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寂寞の首塚  作者: 三峰三郎
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寂寞の首塚 7 

 天守の最上階、清繁と依奈が向かい合って最期の時を迎えていた。八月十一日午の刻(12時)頃である。

 他の城兵は、敵に二人の自刃を邪魔されぬよう城外で抵抗を続けていた。

 敵はすでに主郭の内にまで攻め寄せてきている。

 

 五日前には城内に蓄えていた飲み水も底をつき、昨日の昼には四の曲輪と三の曲輪が、夜には二の曲輪が武田軍によって焼かれていた。

 

「介錯は無用。最期は二人で過ごしたい」


 家臣にはそう告げていた。


「もはや心残りはない。ひとつあるとすれば、再びあの景色をそなたと眺めたかった。先に参る。覚悟ができ次第、ゆるりと参れ」


 強烈な飢えと死への恐怖のせいか、顔面蒼白となった清繁は、それでも常と変わらぬ優しい笑みを依奈へ投げかけた。

 

「私も最期を清繁様と共に過ごせること、嬉しく存じます」


 震えた声でそう言うと依奈は清繁に微笑み返した。

 その顔は生への諦めと全てが終わる安堵の表情をしていた。

 

 清繁は覚悟を決め、脇差を己の喉仏へ深々と突き刺した。

 苦痛の声と共に喉に開いた風穴から鮮血が勢いよく噴き出す。それが依奈の顔に飛び散る。


 ぶくぶくと傷口から血の泡が生まれた。

 清繁の大きく見開かれた目は、依奈を見ていた。まだ息が続いていた。


 依奈は恐ろしくなり、じっと目を閉じた。


 階下から誰かがここへ上ってくる音が依奈の耳に届いた。

 

 小刀の切っ先を自らの喉に小刻みに震える手で突き立てようと持ち上げた。

 

 死ぬのが怖くなった。

 

 今、目の前には、苦しみのたうち回りながら段々と体の力が抜けてきている清繁の姿があった。

 己もこのように苦痛の中で死んでゆくのが恐ろしくなった。


 しかし一方で、最期の時を好きな人と同じ感情を抱きながら黄泉路を共に逝けることが、幸せなことのようにも感じられた。 


 次の瞬間、天守の最上階に一人の男が到達した。

 

 依奈は覚悟を決め、己の刀を持つ手に力を込める。


 しかし、目を瞑った時、ふと脳裏に清繁の言葉がよぎった。


「そなたがもし上杉家の者でなければ、いまごろそなたを連れてここを抜け出していたやもしれぬ」


 この言葉の裏を返せば、上杉家の者がこの城へ入らなければ、清繁様をはじめ多くの者の命を失わずに済んだのではないか。私が清繁様を殺す羽目になったと言えるのではないか。


 そんなことを考えてしまい、刀を握った手の力がふっと抜けた。


 すると、その手を今この階に上ってきた敵の武将が力強く掴んだ。

 男は依奈の目をじっと覗き込んだまま、しばらく何も言わなかった。



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