ぶ。
「対魔結界を張れ!!!!」
「は、はい!!」
その場にいた上級神父が魔法を詠唱。急ぎ皆を囲むように魔法結界を張る。悪霊や死霊の攻撃を防ぐ魔法結界。ゲインがそれを確認した後で皆に言う。
「慌てるな。動揺すれば取り込まれる。落ち着いて周りを見ろ」
その言葉にやや落ち着きを取り戻した皆が冷静に辺りを見つめる。
「ひい!!」
ずっと暗闇だと思っていた場所に次々と浮かび上がる死霊達。宙に浮かび、人の姿をした悍ましい姿。皆下級クラスのようだが数が多い。マルシェがゲインに抱き着くように言う。
「ゲ、ゲインさん。ボク、ダメ……、こういうの……」
「お、おい、離れろ。マルシェ!」
皆冷静を保っているように見えるが、その大半は驚きと恐怖で声も出ない状態である。上級神父が震えながら言う。
「ど、どういう事だよ、ファンケル……、話が違うじゃないか。くそっ……」
頼りの綱である上級神父の動揺を見て、ようやく皆が今回の討伐が何か仕組まれたものだと気付いた。ゲインが冷静に言う。
「神父の中で聖攻撃魔法を使える奴は?」
「あ、はい……」
二名ほど。予想よりもずっと少ない。
「属性付与使える奴は?」
「わ、私出来ます……」
神父と僧侶数名。敵の数を考えると全く足らない。ゲインが言う。
「聖攻撃魔法が使える奴は魔法で、腕に自信がある奴は属性付与を掛けて叩く。属性なしで叩いても斬れない。まあ掛けたところで相手が強ければ無駄なんだが、あの程度なら大丈夫だろう」
「おお……」
この状況で驚くほど冷静なゴリ族の男。一切の動揺を見せず的確に状況を分析、指示を出す。ゲインが結界を張る神父に言う。
「あんたは悪いがこのまま頑張ってくれ。これが破られたら少々まずい」
「はい、分かりました……」
そう答える神父の顔色は悪い。結界は大量の魔力を消費する。大人数を守っている結界ならば尚更だ。ゲインが言う。
「属性付与を掛けたら魔法攻撃と同時に一斉に叩く。叩いて逃げる。ヒット&アウェイだ。敵の数が減れば一気にここを脱出するぞ!!」
「おう!!」
頼もしい。皆がこのゴリ族の男に付いて行けば何とかなると思った。ゲインが準備できたのを確認してから叫ぶ。
「行くぞ!!! 斬り込め!!!!!」
「おおーーーーーっ!!!」
属性付与を掛けて貰った冒険者と、聖攻撃魔法ができる神父が死霊退治に乗り出す。
「ヒュワアアアアア……」
下級レベルの相手であったので討伐は想像以上に進んだ。あまり経験がない死霊斬り。冒険者達もその興奮の中、勢いよく剣を振り回す。
(そろそろか……)
敵の数が減って来たのを見てゲインが脱出の機会を伺う。だがそれはそんな彼らの希望をあざ笑うかのように現れた。
「う、うわあああああ!!!!!」
「!!」
突如結界の中で奇声を上げる男。頭を押さえ床に倒れて苦しみ始める。
「な、なんだ!? 何が起こった!!!」
動揺する一同。そうこうしている間にもひとり、またひとりと発狂し始める。
(これは……、精神混乱!! やべえぞこりゃ……)
異常状態でも難易度が高い攻撃。これを操れるとなるとただの死霊ではない。男が叫ぶ。
「あ、あれ、なんだよ!!!!」
男が震えながら指差した先、そこには明らかに下級死霊とは違う異質な何かがいた。襤褸を纏い周りに放つ強い邪気。皆の顔の絶望の二文字が浮かび上がる。死霊が言う。
「我は死霊レイス。貴様らを狩りに来た。さあ、恐怖に震えよ……」
圧倒的威圧感。下級の死霊や悪霊とは桁が違う。
「お、俺達、死ぬのか……」
恐怖に震える一同。奇声が響く暗いホールに死への恐怖だけが増長する。だが皆がそんな半狂乱に陥る中、この男だけは不敵な笑みを浮かべ思った。
(滾るじゃねえか……、マジでよ……)
ゲインは内から沸きだしてくる興奮を抑えるようにレイスを睨みつけた。