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襲撃

 一月の半ばが過ぎた頃、私は京へ戻った。

 獄医としての仕事もやらねばならない。それに加えて江戸では複雑怪奇な動きが起こっていた。

 前述した清河八郎(きよかわはちろう)なる男の進言で浪士組(ろうしぐみ)が結成されるという。聞いたところによると、浪士組は上様の護衛のための部隊らしい。しかし、龍馬からは「体よく江戸から過激な武士を追い出す口実ぜよ」と言っていたので、何ともきな臭い話だ。


 どうも京周辺が怪しい雰囲気を醸し出している。

 本音を言えば京などに戻りたくはなかったが、これもまた務めであるがゆえに、行かねばならなかった。

 父と母、そして妹にその旨を伝えて、私は江戸を出立した。

 妹の松江は「今度、兄上が帰ってくる頃には、婚姻していると思います」と寂しいことを去り際に言った。

 そうか、もうそんな歳なのだなと感慨深くもなる。


 江戸を出て東海道を上り、京まで辿り着いたのは二月の初旬だった。

 伏見奉行所の獄中には相変わらず、不逞浪士や勤皇志士などが囚われていた。

 人手が足りているとばかり思っていたが、私のように休みを取っている者がいるらしく、すぐに忙しくなった。


 さて。寝る間も無く忙しい毎日を過ごしていると、こんな噂を聞くようになる。

 長州藩が攘夷を決行するらしい。

 海外の勢力がどれほどのものか、私にはよく分からないのだけど、長州藩だけで乗り切れるとは思えない。

 余程血迷っているのか、はたまた私の知らない何かがあるのか。


 獄医の仕事をしつつ、私宅で診療を行なっていたある日。

 何の前触れもなく、龍馬がやってきた。


「おう、梅太郎。ちょっと匿ってくれぬか」


 いきなり来て匿えとは穏やかではない。

 しかし友人の頼みなので、奥の間にいろ、と私は龍馬に言った。

 龍馬がこっそり隠れていると三人の土佐人と思わしき男たちが入ってきた。


「おう、きさん。坂本を知らんか」


 坂本、ですか? いえ、存じ上げません。

 すると血走った目で「嘘を申すとただじゃあおかんぞ」と三人は刀に手をかける。

 私は、本当に知らないんですよ、とやや怯えて言う。


「こん中に入ったと言うもんがおる。隠し立てすな」


 私は、知っていたら突き出します、と嘘をついた。

 さらに、私は獄医を兼ねております。罪人を庇うことがあればお役目を追放されます。とも言う。

 三人は顔を見合わせて「では家の中を改めさせてもらうきに」と土足で上がろうとする。


「もし坂本がおったら、命はないと思え」


 不味いと思った私は咄嗟に、無駄な行ないを存じます、と言う。

 三人の動きがぴたりと止まった。


 私は坂本なる者と知り合いではありません。では、何故家の中に入ったと申す人がいるのでしょうか。


「そりゃあ、入ったからに決まっとろうが」


 私が坂本なら、金を握らせて嘘をつかせます。そうすることで無駄な行ないをさせて、その隙に逃げるでしょう。

 三人は動きを止めたまま、私の言葉を考え始めた。

 そして一人が「ここにはいなさそうだ」と言う。


「邪魔したな」


 三人が出て行こうとして、ほっとしたが、そのうちの一人が「少し待ちい」と二人を呼び止めた。


「なにせ、坂本が罪人だと分かった? 俺たちの恰好見れば、奉行所の人間ではないと分かるじゃろう」


 内心、しまったと思った。この者が鋭いだけではなく、私があまり考えなしだった。

 どう言うべきか。少し悩んだ後に「もうええ。わしは観念するぜよ」と龍馬が奥の間から出てきた。

 三人は刀を抜く。私は立ち上がって龍馬の前で手を広げた。

 この人は絶対に死なせない。私は身体を震わせながら強く言った。


「梅太郎。おんしまで死ぬ必要はないぜよ」


 それでも、龍馬は殺させたくない。


「なんでじゃ? なにせおんしは」


 友人だからに決まっているだろう! そのぐらい分かれ!

 最後は怒鳴って龍馬を叱りつけた。

 身体の震えは、いつのまにか止まっていた。


「おまんら、覚悟はできとろうな」


 三人は刀を構えた。

 私は、ああここで私は死ぬのだな、と思った。

 できれば妹の白無垢姿を見たかった。


「行くぜよ!」


 三人が襲い掛かろうとした瞬間、思ったのは父と母、妹ではなく。

 後ろにいる龍馬のことだった。


「梅太郎、屈むぜよ!」


 龍馬の強い言葉に、私はその場にしゃがんだ。

 すると耳をつんざくような大きな音が部屋中に響いた。

 な、なんだあ!?


「きさん! 銃を持っとるじゃな!」


 龍馬を見ると、手には短銃を持っていた。

 銃口からは煙が出ている。

 三人は刀を構えたまま、動けずにいる。


「弾はまだ残っておるぜよ。最初の餌食になるのは、誰かの?」


 龍馬の言葉と気迫に怯えたのか、三人は動けない。

 しかしこっちも同様だ。先に動けば隙を見せることになる。

 そうした膠着状態が続くと思われた。


「そこまでだ。両者、互いに武器を収めてくれ」


 私の自宅の扉が大きく開かれた。

 そこには十人の武士が立っていた。

 私と三人の土佐人が呆然とする中、龍馬だけが「おんしは長州に帰ったと思うたが」と言う。


「なして京におる?」

「まだここでやることがあってね」


 精悍な顔つきをした男はこの場にいる者全てに言う。


「全員、ここは僕の顔を立てていただきたい」

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