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酩酊

「龍馬の野郎、始め俺のことを斬ろうとしたんだぜ。物騒なこった」

「そりゃあ、わしは勝先生のこと、なんも知らんかったからのう」


 知らないのに斬るとは、なかなかに笑えない。

 私を交えて、何故か宴席のようになってしまった勝麟太郎の部屋。

 民子さんは心得ているのか、次々と料理を運んでくる。

 私はそのたびにありがとうございます、と礼を言うものの民子さんは「気にしなくていいですよ」と笑ってくれた。


「今の幕府にゃあ、俺以外に先を見通してる野郎は少ねえ。いずれ底に穴が開いて沈没しちまう」


 幕府の要人が堂々と幕府を糾弾しているのは、傍から見ていても恐ろしい。

 龍馬は同調することなく、ただ飯を食べている。どうやらお腹が空いていたようだ。

 私は節度を保ちつつ、手酌で酒を飲んでいた。あまり強くはないけれど、勝麟太郎の酒は残せない。


「それでさ。俺は思うわけだ。幕府が沈没する前に、新しい大きな船を作るべきだってよ。この国に必要なのは軍船だ。それも一隻だけじゃねえ、何十何百って艦隊だ」


 何百の艦隊。途方もないことを言う。

 僅か四隻の黒船でこの国が揺れているのに、それを上回る船を作ろうだなんて。

 本気で言っているのだろうか?


「本気も本気、大真面目だ。この国は島国だからよ。海戦が緒戦となるだろう。そんときに弱かったら駄目だろう。戦は最初が肝心だ」

「勝先生は過激じゃのう。まっこと武士の言いざまぜよ」


 反論している言い方だが、どこか面白がっている風な龍馬。

 するとだいぶ酔っているのか、勝麟太郎は「じゃあお前さんはどうする気なんだ?」と笑っている。


「そうじゃの、わしが言うても説得力がないとは思うが、人殺しは好かん」

「まあ結局やめたところを見て、評価してやろう」

「わしの実家は元々商売人じゃ。だから新しい大きな船使こうて、世界と張り合えるような商売ができたらええと思う」


 酔っているが故に、きちんとした構想は語らなかったけど、後のことを思えばこの頃から思いを秘めていたと分かる。

 私は、どんな商売をするんだ? と龍馬に訊ねた。


「いろんなもんを売る。そんで運ぶ。食べ物がない国に食べ物を与え、武器がないところに武器を売る。そんでこの国の顔が売れたら万々歳じゃ」


 いわゆる輸送会社、輸入会社、もしくは武器商人のような言い方だった。

 明治の世でもそのような会社はごまんとあるが、いち早く着想を得たのは龍馬だと私は確信している。


「もう少し具体的に言えねえのか? ま、そいつがお前さんのいいところだけどよ」


 ぐいっと酒を飲んだ勝麟太郎。

 龍馬のいいところ、ですか?


「龍馬は良い意味で型にはまらない考え方をする。それに他人の思想のいいところをだけを抜き出すのが上手い。俺の海軍創設に対して、大商船を創るって感じによ。そういう柔軟な考えをする野郎は、今この国には貴重だ」

「ほう。珍しく褒めてもろうた。梅太郎のおかげじゃな」

「まあ結論を急ぐな。俺が言いたいのはだな」


 勝麟太郎は少しおどけながら言う。


「こいつの先生やる人間は余程の大人物じゃあねえといけねえってこった」

「なんじゃい。自分を上げよう上げようちゅうことか? ふざけた御仁じゃの!」


 これには私も大笑いしてしまった。

 ひとしきり笑ったところで私は、なら勝殿も龍馬も大人物ってことですね、と言う。


「龍馬はまだまだ経験が浅いよ。もう少し狡猾にならねえとな」

「ずるい人間になれっちゅうことか?」

「もしくは老獪さが足りないって言うべきか?」

「結局、ずるいやつしか生き残れないんじゃないの」


 龍馬の結末を考えると、この何気ない言葉が、実は金言だったりする。

 確かに、真っすぐが故に曲がれなかった龍馬は、直線のまま生涯を終えることになる。

 しかし私や龍馬、そして言った本人である勝麟太郎は気づいていなかった。


「龍馬に関わる野郎は大人物になるぜ。ほれ、梅太郎くんも関わっておきなさい」

「梅太郎は友人ですきに。そんなん望んでおらんと」


 私も同じ思いだった。龍馬と肩を並べて歩ける人間ではないと自分で思う。

 だからこうして酒を酌み交わすような間柄で十分だった。

 尊皇攘夷に関わるつもりもない。

 だからこそ、明治の世まで私は生き残れた。


「なあ梅太郎くん。お前さんは京で獄医をやっているって言ったな」


 会話の流れで言ったかもしれない。

 ええ。そうですけど。


「これから忙しくなるぜ。身体に気をつけなよ」


 勝麟太郎が言う『忙しくなる』という言葉の意味が分からなかった。

 だから曖昧に、分かりました、としか返せなかった。


「ふう。結構飲んだな。そろそろ、行くか」


 勝麟太郎はふらりと立ち上がった。

 どこへ行かれますか?


「これから幕府の連中と話すんだよ」


 そんなに酔っていて?


「うちの親父は酔ってから大事な話をしていた。それにあやかろうってな」


 呆然とする私と慣れている龍馬を残して、屋敷の主人は出て行ってしまった。

 私は龍馬に訊ねる。

 いつもあんなのか?


「いつもあんなんだ」


 はあ。大人物とは凄まじいなあ。

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